プロローグ~美夜視点~
タイトル通りです
一話目と同じ感じで姉サイドのプロローグをば
更新は再開しますが、何分修正点が多くこの一話しか書き終えてません
多分一週間か二週間おきの更新になるかと思います
出来るだけ頑張ってはみますが
さて
改稿した部分ですが、おそらく賛否両論あるかと思います
読み返していただければ分かると思いますが、読み返すと説明とか地の文長いしメンドい、と言う人のためにどういうところを修正したか、言っておこうと思います
まず主人公に対して変更があります
「傷付く」や「落ち込む」と言う部分を変えておきました、感情は表しません
……多分、全部直したとは思いますが、見落としている可能性も否定出来ません 確認したい人はどうぞ
こんなヤツじゃない! との批判が多かった二章
なので地の文でダラダラと言い訳してみました
ちょっと人間臭くなった部分もあり、おそらく読み返した人の中には「……別人じゃねえか」と言う人もいるかと思います、すみません
主人公の姉達に対する好感度――じゃないので信頼度でしょうか、高めました
は? と思う人もいるでしょう
この姉視点を書きつつ修正し、主人公が姉をどう思っているか、みたいなことに触れてるハズです
エピソードをちょっと追加しました
「フェザードラゴンの娘」のところです
カイト君の心について触れています
カイト君がどういう人物なのか(だったのか)を書きたくなりましたので
書いておいた方がいいかも、と思いました
些細なことですが、長い説明文に地の文を挟んで短くしました
以上を改稿したので、お気に召さない方々もいらっしゃると思います
主人公がやや人間らしくなったことに反感を覚える人もいるでしょう
この路線でいくため、折角ブクマしていただいているのに失望した人もいるでしょう
私――母屋美夜は今でも自分を責めている。
言い訳をしても許されないと思う。
弟を、十年程放置していたも同然なのだから。
姉として失格だ。言ってしまえば人間としても失格だ。
血の繋がった家族を命懸けでも守らないなんて、血の通った人間とも言えない。
私は一応一番上の姉となっているが、双子で誕生日も一緒の妹がいる。翌年にも双子の妹が出来た。その翌年には遂に、弟が生まれた。まだ私も物心が付く前だったので、あまり覚えてはいない。
それでも私達姉妹は唯一の弟を可愛がっていた。もちろん私は妹達も可愛がっていたが、四人共通の弟がいて、可愛くて仕方がなかったのもある。
三年間で五人と言う子供を育んだ両親には感謝している。
三歳頃から、近くの道場で武術を習い始めた。
その時に出会ったのが現在でも付き合いが続いている、白咲雪音だった。
雪音の実家がやっている道場は、とても厳しいことで有名だった。
入ったのは多分、気紛れだったと思う。一番上の「お姉ちゃん」としてしっかりしたかったのかもしれない。
私の双子の妹、響はあまり運動神経が良くない。元々優しい性格もあって、道場には入らなかった。
相手を傷付ける行為と言うのが、あまり好きではないらしい。……まあ、ただ一つの例外を除いてであったけれど。
私も飛び抜けて運動神経が良いと言う訳ではなく、上級生に完敗したり運動神経の良い子よりも技の覚えが悪いこともあった。
特に、次に道場へ入った下二人の妹達には、敵わないと悟った。
二人は、特に姉妹では一番下の夏代が凄かった。乾いたスポンジのようにどんどん技術を習得していき、私も雪音もすぐに追い抜いていった。
生真面目な性格の奏は元々運動神経が良いこともあって、努力を惜しまず夏代には遅れたが、私達を追い抜いていった。
私達三人が道場に通っていることもあって、暇になってしまった響は雪音のお母さんがやっている塾に通い、勉強では一番だった。
比較的卒なくこなせる私と奏。運動神経抜群の夏代。勉強の出来る響。私はどっちかと言うと勉強よりで、奏は運動より。
実にバランス良く才能を授かった、とも言える。もちろん運動で言えば、男勝りであっても上級生の男子には勝てないこともある。それでも私達は協力して頑張っていた。
まだ幼稚園の頃だったから勉強については曖昧な部分が多い。本当によく現れるのは小学校に入ってからだった。
私と響は年長になってから、三歳になった弟の灰人が道場に入った。
圧倒的だった。
男女で肉体的な差が出るのは仕方ないが、それ以上に灰人は凄かった。
姉として誇らしかった。
ちょこちょこと私達の後をついてくる可愛い弟。それが灰人だった。
灰人はとても顔が良い。子供だから今は可愛いが、大人になったら凄いカッコ良くなるだろうと思った。
そのため道場でもそうだったが、女の子が寄ってきていた。
子供ながらの嫉妬だったのかもしれない。私は雪音と親しくなって、雪音からも灰人に好意を寄せていると言うような話は聞いたことがあった。
それは、仕方がないのかもしれない。灰人は確かに可愛いし、運動も勉強もやればこなせるぐらいに凄い。得意不得意がある私達姉妹と違って、何でも出来るタイプだったと言って良い。
小学一年生の時は友達が出来たと嬉しそうに報告してくることもあったし、友達を家に連れてきたり道場に行かない日は友達と遊んだりすることが多くなった。
女の子を家に連れてきた時、嫌な感じがした。今思えば嫉妬か、不安だったのかもしれない。私達の後をついてくる可愛い弟が、誰かに取られてしまうのではないかと言う恐怖、とも言えた。
灰人が私達を放ってどこかにいる訳がない、と頭では分かっている。
それでも感情は別だった。灰人を誰かに取られたくないと言う想いが先行してしまい、灰人には髪を伸ばすように言った。
マスクをすると顔が良く見えるように、目元を隠せば灰人が目立たなくなるかもしれない、と思ったのだ。
結果から言えば、それは逆効果だった。
改めて思い返してみても、酷い話だ。
自分の都合を押し付けて、その結果イジメが発生して。
小学校一年生の半ばぐらいから伸ばし始めた髪は、二年になって完全に目元を覆い隠していた。
三年の半ばになって、イジメが発覚した。イジメの理由は、私達四姉妹がいること。
愕然とした。聞いてみれば髪の長い地味なヤツが私達の弟だと言うことに嫉妬したとか何とか。
髪を伸ばすのは私が提案したことで、髪を伸ばしたせいか灰人は大人しめになったらしい。
私は自責の念で頭がいっぱいになった。両親が家族談義をすると言ってきた時、私は灰人に土下座してでも謝ろうと思った。許されることではない。それでも謝りたいと思った。
「……うん。じゃあもう学校で関わらないでね?」
私の様子は三人にも伝わっていたようで、口々に灰人に謝罪した。その後の第一声がこれだった。三人はそれでも自分を頼るように言った。私は灰人なら自分で何とか出来るのかもしれない、と嫌なことは嫌だとはっきり告げるよう言った。甘やかしすぎてもダメかと思ったし、頼りたいなら三人に頼るだろうとも思った。
その日の夜、四人でどうするか話し合った。
先生が道徳の時間でクラスに言ったようだし、多分大丈夫かもしれない。
それでももし悪化や水面下ギリギリでのイジメが続けられたらと思うと、気が気でない。
かと言って私達が直接手を出すと私達の手が届かない場所で苛められるかもしれない。
夏代が灰人を苛めたヤツらをボコボコにする、と言う案を実行する前に何か案を練らなければならない。
主犯の子は空手をやっているようだが、あの灰人が負けるとも思えなかった。力で反抗しなかった灰人が我慢したのに、私達が力で解決しては元も子もない。
案はいくつか出たが、多数決で有力となったのは三つ。暴力、様子を見る、各々が学校の中心となってイジメ撲滅を掲げる。
「暴力」は夏代が提案し、生真面目で物静かな奏が同意してしまった。
「様子を見る」は響が提案し、先生に説教されてイジメをやっていた子が反省し止めるかもしれないと言う希望もあったから奏と私が同意した。
「各々が学校の中心となってイジメ撲滅を掲げる」は奏が提案し、全員の賛同を得た。すなわち児童会と風紀委員に入り、イジメ撲滅を掲げる。学校側も賛成してくれるだろうし、何よりイジメが起こったと言うことは事実として広まっている。奏が風紀委員で、児童会が三人。夏代でも良かったが、一人で突っ走るようなことがないとも限らないからだ。
……実際に、夏代は幼稚園の時灰人を泣かせた上級生の男子と喧嘩している。そこに奏も加わって乱闘になったのだ。とてもじゃないが、一人にさせるのは危なかった。流石に暴力で物事を解決する時期は終わらせた方が良い。今後のためにも。灰人の我慢のためにも。
三つ目の案でいこうと決めたは良いが、私と響でさえまだ五年生。児童会に入るのは難しかった。とりあえずイジメが終わったかどうか様子を見ると言うことで収まった。
しかし翌日の放課後、夕方頃最近はイジメもあって早く帰ってきていた灰人が、遅いと言える時間帯に帰ってきた。もしかしたらクラスメイトからの謝罪があったのかもしれないと言う期待は、普段家事を行う私達が料理を用意したリビングに入ってきた灰人を見て脆くも崩れ去った。絶妙と言えるタイミングで、呆然とした響が野菜炒めの載った平皿を落とした。
顔中に青痣を作り、服も土埃に汚れている。
誰かが灰人に暴力を振るったことは明白だった。しかも、おそらくは地面に押し倒してリンチを行ったのだろう。
夏代がフラフラの灰人に近寄り、誰がやったと捲くし立てる。奏はそんな夏代を宥めつつも、殺気にも似た怒気を放っていた。理性で怒りを無理矢理抑え付けているのが見て取れた。そんな中、一番怖かったのは響だ。普段穏やかな笑みを浮かべている響は、おっとりした雰囲気を放っている。落とした平皿と床に散乱した野菜を無視して尚、微笑む姿は恐怖心を煽ってくる。
奏は小学校に入ってから剣道を始めた。鋭い刃のような怒気がリビングを満たす。夏代の放つ怒りと、笑顔の下に隠れた響の怒り。剣呑な雰囲気になるリビングで、私は比較的落ち着いていた。
先生が口を出したことで、もしかしたら悪化してしまったのかもしれない。
事情を聞くのが先だと思い、三人を宥めて灰人に話を聞く。
イジメの主犯が灰人が先生にチクったと勘違いして、暴力を振るってきたのだと言う。自分勝手すぎる言い分だ。
許せなかった。夏代が今にも飛び出しそうになったのも、頷ける。
元々の原因は私達にある。でもイジメを行ったと言う事実を認め、反省して止めないで、逆に灰人のせいにするなんて。
怒る私達を、灰人は大丈夫だからと言って止めた。身体中に痣を作って、仲の良かったクラスメイト達にも見放され、心身共に大丈夫とは思えない状態だった。灰人がそう言うならと、その場は解散した。灰人は料理を食べもせず自室に上がってしまう。
料理はすっかり冷めていたが、至急対策を練らなければ、と四人で会議を始める。
私達が関わればイジメは悪化する。かと言って何もしなければイジメは続く。小学生の私達には、かなりの難題だった。
夏代は灰人に手を出したらボコボコにされると思わせれば良いと言う。
奏は次に手を出したらボコボコにすると脅せば良いと言う。
響はただ微笑むだけ。それが逆に恐ろしい。
私は……。
結局、良い案は出なかった。
家では優しくして、学校で我慢する灰人を癒してあげようと言うのは決めた。それでも、具体的な対策はなかった。
次第に灰人の顔に痣が出来なくなり、イジメはなくなったのかと思い始めた。それでも灰人の表情は暗かったので、安心出来ない。服も段々と汚れが目立たなくなってきた。
見かけたら止めるぐらいもしようと思っていた。でも見かけなかった。
ある日響がカメラを構えているのを見て、何を撮っているのかと話しかけようとした。
そこで見たのは、灰人が不良っぽいヤツらにリンチされている場面だった。私が止めに行こうとすると、響に制止された。
「……灰君を苛めたらどうなるか、ちゃんと思い知られてあげないと、ね?」
ニッコリと。微笑んで響はそう言ってきた。事情は後で説明してもらった。
写真、音声。イジメを目撃したら証拠を集めていたらしい。少し前からずっと、小遣いを貯めていることは知っていた。小学生が思いつくとは思えない手段で、灰人を守ろうとしていた。
ある意味、暴力よりも恐ろしいことをしようとしている。
何とか響を説得してそれは止めさせたが、正直言って初めて響を怖いと思った。
社会的に痛め付けるのもダメ。もちろん肉体的でも精神的でもダメ。ならどうすれば良いのか。
とりあえず奏が風紀委員に入り、見回りして出来るだけ灰人を助ける。私達も学生組織に属して補助をする。家で心のケアをする。
この三つを実践した。
しかし、ほとんど無意味だった。
灰人は次第に心を閉ざし、私達を遠ざける。格闘技を始めたので強くなってはいるハズなのに、一向に反撃の意志が見えない。辛かったら言って良い、と言ってみるが大丈夫だと首を振る。全然大丈夫に見えない。
ある年の夏休み、夏代がイジメの主犯達と喧嘩した。途中から奏も参加し、滅茶苦茶に乱闘しボコボコにしてやったと言う。もちろん無傷ではなく、両親から説教を受けた。
それでも、灰人へのイジメは終わらない。
排除、と言う言葉が脳裏に浮かぶ。
灰人は優しいから、自分を傷付ける相手であっても反撃出来ない。試合となれば倒すだろうが、無闇に痛め付けることもしない。
灰人は夏代と奏が素手で戦いを挑んでも返り討ちに出来るぐらい強い。それでも、反撃しない。
それなら私が灰人を苛めるあいつらを排除してやれば良い。
そんな考えさえ浮かぶ程、後が残されていなかった。
私達を遠ざけたのは、もしかしたらイジメが悪化するのを怖がっているからかもしれない。反撃したらもっと酷いことをされるのではないかと怯えているのかもしれない。
そう思うと、響が持つ写真と音声記録に手が伸びる。
私達の可愛い弟を苛めるヤツらを、貶めてやりたい。
もしかしたら責任転嫁かもしれない。元々の原因は私達にあるし、名字を変えたいと言ってきたのも仕方がないと思う。
それでも、灰人が苛められなくなるのなら、やっても良いと思ってしまう。……結局響に止められて実行には至らなかったが。
お姉ちゃんぶった代償は、三人に灰人の「ぎゅっ」を取られると言う遅れ。
心優しい灰人に対して「ちゃんと反抗しなさい」と言う厳しい言葉。
自分勝手な都合を押し付けて、灰人の「眩しさ」を奪い。
もしかしたら、私が突き放すようなことを言ってしまったせいで、灰人は自分が我慢してやり過ごそうとしているのではないだろうか。
もしかしたら、もう髪を切っても良いと言っているのに伸ばしたままなのは、灰人が嫉妬は恐ろしいモノだと理解しているからではないだろうか。
もしかしたら、DVを受け続けた子供のように、暴力と言う恐怖に怯えて手が出せないのではないだろうか。
もしかしたら、やり返すことで私達や両親に迷惑がかかると思い、ずっと我慢し続けているのではないだろうか。
……もう、灰人は私達のことを嫌っているかもしれない。だって私達は、二年もちゃんとした対策を取っていないから。雪音も灰人が好きだと私に告白して協力してくれてはいるが、目に見えて成果は上がらない。
最初に立てた計画通り児童会と風紀委員長としてイジメ撲滅を掲げたが、あまり良い成果は上がらなかった。
寧ろ悪化させてしまったのかもしれない。私達が表立って動けば、主犯の不良は対策を練る。小学生に金銭的なイジメはなかったが、小学校から中学校へ上がるのはほぼ面子が同じ。予防線を張っておくに越したことはない。灰人が入学する頃には生徒会を牛耳ってしまえば、問題はない。イジメ反対と言う空気を学校全体で形成しておけば良い。
ただ、それは中学での話だ。小学校にいてそれを実行することは出来ない。イジメに対する講義も行う学校だが、特に意味をなさない。罪悪感に負けるか、イジメがバレた時に怒られるのを怖がるか。
イジメは深刻な問題だ。学校側としても、注意だけで終わる訳にはいかない。新聞で取り上げられ、世間から大いにバッシングを受けることだろう。
その「バレたらどうなるか」を先に見せることは、逆に悪影響を及ぼしたのかもしれない。イジメの主犯がクラスメイトを説得するのを、後押ししていたのかもしれない。
見つけたら先生に言うか自分達で止めに入るかしていた。それが悪化させる原因だったかと言えば、多分そうだったのだろう。イジメが酷くなる一方だと知り、焦って見回りをする私達。
ある日灰人は私達に言った。
「……迷惑だから余計な真似するなよ」
家でもあまり喋らなくなった灰人の、いつの間にか変わっていた口調。刺々しく私達を責めるような声音は、深く突き刺さった。
小学校を卒業し、灰人が入学する前にイジメ反対の体制を作っておきたくて、風紀委員と生徒会からアプローチをかけた。学校側に反対する理由などない。
私が児童会長を務めていたことを知っている者も多く、無事生徒会長に就任出来た。それから灰人が入学するまでに体制を整えた。
……私達が居ない間は、寧ろイジメが悪化したと言って良かった。灰人は夜遅くに帰ってくることが多くなり、それでも学校を休むことなく毎日通い続け、傍目からは見えない傷が増えていった。
止める私達が居なくなったことで、主犯達も心置きなくイジメを行っている、と言うことらしい。
灰人が入学した。
生徒会長として挨拶を行う。もう大丈夫だと、そう言うメッセージを込めて晴れやかな笑顔で新入生を迎える。
運悪く主犯の不良とクラスが同じになってしまうが、イジメ撲滅を堂々と掲げた私達の味方をしてくれるハズだった教師は、新しくここに来た教師だった。
「ハズだった」と言ったのは、下らない演説をしたと言う話は後で聞いたが、それを注意せずに放置したと言う。教師の前で「イジメの正当さ」とか何とかを説くバカもバカだが、それを見て見ぬフリする教師はクズだ。
雪音の後輩がいると言うことで話を聞いてみれば、赤崎と言う不良が灰人に対するイジメの正当さを説いている間、我関せずと言う顔で傍観していたらしい。赤崎が灰人を殴り倒しても、何も言わなかったそうだ。
校長にそれとなく聞いてみれば、昔イジメを受けて自殺した生徒の担任で、世間から手酷いバッシングを受けたらしい。……つまり、自分の保身のために知らぬ存ぜぬを貫き通そうと言うのだ。許せなかった。
雪音の後輩は雪音に灰人のことを教えてくれたが、イジメ撲滅を掲げた学校だと言うのに、ちゃんとそれに協力しようと言う生徒はいなかった。公約なんてそんなモノなのかもしれない。
担任教師を呼び出し、言及しようとした。だがその教師はあろうとこか私達の身体を目当てにしてきた。
次の日、その教師は退職となった。
響が常備するカメラと録音機器、奏が常備する木刀。これらを以って排除した。
こうすれば良かったのだと、理解した。
だが、もう遅かったとしか言い様がない。
灰人の笑顔が消え、口数が減り、感情を表に出すことが少なくなり、瞳が虚ろになる。
そんな変化を見てきただけの自分が、善人だとは思えない。結局灰人のためにはならず、自己満足で全てが終わっている。
加害者はイジメをイジメと言わない。イジメではなく制裁だと言う。
教師は注意しても止めようとはしない。副担任は気弱なおじいさん、と言った風の教師であり、ガタイの良い不良に敵うハズもなかった。
今更何を言っても無駄だが、それでも後悔している。
何も良い策が浮かばない自分が嫌だったし、夏代や奏のように力で解決するのを止めて、かと言って響のように証拠を突き付けるのも止めて。
無力な自分を言い訳にして、灰人を結局のところ助けていない。夏代の提案に乗っていれば、今頃笑顔を見せてくれる灰人が傍にいたかもしれない。響の思惑通りに事を進ませれば、今頃灰人は立ち直り始めていたかもしれない。
何も出来ないことは、何もしてないことと同意語だ。
中学二年の時、虚ろだった灰人の目が何も映さなくなった。空虚でもない、全くの無表情。私の顔を見ても、何の色も映さない。何も思っていない。
灰人の心が壊れてしまった。
それが理解出来た時、私は絶望した。
私が原因を作って、私が三人の案を制止して。私がもしどれか一つでも案を止めていなければ、灰人の心は壊れなかったかもしれない。
私が壊したも同然だった。
中学を卒業していた私は響と同じ高校に入っていた。高校は私達四姉妹が灰人と別の高校に入れば良いと思っていた。でもそれは、遅かった。あと二年、遅かった。
灰人は「私達の弟」と言うより「ストレス発散のための道具」として生きていると言っても過言ではない程、私達に関わらなくなった。両親は共働きで家族と接する時間も少なく、灰人についての否はない。家族として接する時間が長かったのは、私達だ。
灰人の心を失わせてしまったのは、私達に要因があり、私が一番言及されるべきだ。取り返しの付かないことをしてしまった。
私が立ち直れたのは、その時はまだ担当クラスを持っていなかった、諌山先生のおかげだ。養護教諭の水谷先生にも、お世話になった。弟の話を聞いてもらい、取り返しの付かない後悔を吐露した。
二人は無言で私の話を聞いていた。諌山先生は話し終わると、「……そうか」とだけ言った。水谷先生も「難しいよねぇ」と言うだけだった。気休めを言うでもなく、責めるでもなく。それが少し嬉しかった。
奏は同じ高校に入れるレベルだったが、夏代は少し心配が残った。奏の邪魔にならないよう、私と響とで勉強を見て、何とか合格した。……前期はうっかりミスで書類を提出し忘れ、慌てていた。
奏は前期でも余裕だったが、勉強で後れを取るのは避けたいと勉強していた。生真面目な性格だった。
灰人には私達と違う学校を選べば良いと言っておいた。小中と会長を務めた私が高校でも生徒会長に就任してからのことだ。灰人なら前期でも後期でも私達の通う高校に合格出来そうだったが、私達と同じ高校に通うとまたイジメが起こるかもしれないと、不安だったのかもしれない。
灰人は、何故か同じ高校に前期で合格した。
理由を聞いてみると、「……担任に言われたから」だった。
確かに灰人の学力ならある程度の進学率を誇る私達の学校にも通える。また同じことの繰り返しになるのではないかと心配したし、直接そう言った。
でも「……別にどうでも良い」としか帰ってこなかった。
高校に入ればイジメをするヤツらが減る、とは限らない。雪音の話によれば私達と同じ高校に入るために猛勉強する人達がいるらしい。それは雪音も同じだと思うが、兎も角。
実際に同じ中学に通っていて、不良で頭の悪い灰人のイジメに参加していたとの噂もあるバカが、同じ高校に入学していた。
嫉妬が、私達に降りかからないと言うことはなかった。小学校一年生の時は、響と二人で上履きを隠されたりした。それは翌年に入ってきた二人の強い妹達によって抑え込まれた。なのに灰人のイジメは終わらない。相手がダメなのか、それとも周りがダメなのか。
灰人は高校で最悪のヤツと同じクラスになった。そこそこ上の高校なのに不良を良しとしているから、と言う愚痴はもう言い飽きた。同じ学年の不良が言い寄ってきてウザい。灰人以外の男になんて興味ない。同じ生徒会に入った女子に人気のヤツが居たけどどうでも良い。本当は入れたくなかったのに。
そんなどうでも良いヤツのことは良い。今は灰人のことだ。
諌山先生が灰人のクラス担任となり、事情を知る諌山先生は「不良を注意する先生」として灰人を守ってくれた。授業をサボることもあったようだが、保健室でサボるので積極的に水谷先生が会話をしてメンタル状態をチェックしたりしてくれていた。……あの水谷先生が灰人と二人きりと言うのは、若干の不安を伴ったが。
ただ水谷先生のところには大量の男子生徒が押し寄せ、余程のことがない限り保健室には行けなくなってしまった。水谷先生は今年から来た、と言うことはないが色々な事情でほとんど保健室にはいなかった。それが今年からなくなり、時折いる“保健室の女神”からずっと居る養護教諭に変わったためだった。
初めて担任を持ったと言う諌山先生だが、灰人の状態を見て動き出した。
「……行くぞ、生徒会。赤崎共を吊し上げる」
諌山先生は昼休みにそう言ってきた。
「吊し上げる」と言う表現を使ったので何事かと思えば、灰人を苛めている不良共に直接「止めろ」と言いに行くそうだ。
担任になってから一ヶ月ぐらいの出来事だ。十年も動かなかった私達とは違う。
でも確か、夏代が喧嘩した時に「止めろ」と言った気がする。それだけで足りるのかと不安になってしまうが。
「イジメは基本的に異端者への弾圧だ。自分は悪くないと言い聞かせて、自分勝手な正義を振りかざす。ならその正義が間違っていると徹底的に分からせてやれば良い」
諌山先生も、憤っているらしい。やや過激とも言える発言に少し驚かされたが、聞けば諌山先生は前期で灰人の担当をしたらしい。私達の話を聞いていたので誰かは分かっただろうし、面接の時だけ髪を縛っていたので驚きもしたかもしれない。
諌山先生はそう言って教室に乗り込んだ。私達も一緒だ。何故か男子副会長になったヤツがついてきたが、まあどうでも良い。どうせ生徒会を呼んだから勘違いしたのだろう。
でもそれは、叶わなかった。
いきなり異世界に転移されられてしまったからだ。
諌山先生が混乱を静めて教室を先導する。この人は突然訳の分からない場所に転移させられてしまったと言うのに、平静を保っていた。
一番最初に、異世界に順応していたと思う。
モンスターが現れた。図体の大きい不良が怯えている。情けない。それは寧ろマシな方か。副会長が混乱に呑まれてガタガタと震えている。目障りだった。
水谷先生は諌山先生よりもいつも通りだった。ニコニコと微笑んでいる。響でさえやや引き攣っていると言うのに、流石は大人だった。
不良が私達の前で灰人に手を出した。正当防衛として始末してやりたかった。夏代を制止したものの、飛び出したぶん殴るだけでは気が済まないのも頷ける。護身用にと奏がいつも持ち歩いている木刀を持っていたら、頭をかち割っていたかもしれない。
でも異世界に来たなら、不良達を見捨てるか別行動を取るかで灰人を自由に出来る。
それまで灰人を守ってあげれば良い。
そのための力が必要だった。女神と付くからにはそれなりに強い種族らしい。躊躇なくそれを選択した。他の三人も同じだった。
でも結果的に、灰人に全ての「処理」を任せてしまった。せめて男子副会長だけでも殺してやれば良かった。
言葉で伝えても分からないヤツに、何故今まで正攻法でやってきたのか、不思議に思ってしまった。脚を七人で消し飛ばしたのには少なからず驚いたが、外で脚を消し飛ばされればモンスターに殺されるだろう。最も簡単な、排除の方法だった。
相手は灰人を苛めてきたヤツらだ。加減する必要なんて全くなかった。
……でも、気付くのが遅すぎた。
結局、灰人は自由になったが私達からも離れていった。
……それで、良いのかもしれない。私達は直接対決を避けてきた臆病者。いや、三人はちゃんと対決しようとしてきた。私だけが、逃げてきた。だから灰人は私達からも離れていってしまった。
自業自得だった。
それでもちゃんと灰人に伝えたい。
私はダメな「お姉ちゃん」だったけれど、三人はちゃんと灰人を守ろうとしていたと。
私は、灰人の傍に居る資格がない。でも三人は、三人だけは傍に置いてあげて欲しい。
やっと灰人を「ぎゅっ」と出来たけど、長らく触れていなかったせいでその逞しさに驚きはしたけれど、久し振りに嗅いだ灰人の匂いに胸がキュンとなったけれど。
私は、灰人の傍に居る資格なんてない。