フェザードラゴン討伐
「……」
フェザードラゴンは戦う気を高めていく俺達に、焦点のない瞳を向けると、ゆっくりとだが戦闘準備を整えていく。……ビリビリと肌で感じる気迫が徐々に上がっていくのが分かるのだ。
「閃光剣!」
エリオナがいきなり、剣を右腰から逆袈裟に振り上げて光の斬撃を放った。だがそれはフェザードラゴンに当たる前に何かにぶつかったかのように消滅した。……何だ? まさか『絶対防御』じゃないよな?
「やはり、そう一筋縄ではいかないか」
エリオナはそう言いつつも少し悔しそうにしていた。
「今日は皆やる気満々で来たからね~。普通の武器なんて持ってないし~、最初はあの魔力障壁を破壊しないと無理だよね~」
魔力障壁と言うらしきエリオナの攻撃を防いだそれを壊さない限り、俺達に勝利はないと言うことか。
そうなれば話は早い。俺は一気にフェザードラゴンに懐まで突っ込むと、
「……『破砕』」
破壊に打って付けのスキルを発動する。右拳に灰色のオーラを纏って腹目がけて殴りかかり――途中で見えない何かにぶつかり、拳は止まる。それどころか『破砕』のオーラが消えていた。……何だと? いや、これは単純明快だな。魔力障壁のスキルランクが俺の『破砕』よりも高いか、それともレベル自体が俺より高いか。
「カイト、避けろ!」
考察で足が止まってしまったらしい。エリオナの叱咤で気付いたが、フェザードラゴンは身を軽く翻して細く長い尻尾を振るってきていた。
勢いが強そうだったので、俺は後方に大きく跳んで回避する。
「……今のスキル、何?」
三人の近くまで一気に戻ってきた俺に、リムが尋ねてきた。
「……『破砕』だ。これ以上は後にしてくれると助かる」
俺はスキル名だけを答え、声なく咆哮し大気を震わせるフェザードラゴンに意識を集中させた。
「……カイト。君の種族を聞いても良いか? その身体能力の高さから上位の種族と見受けるのだが」
僅かに逡巡してから、エリオナが聞いてきた。
「……十騎士の種族は教えてもらってないのにか?」
俺は皮肉っぽく言う。……十騎士もただの人間じゃない。女神とまではいかないが、属性に因んだスキルを持っているからな。
「十騎士の種族は、この戦いが終わったら教えよう。隠すようなことではないからな。私なら光を操る種族、リムなら砂を操る種族だ。だが種族の説明は戦いの中では長いからな。種族の名前だけでも良い。そうすれば君は種族の力を隠すことなく戦える。違うか?」
どうやらエリオナには筒抜けだったらしい。俺が種族の力を使わずに戦おうとしていることが。人前で自分の種族をひけらかすような真似をしたくないってのも勿論だが、自分の力を見せびらかすのも好きじゃない。……それに、俺の種族は一回聞いただけでは「種族なの?」って思われるようなモノだからな。
「……黒帝。それが俺の種族だ」
俺は渋々、その種族名を口にする。……黒帝って何だよ。黒の帝って種族なんてよく分からないにも程がある。確かに種族特性でのステータス強化は高くそのおかげで助かっていると言うこともある。だが種族なのかどうかと聞かれれば、微妙だ。
「「「っ!?」」」
俺の種族を聞いた三人が目を見開いて驚いていた。……あのルーリエも、だ。そんなに驚くことなのだろうか。
「そ、それは本当なのか!?」
俺が不思議に思っていると、エリオナがギュッと両手で俺の右手を握って前のめりに聞いてきた。
「……ああ」
俺が頷きつつ自分の右手に視線を落とすと、エリオナはハッと我に返ってバッと勢いよく離れた。
「……来る」
リムが注意をしてくれたおかげで、俺とエリオナは別々の方向に跳躍して飛んできた無数の白い羽根を回避出来た。
「じゃあ黒帝様の前だし~、ちょっと本気出すからね~」
「私達は巻き込まないで欲しいのだが」
ルーリエが言って両手で戦斧を持ち構えると、エリオナが言った。……冗談を言っているようには見えないが、そう言えばルーリエの二つ名は“災害の嵐”だったな。本気で戦ったら周辺の地形が変わってしまうから、と言う理由だったらヤバいな。
「それはちょっと保障出来ないかな~。入ってこれないなら離れててね~。――起きて~、修羅童子~」
ルーリエが言うと、手に持っている二メートルもの戦斧がガシャン、と広がって刃の部分が大きくなり、フシューッと白い煙を噴いた。
「あれがルーリエ殿の伝説級武器、修羅童子か」
どうやらかなり強い武器らしい。エリオナが感心したように呟いていた。
「『牛鬼神』~!」
更にルーリエはスキルを使う。ルーリエの全身を赤黒いオーラが覆う――ここまでは俺が持つ『鬼神』と同じような感じだ。だがその全身を覆うオーラが牛を形取っていく。頭の方に角があり、ルーリエが赤黒い自分より一回り大きな二本足で立つ牛を纏っているようにも見える。
「よいしょ~」
いつもと変わらぬ間延びした口調。だが赤黒い戦斧の形をしたオーラを纏う修羅童子と言う武器は、上段から振り下ろされると魔力障壁があって直撃こそしなかったが、その上からフェザードラゴンを後方へ大きく退けた。
「こうなれば私達も負けていられないな、リム」
「……ん」
エリオナはそれを見て苦笑しながらも言って、光を全身に纏うと突っ込んでいく。リムも頷いて砂嵐を纏い突っ込んでいく。……目に入ったら痛そうだな、と俺はどうでも良いことを思ってしまった。
「……俺も行くか」
俺は呟いてトリニティ・トライデントを携え、三人が応戦しているフェザードラゴンへ突っ込んでいく。
「閃光烈剣!」
「……砂塵竜巻」
「鬼神乱舞~」
エリオナが剣を光速で振り、一振りで光の斬撃を無数に放つのを十回以上連続させた。
リムが素早くフェザードラゴンの足元に滑り込み短剣で斬りつけながら(実際には魔力障壁で防がれているが)特大の砂嵐を巻き起こす。
ルーリエが戦斧の前後から交互にジェット噴射みたいなのを噴いて勢いを増し、縦横無尽に振るっていく。……単純加速装置ってヤツだろうか。ルーリエ程の身体能力があれば使いこなせるのかもしれない。攻撃を加速すれば攻撃力が上がるのは確かなのだが、バランスや重心とかの部分で普通の人間には無理だ。だがルーリエは、普通の人間ではない。武器の効果とスキルで猛攻を繰り出していた。
「……」
俺は少し後ろからトリニティ・トライデントを伸ばして適当に斬りつけているだけだ。……う~ん。猛攻は良いんだがフェザードラゴン自体にはダメージがない。フェザードラゴンを怯ませることは出来てもブレスや羽根による攻撃や魔法を放たれれば避けざるを得ない状況となり攻撃が中断させられる。
……ここは俺も本気でやった方が良いのだろうか。元を含めSSS級冒険者と最強の騎士団長率いる十騎士の後ろに隠れてやり過ごし、生き残ってSSS級になったとなれば、他のヤツからの責めるような視線からは逃れられない。それは面倒だ。
「……仕方ない、出るか」
フェザードラゴンの正面で爪や尻尾を受けながら猛攻を加えるルーリエの隣に並ぶ。……風圧だけで倒れそうだな。
俺は隣で風圧を直に感じそう思ったが、『鬼神』の赤黒いオーラを全身に纏い、『黒皇帝』の力を身体に取り込んで肌を浅黒くし赤い筋を走らせる。
「……っ」
俺はルーリエと並んで攻撃を繰り出す。強化されたステータスで思いっきり突きを放つと、刃が勢いよく伸び見えない魔力障壁とぶつかって白い火花を散らす。……伸びようと頑張ってる。のにも関わらず破れないのか。そう言えばただの武器だったら攻撃出来るらしいな。俺が持ってるこいつも魔力を有していると言うことか。凄い剣らしいからな。『聖火花』で追加ダメージを与えてる。切っ先から針も出している。だが一向に破れない。
「……一点突破でも無理か」
俺は剣を引いて元の長さに戻し、フェザードラゴンから口を大きく開けて放ってきた白いブレスを左に跳んで避ける。
「色んなスキル持ってるんだね~」
ルーリエがフェザードラゴンの正面で身体を踊らせ胸を弾ませながら、素早い猛攻の手を休めぬまま俺に言ってきた。
「……そう多くはない」
俺は簡潔に答えると、剣に黒いモノを纏わせトリニティ・トライデントを振り回し四方八方から攻撃を加える。
「もう少しだ! 魔力障壁に綻びが出来ているぞ! 魔力障壁が壊れるのを確認したら、再度展開される前に一斉に攻撃しろ!」
光で自在に攻撃しながら剣で斬りつけ猛攻を仕掛けている。リムも負けじと砂と短剣で攻撃を仕掛けている。
「牛鬼斧刃~」
グググ、と赤黒いオーラを戦斧に溜め、渾身の力を以って横一文字に振り抜いた。するとバキィン、と言う音がして空間に割れ目が現れた。見えない魔力障壁が割れたんだろう。それを見た二人が攻撃を加える。俺はそれをトリニティ・トライデントで軽く攻撃して猛攻をしているように見せつつ、魔力障壁が壊れるのを待っていた。……壊れた瞬間に飛び出して一撃で決める。それがステータスとスキルを奪う最も確実な方法だ。
パリィン。
甲高い音をさせて、透明な破片が虚空に飛び散り消失していた。
「……」
三人の猛攻により魔力障壁が破壊された。そこに俺は勢いよく突っ込み、武器に黒いモノ、赤黒いオーラ、紫の雷、灰色のオーラ、透明な薄い膜を纏わせ思いっきり横薙ぎに振り切った。
するとフェザードラゴンは腰辺りから横一文字に切り裂かれた。
「美味しいところを持っていかれたな」
鮮血を噴き出し絶命するフェザードラゴンを見て、エリオナが苦笑する。
「……気にするな」
俺はしれっと言いつつ、死んだフェザードラゴンを見下ろす。……寄生虫とやらは一緒に死んだのだろうか。
「ギチィ!」
俺がそんなことを思っていると、フェザードラゴンから奇妙な形をした生物が飛び出してきた。一直線に俺に向かってくる。……俺に寄生する気なのか。
「えい~」
だが飛び出してきた寄生虫は横から赤黒いオーラの拳に殴られ消し飛んだ。
「……助かった」
俺はルーリエに言う。寄生されても何とかなっただろうが、助けられたのは事実だ。……それに、目の前で跳ねる胸を見せてもらった。少しくらい誠意を見せても良いだろう。いくら俺でも性欲しか頭にない訳ではないので、あくまで少しだけだが。
もし寄生虫が俺に寄生しようとしてきたところで、対処法はいくつかある。
一に、寄生された部分を切り落とす。
二に、寄生速度が高かった場合、その身体を捨てて新たに身体を形成する。
三に、黒で塗り潰す。
四に、逆に『蠱毒』で喰らってやる。
一番リスクが大きいのは二と四か。新たな肉体を形成するのが可能かどうかも分からないし、寄生虫なんてモノを取り込んだ時にどうなるかが微妙だ。寄生能力でも手に入れられるなら便利かもしれない。だが寄生のリスクと言うのも考えなければならない。属性攻撃をするスキルならそこまでリスクを考える必要はない。精々弱点属性には滅法弱いと言うくらいだ。
だが寄生能力を手に入れた場合、寄生した方と残った方、どちらが本体で、どちらも俺の意識があるのか。
……不確定要素が多すぎる。特に別々の意識だった場合のリスクを考えると軽率な行動は出来ない。意図した訳ではないだろうが、殺してくれたルーリエには一定の敬意を払う必要がある。
「別に良いよ~」
「……ん、見て」
ルーリエが微笑んで答える。それとほぼ同時、サクサクとフェザードラゴンの剥ぎ取りを進めていたリムが奥を指差して言った。
「卵……か?」
リムの指差す先には、白い大きな卵があった。鳥の巣のように藁で編まれたベッドの上に。
フェザードラゴンの、卵だろうか。