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宵闇に拡散する思考

自分の呼吸の音が大きく聞こえる。鼻腔をくすぐる刺激臭は、なんとも言えず不快だ。腰に吊るした2類1属スチール製の双剣『B207』と肩に吊った歩兵銃『R018B』が違和感の塊だ。眼は自然と太陽の光を捜して、頭は必死に脅威を探す。生暖かく吹き付ける風は、身体中からイヤな汗を流させ精神力を奪ってく。

これまでのところ、自律兵器は確認していない。確認されるのは、人間の死体のみだ。人間かどうか判別がつかないものも多い。死後時間が経ったものには鴉や、鼠が集る。遠くから見れば蠢く黒い塊だ。

形容し難い不安がイアン達を包んでいた。ハルル防衛失敗はルーナの国力を大幅に減損させることに直結しているし、アテネやリタは家族がこの街に住んでいると聞く。イアンは、ヒエラや、その家族らカニエクからの避難民達が心配だ。多分、ここにいる誰もが、死の恐怖から逃れ愛する者の元へ戻りたいと思っている。その思いを辛うじて封じ込めているのが国家に対する絶対的信頼と忠誠、正義感と義務感である。

「クソッ。こんな風に死ぬなんて考えもしなかったぜ」

リタはもう判別のつかない死体に向かって吐き捨てた。

「あの時、覚悟を決めたはずなのにな。イザ、家の奴らのことを想うと、な」

リタは独り言を言ってるのか、答えを求めているのか。

「仕方ないわ。誰だってそうよ」

アテネが不安を滲ませた声で慰めた。

誰もがそうだ。家族のことを心配して、自分の死を怖れるのは当然のことだ。

死は、命の終わりである。しかし、人々が怖れ、悲しむのは、その命が終わったことに対してではない。人が死を怖れる本質は、その先の時間が存在しないことにある。自らがその先どうなるのか、家族、友人、恋人はどうなっていくのか。古来から、死後の世界が想像されたのは先の時間に対する不安をある程度軽減させようとしたことが目的のひとつだったのであろう。


「……む」

クレルの声で我に返った。

「……敵。数は2」

クレルの視線の先には、一つの民家に突入しようとする敵がいた。民家の出窓のカーテンがゆらり。

「人が残ってるのか…?」

窓は閉められており、風でゆれたとは考え難い。もし逃げ遅れた人が残ってるのならば、救出は行わねばならない。

「ああ、確かにカーテンがゆれたな。よし」

その合図で、全員が銃を構えた。瓦礫越しに敵の姿が照準器に映り込む。

「撃て」

一言で、4人は引金を引いた。

ほんの僅かな時間がその先の長大な時間を刈り取る。

3点バーストで発射された鉛玉は、的確に目標を捉える。焚かれたマズルフラッシュに、銃身を弄ぶリコイルショックをいなして4人は自分の仕事を果たす。

「突入」

また、リクヤの一言で走り出す。俺とアテネはそのまま民家の中へ。リタとクレルは外で警戒。リクヤは全体判断。家の中にいたのは、母親らしき人物とその子供であった。子供は背格好から判断するとまだ10歳にならないくらいの女の子だった。母親は涙ながらにこちらを見て、女の子は不思議そうな顔で外を見ていた。女の子の瞳には、純粋な光が浮かび、イアンはその瞳にルーナの未来を見た。


その家族を避難させ、目標であった19連隊との接触が図れたのは、もう太陽がすり鉢の縁にかかり出した頃だった。リクヤのうわずった報告する声を聞くともなく聞きながら、頭をクールダウンさせて、思考を整理しようと試みた。5連隊の事は兎も角、このままハルル防衛を続けるのは、必ずしも得策ではないように感じる。自律兵器は確認されていないだけに、目に見えない恐怖だけが蔓延して士気に影響を及ぼしている。また、事実上初の実戦となった兵士ばかりで、統制が取れているどころか、作戦の遂行すらままならない状況では、死者を含んだ総合的な被害は累乗的に増えていくことは容易に想像できる。戦い続けるのであれば、少数精鋭による敵本陣の撃破を最優先事項とすることが前提条件だ。判断としては、ハルルを棄てることも一つだ。この戦争は、単純な質量戦ではない。自律兵器、訓練された兵士、柔軟な作戦立案。どれを取っても、ルーナが優るところはない。勝とうとするならば、非道に塗れ、運にしがみつかなければならない。このハルル防衛は、運にかかっている。自律兵器が投入されていない、という事実を信じきって、敵掃討に当たらねば、防衛成功には近づかない。それは、あくまでも全兵士が国家に忠誠を誓うならばの話だが。それに、仮に5連隊がガロウに内通していたとしてもそれが5連隊全体なのか一部なのか、5連隊だけなのか、それもまだわからない。リクヤも、5連隊の事は、報告を避けたようだ。まあ、それがまだ信じられないというだけかもしれないが。


俺たちは、19連隊には加わらず単独行動に依る敵掃討を命じられた。現在も2号作戦は、相変わらず発動中で、作戦変更は示唆されていない。街の至る所で信煙と銃声が上がっている。その中には、作戦続行不能を示す緑色の煙も見られる。それが、小隊単位なのか、連隊単位なのかはわからないが、このまま行けば、敗北は間違いなくこちらに訪れる。2号作戦はあくまでも、防衛の作戦であり現在のような不利な状況をひっくり返すような部分は一切無い。そもそも、この作戦は街の中に敵を入れた時点で既に崩壊している。街に入れさせないための作戦であるので、防衛設備は全てすり鉢の縁にあたるところに設置されている。軍令部は今何をしているのだろう。

イアンは漠然とした不安につつまれながら、必死で生にしがみつこう、と決意した。

基本的には、待ち伏せが続く。息を潜めて、建物の陰なり、窓越しなり、索敵をして、斃す。今はハルルの大通りを見張る形で二手に分かれて道を挟んで民家の中だ。リタと俺、アテネにクレルにリクヤ。アイコンタクトを取りながら、敵を待つ。

「なあ、イアン」

不意にリタは喋り出した。

「お前は、この戦争の先に何が観える?」

何を下らないことを、と鼻で笑おうとしたが、言いようのない目をみて、やめ、

「死体の山と踏み躙られる生存者」

素直に答えた。

「お前はどう思うんだ?」

「俺は……」

リタは逡巡して、

「俺には、自分の脱け殻が観える」

「なんだそりゃ」

意味が掴めない。リタはわざと掴ませないのかもしれないが、俺は必死に掴もうとした。

「その死体の山にお前の姿はあるか?」

窓の外に顔を向けて、リタはそんなことを聞いた。

俺も窓の外をみて、

「全部俺だ」

と答えた。

「だよな」

リタはそう言って、それっきり黙った。その時、さっきのリタは同じことを言っていたのだと気がついた。


やがて、夜の帳が下りて、辺りは闇に包まれる。普段なら、夏の星座を望める空も、今日は煙と炎の明るさで、一面黒く塗りつぶされている。あれほど活気に溢れていた大通りも、今は見る影も無い。

結局、何とも遭わず、半日を同じ民家の部屋で過ごした俺とリタは普段なら欠伸をかまして愚痴のひとつを零すところを、緊張の糸で縛り上げていた。眠気など入り込む余地はなく、寝る、という選択すら頭に浮かばない。しかし、寝ないのは体に良くない。健康面でもそうだが、精神的にも緊張続きでは普通でいられない。

「リタ、お前寝ろよ」

もう暗くなった外を睨んで、俺は言った。

「いいのか、それじゃあ、お言葉に甘えるぜ」

そう言ってリタは部屋の入り口、引き戸の邪魔をする形で横になった。もし、扉を開けようとしても、リタは重いため苦労することになるだろう。そんなわずかな時間でもあれば、俺でも十分対処できる。これは予め訓練されている動きだった。

いびきこそかかなかったが、リタはそれでも寝息を立てて寝込んだ。俺は外の景色を眺めながら、街の出口を見やった。既に人影はなく、開け放された大扉がぽっかり口を開けている。闇に沈むその様子は、俺たちルーナを飲み込もうとするガロウを連想させた。

気分が悪くなったので、すっと指を首元に持っていき、細い銀鎖を掴み首を抜くように通す。手元にある銀鎖の先には、ペアリングが揃って括られている。派手でなく、鎖と同じ銀に輝くリングの頂点には、片方には紅い石が、もう片方には碧い石が埋め込んであった。もう、ずっと前に作ったペアリング。誰のためなんてことは考えず、綺麗な石をどう使おうか考えて作ったのだが、今となってはきっと、無意識のうちにヒエラのために作っていたんだろう。ヒエラが好きな碧と俺の好きな紅。この石しか飾りのないリングは結局、ヒエラにも渡さず、ずっと身につけていた。

グッと一度強く握り、首に戻す。次にあったら、渡そう。

もう一度、街の出口を見やった。やはり、大扉はぽっかり口を開けていたけれど、その穴はさっきより小さく見えた。

進行上、第2章終了です。

お付き合いくださり、ありがとうございます。

今後とも、よろしくお願いします。

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