空魔の女神
何故ギリギリなのか、六月に更新するという意気込みです
私達四十二人が港町に入ろうとすると、衛兵みたいな二人が槍を交差して行く手を阻んできた。
「な、何者だ貴様らっ……!」
一人が私達の制服姿を見てか、槍先を向けて怒鳴ってくる。……先頭にいる諫山先生の圧倒的な美貌に狼狽しているようで、槍を向ける手が震えている。
「私達は異世界から来た」
サラリ、と。諫山先生は隠そうともせず明かす。私達は少なからず驚いて諫山先生を見る。
「……は……?」
案の定、唖然として口をパックリと開ける衛兵。……私はそういう小説だとかを読まないから分からないけど、普通は隠したり嘘をついたりして過ごすモノなんじゃないの?
他の人達もそう思ったようで、諌山先生にどういうつもりなのかと視線を送っていた。
だが諌山先生はそんなことお構いなしに、話を続ける。
「私達は異世界から来た」
繰り返し、
「だからこの世界の事情が分からない。身分を証明できるモノも持っていない。何者か、と問われれば異世界人と言うしかないのだが」
爽やかなくらい堂々と、言ってのけた。……確かにそう言えば事情が分からなかったり身分が証明できなかったりする理由は理解してもらえると思う。けど、異世界人と言って信じてもらえるのかどうかが、分からない。最悪笑い飛ばされて、無法者達が街に入るため嘘をついた、と敵対されることになるかもしれない。
「……はっ」
案の定、衛兵の一人が少しの間を置いて鼻で笑った。……間で何を考えていたのか。ただ呆然としていただけなのか、それとも別に考えることがあったのか。
「何を訳の分からないことを。異世界人だと? ふざけるのも大概にしろ。そんなことがあって堪るか」
衛兵は吐き捨てるように、半ば独り言のように呟いた。私達が異世界人だと認めたくないような口振りだった。この世界に異世界、なんて概念があるかどうかは分からないが、科学で異世界に行くのができないと分かっている私達からすれば、私達がこの世界に来たのはこの世界の魔法に関係してくる技術が原因だと思われる。
ということは、異世界から召喚・転移を行える魔法か、異世界に干渉する魔法があるハズだった。もしかしたら一般には知られていない秘術なのかもしれないが、そういう魔法があることは確かだ。
「――異界より来たりし英傑は」
不意に歌うような声が虚空から聞こえ、スー……といきなり私達の前に、人が現れた。
「「「っ……!」」」
それに驚いたのは、私達だけではなかった。衛兵の二人も驚いている。私達が驚いたのは、そこに人が居たのか、という理由。それだけでも充分な驚きだが、二人の驚きは私達のそれよりも大きい気がした。
「女神を従え覇道を進む」
シャラン、と打ち鳴らした錫杖から綺麗な音色が響いた。
「け、賢者様……っ!」
「よ、ようこそお越し下さいました!」
衛兵二人は、地面に片膝を着いて礼を尽くした。私達への反応と全然違う。
「ボクに対しての礼は良いよ。それより、彼らに礼を尽くさないとね」
柔らかく微笑み、こちらを見やってくる青年。衛兵に呼ばれていた通りだとすると、この柔和な雰囲気を持つ正体不明の青年は賢者と言うらしい。
柔らかな金髪は長く、声も男性とは分かるが中性的と言っても良い。後ろ姿を一目見ても性別を間違えそうになった。顔立ちも中性的で、大きく開いた胸元が平坦でなければ、ずっと間違えていた可能性もある。
それより気になるのは、この青年が異世界から来た私達のことを知っていて、更には「女神」という単語を口にしたことだ。
この青年が、私達がここに居る理由を知り得る存在なのだと、充分に理解できた。
「そ、その者達に、ですか?」
衛兵の一人が青年に言われてチラリと私達を見やり、胡散臭げな視線を向けてきた。
「うん。視たところ、女神が七人も居るからね」
「「「っ……!?」」」
青年は衛兵二人に振り返らず、私達を見据えて言った。驚いたのは、またしても私達と衛兵。今度は私達の方が驚きが大きかった。……何故、バレたのか。見て分かるモノなのか。だとしたら何故衛兵には見抜けなかったのか。それとも賢者には特別な力があるのか。
「何より、種族がバラバラすぎる。人間が居ないのに混同された種族達。この世界ではあり得ない光景と言っても良いからね。異世界人なのは間違いないよ」
驚く私達を他所に、青年は説明を続ける。……種族がいっぱい集まった集団、っていうのはかなり珍しいことだったらしい。確かに固有スキルは人それぞれ違うし、十数の種族が集まったことになる。この世界では多種族が共存してる訳じゃなかったらしい。
「……そうですか」
衛兵は唖然として青年に応える。どこか呆然とした様子の衛兵二人は、私達をジロジロと見ていた。
「この世界の説明なら、ボクが請け負おう。多分その方が、君達が望む情報を与えられるからね」
青年は柔和な笑みを浮かべて言い、衛兵二人に「それで良いよね?」と告げて頷いたのを確認してから、また錫杖を打ち鳴らした。
フワリ、という僅かな浮遊感の後、景色が一変した。
「「「……」」」
荘厳な大図書館。それが目の前に広がる景色の第一印象だった。円柱状になった図書館で、天井はかなり高く、高層ビルが丸ごとぶち抜かれて図書館になっている、と言われても信じられるくらいだった。そしてその高い壁の全てが、本棚。隙間なく本が並べられた本棚である。
「ここはそうだね、“大魔導図書館”、とでも呼ぼうかな。世界中からボクが集めてきた全ての情報が本になって記されている」
青年はそう言うと天井を仰いだ。
「……さて。とりあえずだけど、ボクの自己紹介からしようかな」
青年は少し間を置いてから、私達を見て言う。
「ボクは世界中を旅して全ての情報を集めるのが趣味の、しがない旅人だよ。まあ全ての魔法知識を持っているから、“賢者”なんて呼び名が付いたんだけどね」
青年は苦笑して言う。
「でもボクは魔法だけじゃない。スキルも、歴史も、種族も。全ての情報を余すことなく集めたいだけなんだ。つまり、情報という点においてボク以上の者は居ないっていうことだね」
苦笑を深めた青年はしかし、誇らしげに語る。
「自己紹介に戻ろう。ボクは“賢者”にして、この“大魔導図書館”の主。シャフルール・アルフレッド・ローレンス。そして――」
青年――シャフルールは大仰に両腕を広げて名乗り、悪戯っぽい笑みを浮かべて続けた。
「――空魔の女神だ」