ステータス
「「「っ……!?」」」
慌てふためいて阿鼻叫喚の渦に巻き込まれるかと思った教室だが、次の瞬間には、全員が床から湧き出る黒いモノに覆い尽くさせたかと思えば、椅子に座っていた。
椅子は全部で四十八に増えている。生徒会と教師二人と風紀委員長の八人が座るための椅子らしい。
黒いモノはなく、不気味な程に静かな教室。
「……」
俺は何が起こったのかと、周囲を見渡して出来る限りの情報収集を試みる。
……外は暗い。いや、黒いな。森の中だろうか、木々は生い茂っている。木は黒いが。地面が見える。黒い草が生えていて、先は暗くて(黒くて?)見えない。焦土と成り果てた訳ではなく、そう言う色をした植物なのだろう。
「……何だよ、ここ……」
「誰か説明しなさいよ!」
俺のように冷静に状況を整理しようとしたヤツが何人居ることか。教室は静寂から一気に混乱へと変わる。
「そ、そうだ! 携帯! ――クソッ! 圏外かよ!」
外の風景は日本ではなさそうなので携帯(ケータイかスマートフォンまたはiPone)で連絡を試みるが、圏外だったようだ。そいつに続き次々とポケットや鞄などから携帯を取り出し電波を見て、圏外だと分かると舌打ちして吐き捨てる。……俺のスマホも圏外だ。電波がない。まあこんなジャングルの中じゃな。日本じゃなくても繋がらないだろう。
ズボンの左ポケットからスマホを取り出した俺も、確認してみるが無駄だった。
電気は点いている。……それはかなりおかしな状況だ。
このクラスの教室は校舎の二階にあった。だが今は木々が真横に見えることや地面が近いことを考えると、一階にあった部屋がなくなっていると言うことになる。……いくら科学技術が日々進歩しているからって、教室を丸ごと一個転移させるなんて非現実的だ。
と言うことは、だ。現実的に考えれば黒いモノが何か睡眠作用のあるモノで、眠っている間に黒く塗り潰した森の中に作られた教室に似せられた場所に連れてこられたと言うことになるが、俺は残念ながらオタク趣味と呼ばれるモノを持つ。異世界転移だと考えてしまうのは仕方ないだろう。黒い植物なんて聞いたこともないしな。
電気が点いているのは、学校そのままであれば電気系統はこの教室に設置されている訳ではないので切れている筈だ。それなのに点いているからおかしな状況な訳だ。
「……ね、ねえ。携帯取ろうとしたら、ポケットにこんな、カードみたいなの入ってたんだけど」
ざわめく教室で、一人の女子が恐る恐ると言った様子で言う。
……ふむ。確かにあるな。携帯と同じポケットに入っていた。カード――と言う感じではある。手にすっぽり収まる大きさの長方形だ。素材は――プラスチックだろうか? 金属と言う感じではない。軽い素材だ。だがプラスチックの割りには、折れない。全力で折り曲げようとしても、ビクともしない。何か特別な素材で出来ていると考えるのが自然か。
そこで俺はカードに書いてあるモノを見る。
「っ! 一番上の名前は兎も角、レベル、才能、体力、筋力、魔力、魔力の質、反射神経、知能、EXPって、何だこれ!?」
恐らく最初にそれを見ただろうヤツが、驚きを持って叫んだ。……ふむ。白いカードなんだが、黒い文字で色々と書かれている。一番上に書いてあるのはステータスなのでステータスなんだろうが。RPGのステータスのように見える。だがステータスの値が低くないか? レベルは兎も角、体力、筋力、反射神経、知能は1だ。才能は違うが。魔力と魔力の質とやらは普通の世界にはない、ファンタジー世界でよくある魔法を使うために必要な要素だろう。しかしその二つには値ではなく横線は引かれている。EXPは0/10と言う表記だ。これが10に達するとレベルが上がるのだろう。
下の方にスキルと書かれた欄があって、いくつかスキルのようなモノが載っている。
……分からない。俺のステータスが落ちているのか、魔力がないのか。他のヤツのステータスも見てみないと分からないな。
「私にはそんなモノ、ないんだが」
騒がしい教室の中で、よく通る声を放ったのは担任教師だ。ポケットを探っていたようだが、ステータスカードとでも言うべきそれがなかったらしい。
俺も所属する一年二組の担任教師、諫山静香は艶やかで長い黒髪を膝裏まで伸ばしていて、切れ長の目は怖い印象を与えずカッコ良いと思わせる。つんとした鼻も形の良い唇も、美人を際立てる。大人だけはあって姉四人よりもスタイルが良く、まさに男子が憧れる教師と言える。タイトスカートから覗くストッキング越しの太腿や息苦しいのか開けられたブラウスの第三ボタンの間から覗く胸元が人気を博している。この美貌、スタイルで面倒見が良く仕事も出来るのだが、何故か独身と言うよく分からない教師でもある。
「……せ、先生っ。あの、教卓の上にあるのが多分そうだと思います……。他の人のは見えないみたいなので分かりませんが」
真ん中の一番前に置かれた教卓から一番近い席の女子が、躊躇いがちに言った。すると担任教師はスッと席を立って教卓の方へ歩いている。……その落ち着いた様子に、教室はいくらか静まった。流石は大人。大人は二人居るが、担任だけあって自分が取るべき行動が分かっているようだ。
「なるほどな。ステータスと書かれているのを見ると、ゲームにある身体能力みたいなモノだろう」
教卓の上にあったらしいそのカードは担任教師のモノだったらしく、なるほどと納得したように頷く。
「ここにこれが置いてあったと言うことは、私に状況を整理させろと言うことか?」
フッと美人教師が微笑む。余裕のある態度に教室が落ち着いていく。
「静かにしろ。これから、ここがどこでどうなっているのか、整理する。まずはこのカードについてだ」
担任教師は教師らしく、黒板の前に立って教室を見渡し、長細く綺麗な指で白いカードを見せ、教鞭を振るう。
「このカードについて分かっていることは少ない。書かれているのはステータスと言う一番上の文字、名前。そしてステータスと思われるレベル、才能、体力、筋力、魔力、魔力の質、反射神経、知能、EXP。その少し下にスキルと言う文字もある。各種説明については一々説明する必要はないと思うが、一応説明しておく」
そう言いながら、黒板にあった白いチョークでカードを書き大体の文字位置も書いていく。
「レベルは――まあゲームをやったことがあるヤツなら知っているだろう。これが上がることでステータスが上昇していき新たなスキルなどを覚えることがあると言うモノだな。恐らく全員が私と同じ1だろう。才能――これはよく分からないのだが、恐らく一回レベルが上がるのに対してどれくらいステータスが上昇するか、どれだけスキルを覚えやすいか、などと関係してくるだろう。体力――これは明言しにくいのだが、ゲームで言うHPとは違うのかもしれないな。私の数値は1だ。お前達はどうだ?」
「……い、1です」
一人が遠慮がちに答え、口々に1だと言う声が上がる。
「2だ」
赤崎がニヤリとして答えた。……恐らく自分が一番高いと思っているからだろう。1ばっかりだしな。俺も1だ。
「3です」
だがそれ以上が居た。男子副会長を含め、生徒会長を務める姉の一人、生徒会書記を務める姉ではない美少女の三人だ。
「4だな」
更にそれ以上も居た。風紀委員長を務める姉の一人と生徒会会計を務める姉の一人の二人だ。
……更にどう言う基準か分からなくなる。
「……桐谷。お前はいくつだ?」
俺が分からなくなったのに近付くためか、諫山先生は俺に聞いてきた。それに教室は驚くが、姉四人と養護教諭、書記は驚かなかった。
「……1ですが」
俺は無表情に淡々と答える。すると逆に、驚いていなかった七人が驚き、赤崎がニヤリと笑うのが分かる。自分よりも下だと思っているヤツが、やっぱり下だったからだ。
「……すまんな、分からなくなってしまった。赤崎が1ではないのは空手の有段者だからだろう。母屋二人と御宮と白咲が3なのは空手有段者である赤碕よりも強いから分かる。母屋二人が4なのは知っていると思うが、かなり強いからだ。だが、何故桐谷が1なんだ?」
諫山先生は眉を寄せて考え込んでしまった。それに少なからず驚きつつ、生徒達の疑問を代表して一人が聞く。
「……何で桐谷――君が1なのが疑問なんですか?」
そう。俺が1だと言うのが信じられないかのような諫山先生の発言に、疑問を持っていたのだ。
「ん? ああ、お前達は知らないんだったな。隠すようなことでもないし、言っても良いだろう。桐谷は空手、柔道、合気道、剣道など武道や格闘技で優秀な成績を修めている。因みに空手は有段者、高校入学で初段だったか?」
高校入学では二段だったのだが、俺は小さく頷く。一段は大きいが今の状況から考えても段の違いは些細なことだろう。
「なっ!?」
それに赤崎が驚いていたが、俺は相変わらずの無表情だ。まあ、小学生の頃しかやってないヤツと高校まで続けていたヤツとの違いだからな。
「だから、この体力と言うのは格闘技をやっていたから、と言うモノではないらしいな。筋力――もそんな感じだろう。恐らく5以下でほとんどが私のように1だろう。違うか?」
諫山先生が驚く周囲を他所に話を進めると、そっちへ集中し始め、疎らに頷く。
「魔力。これははっきり言って私達には理解出来ないモノだ。恐らく魔法を使うために必要なモノだとは思うが、魔法が存在するかも分からないからな」
諫山先生は話を続ける。……まあここは流石に説明のしようがない。推測しか立てられないんだから仕方がないだろう。
「え~っとねぇ、私のスキルには『治癒魔法』って言うのがあるよぉ」
間延びした口調で、ホンワカしそうな柔らかい声で、養護教諭の水谷涼羅先生が言った。
巨乳である姉四人やクラスの女子、生徒会会計の美少女を超える爆乳を誇る諫山先生よりも更に大きく、少し動くだけで揺れるそれは、超乳と呼ぶべきではないだろうか。
諫山先生よりも少し背が低く、おっとりした垂れ目で少し童顔だ。スタイル抜群の中でも抜群と言う素晴らしさで、運動がしにくそうな体型ではある。そのため体力では名が挙がらなかったのだろう。
諫山先生とほぼ同じ格好だが、スーツの上に白衣を着ている。
「……魔法があるのか。なら魔法を使うために消費していくモノだろうな。魔力の質――と言うのは恐らくだが、魔法の威力や規模に関係してくるのだろう」
男女問わず俺を除いて水谷先生にほのぼのしている中、諫山先生は説明を続ける。
諫山先生はカードと書かれている文字を書いておいているが、その横に各項目の大まかな説明を箇条書きしている。
「魔力関係については再び聞こうか。数値はいくつだ?」
諫山先生は教卓に両手を着き、教室を見渡して聞いた。
「1です」
そこからまた「1」と言う数値が口々に連呼される。……赤崎も1か。俺の「――」は何かよく分からないが、ないかカンストだろう。カンストしている訳がないのでないのかもしれない。
「2だな」
先程体力で4と言うこの中では高い数値を記録した二人が2と言った。……おいおい。戦士タイプかと思えば普通の生徒より高いじゃねえかよ。“四女神”がマジで女神なのかもしれないと思ってしまう俺だった。
「3だ」
男子副会長だけが3だった。と言うことは、魔法を使えると言った水谷先生や他は4以上と言うことになる。
その後も言っていった結果、4が生徒会長と書記。5が女子副会長で体力は1だった姉の一人。7が水谷先生と、
「私も7だ」
諫山先生だった。……かなり高いな。
「ところで桐谷。お前はいくつだ? 今は少しでも情報が必要だ。言ってみろ」
俺が答えなかったのをしっかり聞いていたらしい。俺が少なからず感心していると、諫山先生は尋ねてきた。
「……分かりません。魔力、魔力の質共に横線のみで数値記載ではありません」
周囲の視線が俺に向けられる中、俺は平静に答えた。
「それは確かに分からないな。すまなかった」
諫山先生は俺に軽く頭を下げ、教室を見渡して尋ねる。
「魔力についてはよく分からないが、質も同等程度だろう?」
全員が頷いた。……ってことは、教師二人は魔法使いタイプってことか。
「反射神経――これは文字通りそのままだろう。攻撃に対する回避率や敵が現れてからの攻撃する反射速度だろうか。まあ反射的な速度だと思ってくれれば良いだろう。知能――これは教養と言うべきか魔法の威力を上げるモノと考えるべきか。それともスキルのラーニングを素早く理解出来るモノなのか。魔法に関しては質があるから恐らくは知識または理解力と言うべきかもしれないな。今はまだ推測の域を出ないか」
反射神経、知能についてサッと説明する諫山先生。……まあ確かに知能は説明が難しそうな気がする。1なのがこの世界の知識なら納得だが、恐らく諫山先生が迷っているのは自分の知能が高いからだろう。まあどうせ一桁だろうが、少なくとも1ではない筈だ。
「EXPは、恐らく全員0/10だろう? EXPとは所謂経験値のことだ。これが10を越えるとレベルが2へと上がるのだろう。レベルが1の状態で必要経験値が変わるとも思えないのだが。もし10以上ならレベル上げに必要な経験値が多く恐らく晩成型と呼ばれるような成長の仕方をするのだろうが。逆に少ない場合は早熟型だな」
EXPについても説明していく諫山先生。……今気付いたんだが、諫山先生ってゲームみたいなステータスについて詳しくないか? 早熟や晩成はやったことのあるヤツしか分からないと思うんだが……。
「……これらを踏まえ、しかもさっき私は歩いたため筋力が激減したような感じはしなかった。つまり1と言う数字はレベル1のステータスとして不思議ではないのかもしれないな。この1と言う数値が成人の普通レベルなのか、それとも元の身体能力がそのまま1になっているのか。――前者なら後ろに居る数人は超人だし、後者ならここに来た影響で数倍に跳ね上がっていると言うことになる」
ふぅ、と悩ましい溜め息をつく諫山先生に、男子数人は溜め息をついていた。
「ちょっと筋力の高いヤツ――母屋姉妹二人、ああ体力が4だった二人な? 席を立って軽く跳んでみろ」
諫山先生は恐らくステータスの数値からどっちであっても大丈夫なように、軽く跳べと言った。もしさっきまで居た時のステータスが1ならば、何倍になっているかもしれない。思いっきりだと壁に頭をぶつける可能性もあるからだ。
二人は黙って席を立ち、トン、くらいの要領で、軽く弾む程度で跳んだ――つもりなのだろうが。
「「「っ!?」」」
直立姿勢のまま跳んだにも関わらず、机を越えてしまっていた。
「「……」」
跳んだ二人自身もビックリして目を見開いている。
「……机の高さが七十センチ程度だとすると、七十五センチぐらい跳んだ訳だな。通常跳んだら個人にもよるが十から二十センチだと仮定すると、およそ三から七倍か。筋力はいくつだ?」
「「6だな」」
二人は揃って答える。……体力が4で筋力が6。戦士タイプだが魔力も2はあると言う。現時点ではかなり最強の部類になるだろう。この中では、だが。
「二人は身体能力も高い。十五センチ以上跳べるとしても、大体五倍程度か。ステータスがそのまま倍ではないことを考えると妥当かもしれないな」
ふむ、と諫山先生が頷いて言う。
大体カードのステータスについて分かり始めた時だった。
ドン!
何か大きな音が天井から響いてきて、教室を大きな衝撃が襲う。