美夜の願い
最近では珍しく、週一更新になりました。
まぁ、少し短めですが。
あと一話で三章は終わりになります。
できればこの週末には更新したいところですが……。
魔界の軍勢が退いてから、私達は改めてハクアのいる謁見の間に来ていた。
「うん。戦いにならなかったのは意外だったけど、向こうが退いてくれたから良しとしようっ」
彼女はそう言って朗らかな笑みを浮かべている。
「まさか天気――というか、空の時間帯を変えちゃうなんて思わなかったよー。私だけでも殲滅ならできるだろうけど、今回のはあなただからできたのかな?」
随分と含みのある言い方だった。
「私には母屋に傅いているように見えたがな」
諌山さんがはっきりと口にする。それに私はびくっと肩を震わせることしかできなかった。
……二人は魔界の人達が闇の女神である私を崇めていたことに気づいている。この部屋の視線が私に集中している気がして、嫌な心地がした。注目を浴びることには、生徒会長をやっていたこともあって慣れているつもりだったが、今回のは違う。
「美夜ちゃん?」
水谷さんがこちらを覗き込むようにしている。私を心配するような素振りだが、多分この人は優しそうに見えて非情にもなれるタイプだ。本音で話し合ったら相手側の心が砕けるのではないかと思っている。浅い付き合いならとても優しい人なのだが。
「あー、悪ぃ。あんだけ広い範囲に“夜”創ったもんだから、疲れてるみたいなんだ。あんたんとこにつくかどうかも含めて、明日にしてもらっていいか?」
その時、夏代がハクアに向けて言った。驚いて夏代の方を見ると、響がそっと私の背に手を添えてくれる。
「あ、うん。別にいいよー。じゃあ明日まとめて返事貰っていい?」
他の人達を見回して言う。皆が頷いたことを確認して解散を宣言し、ぞろぞろと神殿を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私達四人姉妹は神殿を後にして、早々に宿屋へと戻ってきていた。もちろん私のせいだ。私が姉としてしっかりしていないからああこういう思考が邪魔をしているというのに――。
駄目だ。頭の中がぐちゃぐちゃになっている。とりあえず考えるのをやめよう。思考を停止して、これから三人に一つずつ少しずつ、私の想いを語っていこう。ごちゃごちゃになってもいい。ない交ぜになってもいい。
私が本音を打ち明けるという行為こそが大事なのだ。
「――美夜」
誰かが私の名前を呼んだ。夏代か、奏か、それとも響だったのか。誰でもいい。
私は顔を上げる。
未だ不安は拭えない。今も客観的な私がこれから私がしようとしていることを責め立てている。必死に止めようとしている。
けれど、もうそれも終わりにしたい。
「……ねぇ」
自分でも驚くほどに声が掠れているのがわかった。
「私の話、聞いてもらっていい?」
私の問いに、三人はすぐ頷く。その優しさが有り難く、それでも確認したくなってしまう。
「ホントに? 私の話を聞いたら――引くかもしれないのよ?」
「美夜がいつも頑張ってんのは知ってるからな。まぁいいんじゃねぇか? ここにはあたし達しかいないんだし」
夏代が普段と変わらぬようににかっと笑みを浮かべる。
「美夜がなにかに耐えていたことは知っているつもりだ。これでも私達は姉妹だからな。特に妹は、姉の背中を見て育つものだ。内容がなにかは察せなくとも、ある程度の気配はわかる」
奏がしっかりとした口調で、静かに告げる。
「美夜はいつもお姉ちゃんらしくて、それに人間として正しかったよね。どこか病的なまでに。だから本心を語ってくれるなら少し嬉しいな。だってこの時を、何年待ったかわからないんだよ」
響はいつものように優しく微笑んで、痛いところを突いてくる。優しそうに見える人物ほど最も厳しくできるのだと思ってしまうのは、彼女のせいなのかもしれない。それに響は二人と違って双子の妹だ。少し生まれ落ちるのが早かったというだけで私を姉としてだけ慕うのは難しいのかもしれなかった。
それも、今では有り難い。
「夏代。奏。響。ありがとう」
三人それぞれの顔を真っ直ぐに見つめ、礼を言う。私はここで、自然と頬が緩んでいることに気づく。思えばあまり笑えていなかったかもしれない。異世界に来てから緊張が続いたり、客観視したりと緊張の連続だったからかもしれない。……そう考えるといつも笑顔を湛えている水谷さんや響は凄い。加えて真顔になった時が怖い。
「話すわ、私のこと。全部、思いつくままに喋るから、あんまり筋は通っていないかもしれない。それでも、聞いて欲しい」
私がもう一度、はっきりとした口調でお願いしても、三人はすぐに頷いてくれた。
だから私はもう躊躇わない。
「まずはそうね。ハクアさんの下につくかどうかから――」
私はそれから、一つ一つをできるだけ丁寧に伝えようと言葉を紡いだ……と思う。自分でも途中から辻褄が合わなくなっているのではないか、そんな不安に駆られていたからだった。
それでも最後まで、全てを語り切るまで――と言っても言葉で表し切れるものでもないので、私が言いたいことの全てをという意味だが――いけたのは、単に三人が真剣な表情で話を聞いてくれたからだ。
最後に、私のしたいことを告げた。
「――私は、私はね、■■■■■■■■たいの」
先程湧き上がった、あってはならない欲望。それを口にする。そしてその方法、手段についてもぽつりぽつりと語っていった。
全てを語り終わって、私はふーっと大きく息を吐く。どこか胸がすく思いだった。心が軽くなったというか、先程まで思い悩んでいたことが嘘みたいに晴れやかな心持ちだった。
「す、凄いな、美夜は!」
「えっ?」
いきなり、夏代が口を開いた。それも、瞳を爛々と輝かせて身を前に乗り出して、だ。頬を紅潮させていて、興奮気味なのがよくわかる。
でも、なんで?
私の疑問は尽きない。さらに、
「ああ、本当に。美夜は頭がいいと思っていたが、まさかそんな手を思いつくとはな」
ふふっ、と恍惚な表情で奏が微笑んでいる。
だから、えっ?
「あぁ、それって凄く、ホントに、最っ高っ……!」
響なんかは自分の身体を両腕で抱き締めながら熱に潤んだ瞳で私を見上げていた。
……ああ。
そこまで見て、三人の態度を見て、私はようやく理解に至った。
なに、最初から私の心配など杞憂だったというだけだ。
……だって、歪んでいたのは私だけじゃなくて、私達姉妹だったのだから。
「……ふっ、ふふふっ。もう、ホントに、バカな妹達」
急に笑いが込み上げてきた。こんなに、心から笑ったのはいつ振りだろう。
それから、私達はしばらくの間笑い合っていた。
「ふぅ。じゃあ、方針は決まったわね」
私は目尻の涙を拭いながら言い、
「私達は、私達のために。私達が望む未来を掴み取りましょうか」
手の甲を上にして前に伸ばす。三人は少し戸惑ったようだが、すぐに私の手の上に掌を重ねてきた。
「よぉーし、やってやるぞ。エイエイオー!」
一番上に手を乗せていた夏代が元気良く手を挙げる。
「「「……」」」
しかしそれに続く者は誰一人としていなかった。
「ちょっ、そこは乗ってくれよ!」
「柄でないからな」
「子供っぽいからね」
「少し恥ずかしいわ」
「ノリ悪いなーっ」
こうして、私達はいつまでも談笑していた。
それが捻じれた結束であっても。
私達は私達の目的のために行動し、生きていく。
――例えそれが、歪み切った結末しか生まない最悪の選択だったとしても。私達にとってはそれが、最善だと思えたのだった。