真のステータス
お久し振りで申し訳ありません。
前回別作品を更新した時に「来週から……」とか言ってたような気はしますが、
今週からになりました。
割りと説明回なのでその辺で調整が、とかの言い訳は置いておきましょう。
この話から第四章の始まりです。
一応11月中は毎週一話ずつ更新していきます。
長らくお待たせしてしまいましたが、今後ともお付き合いいただけると幸いです。
ぼやけた視界が目に入る。
ここ数日ですっかり見慣れた天井が見えた。何度か瞬きをするとぼやけていた視界がはっきりとしてくる。
やがて身体に伝わる感触を認識するようになっていった。
俺の身体を包むやけに柔らかく温かな布団――ではなくフェザードラゴンの娘であるフーアだ。やむを得ず俺が面倒を見ることになったため、毎夜こうして布団代わりなのか乗っかっている。羽毛の手触りはと言えば、ずっと撫でていたいと思ってしまうほど気持ちいい。そう高い宿ではないが、フーアの羽毛があるおかげで快眠だけは約束されている。今が夏、があるのかはわからないが暑い時期でないことも幸いした。
とはいえいつまでも寝ているわけにはいかない。今日はエリオナに言われて、ステータスを示すカードの更新に行くからだ。
高難易度ダンジョンに挑んでからもレベル上げや魔物狩りを行っているが、それなりに高いはずの他のステータスでさえ表示されないということはなかった。余程魔力と魔力の質というステータスが異常なのだろう。黒帝に関しても調べたが、簡単に言えば全ステータス満遍なく最高値の種族らしいのだが。元の世界にいた俺も格闘技を修めていたのだからどちらかと言えば筋力のステータスに重きを置かれていてもおかしくない。
俺の精神状態が異常であるという証なのかもしれないが。
まぁ、そんなことはどうでもいい。この世界に来た時にはオール一だったステータスから他のステータスの伸び代を考えて二つが元々いくつだったのかも算出できるかもしれない。わからなくても問題はないが具体的な数値として見えた方がいい。
もしくは魔法を発動した時の規模などを計測すれば、魔力の質ぐらいは予測できるのだろうか。
「……起きろ、フーア」
身体の上に乗っている少女をベッドの脇に転がす。
(……んぅ)
容姿よりも少し幼い声が『送信』されてきた。あどけない顔を見ていると、ゆっくりと瞼が持ち上げられて真っ白な瞳が姿を見せる。
(……おはよ)
「……ああ」
挨拶に答えつつ、さっさとベッドから下りた。
「……今日は一人で外出する」
(……こくっ。いいこ、おるすばん)
予定が決まってからも一応伝えていたが、当日にも改めて伝える。フーアは文句を言わずこくんと頷いた。彼女が俺のいない時になにをしているのかはよく知らない。フーアが話したい、聞いて欲しいと思っている時に話を聞く程度でいいだろう。なにをしていても俺に害がなければ放置しようと決めていた。
「……行ってくる」
白い長袖と黒い長ズボンに着替えた俺は、簡単に告げて宿屋の一室を後にする。
本当ならこの宿屋に泊まっているという神官にステータスカードの更新を行ってもらう予定だった、いや行ってもらってはいる。しかしそれでは魔力の質と魔力の表記が変わらなかったため、より上位の更新を行う必要があるそうだ。
場所と時間を合わせて儀式を行う必要性があり、その神官と予定を合わせて今日行うという運びになった。
宿屋の一階にある酒場兼食堂に下りると、目的の人物を発見する。
一人は冒険者の中でも最高ランクとされるSSS級冒険者相当の実力を持つ、王国最強の騎士団その副団長を務めるエリオナだ。金色の長髪に金色の瞳を持つ美女で、普段であれば白銀の鎧に金色のマントという派手極まりない服装をしているが今日は違った。暗めの赤色をした縦縞のセーターに白い七分丈のパンツという格好だった。騎士団副団長としてはあまりにもラフな服装だったが、それでも金髪金眼が高貴さを隠し切れていない。
そのエリオナの向かいに座っている人物も知っている。この宿屋に泊まっている神官、その人だ。薄紫色の髪を膝裏まで届くのではないかと思うほど伸ばしており、服装はなんというか全体的に白い。神官とはこういう服装をしている人物を言うのかと納得できるほど、清らかさを感じるぐらいに白い服装だった。無論細かな装飾、デザインが施されているため完全なる白ではないが。露出はかなり控えめで、両手首から先と首から上しか肌色が見えていなかった。首には十字架を提げている。エリオナと同年代と聞いているが、碧眼に覗く理知的な色がやや年上に感じさせた。頭にも無知な俺からするとなんの意味があるかわからない被り物をしている。布をそのまま被せたようなデザインだが、実際にはどういった用途があるのだろう。風貌は清らかかつ知的な美女といったモノだが、噂では信仰対象に批判的な者を虐殺して回ったなどの黒い話を聞く(本人から)。
神官の女性は名をカサンドラ・エルマニュエと言う。
アニメなどを観るとはいえ実質的なファンタジー知識が乏しい俺では判断しかねるが、とりあえず二人は目立つということしかわからない。
「カイト、来たか」
エリオナが鋭くしていた表情を破顔させて片手を挙げる。そのせいで俺にも注目が集まるが、俺とエリオナが接している場面を何度か見られているためすぐに視線が散っていった。俺としてはありがたい。
「カイト様。今日もあなた様に会えた幸運を感謝いたします」
神官の女性は大袈裟にも首から提げた十字架を両手で握って祈りを捧げるようにしていた。だから俺が衆目を集めているということに気づいていないのか、気づいていてやっているのかはわからない。
「……早く神殿に向かうぞ」
様づけはするなと言っても聞かないので、無視を決め込んでいる。エリオナに対しても適当にあしらっておくのが良いとここ数日接する中で思った。基本的にはこちらからアクションを起こさないこと、それがいい。消極的な話だが、一々付き合っていられないのも事実だ。
「わかっている。すぐに向かおう」
「カイト様の仰せの通りに」
その辺の者が副団長と神官へ簡単に意見を通せるのだから、有名になっていてもおかしくはない。国の上に知られる前にこの国から立ち去った方がいいかもしれないな。例えば今のような地味な格好で、しかも前髪で顔を隠していたとしてもだ。だからこそ一応誰かと行動する時は髪を結ぶようにしている。一人でいる時は髪を下ろして誰とも関わりがないように見せているのでおそらくは問題ないはずだが。
俺は二人が並んで歩く後ろをついて歩く。当然だ、ステータスカード更新の儀式を行う神殿への道がわからないのだから。しかし注目を浴びる。だから嫌なんだ、見た目のいいヤツと行動するのは。
注目されながらも厄介事に巻き込まれることなく目的地へと到着した。
神殿は街中にあるのでそこまで時間がかからない。街全体で言うと北東――鬼門の方角にある。なぜ神聖なる神殿が鬼門にあるのかというと、考え方としては神のお力によって守られるから。そしてそういった意味合いで神殿以上に鬼門の方角に置ける建物がなかったからというのが挙げられるそうだ。
神殿の造りは元の世界で言うとパルテノン神殿が近いだろうか。神殿の周りを囲う植木以外では白しかない。正面から見ると柱が八本立っており、積み木で造ろうと思えば簡単に造れそうに見える。棒を何本も立ててその上に倒した三角柱を乗せればいい。
しかし巨大なのでそう簡単ではないだろう。おそらく内部は入り組んでいるか、いくつかの部屋に分かれているはずだ。
カサンドラに先を促されて神殿内部へと足を踏み入れる。陽射しが遮断されたせいかひんやりとした空気に包まれた。入り口から入って両側はほとんどが壁だ。中も白い。そして中にいる人達も白い。目がおかしくなりそうな錯覚を覚えた。
両側の壁の中ほどに扉のない入り口が備わっている。
「両側の部屋は私のような神官が悩める人々の話を聞き、そして神から賜ったお言葉を踏まえてこれからの道を示す場となります」
「かなりスペースが取られているのはよく人が来る証拠だ」
カサンドラの説明に、エリオナが補足する。……神から賜った言葉を使いつつ人が前向きになれるように誘導する場所のようだ。教会で言うところの懺悔室や、人生相談所のような役割をしているらしい。入り口から中を覗くと待機するように椅子が並べられており、奥にはそれぞれの個室があった。防音の魔法でもかけられているのか、神官や相談者達の会話は聞こえてこない。待っている人達の貧富は様々で身なりが整っていようが整っていなかろうが平等に受け入れてもらえるらしい。
神とやらが実在するのかは兎も角、一応神の下に全ての人々は平等であるとかそんな考えを持っているのだろう。全ての人が平等だったら個体差は生まれない。そんなモノは幻想だ。悩める方々、要は誰かに劣っている部分があると自覚ある者達が「そいつと平等ならいつか自分も大成する」と思い込みたくて通う場所にしか思えなかった。
まぁ、どうでもいい話だ。俺には神に祈るような殊勝な心は持っていないからな。俺以外の誰が神を信じていようが関係ない。
「次は冠婚葬祭、特に結婚式の式場として使用されることの多い場所となります。普段は神官が信仰を広めるための演説の場として使用しています」
左右それぞれに一つずつ、長椅子が並べられた空間が見えてきた。式場として使うこともあるそうだからか、ここは一面真っ白ではなかった。結構な人数が参列できそうな数の椅子だ。ここを式場として選べる者は余程の金持ちか権力者だろう。
今は式ではなく後者の使われ方としているらしく、最前列の前にある壇上から神官の格好をした男性がちらほら見える信者(または見習い)に対して神への信仰を説いている。
俺が元の世界で信仰と関係があるとすれば、冠婚葬祭以外では宗教勧誘ぐらいなモノだ。正直に言って馴染みのない存在と言える。しかも実際に会ったわけでもないのによくも信じられるモノだ。不確かな存在に縋るしかないほど追い詰められたのか、それとも単に心が弱いだけなのか。どちらにせよ愚かには違いないだろう。
「そしてこちらが、儀礼の間となります」
カサンドラが差したのは、初めて神殿を横断する壁についた白い扉だった。カサンドラが扉に手を触れて「神よ。全ての者達に救いの手を」と囁くとかちゃりという音がして扉が来訪者を招き入れるように奥へと開く。ドアノブのようなモノがないので不思議だったが、どうやら魔法かなにかで管理された扉だったようだ。まさか俺も同じように思ってもいない言葉を吐かなければいけないのかと思ったが、そうではないらしい。カサンドラが先に入って片手で扉が閉まらないように押さえていた。エリオナと俺が入ってから彼女が手を放すと自動で閉まりかちゃりという音が聞こえる。中世ヨーロッパと表現されることが多いファンタジー異世界でオートロック式の扉を見るとは意外だった。しかし扉を破壊しても俺の『蠱毒』は発動しないだろう。奪えないのであれば妙な動きをする必要もないか。
儀礼の間と呼ばれた空間は他の人のいる場所とは異なり人気が少ない。というよりも今は俺達以外に誰もいなかった。
ここももちろん白いが、魔方陣のようなモノが床に描かれている。複雑に絡み合っているせいでどんな意味を持つ魔方陣が描かれているのかを理解することはできない。情報収集に努めるのであれば『鑑定』などの対象の情報を視ることができるスキルを持つヤツを殺すのも悪くないだろう。
魔方陣の外側、それも奥の方には四体の女神像らしき女性の石像があった。背中に鳥のような翼を生やした女性の石像だ。皆一様に胸の前で手を組んで祈っている様子だった。
「カイト様。それでは陣の中央へ」
四体の女神像に祈りを捧げられているような場所に立ちたくはないが、進行させずにこの場に留まるのも無駄だ。大人しく陣の中央に立つ。
俺が中央に立ったことを確認してからカサンドラは陣の端に触れない位置で片膝を着いた。首に提げた十字架を外して両手で握り掲げると、目を瞑ってなにやら唱え始める。
長ったらしいので聞くのをやめたが、要は神への祈りの言葉のようだ。なにも見ずに唱えているということは暗記しているということだろうが、正直覚えられる気はしない長さだった。覚える必要はないのだが、長さとしてはお経を思い浮かべてもらえればイメージしやすいだろうか。俺が葬式に行ったのは随分昔のことなので正しい長さまでは覚えていないが、やたら長かったことは覚えている。
目を瞑って聞いているフリをしながら寝ようかと思っていた頃、ようやく詠唱が終わった。そして床に描かれた陣が輝き出す。陣が多すぎて床そのモノが光っているようにも見えた。身体を眩しいくらい下から照らされていると、ふと左の太腿に熱を感じた。ズボンのポケットに入れてきたステータスカードだろう。ポケットの中に入れていても光が漏れてくるくらいに輝いているようだった。
ポケットに手を入れて実際に触ってみると確かに熱を持っている。しかしポケットから取り出して顔に近づけると光と熱は収まっていった。
俺は更新されたというステータスカードを確認する。確かに、魔力と魔力の質が数値として現れていたのだが、俺の精神はそれほどまでに異常なのだろうか。しかしそれでもはっきりと表示される辺りは流石神と言うべきなのだろう。いや、それなら最初からどれだけの桁数でも表示させられるようにしておいて欲しい。無駄な道程を踏む必要が出てしまったではないか。しかも「神の力では全人類のステータスカードの桁数に制限をつけるところまでしか実装できませんでした」と力のなさを証明しているようなモノだ。本来必要なデータを後のアップデートで実装するとか最初からそこまでやっておけよと思わないでもない。俺もスマホゲームはやっていたからな。どのゲームとは言わないが。
そもそも、俺はこの世界に来てからステータスがなにに関連しているのかという常識を知らなかった。今までは諌山先生の推測と俺のゲーム知識で予測を立てていたが、それについても正式なモノが判明している。
まず、ステータスはレベル、才能、体力、筋力、魔力、魔力の質、反射神経、知能がある。他にもEXPというのがあるが、それはレベルが上がるのにいくつ経験値が必要かを示しているので説明は不要だろう。
レベル。ゲームと同じようにこれが上がると他のステータスが上昇する。種族毎にレベルで上昇する大体の値は決まっており、黒帝とそれに匹敵する種族である白皇が最も高くなる。しかしこれは後述する才能のステータスによって変化するため、絶対とは言い切れない。レベルによる制限がある装備や施設などは今のところ文献を辿っても存在しないが、冒険者をやるならアイテムボックスの枠数にも関わってくるので上げておいた方がいい。依頼の中にはクラスの他にレベルの制限を設けているモノも存在している。尤も種族毎に異なるため「または平均ステータス◯◯以上」という制限が添えられていることが多い。ちなみにレベルの最大は100である。
才能。聞くところによるとステータスの伸びに関わってくる数値。種族毎に伸びるステータスの値に差が出ると言ったが、種族毎の固定値に加えて個人の才能によってステータスの伸びが決定する。才能の値はレベルが上がっても伸びず、レベルが100の時の平均ステータス、だそうだ。ちなみに才能だけは『蠱毒』で加算されない。なので今の各ステータスが既に才能の数値を上回っているため、宛てにならない。しかも魔力、魔力の質が桁違いのため平均にならないと思うのだが、それも反映されていないようだ。仮説だが、黒帝レベル100の平均ステータスに大したことのない俺個人の才能を足した値なのだろう。要は精神の異常性によって桁の違う魔力などは才能とは別だという意味合いだ。
体力。ゲームで言うところのHPではなくスタミナに近いステータス。どれだけ長時間動けるか、休憩を取らずにいられるかなどが関連する。とはいえ減る様子が見えるわけではないので、動いている中で疲労を感じるかどうかで判断する必要がある。地球の一般人が1だとすれば100でもかなりの体力を誇っているように感じるのだが、この世界では100でも低い方なのだというのだから驚きだ。
筋力。攻撃力、物を持ち上げる力などに関連するステータス。スキルによって放つ攻撃の中で筋力依存、物理攻撃のスキルならこれを上げることで威力が上昇する。渾身の力を込めて殴ると筋力そのままの威力が出る、武器を使えばその攻撃力分が加わる、スキルによる攻撃なら筋力プラス武器などを含めた合計の攻撃力に倍率がかかる、といった具合だ。
魔力。魔法の威力や効果量、そして魔力量に関連するステータス。魔法など魔力依存の攻撃をした時威力に関わってくる。更に魔力を使った時に消耗する魔力量、ゲームで言うところのMPも関連する。威力に関しては筋力と同じだ。
魔力の質。魔力1に対してどれだけの質量を持っているかというステータス。質が良ければ良いほどに魔法を発動するのに消費する魔力が少なくてもいい。または同じ分だけ魔力を消費しても規模や大きさなどが変化する。俺の場合はいつだったか【パワーボール】を使い魔物の群れを一網打尽にできた。これは魔力をコントロールせずに同じ魔力量の消費をした結果だと思われる。魔力を使ったモノにはそれぞれに質が規定値以下なら通常通りに効果があるという設定がされているらしく、強い効果を及ぼすモノほどその範囲が広い。おそらく俺なら大半が通常より高い規模で発動できるだろう。
反射神経。言わずもがな、反射でどれほど速く動けるかというステータス。これが高ければ高いほど突発的な事象に対応可能だ。例えばダンジョンで落とし穴の罠にかかってから、地面に穴が開く前にその範囲から逃れるなど。スキルで言えば背後からの『不意打ち』に直前で気づけたとして、咄嗟に身体が動くかどうかなど。後は『カウンター』を反射だけで発動できるかなどにも関わってくるらしい。一応咄嗟に手が出るようなことはないように気をつけているが、無意識でも反射神経だけで対応できそうだから困る。反射的に手を出して建物ごとぶった切りました、じゃ済まされないからな。穏便に目立たぬよう振る舞いたい。
知能。スキルや魔法を新たに覚えるのに必要な数値で、覚える速さにも関連するステータス。一部には知能が一定以上ないと覚えられないスキルが存在するらしい。俺が文献で見つけたのは演算能力系スキルだ。『思考加速』や『勝利への目算』など頭を使うスキルは知能が必要なことが多い。俺は持っていないが、『蠱毒』で加算できるステータスなので問題ないだろう。おそらく加算できるのは倒したヤツの全身――脳を含む――を奪っているからだろう。といっても実際に身体に吸収しているわけではないのだが。
ステータスに関しては以上だ。諌山先生が立てた推測とあまり変わらないだろうか。
ちなみにだが、俺の『蠱毒』のステータス加算は、どうやら倒した相手のステータスを丸々そのまま獲得しているわけではないようだ。ある程度低くなって加算されている。おそらく黒帝だから他の下等種族の身体を得たところで同等ではないとかそういうことだろう。素直にそのまま加算させてくれれば、今より楽に上昇しただろうに。詳細に検証したわけではないが、今のところ1以下小数点第一位までの倍率がかかっているらしい。最低でも0.1倍ということだ。随分と傲慢な種族らしいな、黒帝というのは。
俺のステータスはレベルが低い頃は20近くしか上がらなかったのでレベル5になる頃には『蠱毒』による加算を度外視して100程度だった。少し意識して確認していたが、レベルが10上がる度に上昇するステータス値が2000ずつ多くなっている。例外的に11以降の上昇が2000だったため、1980増加しているのだが。
レベル1~10に上がるまでは20ずつなので合計180。11~20に上がるまでは2000ずつなので合計20000。21~30に上がるまでは4000ずつなので合計40000。31~40に上がるまでは6000ずつなので合計60000。41~45に8000ずつなので合計40000か。上がるまでは合計すると……160180のステータス上昇があると考えていいだろう。計算は合っているはずだ。
あくまで平均値ではあるが、これに『蠱毒』で加わっていたステータス約853800を足して1013980のステータスが上昇していると考える。
しかしこれは筋力を見たステータスの上昇量なので、上がり幅の差や倒してきた魔物のステータスにもよるのだが。
一応切り良く見積もって1000000程度としようか。
なぜ今こんな計算をしているかというと、魔力と魔力の質の元々の数値を導き出そうと思ったからだ。
今表示されている数値から1000000を引けばいいと。
魔力 14563246
魔力の質 11074839
他のステータスと桁が一つ違っているのだから、1000000など些細な差でしかない。上がり幅の差が大きかったとしても1300万と1000万ぐらいになるわけだが、だとしても高すぎる。1000万単位に対応していなかった、ということだろうか。
ちなみに俺のステータスがこの世界においてどれほどなのかというと。
前に聞いた人間レベル50の冒険者が平均ステータス100だそうなので、単純計算でその千倍か。まぁこれはステータスが、という話なので実際に千人分の戦力を持っているかと問われれば微妙なところだ。それに人間は平均ステータスが低い。
聞くところによると十騎士はレベル50で20000ぐらいになるそうだ。ステータスで言えば二百倍なのだから、確かに強いのだろう。
SSS級冒険者と言われている者達はその上だそうなので、高いステータスが50000ぐらいだろうか。ともあれ、今の俺はその二十倍と考えてもらえば既に世界で比肩し得る存在がかなり少なく思えるだろう。しかし高難易度ダンジョンに行けばボスは強い。ダンジョンは大体が五十階層あるとのことだが、今の敵の強さの増加具合からして五十階層のボスはステータス平均30万といったところか。もしかするとダンジョンでも難易度の違いがある可能性もある。飛躍的に敵の強さが上がる可能性もある。あまり甘く見ない方がいいだろうが。
聞いたところによると、至高の種族とされる黒帝のレベル50時平均ステータスは20万程度だそうだ。十騎士の十人全員が束になってかかれば倒せないほどではないらしい。ちなみに女神が15万程度だ。とはいえ一部の女神は二つ能力を持っているらしい、というか諌山先生や水谷先生などがそれに当たるか。そういう場合はステータスが加算されるらしい。そうなると黒帝よりも高いステータスも得ることがあるのだとか。仮にも女神。神の次に優れた種族だという黒帝より高くなるとは、神とついているだけはあるということか。
俺に『蠱毒』がなければ先生や姉を超えるステータスを得られなかったのかもしれない。
あれらのダンジョンは、『蠱毒』なしの俺では突破できる気がしない。
つまり、『蠱毒』を持った黒帝である俺を鍛えるために設置されたモノであるという考え方もできる。他にあんなダンジョンを設置する意義があれば別だが、今のところはそんな物好きがいる、という認識でいいだろう。
もしくは物凄い強敵と人々を戦わせる下準備とか。
この辺りは推測に過ぎないので、それこそ「神のみぞ知る」ということか。
「カイト様。ステータスは表示されておりましたか?」
じっとステータスカードを眺めていると、カサンドラが声をかけてきた。少し不安そうにも見える。これで表示されていなかったら大々的な儀式をしなくてはならないか、彼女に策がないからだろうが。
「……ああ、問題ない」
ようやく明らかになった魔力と魔力の質。二十階層で戦ったボス――シオナスという魔物はその後で確認したが『魔力軽減』という有用なスキルを所持していた。これは魔力によるダメージを軽減するという意味合いと、魔法などを行使した時に消費される魔力の軽減という二つの効果を持っている。
後者の能力はほぼ魔力が尽きることはないと思われる俺にとっては不要なモノだが、前者の能力は有用だ。
「それは良かったです。……それで差し支えなければ儀式をしなくては表示されないというステータスの単位をお聞きしたいのですが」
「それは私も興味があるな。答えられるなら答えて欲しいが」
カサンドラとエリオナが興味本位で聞いてくる。……言う必要性を感じないな。ここで口にすることで対策を立てられるような数値ではないと思うが、一応隠しておくか。ステータスカードは他人に見られない秘匿情報なので隠すことは不自然ではないはずだ。
「……いや。ステータスは言わないでおく」
ステータスカードを更新しなければならないほど高い数値だ、ということだけわかっていればいいはずだ。
「そうですか」
わかってはいたが好奇心が満たされなかったせいか心なし残念そうだった。
こうしてステータス更新を終えて全ステータスが明らかになった俺は、ここ数日で舞い込んできたいくつかの仕事をこなそうと、神殿を後にして二人と別れた。
下級冒険者であれば自分から依頼を受けに行くのだが、先の一件で一気にSSS級冒険者へと昇格したのでギルド側から仕事を任せられる立場になっている。といっても確証の得られない、大きな成績のない俺に来る仕事は難易度は高そうだが面倒な依頼や、我が儘貴族の護衛などになる。
金払いがいいので積極的に受けるようにはしているが。
あとは状態異常に対する耐性を有する魔物のリストアップと、その討伐だ。ゲームよりも現実だからこそ状態異常対策は重要になってくる。普通ならスキルを鍛える必要があるところを、俺は『蠱毒』によって同じ魔物を倒すだけでいい。その楽さを利用して状態異常耐性持ちの魔物を大量に倒して回っていたわけだ。そのせいで高難易度ダンジョンに行けなかったりステータスの伸びがイマイチになったりとデメリットはあるが、それに見合う成果を得たと思っていいだろう。
有用なスキルを持つ魔物は積極的に狩っている。『魔力軽減』を持っているボスも出現したとこだし、今度は『物理軽減』とかそれこそ『魔法無効』とか色々なボスが出てくる可能性もある。突き進みすぎるのも良くない。蹴散らしたいなら、蹴散らせるだけの準備をする必要があるのだ。
なによりステータスが高いだけでは倒せない敵もいるだろう。慢心などという心は存在しないにしても、ステータスが低い相手だから勝てるだろうという予想は思わぬ反撃を受ける。
殺すべきと考えたらきちんと始末するのがいいだろう。
当面の生活費は問題ないが、SSS級冒険者ともなると正装を求められるという先輩方の意見を参考に、高めの衣服を購入する予定だ。貯金は多ければ多い方がいざという時の備えにもなる。
俺は新しい仕事が来ていないかを確認するために冒険者ギルドの運営する集会所へと顔を出した。
相変わらず賑やかな場所だ。まだ昼にもなっていない時間帯で酒を飲んでいる連中がいるからだろうか。
そして受付では二つ長蛇の列が出来上がっていた。これもよく見る光景だ。元SSS級冒険者で一際抜きん出た美貌を持つ二つだ。俺は入った途端に一瞬の静寂が訪れたのを感じた。すぐに喧騒が戻ってくる。俺という存在を意識しつつ動向を伺って関わらない意思が見え隠れしていた。これもいつものことだ。事実、冒険者で俺に話しかけてきた者はいない。
そんな周囲は無視して誰も並んでいない受付に向かって歩みを進めた。イルナはこちらに気づいていて、普段と変わらぬ笑顔を見せる。
「カイトさん、おはようございます。今日はなんのご用ですか?」
「……俺宛てに来てる依頼はあるか?」
「はい、来てますよ。今日までに三件ですね」
イルナはそう言って受付下の引き出しから三枚の依頼書を手渡してきた。一応勉強して急ぎ読みだけ覚えたと言ってあるので、依頼書を受け取るとその内容に目を通す。
どれも報酬の高い依頼だ。討伐、収集、討伐の三つで、討伐に関しては問題なさそうだ。片方は倒したことのある魔物だった。収集は魔物の素材なのである意味では討伐とも言える。俺はその場で入手した素材を売ってしまうので、手持ちがなければ新たに入手する必要が出てくる。
「……わかった、受けよう」
「ありがとうございます。それとあと、頼まれていた魔物のリストです」
依頼を受諾し、依頼書を返す。代わりにイルナから手書きの魔物一覧を渡された。有用(人間的に言えば厄介だろうか)なスキルを持つ魔物に詳しいだろう受付嬢たるイルナに頼んでおいたのだが、まさかこんなに早くとは思ってもみなかった。いくら普段暇だからとはいっても。
「それで夜遅くまで頑張ってたんだねぇ」
のんびりとした声は、長蛇の列内一つの元凶であるルーシエだ。
「ルーシエさん!」
イルナは頬を染めて声を荒げた。努力を恥ずかしいと思うタイプなのだろう。
「お昼とかも頑張ってたよねぇ」
「どこかのお二人が人気すぎて暇なだけです」
二人は言い合うが、にこにこと微笑んでいるせいかルーシエの方が優勢に見えた。
「……助かる」
俺は形だけの礼を言って一覧を受け取り、道具袋へと収納する。
「い、いえ! とんでもないです!」
慌てたようにぱたぱたと手を振った。
俺は目礼だけをして踵を返す。
「あっ……」
イルナが声を漏らした。まだ他に用があったのだろうか。そう思って振り返る。
「……まだなにかあったのか?」
「……い、いえ、ないです」
尋ねても少し落ち込んだ表情で顔を伏せるだけだった。
「……そうか」
ないならいい。前を向いて集会所を出ようと歩き出す。……いや、待てよ。もしかして目礼だったのがいけなかったのだろうか。きちんと声に出して挨拶しろということか。なるほど、それなら人前で言いづらいのも納得できる。
「……またな」
「は、はいっ!」
それなら、と振り返らずに声を放った。どうやら合っていたらしい。声に張りが戻ってきていた。
さて。俺は依頼を遂行するとしようか。
というわけで、カイト君の今のステータスをある程度見せる回でした。
実際に出してみると『蠱毒』はかなりヤバいスキルですね←作ったヤツ。
一応対抗できる存在はいますが……。