女子の風呂会
ふぅ、何とか八月中に更新できました
……えっ、間に合ってない? まさか、今は八月三十一日の五十九時ですよ?
…………かなりキツいっすね
とまあ、冗談はさておき
こんな前書きを考えてるから、間に合わないんでしょうね
お詫びという訳ではないですが、今回はいつも二千字のところ、増量しまして
なんと八千字です! 長いっすね、無駄に
二ヶ月以上お待たせしてしまい、申し訳ないです、マジで
文字数を増やしつつ、月一を目指して頑張ります
今回のは八月分ってことで許して下さい
とりあえず、私達の内女性陣は入浴する事にした。男子も入るのかもしれないが、とりあえず女性は女性で団体行動をしている。混浴ではなく、男女別になっている。それは当然のことで、しかし見慣れた温泉と同じような内装をしていた。暖簾も青の「男」、赤の「女」で区別されていた。こちらの世界にも日本と同じような発展を遂げた文化があるのか、それとも私達の知識から抜き出したのだろうか。他の異世界人が伝えた、という可能性もある。これについては憶測しかできないため、今悩んでも解決しなさそうだ。
「……ふーっ」
私は身体を洗った後、ゆっくりと湯に浸かった。一応のマナーとして、タオルは取っている。
「あーっ、温まるなぁ……」
幾分か低い声で、チャプンと大きく音を立てて入ってきたのは、夏代だった。運動系の彼女は日に焼けた、健康的な小麦色の肌をしていて、雫が滴っているせいかとても色っぽく見えた。夏代は快活なショートカットの髪をしているため、一部の女子達のようにタオルで髪を覆ったりといった事はしていない。かくいう私も、女神となって色の深さが増した黒髪を束ねている。
続々と人が入ってくる。その度に立つ波が肌に当たり、少し心地いい。やがて全員が、中にある一番大きな熱めの風呂に入った。流石に今単独行動をするような者はいないらしい。
それでも久し振りの風呂だ。衛生的な問題もあるので、濡らしたタオルで身体を拭く、または洗浄する魔法で洗うなどして清潔さを保ってきた。それでも、というかだからこそ、だろうか。
久し振りの風呂は、かなり心地いい。安らぎの空間である。
「どうかな。ボクの創った風呂は気に入ってもらえたかな?」
「「「っ!?」」」
皆が安らいでいるところに、入り口の方から声が聞こえた。驚き、殺気さえ滲ませて、そちらを振り返る。
「えっ……?」
誰かが呆然とした声を漏らす。私も同じ気持ちだった。そこに立っていたのは、柔らかな長い金髪をした――美女だった。……えっ? 顔立ちは確かにそうだけど、身体付きが全く違う。タオルで覆っている身体は、確かに女性のそれだった。それ程起伏が激しい訳じゃなく、美しい造形のような肢体だったけど。
「……。毎回そうだけど、こうして驚いてもらえると、ここまではぐらかしてきた甲斐があるというものだね」
苦笑混じりに微笑み、身体を洗うためか向きを変える。そのままシャワーや鏡のある方に歩いて、木製の小さな椅子に腰かけた。
「この空間にいると分からないことだけど。まあ、露天風呂から見える外の時間は、空間外と同じだから分かるかな? ボクは夜と昼とで性別が変わる、特殊体質なんだよ」
説明しながら湯を被り、頭を洗い始めるシャフルール(女)。……確かに声も少し高くなっているように思う。身体を洗うためにタオルを外したので、その身体が偽物じゃないとも分かった。
「それなら、何故女神になった? 元々は男なのだろう?」
私が抱き始めた疑問を、諌山先生が素早く問う。
「何でボクが女神になったか。それはボクにも分からない。強いて言えば、素質があったからなんだろうけど」
髪を泡だらけにしながら、首を左右に振った。
「経緯を説明していこうかな。まず、ボクは元々男だった。と言っても男だけだったのはほんの十数年のことだけどね。ある日、ボクは“魔女”と出会った。魔女という表現が正しいかは分からないけど、“魔女”と出会った。その結果、種族転生をかけられた」
「……つまり、少し前に話していたシスフェティナの法術使い、ということだな」
簡単な説明だったが、諌山先生が思案顔で先を掬ったため、理解が広まる。
「そうだよ。彼女は僕を女神に転生させた。それがどんな意味を持つのか。それもボクが情報を集める意義ではあるんだけど」
どうやら、シャフルールが女神になった意味などは、明らかになっていない部分が多いらしい。
「女神に種族転生する前は、エンシェントエルフっていう希少な、二桁程しか存在しない種族だったんだけど。相手の種族やレベルを視ることのできるスキル『鑑定』や、ボクが君達に使った対象を分析する魔法《アナライズ》での話なんだけど。昼はエンシェントエルフって表示されて、夜は空魔の女神って表示される。と言ってもエンシェントエルフのスキルなどは全部失われてるんだけどね」
更に説明を重ねる。どうやら、力の面では空魔の女神となっているのが正確なようだ。強いて言うなら、昼の間が男になるのは、元々が男だった名残りのような印象を受ける。
「それでぇ、心はどっちなのぉ?」
核心を突くようなことを、間延びした口調が告げた――水谷先生だ。
「……それはまた、難しい質問だね。今のボクにとって性別という概念は存在しないに等しいから。この世の全ての知識を集めたい。それは『ボク』にとって全てだ。幼い頃からそうやって生きてきたし、恋をした事もない。例え男性に恋をしても、女性に恋をしても、どっちでもいいからね。もしかしたらそこでどっちかに固定されるのかもしれないけど。多分ボクはこのままだと、完全な女神となるだろうから、女だと思うよ。あまりそういうのは重視してこなかったからね」
苦笑気味にも見えるが、見方によっては自嘲気味な微笑みにも見えた。自分が男なのか女なのか、定かではない。それを重視していなかったというのも大きいが、性別不詳なのは不安なのかもしれない。
「おそらくボクは、まだ女神として完全に覚醒した訳じゃないんだよ。だから、転生したハズなのに元の種族が残ってる」
シャフルールははっきりとした口調で告げる。この話題は終わり、とばかりの強い口調だった。
「そういえば、最初に私達の前に姿を現した時、何か詩のようなモノを唱えていたが、何か意味があるのか?」
諌山先生は、シャフルールの内心を素早く読み取って、話題を変えた。
「ああ、それかい? それはエンシェントエルフの古巫女が、数百年前に受けた神託の一つだよ。彼女は最も神に近く、最も神に遠い存在だと、自分のことを言ってたかな。近いからこそ、遠い存在だと理解できる。そんなことを言ってたような気がするよ。ボクも、最近は故郷に帰ってないからね。君達と出会ったからには、いつか行かなければならない時が来るだろうけど」
急な話題転換を快く受け入れて、説明をしてくれる。その古巫女という人は、エンシェントエルフの中でも、と言うよりはこの世界において、かなり重要な地位にいるのかもしれない。記憶に留めておいた方がいいだろう。
「異界より来たりし英傑は、女神を従え覇道を進む――ここまでは言ったかな。これには続きがあってね」
先程までの翳りある微笑みはどこへ行ったのか、一転して楽しそうな口調になる。……シャフルールは、自分の知識をひけらかす、というか披露するのが楽しいようだ。
「異界より来たりし英傑は、女神を従え覇道を進む。その覇道、誰にも止めること能わず。全ての者はただ、孤高な英傑に付き従うのみ。全ての女神が英傑に従いし時、世界の覇者となるだろう」
歌うように、弾むように続きを述べていく。
「一に、英傑は破宮を制覇す」
いつの間にか身体を洗い終えたシャフルールは、こっちに向かって歩きながら、右手の人差し指を立てた。
「……」
そのままもったいぶって沈黙し、優雅な仕草で湯に入ってくる。
「ふぅ……。いいモノだね、温泉というのも。知識を無許可で読み取ったのは謝るけど、こんないいモノを再現しない訳にはいかないからねぇ」
焦らしているのか、雑談をしてきた。いいから続きを教えて欲しいのだが、知識を披露するのが好きなこの人が、焦らすなどするのだろうか。まさか知らないとか――。
「ん? ああ、ボクはこの先を知らないよ」
私の心を読んだかのように、シャフルールが髪をタオルでまとめながら言う。
「……存在しないのではなく、知らないのか?」
諌山先生が言葉を選ぶように、スッと目を細めて問いかけた。微かに殺気のようなモノが滲んでいて、近くにいた人はビクリと震えていた。震えていなかったのは、にこやかなままの水谷先生だけだ。
「ああ、うん。ボクはここまでしか知らされてないんだよ。確か、全部で十節あるって聞いてるけど。所詮ボクは余所者だからってね。酷いと思わない? ボクも一応女神の一員なのに」
やれやれ、と両腕を広げて首を左右に振っていた。少しも悪びれた様子はない。
「怒ってる? でも言ったでしょ、いつか行かなければならない時が来るって」
シャフルールはあくまでも朗らかに、楽しそうに告げてくる。……その言い方だと、何らかのイベントがあった後に行きそうなんだけど。そんな適当な伏線みたいなの、要らないから。不要なもったいぶりは、苛立ちを募らせるだけだし。
「つまり、エンシェントエルフの集落か何かに行く必要があるという訳か」
「そうだね。女神が多い君達には密接に関係してくるだろうし、あとは英傑が誰か分かればいいんだけどね」
諌山先生の言葉に、シャフルールが頷く。……彼女の言葉を聞いた私達は、それぞれ思うところがあって沈んだ表情を見せた。私も、心当たりがあった。
圧倒的力と、スキル名。この二つから考えれば、自ずと答えは見えてくる。
「……ああ、君達はある程度察しが付くんだろうね。ボクには全く以って見当も付かないけど」
シャフルールが私達の表情を読み取って苦笑する。圧倒的力から、英傑と繋がって聞こえる。スキル名から、覇者と繋がって聞こえる。正直に言って、一人しかそれに当て嵌まる者はいなかった。
「……私達と一緒に転移してきた者の中に、桐谷灰人という者がいる。桐谷は転生した種族名は教えてくれなかったが、種族転生の鍵となるスキル名は教えてくれた。――『黒皇帝』というそうだ」
「っ――!?」
諌山先生が皆の内心を代弁すると、シャフルールが目をいっぱいに開いて、驚愕していた。思わず腰を浮かせているので、彼女にとってかなりの衝撃だったのだろう。
そして、笑い出した。
「……は、ははははっ! ははははははははははははははははははっ!!」
声を反響するこの中で、少し耳を塞ぎたくなるぐらいの声量で、笑う。そのまま、数分間笑い続けた。すっかり私達は引いてしまい、率直に言って危ない人だと思った。というか、確信した。
「……あー……。久し振りに、こんなに笑ったなぁ。ごめんごめん、煩かったよね。兎も角、結論から言おう。間違いなく彼だ。それが本当なら、世界はこれから彼を中心に動いていくだろう。それは半信半疑で聞いてもらうとして、そのスキルの持ち主で、そのスキルが鍵となって種族転生が行われたなら、間違いなく彼が英傑だろう」
シャフルールは少し疲れたように肩まで湯に浸かり、穏やかな微笑に戻って結論を口にする。……シャフルールの知識には、種族スキルとも言うべきそれと、何らかの種族が一致したんでしょうけど。それを私達には伝えてくれないの?
「時が来たら、とだけ言っておくよ。あまり大勢の人に教えることでもないからね。知るべき時が来るだろうから、カイト君が英傑だっていうことだけを覚えておいてくれれば、いいよ」
シャフルールはまた、私の心を読んだかのように答えた。
「ああ、さっきからごめんね。話を早く進めるために、君達が頭に思い浮かべた質問はボクに伝わるようにしてるんだ。心の声が聞こえてる訳じゃないから安心していいよ。もしそれをやったとしても、何を言ってるのかがゴチャゴチャになって聞き取れないしね」
シャフルールがやっと、種明かしをしてくれた。……つまり、前のは教えてくれないの? って私と他の誰かが思ったから質問として伝わったってことね。今は心を読んでるの? って誰かが思ったから伝わったのかもしれない。
「ところで気になったんだけど」
突然、シャフルールが話題転換をしてくる。どうやら質問があるらしい。
「同じ女神なのに、どうしてこんなにも女らしさに差があるんだろう?」
コテン、と首を傾げて、本当に分からないように問い零した。……確かに、私達や雪音、先生方の方が体型の起伏が激しいと言えば、そうかもしれない。ただ雪音に関しては、元々の体型もあるため抜群とまではいってないみたいだけど。群を抜いて、と言うなら水谷先生ね。
「女らしさに定義なんてないと思いますよ。体型で色々言うのは、少し違うと思いますし」
落ち着きを払った声音で言うのは、雪音だ。雪音は普通よりも大きい方だが、私達四人といる事が多く、比べられて茶化される事もあった。大きければいいという訳でもないが、小さければ悪いという訳でもない。難しい問題だ。おそらく未来永劫、どっちがいいかは議論され続ける――のかもしれない。
「そう? まあボクにはあまりそういうのが分からないから、参考までに聞きたかったんだけどね」
女性として経験も、男性としても経験もあまりない中途半端な立ち位置だからだろうか。シャフルールは、先程の話もあって、という訳でもないだろうが、その辺りを気にしているらしい。
「あんまり確かなことは言えないけどぉ、多分一定の数値が決まってるんだと思うよぉ」
この中で一番大きく、養護教諭でもある水谷先生が言った。その豊満すぎる胸部は、お湯にプカプカと浮いている。その隣には諌山先生がいるので、四つの大きな塊が浮いている訳だ。男子が見れば圧巻だろう。大きさでは負けるが、こっちも四人が並んでいるため、八つの塊が浮いている。
「大きくなるだけいいじゃないですか。私なんて少し小さくなったんですよ?」
冗談混じりに、残念ながら浮く程もない、耳の尖った少女が言った。エルフとして種族転生した彼女は、元々それなりの発育だった(らしい)が、転生してから縮んだ(らしい)。
「エルフは長寿だから、同じ年齢で転生すると、発育が遅くなって計算されるから、小さくなるんだよ」
知識豊富なシャフルールが苦笑気味に解説してくれたので、真実味が増した。
「大きいというのも、いいことばかりではないがな」
段々空気が和んできて、それを汲み取ってか、諌山先生が苦笑した。
「そうそう、肩凝るもんねぇ」
ポワポワと同意するのは、説得力溢れる水谷先生だ。
「運動にも邪魔だしなぁ」
これまた説得力がある。運動神経抜群で、激しい動きをする夏代がうんうんと頷いていた。流れが出来てきたので、私達三人も次々と同意を示す。
「汗が溜まって面倒だ」
「机とかに当たって邪魔よね」
「ええ、そうね」
私も同意した。和やかな空気を乱さないよう、仄かに笑みを浮かべて、だ。しかしそうできたという確証はない。あまり気分が高まらないのだ。
「それは興味深いね」
シャフルールがほうほう、と頷いたので、更に胸の話題が続いていく。大きいと男子の視線が集中する、だの。ブラジャーのサイズがなくて困る、だの。私は気乗りせず、たまに相槌を打つだけに留めていた。それでも、激しく同意することばかりではあったが。
「いいなぁ。先生方って彼氏とかいないんですか? ほら、揉んでもらうと大きくなるって言いますし」
すっかり貧乳代表のような立ち位置になっているエルフの娘が、比較的滑らかに恋バナに転換した。
「いないな」
「いないねぇ」
二人共、即答で否定した。隠しているような雰囲気もなく、ただ事実だからそう言った、という感じだ。それが分かったのか、話の方向を変えていく。
「え~っ。じゃあ、好きな人とかいないんですか? せめて気になってる人だけでもっ」
どうしても恋バナがしたいらしい。両手を合わせ、頭を下げて頼み込むようにしていた。
「気になっているヤツ、か」
諌山先生はフッ、と含みのある笑みを零した。これは、誰かいる。
「いるんですか!? 誰ですか私達の知ってる人ですか年上ですか年下ですか顔はいい方ですか頭はどうですか経済力はありますかっ!!」
最近はあまりそういう話題がないからだろうか。矢継ぎ早、というのも足りないようなマシンガンクエスチョンだった。
「そう食い付くな。ただ、私の好みの問題だからな。なあ、凉羅?」
前屈みになって食い付く少女を宥めつつ、少しニヤリとして水谷先生に話を振った。
「うん、そうだねぇ。そこら辺は共同戦線張ってるから分かってるけどぉ。私も同意かなぁ」
いつも通りの間延びした口調だが、少しだけ弾むような明るさが混じっている気がした。
「えっ。……諌山先生と水谷先生って、同じ人が好きなんですか?」
逆に固まったのは、質問した方だ。こんな美女二人に好意を寄せられている人がいる。そうなれば、全校大半の男子がガックリと肩を落とすに決まっているからだ。
「ああ、そうだ」
しかしそんな聞き手側の心情を知ってか知らずか、諌山先生はあっさりと頷く。「そうだよぉ」という水谷先生の声が後に続いた。
「えっ、えぇ!? 先生方が同じ人好きって、ホントですか!?」
私達の内心を代弁したかのような、驚きの声だった。私も同じ気持ちだ。
「まあな。ただ好きと言っても、互いに好みが似通っていてな。たまたま一致したのがそいつだった、というだけの話だ」
恋バナ特有の照れなどは一切なく、あくまでも冷静に告げていく。そういうところが、大人の余裕というヤツなのだろうか。
「へぇ~。どんな人が好みなんですか?」
興味津々、といった様子で、身を乗り出していた。正直、私も気になるところではある。諌山先生のような、「大人の女性」がどういった人を好むのか。人目を惹く存在のため、注目してしまうのは仕方のないことだろう。
「そう期待されても困るが」
諌山先生は皆の視線が集中していることに苦笑して前置きし、語り始める。
「一言で言うと……そうだな、甘えさせたくなるヤツ、か」
顎に手を当てて考え込むようにしつつ、第一声を発した。
「どこは放っておけなくて、ついつい世話を焼いてしまう。それを面倒と思われているかもしれないが、それでも私に甘えて欲しいと思って、構ってしまう。そんなヤツだ」
諌山先生は優しさに満ちた眼差しで、明後日の方向を見ていた。おそらく今はこの空間にはいない、誰かを想っているのだろう。表情はとても儚げで、いつもの凛とした様子とのギャップもあった。それも相俟って、儚く今にも消えてしまいそうに見えた。
そんな諌山先生の様子に、私達は呆気に取られていた。息を呑み、ただ呆然と様相を眺めるだけだった。
「ギュ~~ッ、って、してあげたくなるんだよねぇ」
静まり返る私達を見てか、水谷先生がいつもの調子で話に乗った。
「ああ、そうだな。こう、抱き締めてやりたくなる」
諌山先生もそれに乗り、フッと笑みを零した。
「甘えたことがないのかは知らないが、普段あまり甘えるようなことがなくてな。一人で抱え込むようなことも多い。だから、たまには甘えさせてやりたくなる」
慈愛に満ちているようにも見え、“彼”のことを言っている最中は、ずっと優しげだった。
「でもぉ、やっぱり男の子ならカッコいいとこも見せて欲しいよねぇ」
水谷先生が、またしんみりとした空気になりかけていたのを払拭するように、ポワポワとした口調で言った。
「確かにそうだな。甘えさせてやりたくなるが、時には甘えさせてくれるのが丁度いいか」
心底楽しそうな声音で、好みについて語る諌山先生は、とても生き生きしているように見えた。……普段の顔よりも親しみやすいというか、何というか。“四女神”なんて私達四人が呼ばれていたけど、真に、女神に近かったのは、諌山先生の方だったんでしょうね。良く言えば、美しい。悪く言えば、人間味がない。
「うんうん。ギュ~~ッ、ってしてあげたくなるけどぉ、頼りになる感じがいいよねぇ」
水谷先生は激しく同意しているらしく、うんうんと何度も頷いていた。
「へ~っ。先生方って、年下の頼りになる人が好きなんですか?」
感心したように、結論をまとめて問いかけた。
「……年齢に拘るようなことはないが、この場合はそうなるか」
「やっぱりそうですよね。年上だったら、多分ですけど先に甘えたい方が来るんじゃないかと思いまして。年下かぁ、生徒とかですか!?」
諌山先生が少し驚いたように肯定すると、それなりに納得できる答えが返ってきた。……確かに、そう考えてみると年上か年下かで言えば、甘えたいか甘えさせたいかで違ってくるのかもしれない。流石、伊達に恋バナで駄弁ってる訳じゃないみたいね。
「ふっ。仮にも私は教師だぞ? その質問には答えられないな」
諌山先生は意味ありげな笑みを浮かべて、軽く首を左右に振った。
「そうだよぉ。肯定しちゃったら先生と生徒の禁断の恋になっちゃうしぃ。否定しても結構人が限られちゃうもんねぇ」
水谷先生も、ヒントを与える気はないようだ。と言っても、年下であることは、とりあえず判明したのだが。
二人は学生時代からの知り合いだそうなので、その時代の後輩というのも考えられる。つまり、絞り込めたようで絞り込めていない、ということだ。
二人の意外な関係が明らかになり、それからは世界や現状のことなどすっかり忘れて、談笑していた。気が付いたら一時間以上も喋っていたのだから、凄いと思う。
それだけ長風呂しても、誰一人として逆上せなかった。しかもその後、露店風呂や皆の知識を汲み取った薬草風呂など、様々な風呂を堪能していた。調子に乗っていたので何人か倒れてしまったが、それでも長時間風呂を満喫していたのは、素直に凄いと思った。