逆襲計画
そうして一週間が経った。
全員レベル10以上になっている。俺が指揮した班は三日で達成していたが、それ以降も班員が交代するなどはしたが順調にレベル上げが進んでいた。
やはり女神のステータスの伸びはかなり大きく、15となった今では教室内最強だった。段々とステータスの伸びは良くなっていくのだが、今ではもう平均200を超えた。他のヤツの15と言えば120ぐらいなのに、だ。スキルランクも高くなり以前に増して応用が利くようになった。
いつも通り、比較的平和な日常となった教室での暮らし。
木の実と水だけでは流石に痩せ細ってきた者も居るが、餓死することなく今までを過ごしてきた。
探索隊も三人一組に変え、広範囲をより効率的に調査出来るようになった。
だがまだ不安因子は残る。
食料の調達にはまだ不安が残っていた。このままでは痩せこけて死んでしまうのではないかと言う不安は誰しもが持っていた。だがそれを口にしたらこの状況が壊れてしまうんじゃないか。そんな不安が無意識の内に抑えられて募っていた。
……諫山先生も保健の知識がある水谷先生もその件に関しては早急に何とかしなければと思っているのか、少しピリピリした空気を纏っている。とは言うモノの、ピリピリした空気を纏っていると分かるのは諫山先生だけだろう。俺は保健室登校をしていた頃面識があるため水谷先生が少しピリピリしているのが分かるのだが。
行動を起こす準備は出来た。
食料である木の実もこの辺には少なくなってきた。いよいよこの森を脱出するために皆で一斉に教室を出る時がやってきたのだ。そして水面下で動いてきた「桐谷灰人殺害計画」も実行が近いだろう。
「それではいよいよ、この教室を捨ててこの森を出る」
諫山先生が教卓に両手を着き言う。教室からいくつかゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。……まあ確かに不安もあるだろう。
……俺が毎晩聞き耳を立てていた(毎晩見張りが寝てるってどう言うことだよ)話によると、赤シャツ達五人は既にレベル20に達している。教室に居るメンバーでは太刀打ち出来ないだろう。
「――じゃあ、ここ壊して良いよな?」
教室に居る四十数人が荷物を捨てて教室のドアから出ようとした時だった。赤シャツ男がニヤニヤとした笑みを浮かべて言った。
……やっぱり行動を開始するか。
「『破砕』っ!」
『破砕』のスキルを持ったヤツが、教室の床に拳を灰色のオーラを纏わせて叩き付けた。すると、バキィン、と言う音が響いた。……チッ。この教室を守っていた結界を『破砕』しやがった。それつまり、レベル上げでステータスを上げてスキルランクが高く結界を『破砕』出来るレベルにまでなったと言うことだ。
「お前達っ……!」
そいつらの所業に気付いた諫山先生が右手を突き出し時を操る方を使うが、
「甘いんだよ!」
赤シャツが『絶対防御』の薄い膜を壁のように展開して時の制止を反射する。……俺の時が止まってしまった。
……。
…………。
………………。
俺が再び動き出した時には、もう教室はパニック状態で生徒は散り散りに教室の外へ逃げていた。俺だけが机に座っている。時の制止を受けたら自覚出来ないが、流石にここまで状況が変化していれば分かる。
「てめえは、ぶっ殺す!」
殿を務めていたのは七女神だったが、赤シャツは七人を無視して俺へと『絶対防御』を纏った拳で攻撃してきた。……しっかり拳だけに展開してコントロール出来るようになっている。
「……」
俺は『紫電』を纏って教室の窓を破り回避する。……俺狙いは良いが、もう俺への怨念で考えるのを止めたようだ。他のヤツらが居る前で俺を襲うとは、もう恐怖で支配するか皆殺しかのどちらかだろう。恐らく前者だろうが。だって種族が変わることによって顔やスタイルが良くなった女子は多い。今まで溜めてきたストレス発散に使うのは当然だろう。男子には強制労働を強いるのかもしれない。
「っ……!」
だが俺を追ってきたヤツが居た。雷の神、御宮だ。雷を全身に纏い高速で移動して、回避した俺を追ってきている。
「はあああぁぁぁぁ……!!」
気合いの声と共に雷を纏った拳を、俺にぶつける。俺は間一髪腕で受けるが、踏ん張りが効かなくて木を二本折りながら吹っ飛んでいく。三本目に激突してようやく止まった。
「「「灰人(灰君)!」」」
姉四人が俺の名前を叫ぶ。……痛いが無事だ。問題ない。
俺は二本の木が目の前で倒れていくのを視界に入れながら、教室を出てこちらを睨み付ける五人を見据える。
五人とは勿論、赤シャツ率いる不良四人と御宮だ。
「御宮、お前……っ!」
諫山先生が四人に加わっている御宮に対し、信じられないと言うような顔をして言う。……だから言っただろうに。こいつの才能は認める。だが精神の弱さは致命的だ。
「俺は悪くない。俺は何も悪くない……!」
御宮は諫山先生に答えず、自分に言い聞かせるように繰り返し呟いた。……チッ。現実逃避にも色々あるが、ここまで自分の否を認めないヤツもクソだな。俺も色々逃げてはいるが、自分のことを理解してからの逃避だ。否だって認める。
「……」
そんな御宮を、諫山先生は憐れむような瞳で見ていた。いや、諫山先生だけじゃない。七女神全員と、様子を見ようとこっちを見ていた数人もだ。
「手は出すなよっ!」
赤シャツが言って教室の窓に『絶対防御』の膜を纏った拳を叩き付ける。
「「「っ!」」」
教室に残っていた七女神は、その一撃で教室の窓側は吹き飛んだのを見ると、素早く教室から出た。……七女神も今のままじゃ五人には勝てない。逃げてもらうのが一番良いんだが。
「さあ、てめえに悪い知らせがある。俺達は全員レベル20だ!」
赤シャツが崩れていく教室を背景に、狂気の滲んだ顔で言う。……それに慌てて教室のドアから窓側だったこっちへ回ってきた七女神達が驚愕に目を見開いた。
「……」
俺は独り森側に出て五人と対峙する。……まあ最低でもレベル5差があれば戦いに参加したいとは思わないだろう。
「今日がてめえの命日だ! 死んで後悔しろ!」
赤シャツが言って、五人が突っ込んでくる。……赤シャツは足に『絶対防御』の膜を纏って地面を踏み付け反射で勢いを増すと言う使い方をしてくる。大分理解が進んだようだ。御宮は雷を纏い、赤シャツとツートップで俺に突っ込んでくる。
「……」
俺は黙って『紫電』を纏う。残念ながら、俺は今こいつらに殺されるのを許容する程穏やかではない。いつものように暴力がどうでも良いと言うこともない。
だって、レベル20なんて良い経験値じゃないか。逃す手がない。
「っ……」
俺は二人に向かって突っ込む――と思わせて『紫電』で二人よりも遥かに速く間を抜ける。
「「っ!」」
そしてまず全体的な身体強化が出来ない三人を叩く。一人一発ずつ、腹に突き刺さる拳を叩き込んで吹き飛ばす。
「てめえ!」
「っ!」
先に突っ込んできた二人は向きを変え俺に向かって再び突っ込んでくる。
「……遅いな」
俺は呟いて、全速力で御宮の背後に回る。
「っ!?」
驚く御宮を背後から後頭部を殴って吹き飛ばし、
「……」
バリバリバリッ! と一層強く『紫電』を左拳に纏わせて、赤シャツの脇腹を殴って吹き飛ばす。
「ぐっ!」
『絶対防御』の耐久値は高くなっているので完全には破れなかったが、遮断は出来なかったようだ。……反射で俺の左腕はグシャグシャに捻じ曲がっている。だが直ぐに元の腕に作り変えて再生させる。
「……レベル20程度で反乱なんて、バカげてるな」
一週間も夜狩りに出ていて、それだけしか上がらないのは何故だ。どうせこのくらいで良いと、教室基準で考えていたんだろう。驕るなよ。
「て、めえ……っ! 20ってのは教室で最強なんだぞ!? それが何でてめえ一人にここまでやられる!」
赤シャツが吹き飛び倒れていた状態から起き上がって聞いてきた。
「……お前らと俺のレベル差が、10あるからだ」
「「「っ!?」」」
その俺の発言に、全員が驚いていた。
「……どう言う、ことだ……?」
赤シャツが呆然として聞いてくる。俺はそんなそいつを立ったまま見下ろし、
「……どうもこうも、ただ一週間前、お前らが俺を殺す計画を立て始めた時に俺も独りレベル上げようと思ってて寝たフリをしてたんだが、何やら夜にレベル上げするみたいな話をしてやがるから、面倒だし俺が独りレベルを上げておいて油断して行動を起こしたところを一網打尽にして始末しようと思っていただけだ」
「「「っ!」」」
あまりにも冷淡な俺の声音に、誰もが戦慄していた。……この程度のこと、誰でも思い付くとは思うんだがな。
「……し、始末? 俺達を殺すのか? てめえ、人殺しにでもなる気かよ!」
赤シャツがいよいよ死の恐怖を覚えたのか、震える声でそんなことを言ってくる。
「……俺が、お前らを殺すのに躊躇すると思うか?」
そんな赤シャツに、俺は逆に聞き返してやった。
「っ……!」
「おおおおぉぉぉぉぉ!!」
そんな俺に赤シャツはペタンと尻餅を着くが、一部から猛々しい咆哮が聞こえ、雷光が辺りを照らした。