闇の女神
お久し振りです。と言っても久し振りに前話から一ヶ月経ってない内に更新できました。
四月中に三章の美夜視点が終わる予定です。あと一、二話だと思うんですけど。
※前話で神都に攻め込んできた軍勢を「悪魔の軍勢」にしていましたが、間違いでした。正しくは「魔界の軍勢」です。m(__)m
神都を訪れた私達を出迎えた白皇・ハクアに、私達は神都を襲撃してきた魔界の軍勢とやらを迎撃するよう言われてしまった。
「わかった」
まだ彼女に協力するかどうかも各々に聞いていないからか、貸しを作っておくのも悪くないと考えたのか、諌山さんは二つ返事で了解してしまった。
「じゃ、よろしくー」
ひらひらと軽い調子で手を振られ、私達は一度神殿を後にする。
「相談もせずすまないが、ここで断れば援助しないと言われる可能性もある。ひとまず受けた方がいいと思ったのだが」
「うん~。いいと思うよ~」
諌山さんが一言謝罪を一言口にすると、水谷さんがあっさりと許した。
「……諌山さんは、ハクアに協力するつもりなんですか?」
私は思わずそう尋ねていた。白皇とは敵対するかもしれないと密かに思っていたからだ。
「そうだな、どうしようかは迷っている。どちらにせよここで貸しを作る分には損はないはずだ」
珍しく判断に迷っているようだった。
「そうですか」
私も気乗りはしないが他に宛てがないため、迷っていた。一度保留にさせてもらって四人で話し合おうと思っているくらいだ。
「返答は明日に回す予定だが。とりあえず人数も少ない、四方に散って撃退するのがいいだろう」
ハクアに協力するかどうかは一旦置いておいて、軍勢への対処に移った。
「私達四人が半分請け負います」
私はそう提案した。戦力として、私達と諌山さんと水谷さんと雪音の七人が女神で同程度と考えれば、他の娘達も戦ってくれるかは兎も角、私達姉妹とそれ以外の人達の二手に分かれた方がいいだろうと思ったのだ。
「そうだな、半分に分けるならその方がいいか。悪いが、こちら側半分を頼めるか?」
諌山さんは少し顎に手を当てて考え込むようにしてから、神殿を背にして左側を指差す。
「わかりました」
異論はないので素直に頷いておく。
私達四人は集まって歩き、配置などについて話し合った。四人が等間隔に並んで迎え討つとして、その配置をどうするかだ。能力的に範囲攻撃向きかどうかが重要になってくる。両側に比較的広範囲に攻撃できる二人を置いていざという時にフォローできるようにしたい。
ということで、左から順に夏代、私、奏、響の配置だ。今回範囲攻撃に向いてなさそうな能力持ちは奏に当たる。剣を作って戦う能力だからまとめて敵を倒すことには向いていないのだ。その点私達、ひいては諌山さんなど他の女神だとむしろ得意だったりする。
私達は響の操る風に乗って配置についた。神都を囲む巨大な壁の上に佇むと、遠方で蠢く軍勢が視界に入る。文献で見た通り、魔界の軍勢というのは悪魔と魔族、魔物で構成されているようだった。
悪魔とは、角、蝙蝠のような翼、尻尾を持つことが特徴の種族で、その本質は自らの欲望に忠実。
魔族とは、角を持つ種族で、角や瞳、肌の色で強さの上下がある珍しい種族だ。魔界に住む主要な種族らしい。
魔物は種族ではないが、中には知性のある個体もいるので軍の一員として扱われることも多く、その個体が知性の低い魔物を統率することで集団の体を成すようだ。
今回は様子見の意味合いが強いのか、強そうな魔力は少数だ。遠目から見ても悪魔や魔族より魔物が多そうだった。
……私の正面に、一つだけ際立った魔力が存在している。おそらく軍勢を率いている者だろう。ここからではまだ姿は見えないが。
「――“夜”よ」
私はまず、こちらの力を誇示するために街と軍勢を丸ごと覆うほどの“夜”を作り上げる。……ちょっと無理はするけど、これで躊躇してくれるなら儲けものだ。
効果はあったのか、軍勢が一斉に足を止めて空を見上げていた。
「えっ」
驚いたことに、軍勢が一斉に傅き始めた。悪魔も魔族も魔物も等しく膝を着いて頭を垂れる。
左右の姉妹へ視線を走らせると、私と同じように戸惑っていた。
私達が困惑する中、今回の軍勢を率いていると思われる者が軍勢の一歩前に進み出る。……遠いからあまりよくは見えないが、白髪の魔族だ。男だと思う。
その魔族は片膝を着いて両手を組み、祈りを捧げるような恰好になった。
「我らが女神よ」
聞こえるはずがないのに、彼はそう言っているように思えた。
――あ。
瞬間、私の中で一つの考えが思い浮かんだ。それは、あってはならない思考だ。姉として、人としても持ってはならない考えだった。
客観的な私が、私の思考回路を異常だと訴えかけてくる。いつも、いつも私本来の思考を邪魔してくる、人に見られるための私だ。
一度思いついてしまったものは取り消すことができない。そんな当たり前のことが、ストレスとなって私を蝕んでいく。
――私は知っている。私が普通の欲望を持てないことを。
と言うと少し語弊があるかもしれない。普通の欲望は持てる。ただ、普通で留まらないだけだ。
覚えてもいないほど昔なら、一般的な欲望を抱いただけだったかもしれない。けれど、いつしか歯車が狂い始めてしまった。
幼い頃の記憶は今でも焼きついている。といっても鮮明なものではなく、ただ誰もが「あなたは一番お姉さんなんだから」と声を揃って唱える光景だ。
それは現代に残る呪い。ある意味では私達のいた世界に存在している魔法だ。
なにせ、あの頃の誰とも知らない赤の他人の言葉が、今も私を縛りつけているのだから。
これを呪いと言わずしてなんと呼べばいいのだろうか。
無論、それに何度救われたかもわからない。普通の人でなくなってしまった時から、今のように危険な思考に走る傾向があったが、客観的に見て“いけないもの”と思う機能が備わったのだから。
しかしそれ以上に邪魔されたと思うことの方が多い。
しかもこの世界においては、人殺しも許容される。私達のいた世界と常識から変わっている。
――ああ、煩わしい。異世界に来てまで私を邪魔しないで欲しい。
けれど今の私の考えは、決して許されるものではない。姉妹達に相談したいが、したら引かれてしまうのではないかという不安もある。
私が跪く軍勢のことなどすっかり忘れて悩み込んでしまっている内に、魔族の男は祈りをやめて身を翻しなにやら合図を出していた。するとどうしたことか、軍勢が踵を返して後退し始めた。
こうして魔界の軍勢との戦いは、戦いになる前に終わりを告げた。
……私はと言えば、先程思い浮かんだ考えについて思いを巡らせてばかりだった。