十階層のボス戦
「……なかなか、強いじゃねえか」
俺は仄かに笑みを浮かべる。
「ゴアアアアアアァァァァァ!!」
相手は全長二十メートルの巨人で、金属鎧を纏い盾と剣を装備している。……巨体で重い装備をしている癖に、『紫電』を纏った俺の動きについてきやがるから、その強さが窺える。
俺は既に九階層までを突破し、十階層のボス戦に挑んでいる。五階層のボスは早々に倒せたのだが、六階層からのボス戦はキツかった。俺の魔力が「――」でなければ、とっくの昔に死んでいただろう。六階層目からは何時間とかかるボス戦が続き、今のボス戦も既に数時間に及んでいる。
だが徐々に俺へ攻撃を当ててくるようになっていくモンスター達の強さに、少し嬉しさを感じている自分が居て、全く負ける気がしなかった。俺のステータスは出鱈目に上がっていき、スキルも順調に増えていき、レベルは相手のレベルが低いのかなかなか上がらなかったが。
……だがふと俺は思った。この迷宮は割りに合わないんじゃないかと。
聞けば迷宮に挑むのは、未知なるモンスターと出会うため、莫大な金銀財宝を探すためだと言う。男のロマンを追い求めているような感じではあるが、俺は六階層から迷宮を隈なく踏査しているが、一向に財宝や強そうな装備やレアなアイテムと言ったモノが見当たらない。
モンスターが強いので討伐したその部位を売ったりすれば金にはなると思うが、二十五人の犠牲を出して一から五階層のモンスターの部位だけでは、割りに合わないだろう。俺は独りで来てそれ以上の成果を出している。
「……破壊しろ、黒竜っ!」
俺は全長五メートル程の黒く赤い目をした蝙蝠のような翼を持つ蜥蜴のようなヤツを出現させ、巨人に向かって突っ込ませる。
「……仕方ないか」
俺は黒竜に時間を稼がせている内に、呟いて右手の黒い剣を消し左手の黒い剣を両手で持つ。……やっぱり両手持ちはしっくり来る。剣道をやっていたからだろうか。俺は片手で振り回しやすい大きさだった黒い剣を両手持ちの長剣に変え構える。
赤黒いオーラを纏い、肌を浅黒く変化させ赤い筋を走らせ、更に赤い回路のようなモノを肌に表し、紫色の雷を纏う。……俺が持つ最強の身体強化だ。これが終わったら一旦外に出ようと思うので、存分に使う。
「……ふーっ」
黒竜は一体だけだがかなり強いのでまだ倒されていない。黒いブレスを吐いたりと巨人に応戦して押されてはいるが耐えてくれている。俺は大きく息を吐いて呼吸を整え、神経を研ぎ澄ませていく。……久し振りな気がするな、鈍っていなければ良いんだが。
そう思いながら俺は集中し雑念を消す。
「……」
黒竜が遂に巨人の剣によって倒され消えていく中を、俺は静かに駆けていた。と言ってもステータスが高くなったのでかなりの速度だ。
「ゴアアァァ!!」
巨人は俺に気付き、上段に振り上げた剣を振り下ろしてくる。ゴォ! とただ振っただけで物凄い風切り音がする程だ。だが俺はその剣の刃を逸らすようにして俺の左ギリギリに落ちるように受け流す。その企みは見事に成功し、巨人の剣は俺の左の地面に叩き付けられる。
これでしばらくは剣を引き上げないだろう。盾でやり過ごそうとする筈だ。
そして俺の予想通り、盾を正面に構える巨人。俺は剣を逸らしたそのままの速度で巨人へと駆け続ける。
盾へと辿り着いた俺は、黒い長剣の腹で盾を横から思いっきり叩き、大きく弾く。
「ッ、ガァ!」
盾を弾かれた巨人は呻くが、俺は問答無用で跳躍する。数時間戦っているので分かっているが、こいつは瀕死になるまで特殊能力を使わない。なら一撃で決めるべきだろう。
高々と、巨人の首元まで跳躍した俺は喉元に向けて剣を横に一閃する。喉を切り裂かれたせいか巨人は断末魔を上げずに切り口から青い血を大量に噴き出して仰向けに倒れていく。……血がかかるのは嫌なのでしっかりと黒い壁を作り出して防ぎ、落下に逆らわずトン、と地面に降り立つ。
俺は面倒なので剥ぎ取りはせずにアイテムボックスを念じて黒い穴を出現させ、そこに巨人の足を触れさせてスルリと収納させる。……俺はスキルを全て解除し、ふぅ、と息を吐く。身体能力強化の重ねがけは疲れるのだ。
「……?」
今までのボス部屋と同じように真ん中に魔方陣が出ているのだが、その中心に剣が突き立てられていた。
透き通った青銀の刀身と鍔をしていて、刀身には一定の間隔で剣先に折れた横線が入っている。柄は白で刃は両刃だ。両手持ちも出来る大きさだ。
「……」
俺は半ば呆然としつつ剣に歩み寄っていき、剣の柄に手をかける。少し力を入れると、スッと地面から抜けた。キィン、と言う綺麗な透き通った音をさせて引き抜かれた剣が光を反射して光る。
……っ。
剣を抜いて眺めていると、不意に剣の詳細が表示された。ギルド嬢が出していたギルドカードへの名前入力画面と同じくらいの大きさで、ステータスカードのような表示をしている。
剣の名前はトリニティ・トライデント。……トライデントって三叉の槍を指すんじゃなかったか? 確かポセイドンの持ってる武器がそうだったとは思うが、トリニティは三位一体とかそんな感じの意味だった筈。三叉の槍を三位一体って感じで一つの剣となった的な? まあ三位一体の意味は三叉が一つになったか、メインのスキル三つが目玉だからかは分からない。別に名前なんて拘らないから良いんだが。
武器の説明を要約すると、三つのスキルが売りな青銀の両刃長剣。剣、槍、鞭として使えるため変幻自在な攻撃が可能。倒した者の生命を吸って進化する。……もしかしたら剣、槍、鞭として使える剣だからこの名前なのかもしれない。と言うかまだ進化するようだ。
武器のクラス――恐らく強さで分類されているんだろう――は聖域級だ。……これがどの程度なのかは分からないが強いんだろう、多分。
スキルは『無限射程』と『蠍の針』と『聖火花』と『聖域』と『永久保存』。『無限射程』は振るった力に応じて刀身が伸びると言うモノで、引くようにして戻すことも出来るが振るわないと自動的に戻ってくる。恐らくこれが三つの使い方が出来るスキルで、刀身の伸び方は切っ先の次の節が増えていく。『蠍の針』は剣の切っ先から多種多様(毒から氷や炎まで)の針を放つことが出来るスキル。今はまだ一本しか飛ばせない。『聖火花』はこの剣が防がれたりした場合、白い火花を放つ。白い火花の威力は一つに付きボール系と同じ威力だが、使用者の魔力の質によって変わる。これらが目玉のスキル三つだ。『聖域』は神聖な白い光を纏うことで全ステータスを50ずつ加算しその間全ての状態異常を無効化することが出来る。『永久保存』は定期的に鍛冶屋で直さなくても鞘に収めることで洗浄と研磨がなされ万全の状態に戻ると言うスキル。
……これは強いな。まだ経験値が0のため、しかもまだ進化の余地があるのだから末恐ろしい。と言うかトリッキーな使い方が出来るので面白そうな武器だ。
俺が鞘なんてないな、と思っていると、右手に鞘が現れた。……俺がそこに剣を収めてみると、ピッタリ入った。
……これは良い武器を手に入れた。と言うか強すぎる。これよりも上の武器が存在したらチートだろう。
どうやらトリニティ・トライデントは十階層のボスを初討伐した報酬らしい。……こんな武器がただのボス討伐報酬ならこの世界の武器バランスがおかしいだろう。
「……一旦出るか」
俺は剣を右腰に提げると、そう呟いた。俺の全身を魔方陣からの光が包み――迷宮の入り口に戻った。