冒険者登録
寝落ちしました
タイトルがエセ勇者と被っていますが、気にしないで下さい
……街を歩いていた俺だが、何やら視線を感じる。自意識過剰ではなく、実際にチラチラとこちらを窺っているようだ。
と言うかこっちを見ている。何やらジーッと見つめてくるヤツを居ればバッと目を逸らすヤツも居るが、まあ別に仕方がないことだろう。俺の顔は実の姉さえ見たくなくなるような醜い顔をしているようだからな。
「……」
さてと、ギルドとかそう言う冒険者の溜まり場ってのはどこだろうな。流石にこうも注目されてたら人に聞くのも難しそうだ。さっき門のところに居た衛兵に聞いておけば良かったな。面倒だ。
……仕方がない、適当に冒険者の入りそうな場所を探して歩くしかないか。
「今日もクエスト終わったー!」
「終わったってよ、一つしか受けてねえだろうが」
「良いんだよ! 終わったってことで! これからギルド行って報酬貰ってパーッと飲むぜ!」
「飲むのかよ。まあ俺はもう一回行ってから祝杯挙げるとするかな」
「かーっ! 消極的だなぁ、おい! 冒険者ってのはな、一日に稼いだ金をパーッと一日で使い切って次の日もクエスト頑張るってもんなんだよ!」
「ウチには妻子が居るからな。飲むのも控えて稼がねえとヤバいんだよ。それに、お前みたいなC級冒険者に冒険者を語られたくはねえだろうよ」
……ふむ、良いタイミングだ。どうやらクエストとやらをこなして帰ってきた二人組の冒険者らしい。テンションが高くこれから飲むらしい方は理想主義、もう一人の現実を直視してる方が現実主義の冒険者だろう。どっちが稼ぐに堅いかは、一目瞭然だ。俺はこの二人の後を、バレないように一定の間隔とか考えずについていくことにする。
尾行をしていると思われないように自然体で、歩いていく。
「何をぉ? 良い度胸じゃねえか、俺と同じC級冒険者の癖しやがってよ」
「俺とお前じゃ勝負にならねえよ」
「何だと? じゃあ勝負してみるか?」
「ああ。先ずは冒険者のランク――これは同じC級だ。次は冒険者のキャリア――これも同時期になったから一緒だ。次は経済力、優しさ――これは妻子の居る俺が圧勝。ってことでお前の負けな」
「喧嘩じゃねえのかよ!? ……じゃあ勝てねえよ。俺なんか一生独り身だ」
「急に落ち込んだな。この前ギルド嬢のフィシルちゃんを落とす! とか言ってなかったか?」
「フィシルちゃんは可愛いんだけどよ、競争率が高えんだよ」
「まあ頑張れ。良い嫁見つけろよ」
「妻子持ちの上から目線ー!」
……何か良いコンビだ。
モテないヤツと妻子持ち。しかもモテないのに競争率の高いギルド嬢とか言うフィシルとやらが好きらしい。恐らく学校でアイドルと呼ばれるレベルの美少女に片想いするモテない男子、みたいな位置だろう。もう一人は可愛いのかは知らないが、堅実に生きているため彼女の居る男子、みたいな。
二人共おっさんだけどな。
「ちーっす」
「うす」
二人が軽く挨拶して入っていくその建物は、この街にある巨大な城へと続く真っ直ぐ伸びた大通りの左側にあった。レンガ造りの建物が多く、ギルドらしいここもそうだ。ギルド、と片仮名で書かれている。
そう言えば普通に会話は通じているが、日本語を喋っていると言う訳ではないだろう。流石に異世界で日本語が流通しているとは考えにくい。だが片仮名はあるようだしな。人語を全て知ってる言語に直して聞き取れる措置が取られているのかもしれない。いきなり異世界に送って「はいこの言語を覚えて下さい」じゃあ厳しいからな。有り難い仕様だ。俺なんて世界共通語である英語でさえまともに話せないってのに。テストで点が取れても話せると言う訳ではない、と言うことだ。
「……」
俺も二人に続いてそこへ入っていく。扉には取っ手があり建物の中に開くようになっているようだ。喫茶店のようにカランカラン、と言う鈴の音が鳴った。
……そしてここでも俺が入ってきたのが分かるので注目され、どこか唖然とした様子で眺めてくる。ウザいが耐えるしかないだろう。所詮ほとんど関わることのない人物達だ。
ギルド内は酒場のようになっていて、木製の丸テーブルとそれを囲む木製の椅子があり、そこで冒険者と思われる人達が駄弁ったり酒を飲んだりしている。左側の壁には掲示板があり、上に書いてあるアルファベットで区分けされ、色々な紙が貼られている。右側から奥まで木棚のようなカウンターが設置されていて、そこには何人かの女性がせっせと受け答えしながら仕事をこなしている――恐らくギルド嬢と言う人達だろう。そこには二人「超」と「美」の付く女性が居るので、片方がフィシルちゃんとやらだと思われる。
右側の天上から下がっている看板には換金所と書かれており、モンスターの部位と思われる爪や牙などがカウンターに置かれている。
奥の天上から下がっている看板には受付と書いてあり、黒に青い筋が入ったような腕輪を見せ代わりに硬貨数枚を貰っている。
俺がしたいのは冒険者登録だ。受付の方へ行くべきだろう。
受付は全部で五個、換金所は全部で三個カウンターがあり、カウンター一つに一人のギルド嬢が付いている。そのため受付の方は一つ空いていた。カウンターに居るのは二人の「超」と「美」が付く女性ではない。そこ二つのカウンターには長蛇の列が出来ている。他二つは一人相手にしているだけで、唯一暇そうにしているのは一人。「超」が付かなくても美少女ではあるそのギルド嬢が居るカウンターに近付く。
「…………えっ?」
足音が聞こえたのか、それとも書類の整理をしている時に足元が見えたのか顔を上げたギルド嬢は、俺の顔を見た瞬間にキョトンとした。……そんなに醜悪な顔なのか。俺の美的センスが他とは異なってるんだな、きっと。普通だと思ってるのに。
「……冒険者登録がしたい」
俺は呆然としているギルド嬢を見下ろす形で言った。
「あっ、は、はいっ! すみませんボーッとしちゃって!」
するとギルド嬢はやっと再起動したのかピシッと背筋を正し慌てた様子で言う。すると整理していた書類をバラ撒いてしまう。ほとんどはカウンターの向こうに落ちたが、二枚だけこっちに落ちた。
「……」
「す、すみません」
俺が屈んで二枚の紙を左手で一枚ずつ取り重ねて手渡すと、向こう側に落ちた紙を集めていたギルド嬢がそれをカウンターの上に置いて両手で受け取ろうとしてくる。
「っ!」
慌てたのか勢い余って俺と手が触れてしまい、バッと引っ込める。……流石にそこまで引かれると俺も対処のしようがないんだが。
「すみません、慌てちゃって」
うぅ、と顔を真っ赤にしたギルド嬢は紙の端を持つようにして紙を受け取る。……まあ俺も紙を渡す方から見て横を持っていたからな。不注意だったかもしれない。今度から気を付けよう。
「……進めてくれるか?」
手が触れたら直ぐに引っ込められると言う美少女からの行動に若干滅入ってしまい、俺は話を進めるように言う。……これ以上避けなければならない行動を増やされるのは、勘弁して欲しい。俺は人が嫌がることをするとそいつを嫌いになると言う法則を知っているので、面倒なことになる前に回避しようと思っている。
男子からのイジメは多かったが、女子からのイジメは比較的少なかった。特に肉体的なモノはなかったため耐性がないのだ。……まあ、感情が死んだ今の俺なら引かれようが嫌われようが何とも思わないが。かと言って嫌われ続ければ面倒だ。
イジメは時間を取られるからな。今の俺には生活費を稼がなければならない義務がある。異世界に来てまでホームレスにはなりたくない。
「あ、はい。では冒険者登録をしたいと言うことですが、冒険者についての説明は必要ですか?」
ギルド嬢は気を取り直して、説明を開始してくれるようだ。
「……ああ」
「それではこちらの道具をご覧下さい」
俺が頷くと、ゴソゴソと何やら四つの道具をカウンターの下にある箱か何かから取り出してカウンターに載せる。
「こちらの白いカードがギルドカード、冒険者登録を正式に行った冒険者であることを証明するためのモノです。このカードの掲示を求められる場面は非常に少ないと思われますが、初入国の際に掲示を求められる場合もあります。色は冒険者のランク――ランクについては後で説明しますが――によって変化していきます。ランクが上がる毎にギルドの方で更新していただくことになりますね。白は初心者、一番低いランクG級と言うことになります。こちらには名前と発行したギルドの場所が記載されます。『出現』と『消滅』を念じることで自在に出したり消したり出来ます。もし失くしてしまった場合でも『消滅』させてから『出現』させると手元に現れるので便利ですよ」
白いカードを手で差して説明する。まだ何も記載されていないのは、俺の名前やらを聞いていない状態だからだろう。カードダスで使われるような大きさだ。……しかし、あれだな。G級と聞いて最高ランクだと思ってしまうのは俺だけだろうか。
「こちらの黒い腕輪は記録の腕輪と言うモノで、討伐したモンスターの履歴と日付を記録していく優れモノです。これによってモンスター討伐数の誤魔化しを防ぐと同時に、ギルド嬢と所持者にだけ履歴を開くことが出来るのでモンスターの討伐数を一々数えなくても良いようになります。履歴は『開く』ように念じると出ます。履歴は開いても他の人には見えません」
続いて黒に青い筋が入ったような腕輪を差して言う。……チッ。討伐詐称は出来ないのか。
「こちらの銀の指輪がアイテムボックスを開くために必要な、鍵となるモノです。これを付けたまま『アイテムボックスを開く』ように念じると、手元に穴が開きます。アイテムボックスとはレベルとランク別に指定された――Gランクなら十ですが――数をかけた種類のアイテムを収納出来る空間です。レベルは分かりますよね? 各地に点在する神殿やギルドで配布される自動更新のカードにあるモノなんですが。どんな大きいアイテムでも穴に押し当てるだけで吸い込むように入っていきますよ。食料などの時間を置くと腐ってしまうモノも入れた時と同じ状態で保存出来ます」
なるほど、便利だな。俺の場合レベルが33でGランクだから三百三十種類のアイテムが入ることになるようだ。
「こちらは剥ぎ取り用のナイフですね。モンスターを討伐した後に鱗や牙、爪などを剥ぎ取る時に使います。冒険者が受ける依頼には薬草採集もありますが、それらを切り取る時にも使用しますね」
包丁ぐらいの大きさをした革の鞘に収められているナイフを差す。
……これが冒険者四つ道具なのか。
「……便利な必需品か。先行投資ってヤツか」
俺はギルド側の人間の前で言うのも何だが、率直に思ったことをそのまま言う。
「……まあ、はい。そうですね」
案の定、ギルド嬢は言いづらそうに苦笑して頷く。……まあ苦笑するしかないだろうな。
「では冒険者の説明をしていきます。今紹介した四つの道具をこちらから支給し、ランクに応じたモンスター討伐、モンスターの部位採集、薬草などの採集、要人警護、護衛などの依頼があちらの掲示板に記載され、気に入った依頼の紙を手に取りこちらへ持っていただければクエスト受注の許可を出しますので、それからクエストへ挑んでいただければと思います。クエストに応じて報酬が貰えるのでそうして生計を立てていきますね」
最初にあたふたしていたのが嘘のような、滑らかで淀みない説明だった。流石にギルド嬢をやれているのだから出来て当然か。
昇級に関してですが、と前置きして説明に戻る。。
「一定の数討伐クエストをこなすとギルド嬢の方から昇級クエストを受注出来るようになっています。モンスターの剥ぎ取り部位が分からない場合は丸ごとアイテムボックスで持ってきていただければこちらで剥ぎ取りしますので。その場合お時間をいただくことになりますが」
ギルド嬢は慣れた様子で滑らかに説明を続けていく。
「次にランクの説明になりますが、下からG、F、E、D、C、B、A、S、SS、SSS級の十段階になっています。最高ランクであるSSS級の冒険者となると、英雄と呼ばれる強さを誇り軍隊一つ程の強さと言われていますね。この国にはギルドマスターと街から少し離れた屋敷に住む“吸血姫”さんの二人ですが、王国最強の騎士団副団長がSSS級の冒険者に匹敵すると言われています」
ランクの説明をしつつ、少し誇らしげにこの街の強者について語っていく。
「世界にも五十と居ないのでここは多い方ですね。国全体ではなく王都とは言え街一つにSSS級の冒険者が三人も居るんですから。平均的な冒険者はBかA級です。S級まで到達すれば一流と呼ばれます」
そうなのか。だがギルドカードさえ見せなければ俺がどのランクかなんて分からないだろうし、まあ適当に上げていけば良いだろう。それに、宿に泊まるにしても金が要る。稼がなければならない。
「大まかな概要は分かりましたか?」
一通り説明が終わったのだろう、ギルド嬢が聞いてきた。
「……ああ」
俺は大体俺の知っている冒険者と変わりないようなので、問題ないかと思い頷く。
「それでは登録の方をさせていただきます。こちらに記入していただきたいのですが、よろしいですか?」
ギルド嬢は何やら下線が引かれいくつか記入する項目のありそうな紙を渡す。……マズいな。代筆を頼んでみるか。
「……代筆って頼めるのか? どうも読み書きは苦手だ」
俺はサラッと嘘をつく。苦手じゃないが、もう少し様子を見るべきだろう。
「そうですか。ではこちらで代筆させていただきます。最低でもお名前は教えていただければ良いので、お名前は?」
だがそう珍しいことでもないらしい。王都らしいここにも学校らしき施設は見当たらなかったので教養のない者が居ることもあるんだろう。
「……カイトだ」
俺は名前だけを答える。……そう言えばステータスカードは日本語で漢字だったんだが、本人にしか見えないなら問題ないか。もしかしたら何らかの仕様になっているのかもしれない。
「カイトさん、ですか。それでは少々お待ち下さい。ギルドカードに名前を入力しますので」
ギルド嬢は確認するように呟いてから、ギルドカードを指先でチョン、とタッチして何やら画面のようなモノを出現させる。
「カイトさんは何か最初に受けたいクエストなどはありますか?」
読み書きが苦手と言うことを考慮してくれたようで、クエストをオススメしてくれるんだろう。
「……そうだな。薬草などの知識は少ないので、モンスターの討伐を頼む」
旅人としてそれはどうかと思うが、まあ衛兵とギルドがあまり連携していないことを祈ろう。
「そうですか。ではこの辺でよく出るオーク三体の討伐でどうでしょう。――ギルドカードに名前の入力が完了しました」
「……それで頼む」
オークと言うモンスターがどんな姿をしているのかさえ分からないが、適当にそれらしきモンスターを狩れば良いだろう。
「はい、ではこちらでクエストを受注しておきます。ではこちら三つに血を一滴垂らしていただけますか? そうすることで本人以外が使用出来ないようになりますので」
ギルド嬢はそう言って更に進めていく。……剥ぎ取りナイフを使っても良いのか?
俺は傷付けるモノがないので剥ぎ取りナイフを手に取ると、鞘から抜き刃を押し当てるようにして浅く傷付けると、玉のように出てきた血を一滴ずつギルドカード、記録の腕輪、アイテムボックスの指輪に垂らしていく。すると血がそれらに吸収される。……血の契約みたいな感じだろうな。
「これでこれらの道具はカイトさんのモノとなりました。支給品ではありますが高度な魔法を使っているため、出来る限り紛失することのないようにお願いします。作るのは問題ないんですけど、依頼するのにお金がかかりますので。――それではその、カイトさん。ご武運を」
「……ああ」
ギルド嬢は最後に言って俺を心配そうに見上げてくる。……まあ今は戦力が欲しいだろうからな。こんな新人冒険者でも生き残って欲しいんだろう。
俺は剥ぎ取りナイフを鞘に収め三つのアイテムを手に取る。
ギルドカードは「消えろ」と念じて消し、記録の腕輪は右手に嵌めると俺の手首に合わせて輪の大きさが調節された。指輪も右手の人差し指に嵌めると指の太さに合わせて縮んだ。剥ぎ取りナイフは他の冒険者がしているように腰に括り付けた。
俺は振り返ることなくギルドを後にすると、街の外に向けて歩き出した。
……オークを討伐する間に、ちょっと迷宮を見てこようか。