それぞれの行く道
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※一応注意として。昨日も更新しています。
「さて、それじゃあ返答を聞かせてもらっていい?」
私達が神都に到着した翌日。
私達は神殿からの遣いの人に呼ばれて、白皇であるハクアの前に来ていた。
「悪いが、私は下につかない」
口火を切ったのは諌山さんだった。堂々たる佇まいで、きっぱりと拒否を口にする。
「そっかー」
ハクアは少し残念そうに眉尻を下げるも、なんとなくわかっていたのだろう。あまり驚く様子はなかった。
「私も静香ちゃんと一緒に行くから~、ごめんね~」
水谷さんも続く。この二人については大体わかっていたことだ。この二人は二人で、なにか目論見があるのだろうとは思っていた。
この集団を引っ張ってきた大人二人が先に返答してしまい、少しの静寂が訪れる。
では、次は私達が答えることにしよう。
「私達四人も、あなたの下にはつけないわ」
ハクアを真っ直ぐに見つめてはっきりと断言した。
「……ふぅん。昨日までと随分雰囲気が違うね?」
訝しむようにこちらを見てくる。だから私は、口元に笑みさえ浮かべて応えた。
「ええ。少し、思うところがあって」
「へぇ? まぁ、追及するのはやめとこうかな」
私自身もその方がいいと思う。
「他の人達はどう?」
ハクアはまだ返答していない者に目を向ける。その中には雪音の姿もある。
「私はあなたについてもいいかな」
雪音は静かに、けれどしっかりとそう告げた。
「ホント?」
「うん。あなたと一緒にいた方が多分、一番早いから」
「?」
ようやく味方ができて顔を綻ばせるハクアに、雪音は小さく呟いていた。なんでもない、と答えて首を振る。
そんな雪音が、ふと私に向き直った。
「美夜ちゃん。これで、別々だね」
「ええ、そうね」
「なにがあったかはわからないけど、吹っ切れたみたいで良かった」
「雪音こそ、ちゃんと自分で選んだのね」
「うん。ちょっと、思うところがあって」
先程私がハクアに言ったことと同じセリフだった。私達は笑い合い、しかし腹の内では残念に思っていた。……この世界で道を違えるということは、敵対する可能性も出てくる。幼い頃からよく一緒にいた雪音と戦うことにならないといいとは思うが、ハクアにつかないと決意した時に覚悟は決めている。
私は私の願いを叶えるために、これから先の人生全てを費やしてもいいとさえ思っていた。
その後、他の人達もハクアにつくと返答していた。懸命な判断だと思う。ここなら後ろ盾も得られるし、白皇は強い種族だ。大抵の場合は優位に立てるだろう。
わざわざ白皇と敵対してまでやりたいことさえなければ、悪い判断ではない。
「女神七人の内、六人も別のところ行っちゃうんだ。ちょっと残念かなー」
「私達には私達の目的があるというだけだ。また、見えることもあるだろう」
「うん、そうだね、きっと。それも、私達がまた顔を合わせる時は――」
ハクアはそこで言葉を一旦切って、真剣な表情をする。
「黒帝クンがどっかにいるよね」
白皇たる彼女にとっては、無視できない存在である黒帝。
女神の私達にとっても、いずれ再会することがあると思われる灰人。
私達とハクア、灰人はどうやっても関わることになる運命――と言うと少し綺麗に聞こえるが、そういう星の下に生まれたのだろう。……まぁこの場合は、そういう世界の下に来てしまった、というところだろうが。
「……なんにせよ、私達は別々の道を行く者同士。あまり慣れ合う必要もないだろう」
「冷たいなー、もぅ。でも確かに、あんまり引き留めちゃうのも悪いよね。そんな権利ないし」
突っ撥ねるような諌山さんの言葉。彼女からしたら、これまでの誰かの面倒を看ないといけない状態から解放されるからだろうか。もしかしたら、それが諌山さんの本音だったのかもしれない。
「もしかしたら敵として会うかもしれないけど、今日は手出ししないであげるから」
「それは、有り難いことだな」
逆に言えば、暗に今日中には出ていけと言っているようなモノだが、敵対する可能性がある者を見逃してくれるというだけでも慈悲のある方だろうか。
私達姉妹と諌山さんと水谷さんは、今まで同行していた皆に軽く別れの挨拶をして神殿から立ち去る。
そのまま真っ直ぐに神都の門を潜った。シャフルールから貰った馬車も、荷物も取りに行かないようだ。私達は必要ないと判断したからだが、二人にも不要なのだろうか。
門を出てしばらくしてから、諌山さんが口を開く。
「ここで別れるとしよう」
神都を出るという目的の一致だけで同行していたとでも言うかのように、そう告げてきた。まぁ実際その通りなのだが。
「はい」
私は素直に頷いて、別れの挨拶でもしようかと口を開いた。
「美夜」
私がなにかを言う前に、諌山さんが真っ直ぐに私を見据えて名前を呼ぶ。……驚いた。諌山さんが私を下の名前で呼ぶなんて。今までは「母屋」か「母屋姉」だったような気がする。
「次会った時、私達は敵同士だろう」
どこか確信しているような口調で言う。
「わかっているとは思うが、その時は容赦しない」
金色の瞳に、敵意が映っているのが見て取れた。……私に心当たりはないが、どうやら諌山さんには私達に敵対する理由があるらしい。それを今まで察せなかったのは隠すのが上手かったが、私が気に留めていなかったのどちらかだが。
諌山さんはとてもいい先生だ。それは間違いない。男女問わず生徒達から憧憬の念を集め、絶大な人気を誇っていたと言っても過言ではない。正直なところ、私も憧れていなかったとは言い切れない。素直にカッコいいと思うし、異世界に来てからも健在だった判断力には見習う点も多かった。
――そんな彼女から真っ直ぐに敵意を受けて私は、
「ええ、私もそのつもりですよ、静香さん」
笑って応えた。
いきなり下の名前で呼ばれたことにか、それとも私の反応を見てか、静香さんは目を見開いて驚いていた。しかしそれもすぐに次の表情へと移り変わる。
――笑みだ。それも、獲物を見つけた肉食獣のように獰猛な、笑みだった。
「……このタイミングで私を名前で呼ぶとは、随分挑発的だな」
「はい。明確に敵対するのであれば、これくらいしておいた方がいいかと」
「ふっ。まぁいい。なにを吹っ切れたかのかはわからないが、いい表情だ。できれば元の抑え気味な方がやりやすかったが」
「……今まで私は異世界でやりたいことがなかった――もちろん目の前の目的こそありましたが、明確にやり遂げたい物事がなかっただけです。それができたから、私の意志で行動を起こそうかと思いまして。静香さんも、似たようなモノでしょう?」
「お前に見抜かれるとは、私もまだまだだな」
「だって静香さん、楽しそうですから」
そこで、静香さんは少しきょとんとした顔をしていた。……いつも表情を引き締めているからか、とても可愛げのある顔に見える。そして、とても珍しい表情だった。
「……涼羅」
「うん~。静香ちゃんってばぁ、すっごく嬉しそうだったよ~」
名前を呼ばれた水谷さんはなにが言いたいのかわかったのか、すぐにそう答えた。静香さんはその言葉に右手で額を押さえるようにして俯く。どうやら、先程の笑みは彼女の意思ではなく自然と出たものだったらしい。……その方が彼女の根幹にかかってきそうなのは兎も角。
「……はぁ。どうやら私は、私が思っているよりも好戦的というかなんというか、積極的らしいな」
ある意味では私と同じ。
日常生活において押さえつけられていた部分が反動を受けて大きくなってしまっているようだ。
静香さんは美人で、なにより私達より長く生きている。私があのまま何年も過ごしていれば、それは途轍もないストレスになっただろう。
割りと我慢の利かないタイプの人なのかもしれない。ただ、元の世界でそれを発揮すると事件の一つや二つを起こしてしまっていたかもしれないというだけで。
「いいと思いますよ、ここは異世界ですから。好き勝手にやればいいと思います」
助言というほどのものでもない。あるいは自分自身に言い聞かせる言葉だったのかもしれない。
「……お前に諭されるとは思わなかった。だが、そうだな。わざわざ元の世界に縛られる必要は、もうない」
答える静香さんの声も、きっと同じだ。誰かに告げているようで、自分に言い聞かせている。
「つまり、ここでお前達を殺してしまっても構わないわけだ」
「ええ。それができるなら、ですが」
不敵な笑みを浮かべる静香さんに対し、私はにっこりと答える。口にする前にやっている、ということだろう。光が彼女の支配下にあるとしても、闇であれば対抗できる。
光あるところに、また闇もある。光が強くなれば、闇もまた強くなる。光と闇は対であり、切っても切り離せない相互関係にある。
だからこそ、私は静香さんの攻撃の意図が感知できた。
「やはり、私とお前では相容れないな。性格はわからないが、光と闇はそうあるモノだと相場が決まっている」
「そうなんですか。静香さん、やっぱり漫画とかアニメとか好きですよね」
「ああ、よくわかったな。もし私一人でこちらの世界に来ていたら、それはもう面白くない、よくある異世界召喚モノになっていたことだろう」
どうやら元の世界でも異世界に来てしまうような物語はあったらしい。私が触れてこなかっただけで。
「本当に、ままならないものだな、現実とは。だが、だからこそ、面白い」
静香さんは元の世界とは異なり、今の状況を楽しめているようだった。
「ええ、本当に。では私達はこれで失礼します。今日のところは、お互いになにもしないということでいいですか?」
「ああ。おそらくだが、お前達とやり合うにはまだ早い」
静香さんはそう言って身を翻し、コートを靡かせる。
「行くぞ、涼羅」
「うん~」
水谷さんもその後についていった。
その後ろ姿を見てから、卿の風に乗って空を飛び、一気に目的地へと向かう。……光の方は感知できても時の方は感知できないので、私達としても「今はまだその段階ではない」と言えた。なにより敵対してもいい、ということと敵対したいは違う。なにも好き好んで二人と戦いたいわけではなかった。
私達は揃って低空飛行で目的の地を探す。
しばらくして、ようやく見つけた。
彼ら《・・》は恭しく片膝を着いて私達を迎えてくれた。
「お待ちしておりました、女神様」
先頭にいる白髪の男性が顔だけを上げる。
肩にかかる長い白髪に、浅黒い肌。上半身にはなにも着ておらず、鍛え上げられた肉体が見える。赤い瞳をしているが、私達で言うところの白目部分が黒くなっていた。特徴的な黒い捩じれた角が、彼が魔族であると教えてくれる。
彼らは、昨日神都に攻めてきた魔界の軍勢だった。
私達は彼らを探していた。
「待っててくれてたの?」
「はい。我らの王に相応しいのは、貴女しかおりません」
「……っ」
彼の言葉に、思わず心が弾む。まさかこうも上手くいくとは思っていなかったのだ。
「そう、それは良かった。私もそれを提案しようと思っていたのよ」
「光栄の至りです」
「詳しい話は移動しながらでいいかしら」
「はい、仰せの通りに」
頷くと彼は立ち上がり、傍に控えている者達に合図を出す。
急に出てきた私に対してここまで従順にしていると、なにか裏があるのかと勘繰ってしまう。
「少しぐらいは戸惑いを見せてもいいと思うのは私だけ?」
意地悪く言うと、彼は「ああ」と納得したような声を上げた。
「予言者――と言うと語弊がありますが、『未来予知』のできる者がいますので。その者は利害の一致で一時的に協力してもらっているだけですが、名を“魔女”と」
その名は聞いたことがある。シャフルールから注意しろと言われていた者だ。具体的になにをしている人なのかという記述はどんな文献にも載っていなかったのだが。
「“魔女”さんは私達がここに来て、あなた達の王になるとでも予言したのかしら?」
「より正確に言わせていただくのであれば。『闇の女神が神都にいるわ。きっと、彼女の姉妹達も魔界に協力してくれるでしょう。頼めば快く引き受けてくれるはずよ。私に視えた未来では、魔界の軍勢を率いる彼女の姿があったもの』とのことでした」
平静な男性の声で女性口調をされると妙に違和感がある。それは兎も角、“魔女”の『未来予知』は近い時を視るのではなく、いずれ来る遠い未来を視ることで現在との違いから過程を予想するのかもしれない。半分以上が推測になる気がするため、あまり使い勝手がいいわけではないのだろう。
「そう。“賢者”が気をつけてと言う“魔女”に会える可能性もあるのね」
「? 女神様方はまだお会いしていないのですが?」
何気なく私が口にした言葉に、彼が不思議そうに返してきた。
「会ってない、と思うけど」
そう聞かれると不安になってしまい、姉妹達を見る。三人共首を縦に振って肯定してくれる。
「そう、ですか。彼女はイルデニアへ女神に会いに行くと言っていたのですが……。イルデニアで女神と言えば時元がいますので、そちらだったのかもしれませんね」
「ふぅん」
シャフルールと関わりのあるアルディが“魔女”と会っていたとは思いにくい。
後で本人に会えたなら聞いてみるだけ聞いてみるとしよう。
「つまりあなた達は私が神都にいると思って来たわけじゃないのよね?」
「はい」
彼が頷いたのを見て、この出会いは偶然だったのだと理解する。……まぁ、いつかは彼らと出会うことにはなっていたのだろうか。彼らからしても今この時に闇の女神と会えるとは思ってもみなかったのだろう。
「この幸運は、神にでも祈った方がいいのでしょうね」
彼は「神など信じておりませんが」とつけ加えて言った。堅いだけではなく、冗談も口にするらしい。
「確認だけど、あなた達にはあなた達で神都に攻め入る理由があったのよね?」
「理由なく攻め込めるほどの余裕はありません、残念ながら」
「その理由についても、話してくれるの?」
「はい。貴女を王と仰ぐのであれば我々の現状をお伝えしないわけには参りませんので」
それについては移動がてらじっくり聞くとしよう。
「じゃあ、そろそろ移動しましょうか。話はその道中にでも」
「かしこまりました」
恭しく一礼する彼を見ながら、思う。
闇の女神というだけで彼らは私を敬ってくれる。
しかしそれでは足りない。私がしっかりと彼らの長であると心から認めさせるようにしなければ力は生まれない。
……私にそんなことができるのだろうか。一応生徒会長として生徒を代表する立場には立っていたが、一介の生徒会長と王では格が違いすぎる。
けれどやるしかない。私はそのために彼らを探していたのだから。きっとできるはずだ。
なにせ、なにかを演じるのは得意だから。
彼らにとって「いい王」になれるように努めよう。もちろん無理して本来の目的を忘れてはいけないので、今度は程々に。
私は彼の後に続いて歩き出す。
「そういえば、名前を聞いてなかったわね」
「私の名前、ですか? エルダーテ・オラウド・ダンテリュー・ベルゼブブですが」
「長いのね」
「ではエルとお呼びください。他の者もそう呼んでおりますので」
「私は美夜よ。女神様だと妹達と被るから。順に響、奏、夏代よ」
「かしこまりました。では、そのように」
エルはまた一礼する。
これが、後に“魔王”と呼ばれる少女と、“魔王の右腕”と称えられる魔族との出会いであった――。
これにて第三章は完結となります。
第四章からは灰人視点に戻ります。
長らくお待たせしてしまって、申し訳ありませんでした。
また間が空くかもしれません、ご了承ください。