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諌山静香の真意

かなり更新していなかった気がします

お久し振りです、遅れてしまった申し訳ありません


本当はGWぐらいに一話更新したかったんですけどね

この話を読めばわかる通り、長めです

区切りのつくところまでいけなくて、みたいな感じで伸びてしまいました


近々活動報告でも言うと思いますが、新年度で状況が変わっても休載はしません

週一のペースでどれかを一話更新できればいいかな、といった程度ですが


長々と失礼しました

では丸々諌山静香視点の一話です、どうぞ

 ふと、自分が寝転がっていることを認識した。瞼と身体が重く起き上がる気にならない。


 ……ああ、起きるのか。


 慣れた感覚から自らの状態を把握し、目を開けた。ここ数日で見慣れた木の天井が見える。暖かな布団の中に留まっていたい気持ちを抑えて上体を起こす。幾度か瞬きをして眠る前と部屋が変わりないか見渡して、涼羅の姿を確認した。長方形の向かいの壁寄りにあるベッドですやすやと眠っている。


 今夜も問題はなかったようだ。


 精神的に疲れることだが、念のため空き巣などの可能性も考えて泊まっている。しかしその心配はなさそうだ。多少の不安はあったが、どうやら目利きは正しかったようだ。


「……んみゃ」


 涼羅が寝惚けて呻いていた。そんな姿に苦笑しながら、ひとまずシャワーを浴びて目を完全に覚まさせるかと思い至る。

 なにせ今日は山賊狩りに行こうと思っている日だ。一応前日に他の者には伝えておいた。


 私はベッドから下りると大きめのタオルを持ってシャワールームへと向かう。


 ベッドとベッドの間の壁に扉があり、そこを開けると狭い脱衣所がある。私達のような大人であれば一人が立っているだけで精いっぱいだろう。

 木で編まれた籠に、寝間着として使っている白のセーターを放り込んだ。女性二人の部屋ということもあり、大きめのセーターだけを上に着て寝ている。下着は黒だが、客観的に見て自分に似合わなくはない色を選んだつもりだ。ブラのホックを外し、ショーツを下ろして籠に入れた。

 この世界に来て心から感謝することの一つは、衣服などのサイズに自動調節機能がついていることだ。元の世界から身に着けていた下着はサイズが合わなくなってしまったため、シャフルールと会ってそういったモノの存在を知るまでは窮屈な思いをしていた。私などはまだ軽い方で、涼羅は非常に困っていた。


 脱衣所の曇りガラスの戸を開けると、これまた大人一人が立って入れる程度の広さをしたシャワールームがある。脱衣所よりは籠がない分少し広く感じた。


 シャワーがこの世界にもあるとは意外だったが、異世界人を召喚する術もあるようなので異世界技術を取り入れているのかもしれない。


 脱衣所よりは奥行きがある。蛇口を捻ってシャワーから水を出し、湯に変わるのをじっと待つ。シャワーから出る水が湯気を立て始めてから、頭から湯を浴びた。


「……」


 あまり目覚めた後に寝惚けるタイプではないが、朝シャワーを浴びると頭が冴えてくるように感じる。

 それに、こうして考え事をせずにシャワーを浴びていると別の考え事を始めて目的を再認識できるのだ。


 一つ息を吐いてから頭を上げてシャワーのかかる範囲から出て、濡れて肌に張りついた髪を後ろに払った。

 洗顔料などを置くための小さな棚にあるシャンプーを使って髪を洗っていく。こちらの世界ではなんと言ったか忘れたが、まぁ髪を洗うためのモノと覚えておければ問題ないだろう。なにより女神となってからは手入れをしなくても一定の髪質が保たれるようになってしまった。なんとも努力しがいのない身体だが、やはり女神というからには人間とはあらゆる点でかけ離れているのだろう。


 それでも一応雑にではなく丁寧に髪を洗っていく。


 身体を清潔に保つのは女性というよりも社会人としてのマナーだが、義務として身だしなみを整えるのと綺麗に見られたいから身だしなみを整えるのとではモチベーションがかなり変わってくる。

 恋をすると世界が輝いて見える、というヤツはこの辺りが理由なのかもしれない。


 そんなことを考えながら泡を流し、リンスに近いモノを髪につける。これはこちらの世界でリンスかコンディショナーを作る過程で出来た、リンスに近いモノだ。私とは違って原材料にも詳しい涼羅が近そうな素材で作ったモノになる。

 使っている感じでは現代のモノと変わりないので、流石は涼羅といったところか。


 教師時代、悩める女子の味方とまで言われた水谷先生は異世界でも健在らしい。


 髪を洗った後は身体を洗う。シャワーを浴びたままではできないので、室内の手前に移動して念入りに洗っていく。女神の肌がどれほど人間離れしているのかはわからないこともあり、涼羅から毎日身体を綺麗にするように言われていた。身体の清潔さは体調にも関わってくるからな、流石は保健の先生というところか。


 身体の隅々まで洗ってから再びシャワーの下に戻る。泡を洗い流すよう全身に湯を浴びた。


 泡を落としながら、頭の中でこれからの予定について考える。


 山賊狩りに関して大きな心配はしていない。シャフルールの話によると、私達異世界人はこの世界の人々よりもステータスの伸びがいい。さらに私は女神の種族に転生したので、その中でもステータスの伸びがいいという。

 つまり私の脅威となり得る存在は、同じ女神か女神よりも格上の種族だけとなる。


 戦い慣れた凄腕の冒険者であれば話は変わるだろうが、今回相手にするのは自分の弱さに向き合わず逃げ出した愚か者共だ。

 殺すことに躊躇しなければ相手にならないと思っている。


 問題はその後だ。神都に向かうのはいい。ただ、シャフルールの持っている文献で情勢を調べてはいたが、世界情勢は日々変化するものだ。状況が変わって援助を受けられない可能性もある。しかしわからないことは考えても仕方がない。


 それに、最悪支援してもらわなくてもどうにかなる。


 資金を集めること自体が最終目的ではないのだ。最後になにを成したいのかだけ頭に置いて行動すれば、一つの手段に捕らわれることなく動ける。


 目的のためならなんだってしてやろう。


 その目的が達成されるのなら、例えこの世界が滅ぼうともどうでもいい。というよりこの世界が滅ぶ程度で達成されるのなら滅んでしまえばいいと思う。


 兎も角、私はその目的を教師としての最後の仕事と決めていた。あわよくば、と思う他の目標もあるがそれはいい。目的を達成しなければ思い描く必要がない。


 ――私はあいつに、人を頼ることを教えなければならない。


 そもそもあいつが心を殺し、今までの状況に甘んじていたのは「家族に迷惑をかけない」ということを念頭に置いていたからだ。

 自分が仕返しをすれば家族に迷惑がかかるかもしれない。家族に相談して問題になれば私的に復讐してくるかもしれない。……挙げれば他にもあるだろうが「かもしれない」という可能性を考慮した結果、『自分が虐められていればいい』という結論に至った。

 大体、武術を学ぶことで確かに護身術となるだろうが、それを怪我して家族を心配させないため、などという理由で学ぶ方がおかしい。

 そういう意味では、私があいつに会った時点であいつは既に「完成」していたのだろう。


 あの姉妹が虐められたあいつを見て、虐められたら言ってということを言ったのは明白だ。というより一度話に挙がった段階で言う典型的な台詞といえばそれに当たる。

 それを受けてもなおあいつは相談しなかった。当時小学生だったことを考えても普通の反応とは言い難かった。


 問題はもっと小さい時に自分が我慢すればいい、というような出来事があって人に頼ることを学ばなかったことだ。


 自分が我慢して周りに相談しない。そういう性分になったきっかけが幼い頃になければ、そんな風にいじめを許容したりしない。

 よくある例ではいじめっ子が脅迫してきたという理由がある。それこそあり得ない、あいつが脅迫に屈するような性格だったとは到底思えなかった。


 こちらの世界に転移する前まではいっそのこと、私が引き取ってゆっくり時間をかけて人に頼ることを教えていこうかと思っていたのだが。


 常識的に考えれば障害が多すぎて話にならない。そもそもあいつがそれを望むかもわからない。感情がほとんど働かなくなって、他人に対する情が見えないあいつがなぜ家族に対しては情を持ち続けているのか。私にはそれが一番の謎だった。しかしどうやら家族に対する愛情が深いわけではないようだ。

 どちらかといえば家族かそうでないかで接し方や許容範囲を分けているだけで、特別情があるわけではないだろう。血が繋がっているからここまでは許す、というような様子に思えた。

 それこそ真にあいつと打ち解けることができたのなら、もしかしたら特別な一人になれるのかもしれない。


 ……それは流石に無謀すぎるか。なにより私はあいつに甘えて欲しい。間違えた、頼って欲しい。


 最悪の場合は嫌われてもいい。あいつに人を頼ることさえ教えることができるならそれでいい。ただ、あいつが頼る最初の相手が私であればと願ってしまうのは身勝手な欲望だった。


 目的を達成するには、問題が数多くある。

 第一に、どうやって人を頼りにさせるか。そもそもあいつがこの世界でなにを目的に動くか全くわからない。案外田舎でのんびりしていそうだが、あいつのことだ。きっと普通に過ごしたところで平穏な生活を送っているということはないだろう。黒帝の種族を知る人物が関わってきて、大きな出来事の中枢に関わっていくはずだ。しかし、あいつは精神的にも肉体的も強すぎる。単独でいる時、人に頼るほど追い詰めるのは難しいだろう。なによりあいつが得たスキルがチートすぎる。まともに戦って追い詰められるわけがない。ということは、だ。あいつを独りにせず団体戦に持ち込む必要がある。

 異世界に来て家族に迷惑がかからないとなった途端、あっさりと虐めてきた相手を殺したことが証明している。あいつは一人になった方が強い。思い留まる要素がなくなるからだ。


 つまり、ざっくりとだが人を頼らせる作戦としては世界大戦を起こすということになる。


 国同士の戦いであればあいつがたった一人強くても勝つことはできる。勝つために必要な犠牲は数え切れないだろうが、この世界で何人死のうと構わない。もちろん支持されなければならないので、綺麗事を並べる必要はあるが。


 戦争を起こしてあいつ一人ではどうにもならない状況を作り出し、人に頼ることを教える。


 なんとも自分勝手な目的だが、私もそう慈愛に満ちた性分ではないらしい。


 滅茶苦茶強いあいつを数の暴力でなんとかしながら追い詰めていく。国のために戦い続けてくれるかはわからないが、それはあいつの近くにいる女がなんとかしてくれるだろう。ダメだったら共犯者である涼羅を送り込むしかない。どちらにせよ、多少狂ったところで私は私の目的を諦めることはない。


 第二、第三の障害は戦争を起こすために必要なことだとして、問題はあの姉妹だ。


 あいつが我慢する性分になったきっかけを作った時にいたであろうあの四人。

 いじめの発端になった四人。

 いじめをずっと止めずに見ていた四人。


 いじめを止めなかったのは相談しなかったあいつにも非があるから置いておくとしても、だ。

 人を頼らない原因となったあの四人が邪魔だ。本人達に悪気がなかろうが関係ない。お前らが今のあいつを作ったのだと責め立ててやりたい。

 ……しかし怒りを感じ得ない相手ではあるのだが、そのおかげであいつが普通に人を好きになったりすることなくもしかしたら私がその最初になれるかもしれない可能性もなくもないということではあった。


 自分の願望で許せるような相手ではないし、なによりそんなあいつなら気に留めることもなかっただろう。


 もしもの話はいい。私が言いたいのは、私の目的を達成する過程においてあの四姉妹がいると邪魔だということだ。家族がいればあいつは頼ることをしないままなのではないか、という不安がついて回る。家族がいても追い詰められて、別の人が手を差し伸べると反動で頼ることもあるかもしれないが。

 これは私の生涯をかけての目的だ。不安要素は排除しておきたい。


 ……あの四姉妹が目的の邪魔だ。


 急激に感情が冷えていくのを感じて、慌ててかぶりを振った。漫画で言うところのハイライトの入っていない眼になっていたような気がする。

 まだその時期ではない。あいつに情と呼べるモノが残っているのは、家族がいるからだ。あいつが過ごす中で仲間ができればいいのだが、それも無理そうなら涼羅にやってもらうしかない。


 姉妹も女神なので、神託によればあいつの下に集まってしまう可能性がある。あいつのところへ行くというなら始末することも考えなければならないだろう。もしくは家族がいても目的に支障が出ないなら、もう気にする必要はなくなる。


 行動を起こすにしてもまだまだ先の話だ。


「……灰人」


 小さくあいつの名前を呼んでみる。すると私の中に温かい感情が戻ってきた。こうでもしなければやってられない。私は身勝手な女ではあるが、人間味のなさが大きく巣食っている。それこそあいつと涼羅と他数人以外に対しての情はほとんどないくらいだ。


「長く浴びすぎたな」


 考えごとをしていたら長くなってしまったようだ。シャワーを浴びると考えごとをしてしまうとはいえ、目的について思い返していたのがいけなかったのだろう。熱くなりすぎたようだ。

 周囲の時を手繰ることができるようになってから、腹時計は兎も角周辺のモノを見て時間経過を把握することができるようになっていた。

 蛇口を捻ってシャワーを止め、浴室を出る。


 タオルで全身の水滴を拭ってから下着姿で脱衣所を出た。


「シャワー長かったねぇ」


 髪を拭きながら扉を開けると、起きていた涼羅がにこにこと言った。


「ああ、少し考えごとをしていてな」


 言いながら外に出る服装である、紺の長ズボンと白いシャツを着込む。


「もっとオシャレすればいいのにぃ」

「興味がないからな。なにより、女として見て欲しい相手もいない」


 味気のないいつもの格好を見て涼羅が言うも、苦笑して返すとあぁと納得してくれた。


「それで、今日行くんだよねぇ」

「ああ。人相手は初めてだが、問題はないだろう」

「私も近くまでついてこっかぁ?」

「いや、いい。予定通り私は山賊狩りをこなし、涼羅はあいつらの様子を見ていてくれ」

「いいよぉ。でも静香ちゃん、山賊『狩り』って言ってるよぉ? ちゃんと退治、って言わないと」

「そうだったな」


 体のいい経験値としてしか見ていなかった影響だろう。発する言葉一つ一つにも気を遣っていかなければ教師にはなれない。


「じゃあ、私は予定通りにしてるねぇ。ちゃんと白皇の情報も集めとくからぁ」


 涼羅はこう見えてもてきぱき動く。のほほんとしているようで仕事は早いし、なにより呑気なフリをして計算高い。

 保健室の先生をやっていた頃に、涼羅の谷間を見たいがために仮病の男子生徒が殺到した時があった。発端は男子生徒が執拗に見てきて嫌だったからだが、その後は噂が広まるように無意識を装って見えるような姿勢を取り、問題に発展させた。これによって一時期は男子禁制に至ったわけだが、意図的に行っていたことだった。


 天然に近い性格の涼羅ではあるが、涼羅の身体つきと周囲の視線が天然でいることを許さなかった、ということだ。


「任せた。やりたくないことはやらなくてもいいからな?」


 男の視線を引き寄せられると自覚しているからこそ、自分の身体をそういった用途で使う道具と見ている節がある。一応だが念を押しておいた。


「大丈夫だよぉ」


 いつもと変わらない笑顔で応える。おそらく本当に大丈夫だろう。自分の身体を道具と思っていた、私と出会う前の涼羅でもなければ大切にしておきたい理由もあった。

 襲われるようなことがあっても問題ないだろう。実際女の細腕で男の腕をへし折る方法を熟知しているし、この世界に来て水の女神となったことで拍車がかかっていた。涼羅に水を操る力を与えるとは、種族転生というのは気が利いている。


「では、そろそろ行くか」


 私はハンガーにかかった襟つきの黒いロングコートを羽織り、部屋を出た。


 意気込んで出たものの元教え子達に阻まれて、結局涼羅が着替えて出てくるまで宿屋にいることとなってしまう。部屋に戻ったら涼羅に出る前のテンションをからかわれるに違いない。


「では行ってくる。涼羅、そっちは頼んだぞ」

「うん~、行ってらっしゃいぃ」


 私は見送られて宿屋から街の外へと向かった。……殺人をするのに見送りされるとは、滑稽なものだ。


 そんなことを思いながら街を出てアルディに指定された山賊の棲み処まで歩いていった。準備運動のために道中の魔物を狩っていく。適当にレーザーを放てば掃射できる。


 山賊の棲み処というから洞窟や建物などを想像していたのだが、予想に反して集落といった風情だった。


 冒険者の集まりだからだろう。テントを持ち寄って並べたり、場合によっては藁で覆った三角錐の屋根を作ったりしている。

 周囲には木で柵を組み立てて囲っていた。柵の内側に藁屋根のテントを並べているが、人の気配はないようだ。おそらくいくつかには警戒する者が入っているとは思うが、襲撃に遭った時に身代わりとして使えるからだろうか。

 集落はそういった円状の囲いがあるおかげでかなり広いようだ。内側に一際大きなテントがあるので、そこにこの集落を束ねる者がいると思われた。


 時元の女神アルディに話によればS級冒険者のパーティ四人が中心となっていて、総勢五十人程度だそうだ。


 外側のデコイを含め、かなり大きな集落となっている。

 さてここで問題だが、なぜ私は大きさや中心のテントを確認しながらものんびりと構えているのか。

 光を操るということで私が比較的早く思いついた使い方なのだが、まぁ疑似的な光学迷彩といったところか。

 光の屈折で姿を消している、ということだ。

 人がモノを見る原理と理解していれば、私という光を投射させないように操れば姿を消すことができる。人体に詳しい涼羅と協力して完成させたので、人相手には通じるはずだ。魔物相手にはあまり試していないが、獣じみたヤツには匂いや音で感づかれる可能性があり対人用にしか使う気はなかった。


 こうして柵のない出入口から入っても音沙汰がないことを見るに、きちんと通用しているようだ。


「侵入者だ、侵入者がいるぞ!」


 しかし、なぜかバレてしまった。人気のないテントの裏に身を潜めてしばらく様子を見る。


「見張りはなにをやっていた!」

「俺はなにも見てないぞ?」

「わからないが、確かにここに何者かが入ってきていた。簡易結界に反応があったからな」


 息を潜めて話を聞いていると、どうやら簡易結界なるモノに私の侵入が感知されてしまったらしい。……これは私の失態だな。姿が見えないからといって油断しすぎたか。先程思っていたばかりだったのに、目で見えないとしても他に感知する方法はあると。


「……私もまだまだ詰めが甘い、か」


 口の中だけで呟き、ため息をつく。まだこの世界に馴染めていないということだろう。元の世界では起こり得ないことがこちらの世界では起こるのだ。特に魔法でできることに関してはもう少し把握しておく必要があるだろう。


「周囲を警戒しろ。姿を消している可能性が高い」


 物陰から覗くと、中央の広場に冒険者が大勢集まっていた。奇襲をかけることはできなくなったが、どうやら私の隠れている位置は把握できていないようだ。それとも聞こえていることを考慮して油断させようという魂胆だろうか。

 仕方ない、本当は集まっている真ん中に行ってから姿を現してやりたかったが。


「少し、からかってみるとするか」


 私はわざと魔力をわかりやすく発現させる。しかし、数ヵ所に。


「ちっ、複数だったか!」


 先程から指示を出している男が表情を険しくする。私は姿を消したまま悠々と歩いていきながら、発現させた魔力に私の姿を投射して物陰から飛び出させた。


「迎え討て!」


 指示を出している金属鎧を着た男を含む四人がS級冒険者なのだろう。そいつらを囲むように円を描いて人が並んでいた。一つ目はそのまま突っ込ませたが、槍に貫かれて消えていった。ならばと次は跳躍して上から狙ってみるが、それも失敗。魔法で掻き消されてしまう。

 近接職が前列に並び、後衛職がその後ろに構える陣形だ。シンプルだが隙がない。密集していることが弱点と言えば弱点になるか。指揮を出す者が揃って真ん中にいればそういった戦法で逃げ遅れさせることもできるだろうな。


「相手は複数じゃないな。おそらく光系統の魔法を扱う。姿が今のと同じとは限らないが、容赦なく殺せ」


 二つ見せただけで光を操るとバレてしまっていた。まったく、経験豊富な相手がいると厄介だな。


 私は足音を消して歩きながら、次々と投射した分身を突っ込ませて時間を稼ぐ。少し複雑な動きも混ぜて陣形に穴を作り真ん中まで到達したところで、


「はじめまして、山賊諸君。どれが本物かわかるか?」


 姿を現しついでにいくつか投射してみる。私の目の前にいた魔法使い風の男が目を見開いて驚いていた。


 ……ああ、これだ。これがやりたかった。


 ぞくぞくと背筋を走る高揚感を味わっていると、指示を出していた男が剣を抜き放って私本人の首を狙ってきた。すぐさま周囲の時間を止める。既に私の首筋まで刃が迫っていた。狙いは正確無比、私が姿を現してから躊躇なく殺しに来る判断力もいい。流石に五十人を統率しているだけはあった。


 私は屈みながら時間停止を解く。頭上を両刃直剣が通り過ぎた。ただの光の女神だったら今の一撃で終わっていたかと思うと冷や汗が出る。避けられるとは思っていなかったのか、男は僅かに眉を動かし後方に跳んで距離を取った。


「いい判断力だ、まさか一発で本物を見分けるとはな」

「……声が貴様からしかしなかったからな」


 どうやらバレるのは簡単だったようだ。……うーん。もう少し工夫しないとダメか。


「それは盲点だったな。今度からは気をつけるとしよう」

「……次があると思っているのか」


 男が言うと、驚いていた他の者達も私に向けて武器を構えた。


「当たり前だ。でなければこうして単独で乗り込んでくることなどあり得ないだろう」

「……ふん。殺れ、お前達」


 余裕を崩さない私の態度を見てか、男は指示を出す。しかしなぜかすぐに動く気配はなかった。


「で、でもかなりの上玉っすよ? 生きたまま捕えてもいいんじゃないっすか?」


 意を決した様子でそう口にした男を見ると、舐め回すように私の身体を見ていた。よく見てみると他の男達も同じような態度だ。……なるほどな。見たところ女はいない。男だけの集落ということか。そんな場所に女が一人で現れれば恰好の標的となるわけだ。つまるところ、溜まっているということだな。


 元の世界であれば見るだけなら無視してきた。手を出しさえしなければ関わる気もなかった。


 だがここは異世界だ。しかも相手は合法的に殺せる山賊ときている。


 私は女神の優れたステータスを活かしてそいつの懐に潜り込む。


「私に触れたいか、いいだろう。存分に触れさせてやる」


 自分でも口元に笑みが浮かぶのが抑えられなかった。驚いて身を引こうとするそいつの顔面を左手で掴み、光の持つ高熱を発する。


「あ、熱っ、ああづっ、ああああっづうああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 すぐにそいつに触れている部分から煙が上がるも、無視して熱を上げていく。みっともない悲鳴を上げようが気にしない。


 もう、私を我慢させる枷はこの世界に存在しないのだ。


「ははっ。望んだ通りだろう? 折角の機会だ、じっくり味わうといい」


 周りにいた男達が半歩下がるのを認識しながらも、どうでもいいヤツらにどう思われようが良かった。

 私を女として魅力的に思ってくれる人物は一人でいい。それ以外に化け物だなんだと言われようが気にしなかった。


「放せ!」


 先程の男が私を後ろから斬りつけるが、高熱を纏った私に刃が触れる前に融けてしまう。


「た、ずけ、てっ……っ」


 最期の叫びすら無視して動かなくなるまで熱を上げ続けていた。全く動かなくなってから手を放すと、男が力なく地面に倒れる。顔には綺麗に手形が出来ていた。そこだけが炭になっている。


「さぁ、次は誰だ?」


 私が笑みを湛えたまま振り向くと、一斉に後退った。足を縺れさせて転んだヤツがいたので、そいつにしてやろう。いや、一人ずつ殺るのは面倒だな。


「一気に殺るには、そうだな。太陽にでもなってみるか」


 呟いて、全身から高熱を発する。実際に太陽の温度までいけるかはわからないが、とりあえず上げ続ければいいだろう。

 しばらくして、逃げようと私に背を向けた男が発火した。それから続け様に五人発火して死んでいく。


「アクアヴェール! ――ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!!」


 熱を防ごうと水の膜を纏う魔法を使ったらしいが、すぐに蒸発して人体が焼けた。


「ひぃっ!」


 そんな光景に怯えて逃げ出す者もいたが、


「逃がすと思うのか?」


 右手に簡素な光の剣を作り出すと、追いかけて首を焼き切った。血飛沫は上がらない。代わりに焦げた肉の匂いがした。


 そのまま虐殺を繰り返していると、私の剣が阻まれた。……あと七人か。遊びすぎたようだな。


「……ほう。優秀な魔法使いがいるようだな」


 私に斬りかかり、剣が融けたはずのあの男だった。四十四人目を手にかけようとした私の前に再び現れている。


「だが数度交えるだけでまた融けるようだな」

「……数度あれば充分、貴様の首を貰う!」


 騎士風の男は私を剣を合わせないようにしながらも猛攻を仕かけてきた。


 流石に強い。見事な剣捌きと言えた。ステータスと時間停止で凌いではいるが、集中していないと斬られてしまいそうだ。やはりなにかしらの武術は学んでいくべきだな。師事を仰ぐ必要はありそうだ。


 時間停止を使って逃げようとしている一人を指先から放った光線で穿つ。


「貴様っ!」


 時間停止を解いたところで相手もそれを察し、激昂して襲いかかってくる。


 戦う最中にもそうして一人ずつ片づけていった。


羽刃滝(はばたき)!」


 残るは目の前の男と魔法使いだけとなっている。男が『剣技』に分類されるような技を放ってきた。斜め上から斬りつけて、返す刀で同じ軌道を描く。後方に跳んで避けるも、二撃目はひやりとした。

 上下左右からほぼ同時に突きを放つ燕返しにコートを少し斬られてしまう。徐々に私のステータスに慣れてきたのだろう。少しずつ距離を縮めてきていた。私の素人臭い剣筋ではなかなか男を捉えることはできず、真っ向勝負では追い詰められるばかりだ。……しかしここで時間停止を使って殺すような真似をすれば私自身の技術(スキル)が伸びない。


 これは貴重な戦い(けいけんち)だ。


「はぁ!」


 私は光を左掌に集めて相手の眼前に翳す。そこからいくつもの細い光線を放った。男は身を固めて防御姿勢に入るが、私の狙いはそちらではない。


「ぐあっ!」


 男の後方から短い悲鳴が上がり、振り返った男の視線の先でローブを着込んだ魔法使いの男が身体中に穴を開けて倒れ込んだ。


「これで、お前一人だな」

「貴様ぁ!」


 怒りに満ちた表情で私を振り返り、剣を振るってくる。しかし私はもうそこにはいない。光での自己加速を使って背後に回り込んでいた。慌てて振り向いた男の鼻先を右拳で殴る。強化した女神のステータスで殴ったのだ。男の身体は遥か後方へと吹き飛び、テント一つを突き抜けて二つ目で止まった。


 私はここで、人を殺すことを覚えよう。

 私はここで、人を殴ることを覚えよう。

 私はここで、この手で人を殺めることを覚えなければならない。


 なるべく早い段階でこの経験を乗り越えておかなければ、後々支障を来たす可能性があった。


 初めて人を殴った右手を眺めて、手の皮が剥けて血が出ていることに気づく。私はこの痛みを忘れてはならない。いくら我慢から解放されているとはいえ、殺しを楽しむのは倫理観に反する行為だ。確かに下衆な目で私を見ていた者達を手にかけた時は今までの鬱憤のせいで笑ってしまっていたが。


 崩れたテントから男が飛び出してきて、そのまま私の方に駆けてくる。私よりも怪我をしていて血も出ているというのに、こんなにも必死になれる目の前の人が羨ましかった。私が心から必死になったことがあったかどうか、それすらも怪しいところだ。一度高難易度のダンジョンにでも行って必死さを学ぶ必要もあるだろう。


 強化したステータスで相手の刃を避けると、その勢いのまま身体を回転させて左脚を上げる。


「光の速度で蹴られたことがあるか?」


 ついつい口にしてしまった。蹴りの最中にも加速させて男の二の腕を蹴りつける。骨の折れた鈍い音がして男の身体が再び吹き飛んだ。


 集落の端で停止したが、男は壊れたテントに寄りかかって崩れた姿勢のまま動かない。まだ息はあるようだが、もう戦う力は残っていないだろう。今回はこれ以上学ぶことはなさそうだ。


「悪いが討伐しなければならないのでな」


 私は左手の人差し指を男に向け、指先から光線を放って心臓のある場所を貫いた。これで山賊狩りは終わりだな。


 私がそう思って踵を返すと、なにか小さな物が落ちたような音がした。なにかと思って後ろを振り向くと、剣を握った男が眼前まで迫っていた。確かに心臓を貫いたはずなのに、なんで生きて――。


 現実に理屈が追いつかない。なぜどうやってと疑問ばかりが浮かんで対処できない。殺される。


 死の恐怖に苛まれて動かない身体。私はただ男の刃が届くのを待つことしかできなかった。しかし。


 振りかぶった剣が私に届く前に、急激に男の身体から力が抜けていく。結果として身体が流れ私の右側を通り過ぎてそのまま倒れ込んでいった。


「はぁ……はぁ……っ」


 硬直が解けて荒く呼吸をする。身体に力が入らず脚ががくがく震えているのが見なくてもわかった。冷や汗をこれでもかというほどに掻いていて少し気持ち悪い。


「は、ははっ。まさか死んでも私を殺しに来るとは、流石は異世界ファンタジー」


 冗談めかして失笑した。そうでもしていないとこんなところで座り込んでしまいそうだ。


「……まったく」


 倒れた男を見ると、明らかに致死量の血が出ていて大きな血溜まりとなっていた。もう流石に動くことはないと思うが。


「そういえば、この世界では人の死体を燃やす必要があるらしいからな」


 言い訳のように口にしてから光を収縮させてテントのいくつかに放ち、発火させる。

 実際にアンデッドとして蘇られても困るから燃やして処理するというのは文献で知っていた。ただ、全てを燃やしてしまうと山賊討伐の証拠にならないので、何人か主要な者の所持品を漁って身分証明書のようなモノを回収しておく。


 最後まで油断することなかれ。


 初めて対人戦を経験したが、本当に学ぶことが多かった。魔力を死後に使うよう蓄えておけばああして相打ちに持っていくことができるのかもしれない。まだまだこの世界について勉強不足だった。


 それに、死後も動くなどというホラーのような現象にはあまり遭遇したくない。私は人を殺すことに躊躇する気はないし、いざとなれば自分の感情を押し殺すことぐらい容易いと思っている。思ってはいるのだが、あまりホラーは得意ではなかった。

 正直なところ遭遇したくないというのが本音だった。


 ……燃えたまま動いたりしないだろうな?


 そんなことを考えていると嫌な想像ばかりが浮かんでくる。


「早く帰るか」


 私は平然を装いながらも、早足でその場から立ち去った。……いくら取り繕うとも怖いモノは怖い。私だって女なのだからな。こんな時誰かが傍にいてくれればと思わないことはない。


 甘えさせたいだのと言っておきながら、甘えたくなってしまうのもどうしようもない自分の気持ちなのだった。

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