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依頼の中で

 太陽は高く、燦々と大地を照らしている。もうすぐ正午になるだろうか。


 木々が鬱蒼と生い茂る森の中、ばきばきとそれらをへし折って突き進んでくる猛獣があった。

 木を薙ぎ払う豪腕を振るい、獰猛な爪が凶悪な傷跡を森に刻んでいく。どすどすと森を振動させながらやってくると、太い両腕を上げ爪を掲げて咆哮した。血走った目をこちらに向けて、黄ばんだ唾液を口から垂れ流している。見た目は熊のようだ。大きさは三メートルほどで、二本足で立って走ってきたらしい。

 名は確か、トレーロベアーといったか。


 両腕を上げているのは降参ではなく威嚇のようだ。


 左腕を軽く振るう。伸びた刃が熊の股から爪先までを両断した。血を噴き出し、左右それぞれへと倒れる。血生臭い匂いが辺りに充満した。


 これで良し。


 俺は魔物を両断するだけの力で剣を振るえたことを確認する。無駄な跡を残せば警戒されかねない。必要な力に加減できるよう調整しておいた方がいいだろう。


 今はトレーロベアーの毛皮が欲しいという収集依頼の遂行だ。


 ここはツヅカの森。俺がこの世界で最初に見つけた街――ドルセンと言うらしい――から西に行ったところにある。ちなみにだが、俺達が転移してきた黒い森は街から南にある。

 ツヅカの森には多くの魔物が棲んでいる。先程の熊もそうだ。トレーロベアーは群れを成すが単体で縄張りを巡回するらしい。そして仲間の血の匂いを嗅ぎ取ったら、すぐ様現場に急行してくるそうだ。……ほら来た。


 複数の地響きが聞こえてくる。ばきばきと荒々しく木々を薙ぎ倒して進んでくるので、怒っているのかもしれない。仲間思いの魔物なのだろうか。いい仲間を持ったな、ということで新たに現れた二頭の首を切り落とす。こういう場合はあれだろうか、すぐ仲間達もお前の下に送ってやるからな、とかがいいのだろうか。

 計三頭の濃い血の匂いによってまた別の個体がこちらに向かってくる。確かゴキブリが集合フェロモンを出して仲間を呼び寄せるらしいので、それと似たようなモノだろう。縄張りを一網打尽にして、その後毛皮の剥ぎ取りを行うとするか。


 そしてボスらしき大きな個体を真っ二つにした俺は周囲に転がっているトレーロベアーの死体を見回し、依頼されていた量の取得に足ると判断した。余りは適当に売り払うとしよう。あと爪と肉は売れるのだったか。毛皮と爪と肉とそれ以外に切り分けてから洗浄するとしよう。

 前は魔物を丸ごと持っていったのだが、それだと手数料を取られる。貴重な素材も手に入るからいいのだが、手間がかかるそうだ。それに、今回のような収集系の依頼を受ける場合、該当の素材単体で持っていく必要がある。なので、それならもう剥ぎ取りの練習用に必要な素材のみを切り分けようということだ。


 加えてダンジョン外、自然にいる魔物を丸ごと回収するのは推奨されていない。要は他の魔物の餌として還元されるからだ。そう考えると縄張り一つを滅ぼすのはあまりよろしくない気がしてくる。

 仕方がない。依頼を遂行するためだ。


 俺は左腰に提げた包丁ほどの大きさをした剥ぎ取り用ナイフを右手で抜いた。鉄の刃が陽光を反射して光る。

 この剥ぎ取り用ナイフには、『劣化防止』と『切れ味抜群』が施されているようだ。たかが剥ぎ取りに剣を使うのも臍を曲げられそうなので、これを使おう。そうと決まれば早速取りかかる。一応腕捲りはしておいた方がいいだろう。


 爪は……根元からへし折ればいいか。

 へし折るというよりは爪を剥ぐといった方がいいかもしれない。人相手なら器具を使った方がいいが、今回は俺よりも大きい魔物相手だ。根元を掴んで半ばで折れないように加減をしながら剥いでいく。

 毛皮は切断面から毛皮と肉の間に刃を差し込み、皮の裏を削ぐようにする。一枚にする必要はないので途中で切り取った。前身、後身、四肢それぞれ、顔という風に切り分ける。当然、両腕が血塗れになってしまった。後で洗おうと思って一旦全てのトレーロベアーから毛皮を剥いでいった。

 肉は、どうするか。熊肉の捌き方は流石に知らないな。骨だけになるまで削ぎ落とせばいいだろうか? 半分はそれでやってみて、もう半分は今の皮剥ぎ状態で持っていくとしよう。適当に草を刈って敷いた上で適当に削ぎ落としていく。


 その作業途中、濃厚な血の匂いを嗅ぎつけたらしき魔物達がやってきた。


 三つ目の狼のような風貌をした魔物は俺がせっかく削ぎ落とした肉をくわえて走り去ろうとする。みすみす逃す手はない。先回りして顎を蹴り上げると、バック宙のように飛んでいく狼の喉元を掴み、そのまま握り潰した。手の中で骨が砕ける手応えがして、狼は吐血する。これならいずれ死ぬだろうが、念のためだ。狼を仰向けになるよう地面に投げると、喉を踏みつけるように脚を振り下ろした。さらに骨が砕けてぴくぴくと四肢を痙攣させるだけになったので、死ぬと判断していいだろう。脊髄破壊による逃亡阻止と喉を潰すことによる窒息死を狙ったいい始末の仕方だ。

 まだやってくるだろうが、同じようにできるだけ獣なら毛皮を傷つけないように殺していくとしよう。


 こうして俺は、副産物もありつつトレーロベアーの毛皮収集の依頼を達成した。


 俺はまだ実績が少ないためにこういった難易度の低い依頼が多いと言ったが、他にも小煩い貴族からの報酬だけは高い依頼を他のSSS級冒険者――忙しいギルドマスターと物草な“吸血姫”――が断った仕事を押しつけられている形でもある。

 討伐の依頼はそれなりに難易度が高いそうだ。地中深くに巣を作って下っ端が地上へ食糧を調達に出てくるという巨大な蟻の魔物、ジャイアント・アントの駆除は時間がかかりそうだ。大きくなりすぎる前に駆除できれば、または大きくなりすぎないように餌を制限(出てきた食糧調達用の蟻を討伐)するなどすればいいのだが、たまにこうして未発見のまま大きくなっていった巣がある。大きくなってから発見されたのでは下級冒険者が束になろうといい餌にしかならない。一気に駆除するためのSSS級冒険者だそうだ。もちろん俺が断っていた場合はSS級冒険者が複数駆り出されることになるのだが。


 午後の内に終わりそうなら駆除し切ってしまいたいが、まぁ大丈夫だろう。最悪巣を埋め尽くしてしまえばいい。


 俺は次にこなす依頼を決め、依頼にあったツヅカの森南にある岩山の傍に開いた大きな洞穴とやらを探しに向かった。

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