プロローグ
イジメにより心が壊れてしまったぼっち主人公の物語
とりあえず四月は毎日更新する予定です
ぼっち主人公だったのでライト文芸賞に応募してみました
本日より連載開始する『エセ勇者は捻くれている』、『Universe Create Online』もよろしくお願いします
俺――桐谷灰人は小学生の頃、イジメを受けていた。
いや、高校生となった今も受けているので、小学生の頃からイジメを受けていると言うべきか。
理由は小学生より高校生のような年代でありそうなモノで、美しい――でも間違ってはいないが小学生なので可愛いだろうか――姉が居ること。
要するに見苦しい嫉妬である。
男の嫉妬とはここまで見苦しく醜いモノだと言うのは、この頃に知った。女の嫉妬はこうもネチネチしたモノだと言うのは、この頃に知った。
しかもそれが四人分である。全く以って、困ったもんだと思う。
小学校一年生までは良かった。「良いなぁ」とか「羨ましいなぁ」と言うレベルだったからだ。しかし小学校二年生に上がった時、それまで羨望の眼差しを向けてきたのとは違う、「ズルい」とか「ムカつく」と言うイジメの発端となった感情を、表に出してきたヤツが居る。
そいつが俺の十五年ちょっとの人生上、史上最悪の腐れ縁。イジメの発端であり、小学生のそれから、中学生の三年間、高校の一年と毎回同じクラスになり、俺を苛める筆頭となっている、赤崎修介。赤崎は所謂不良と言うヤツで、小学生の頃から体格が良く身長が高いガキ大将として地位を築いてきたヤツだ。目付きも悪いし柄も悪い。短い髪を金髪に染めていて、ワックスか何かでツンツンに立たせている。生まれつき体格の良い赤崎は、強面なことも相俟って、しかも空手だか何かをやっていて筋肉もある。
そんなヤツに誰が逆らおうと思うのか。
俺をストレス発散に使うためか、それとも姉四人と同じ高校に入るためか、はたまた両方か。赤崎は一生懸命勉強して俺の入学した高校に受かったのだ。……赤崎の見た目じゃあ、前期の面接で落とされるからな。後期のテスト結果で受かったのだ。前期で無難に受かった俺とは違い、ある意味では実力で入ったのだ。それからは留年しないギリギリの出席数、点数を取っているのだが。
恐らくそこまで頑張った理由は姉四人と同じ高校に入るためだろう。俺は所詮付属品だ。付属品だが厄介なことに同じクラスになったせいでストレス発散のサンドバッグとして扱われるのだから、面倒極まりない。
そんなこんなで赤崎を筆頭にイジメが始まった訳だが、小学校三年生の時、見かねた担任の教師がイジメについて総合だか道徳だかの時間で注意をした。その場では丸く収まり担任教師はホッとしていたのだが。
「てめえ何チクってんだよ!」
俺は家族にも担任教師にも黙っていたと言うのに、赤崎は何を勘違いしたのか俺が担任教師に言ったせいでイジメが露呈したと思っているようだ。小学生の俺ではしていない、と言う否定の言葉しか出なかったが、今思えば簡単に罵倒出来る。だって俺の独り度が百%なのだから。イジメ自体は教師の居ない場所でやられていても、イジメの結果として俺だけがクラスから溢れるのだから、イジメがクラスで起きていると言う現実に目を逸らしたくなる新米教師でも、流石に注意する。
妬み嫉みから来るイジメは、仲間外れや無視などと言った小学生の精神にはキツいが肉体的には優しいモノが多かった。物を盗られるのはイジメの定番だろう。
だがその日以降から、苛立った赤崎は自分に逆らえないようにしてやる、と思ったのか、小学校一年生から始めた空手を活かし(活かす方法、場所がかなり間違っているが)、俺に暴力を振るい始めた。
それから三年に一度行われるクラス替えでも赤崎と同じクラスになり、暴力は続く。新しいクラスではまだ赤崎がヒトラーの如く精神支配を行えていない状況だったので、「止めなよ」や「可哀想だよ」と言った声が上がるのだが、止めるヤツにも暴力を振るい俺がどんなに苛められるのに相応しいか(小学校でも一年生の頃から有名になった二人の姉妹から始まり、翌年にまた二人、今では小学校五、六年で児童会長や児童会の一員または委員長をやっている四人姉妹が俺の姉であり、それをズルいと思い少し無視したらイジメを受けたと担任にチクり、イジメなんてやっていないのに叱られた)と言う話を永遠とし始めた。……よく言う、と俺は思う。密かに感心したくらいだ。
俺はイジメを受け始めてから心を閉ざし始め、髪も前髪で目が隠れる長さで固定していたので、地味な容貌をしていた(地味と言うには前髪が長くて少し目立つ気がするが)ため、何故こんなヤツが、と言う思いが生まれイジメは広がっていく。
……こいつ、独裁者の資質があるんじゃねえの?
俺は習ったヒトラーの話を思い出し、内心で失笑した。
これは後で習うことだが、中学校だか高校の授業で、ヒトラーって実は大したこと言ってないんじゃねえの? って言う国語の文章があった。そこには繰り返し同じことを言うことで思考を狂わせる、とかそんなことが書いてあり、こいつもそれと同じことをしているのだ。
赤崎がヒトラーだとすると、俺はさながらユダヤ人だろうか。いや、特に理由がないようなユダヤ人迫害とは違い、俺に対する迫害には明確な理由がある。嫉妬だ。
嫉妬は七つの大罪にも含まれる程、なかなか面倒な感情だ。最初は八つの大罪だったこれらが二つ他の罪にまとまり新たに加わったのが嫉妬。追加しなければならない程に醜悪な感情なのだと、文字通り身を以って知った。
小学校三年の頃、イジメが発覚し家にも連絡がいく。
勿論そこで家族談義をし夫婦仲が良く双子の姉妹を二年連続で生んだ後に俺を生むと言う仲睦まじさを持つ両親は俺を差別したりはしなかった。少なくとも俺の知る範囲では、だが。二人は恐らく自分達の子供なら身体に障害を持って生まれても一生懸命支えていこう、と言う思考の持ち主だ。だからこそ俺は救われた、と思ったのだが、イジメは続く。しかも次は殺すとまで脅され肉体的暴力を加えられたのだ。逆らえる筈もない。四人の姉は怒り「嫌な時は嫌と、止めてとはっきり言いなさい」とか「またイジメがあったらお姉ちゃんに言ってね」とか「また苛められたら私に言うと良い。成敗してやろう」とか「あたしに任せろ!」だとかの言葉を発したのだが、俺はもう大丈夫だから、との言葉で少し姉達を遠ざけた。四人の素晴らしき姉達や優しい両親に迷惑をかけるのは忍びなかったし、無意識の内に理解していたのだろう。四人の姉達の介入は、更なるイジメを招くのだと、分かっていた。だからこそ自分の保身のために、姉達や両親の介入を防いだのだ。
だが俺もこれ以上肉体的暴力が続いては身が持たないと感じ、小学校三年から身体を鍛え始めた。空手は柔道など、ありとあらゆる格闘技を習い始めたのだ。ストレス発散の意味もあって、かなり良かった。
だが中学校二年生の時、俺は永遠に続くようなイジメを受け続け薄れていった心が、遂に壊れかけていることに気付く。イジメを受けても、惨めだと罵られても、嘲笑われても、何も感じなくなったのだ。
薄れていった心が遂になくなる直前までいったのかと、ぼんやり理解した。
全てがどうでも良かった。
それまで習っていた格闘技を、大会には出ずに太りたくない、暴力のダメージを軽減していたい、との理由で週に一回通うだけにし、たまにジムや道場に顔を出すだけとなった。
だが唯一生きている、と感じるのは現実逃避している時とバイトをしている時だけ。
バイトは高校生になってから直ぐに始めた。部活はやっていない。初めは教師の反対もあったのだが、イジメ回避のため小学校三年の終わりの時に名字を母方の旧姓を名乗ることを許可してもらったのだが自分が上に四人居る姉妹の弟で、両親の収入は決して贅沢出来る程ではなく(共働きでも七人をギリギリ養える程度だ)、バイトをして両親やこれから家族のことを考えて就職するなんて言い出しかねない姉達の負担を軽くしてあげたい、と言うような建前を言うと、教師は「お前ってヤツは……」と軽く感動したような顔で快く了承してくれた。
本音はこれから高校卒業後、独りで生きていくための下ごしらえ(バイトの経験など)だったり、現実逃避(アニメ、ゲーム、漫画、小説など)を買うためだったりするのだが、建前も実は本音である。家計が苦しいのは勿論のこと。義務教育が終わり、五人連続で高校に入学したのだ。家計が厳しくなるのは当然のことだった。
俺のバイト先は自分の家に一番近い駅から三つ行った場所にある高校とは逆に、五つ駅を行った場所にある。そこで平日休日含めバイトに勤しんでいる。やっているバイトは長期休業中じゃない限り二つ。片方の休みにもう片方を入れるような感じだ。土日祝日は午前、午後や土、日のように二つに分けたりしてこなしている。長すぎる前髪は流石に接客する都合上、髪留めで後ろを縛り、一つにまとめている。生きていると感じるのは髪でほぼ見えない世界が明瞭になると言うことと、接客するために作り笑いをしているからだ。それに店長が「君のおかげで客入りは上々だよ」とホクホク顔で言ってくれてバイト代を上げてくれるのもある。見た目ではなく仕事っぷりで評価してくれる分、二つは良い仕事場だった。
夏休みと言う長期休みでは、バイトを増やしそこでも褒められた。元々運動神経が悪い、と言う訳でもなく家事も将来独り暮らしをするために、と言う理由で手伝ったりしていたので苦手ではない。かと言って滅茶苦茶凄いと言う訳ではないが、独り暮らしが楽に出来るだけの家事スキルは身に付けている。それが功を奏したのだろう。
もう一つの生きていると思える時間、現実逃避は簡単だ。アニメ観て漫画読んで小説読んでゲームやるだけ。オタク趣味と言われても別に何とも思わない。俺は俺がやりたいようにやるだけだ。フィギュアとかそう言う部類は集めないが、頑張って集めてきたそれらの数は合計千にも及ぶ。頑張って働いた甲斐があると言うモノだ。
「……おい、ちょっとこっち来いよ」
俺が昼休みトイレに行って戻ってくる途中、赤崎含む俺に暴力と言うイジメを加える不良集団が現れた。赤崎は先頭に立って集団を先導する、体格の良い制服を着崩してYシャツの中に赤いシャツを着ているヤツだ。肩で風を切って歩く。
「……」
俺は大人しくそれに従う。別段人気のない場所ではないので人は居るのだが、通行人は俺が赤崎達にリンチされるだろうこの先を予測はしても、関わりはしない。見て見ぬフリをするだけ。いつものことだ、俺も傍観者を責めたりはしない。
それに俺はこの十年以上も続くイジメ生活の中で、気付いてしまったのだ。イジメは、苛められるヤツが悪いと言うことに。
勿論これに異議を唱える者は大勢居るのだろう。イジメを受けているヤツはほとんどが被害者面をするのでイジメを受けたことがあるヤツは「イジメなんてやったヤツが悪い」とか「助けてくれない傍観者が悪い」とか「イジメなんて理不尽だ」とか言うだろう。
だが俺はそうは思わない。まず前置きしたいのは、イジメの場に居るのはイジメをするヤツ、イジメを受けるヤツ、と傍観者ではない。イジメの共犯者である。イジメを見て見ぬフリをするヤツはイジメを許容する共犯者だ。寧ろ理不尽な暴力より誰も自分を助けてくれないことに絶望するヤツも居る。だがそれでも、イジメとはされる側が悪いと、俺は言おう。
イジメは苛められる側がイジメだと思わなければ、イジメではないのだ。つまり、イジメとは苛められる側がイジメだと思った瞬間から発生する。
何故なら赤崎が小学校四年生になってイジメを続ける時、彼はこう言ったのだ。
「少し無視した」
「イジメなんてやってないのに」
と。
つまり苛められていると思っても、苛めている側には自覚がない。ただちょっとからかっただけ、程度のことなのだ。
それをイジメと思ってしまってから、イジメは発生する。
いや、イジメと思うか思わないかは、見ている側でも決まる。小学校三年生で発覚したイジメは、俺からチクった訳ではないので担任教師がイジメと思うかで決まった。
見ている側が助けよう、とか無駄な気を起こしたせいで、俺のイジメは悪化した。
因みに俺は中学校二年生で全てがどうでも良くなったので、イジメだとは思っていない。だが周囲はイジメだと思っていると思うので、イジメなのだ。
結局傍観者が悪い、みたいになってしまっているが、見ている側が何もしないのは人間として正しい。自身に対して保守的なのが人間だからだ。やっている側が自覚しないのは人間として正しい。ストレスを発散するのに人使う、または自分より低い人間を作ることで優越感に浸ると言う点で人間らしいと言える。そう考えると反発せずに人に頼って厄介事を押し付けようとする苛められる側は人間らしくない。……俺の見方がおかしいのかもしれないが。
俺が格闘技を始めても赤碕や他のヤツに逆らわないのには理由がある。勿論のこと、家族に迷惑をかけたくないから。空手を小学生の頃のみやっていた赤崎が相手では、怪我をさせてしまう。俺がキレたら(キレるなんて人間らしい感情が残っているとは考えにくいが)人一人殺すことなんて容易いだろう。ボクサーも強すぎるが故にリング上で人を殺めてしまうことがある。柔道の指導で細心の注意を払っても怪我をさせてしまうことがある。なら人を殺すことが容易なのは一目瞭然ではないか。喉を潰しても、首の骨を折っても、頭蓋骨を叩き割っても。医療技術が日々発展を続ける今の世の中では致命傷にはなっても死なないことがあるが、完全に息の根を止めようと思えば殺せるのだ。
家族が人殺しをしただなんて、怪我を負わせただなんて六人が多大な迷惑を被ることは目に見えている。
俺の全てがどうでも良いと思っている眼、人を殺しても何とも思わない眼では、わざとイジメを受けて人殺しをした、などと嘯かれかねない。
いくら反論したところで俺の虚ろな瞳が生きた眼に変わることはないし、乱暴なヤツを育てた親として世間から叩かれ、姉失格だと罵られるかもしれない。そう思うと反撃が出来ない。もうどうでも良いし、別に良いんだが。
親や姉、世間からの評価がどうでも良くなっただけならそれをしただろうが、残念ながらイジメを受けることさえもどうでも良くなってしまったのだ。反撃する理由がない。
俺は赤崎達から殴る蹴るの暴力を、校舎裏で受けながらそんなことを考えていた。痛いとかもう嫌だとかは全く思わない。ただ俺の時間が削られるので面倒だとは思うのだが。
身体を鍛えていて、しかも肉体的痛みを伴う格闘技をやっているのだ。ダメージを軽減する、受け身を取るなどの対処法は取れる。相手が空手の有段者だろうが、柔道の受け身を使っているとは分からないので、問題ない。生意気だと更なる暴力を振るわれることもない。
何かと因縁を付けられるようなことはない。こいつらは既に俺へのリンチを日課としている。毎日のようにストレス発散に使っているのだ、一日でもやらないと苛立ちが募って面倒だということは、長年の経験から分かっている。
長期休みの時はこいつらも街で羽を伸ばしたり遊んだりカツアゲしたりしているので問題ない。因みに俺はカツアゲや奢りなどと言った金銭的暴力を振るわれない。何故なら俺がバイトをしても金に余裕がないため家で弁当を作り持ってきていることは周知だからだ。……ってかてめえらの中に金持ちの坊ちゃんが居るだろうが。そいつの奢りで満足しとけよ。
と思わないでもない。
だが遊ぶ金は奢ってくれても、カツアゲは止めないだろう。カツアゲはやったヤツに対して自分の優位性を認識出来る行為だからだ。優越感を求めて行動するのも、人間として当たり前。ただそれが世間で偽善者をやっているヤツらには悪い評価を受けると言うだけの話だった。
頑丈な身体を手にしたおかげで良いこともある。痣が出来ないため苛められていると分からないのだ。そのため今の今まで続いている。
「おっ? てめえら面白そうなことやってんじゃん」
更に赤崎集団(構成員数七名)に加え、今日は厄日だ。二、三年の校舎裏で煙草を吸っている不良共が来やがった。Yシャツを着ずに制服を着ると言うスタイルの格好をしている。ズボンは勿論タボタボ。留年はしていないらしいので(こいつらも赤崎達と同じく四人の姉達と同じ高校に通うために頑張った類いのヤツらだ)未成年で煙草を吸っていることになる。だがそれを赤崎達が注意する筈もなく。
「ちっす、先輩。俺らは結構やったんで、先輩達もやります?」
赤崎は不良の先輩と言うこともあり下手に出て、俺の襟を掴むとそいつらの方へ投げ付けた。……臭いな。俺、煙草の臭いって嫌いなんだよ。車に乗って嗅いだら直ぐに酔うレベルだ。
「おう。丁度、センコーがウザくて溜まってたとこなんだ。有り難く借りるぜ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて、俺は赤崎達より一つ二つ年上の不良共に暴力を受ける。最低限顔だけは守っておけばバレることはない。年上だけに赤崎達よりも重い攻撃が続くが、腕で顔と頭を守り、じっとしている。
キーンコーンカーンコーン。
と間延びした予鈴が聞こえると、ようやく俺は解放され、不良共は居なくなる。
「……」
俺はゆっくりと起き上がって制服や髪に付いた汚れを払うと、何事もなかったように歩いて校舎内へ向かう。
……怪我なし。痣なし。問題なし。
イジメ後の俺の身体をチェックし、どこにも異常がないことを確かめながら歩いていく。
廊下を歩いている時、俺は注目を受けていた。そりゃそうだろう。恐らくもう不良が戻ってきているのだから。ことが終わったのだと理解出来る。だが注目は受けていても、視線は集めていない。関わらないようにと、視線は背けているためだ。
だが俺は気付きながらもいつものことなので気にせずに歩く。
俺は自分のクラスの教室に入り、マジックで落書きさせた自分の机へと歩いていく。……しかし、かなり危なかったな。今日は弁当を少なめにしておいたから良かったが、いつもの量なら腹を蹴られすぎて吐きそうになっていたかもしれない。いや、問題ないか。ボクシングをやっていればボディにパンチをくらうことだってある。それに慣れた俺なら問題ないだろう。
俺はハンカチをポケットから取り出し、マジックで書かれた文字を消していく。読む必要はない。どうせ俺の後ろの席に居る不良共が書いた小学生じみた罵詈雑言だろうからだ。
……油性で書きやがったな? 全然消えねえ。
俺はやってくれやがったと暴力を受けるよりも面倒に思いながら、授業の用意をしつつハンカチを机に擦り、文字を何とか消していく。
授業開始のチャイムが鳴る頃には、消えていた。
授業始まりのチャイムが鳴ったと言うのに担当の教師が来ない。確かこれから英語の授業がある筈なのだが。
ガラッ。
と思ったら教室の黒板近くではなく、後ろのドアが開かれた。
既に生徒達は自分の席に着いている。
席順は一クラス四十人構成のため縦六列の七人ずつで廊下側二列が一人ずつ少ないと言う配置だ。
俺は何の因果か不良四人が横の七列目に並ぶその前の六列目の左から二番目。
そのドアを開けて入ってきた八人に、教室がざわめく。
教師は僅かに溜めを作り、口を開く。
「……桐谷。少し話がある。ちょっと来い」
不良の呼び出しとは違う、教師の呼び出し。俺が何かしただろうか、と少し考えるが、何もしていない。何もする気が起きないのだから、何かした訳じゃないだろう。じゃあ何故生徒会メンバー五人と保健室に居る養護教諭と担任教師と風紀委員長が居るのだろうか。……その中に俺の四人の姉が居ることも俺が何かしたかと言う思いを強くさせる。
「……」
八人全員が少し険しい表情で佇んでいるのが怖い気もするが、気のせいだろう。俺は黙って席を立つ。完全に教室の入り口の一つを塞いで教室の中に入っている八人に逆らうと、後が怖い。今まで傍観に徹していたヤツらが一斉に加わる可能性がある。
片や“四女神”と称される美女四人姉妹。片や教師の中では人気上位に居るカッコ良い美女教師とスタイルが誰よりも凄い美女養護教師。片や今期生徒会で唯一の男子であり、長身イケメンで女子からモテまくる男子人気ランキング堂々の一位。片や“四女神”から三人、一位人気を誇る男子と言う錚々たるメンバーが居る生徒会に食い込んだ美少女。
人気の高さは勿論、その権力も絶大だ。逆らう余地はないだろう。
俺は大人しく呼び出しに従おうかと思い歩き出した時。
椅子の横から出された赤崎の脚に引っかかる前に、黒いモノが発生しているのに気付いた。
「「「っ!?」」」
それは教室中に発生していて、ザワザワと脚から昇ってくるように絡み付いてくる。教室に居る全員、姉や担任教師まで、全員が床から発生した黒いモノに覆われていく。……跳べない。厄介だな。
脚に絡み付かれているせいか、跳ぼうとしても無駄だった。……俺の鍛えた身体能力でも無理となると、このクラスのヤツらや入ってきた八人では無理だな。唯一出来るとしたら何でも出来てスポーツ万能と言う男子生徒会副会長のイケメンな先輩だが、肝心な時に役に立たない。突然発生した黒いモノに怯え、尻餅を着いて早々に呑み込まれていく。
……チッ。面倒だ。
俺はどうなっても特に問題ないが、姉達が居なくなったら両親が悲しむだろう。俺を今まで養ってくれた両親に大してはいくら返しても返し切れない程の感謝を感じているので、泣き崩れて悲しむ二人を想像するだけで申し訳なくなってくる。俺は居なくなっても影響がない存在ではあるが、姉四人はダメだ。何とかして助けなければならない。
――と思っている内に、黒いモノは俺や他のヤツの全身を覆い尽くし、呑み込んでいく。
「っ――」
マズい――と思った瞬間、
「……?」
俺は元の自分の席に座っていた。