敗北の代償
進行上、ここから第二章です。
これからもよろしくお願いします。
突き立つ黒く光る長い刃。その先には、無機質な金属の塊。
「…自律…兵器……」
ようやく訴え始めた痛みが、脂汗を浮かせる。その無機質な、青く光る目には殺意も見えなかった。傷口を広げられないためにその刃を掴み、動けなくなった。
「……!」
リクヤ始め隊員が動きを止める。自律兵器はそのほとんどが謎に包まれている。他国との戦いでも多数投入されており、その強さは聞くに及んでいる。だが、これまで捕獲し、精密な調査はできていない。なぜなら、自律兵器が出撃すれば、その戦場に生きた人は残らないからだ。数は30に満たないのではないかと言われているが、記録もないのではっきりとは分からない。
「…クソが……」
自律兵器は刃を更に押し込むべく、ものすごい力で押してくる。しかし、押される訳にはいかない。このままいけば、最悪の事態になりかねない。
「目標、自律兵器、破壊せよ!」
リクヤが叫んだ。
「討たれろ!」
アテネが叫んで突っ込んだのを皮切りに、全員が動けない自律兵器に群がる。うまく行けば捕獲も可能かもしれない。
が。パキン、と金属が折れる音がして、急に押し込んでくる力がなくなった。
「⁉︎」
刃を俺に刺したまま、その刃を捨てた。残ったアームの部分で、取り付いた隊員を弾き飛ばす。
「ぐお…!」
自由になった自律兵器は足早にその場を去った。
緊張の糸が切れたイアンは、強烈な痛みと吐き気に襲われ、立ってられなくなった。意識は遠退いた。世界が暗転。
意識は、喧騒の渦に浮かんでは沈んでいく。
キツく何か巻きつけられた頭が鈍く痛んで、左脇腹も何か巻きつけられたらしい。息をするたびに、脇腹は強く痛み、その喉は渇いて腫れ上がっている。誰かが呼んでる、そんな気がしたけれど、目を開けられない。悪夢の続きは見たくない、と訴える俺に、俺はその意識を暗闇に溶かして応えた。
「……イアン…。」
ヒエラは眉間に皺を深く寄せて、眠るイアンの隣にいた。
「…貴女がヒエラ?」
不意にかけられた言葉が自分の名だと理解するには、少々の時間を要した。ゆっくり振り向いたその先には、軽装の女兵士がいた。年恰好を見るに、同じ位ではないか…?
「私はアテネ。イアンと同じ第2小隊所属の兵士です。ヒエラさん、だよね?イアンが言ってた通りだもんね。えっと、妹さんだよね?」
ヒエラはこんな時でも少しムッとした。
「姉です。…誕生日は私の方が早いですから」
アテネは少しキョトン、として、そして笑った。
「そう、ごめんね」
クスクス笑うアテネに向かって、少し真面目なトーンに戻して
「イアンは…?今どんな状態なんでしょう?」
笑うのをやめたアテネも真面目になって、
「命に問題はないと思います。傷は、自律兵器に刺された脇腹のものと、その後殴られた時に頭を打ってます。今のところ問題ないですが、今後によっては…」
アテネはそこで言葉を潰した。ヒエラはベッドに横たわるイアンの右手を握って、黙った。アテネはそのヒエラの顔を見て、息を飲んだ。これほどまで美しい女性はいるだろうか…?そっとアテネは部屋を出た。
アテネが静かに部屋を出たのを感じて、ヒエラの感情は抑えられなくなった。覗き込んだイアンの顔に透明の感情の欠片を零して、ただ、声を出さず泣いた。そんな光景を扉の隙間からキリノが不安げに見ていた。
ルーナは北端の街、カニエクを棄てて、防衛線を北部第一の都市で国内第二の都市であるハルルまで後退させた。実際にカニエクでガロウと交戦したのは、イアンら第2小隊だけで、その他は敵と出会えず、住民の避難誘導に当たった。更に、イアンが持ち込んだ自律兵器の剣はその傷に見合うだけの戦果であった。謎に包まれる自律兵器の真実を知る手掛かりとなった。結果、使用されている金属は、通常の兵器に使われる2類スチールに複数のレアメタルを微量に混ぜたものだと判明した。それを技巧局は2類1属スチールと呼び、開発に着手したが、既にイアンの双剣に使用されている金属とほぼ同じで、これは工業都市で奇跡的に成功したものであり、量産は難しいと判断された。つまり、現時点で自律兵器に対抗し得る力を持つのは、イアンだけとなる。更に悪いことに、イアンはルーナ軍でもトップを争う程の剣の腕を持っていて、それでもヤられたのだから、実質敵わないんじゃないか、という悪いイメージが共有された。
そんな中で、軍令部は第2号作戦を発動させた。これは、カニエクでの戦闘データを基に作られたハルル防衛の為の作戦で、準備から交戦までの一連の流れが記されている。作業は急ピッチで進められハルル防衛の為に10の大隊が集結した。
住民も避難準備を整える中で、ハルル郊外にある軍の診療所で、イアンはゆっくりと過ごしていた。と言ってもノンビリできるわけはなく、ずっとベッドから窓の外の街をながめているだけだ。ヒエラは頻繁に出入りしており、甲斐甲斐しくイアンの身の回りの世話をしている。
しかし、イアンの心には、どんなヒエラの言葉も、どんな街の風景も入っては来なかった。その瞳には、何も映り込んではいなかった。ただ、出された食事を摂り、時間になれば寝て、朝になれば起きる。生気がまるで感じられなくなってしまった。そんなイアンをヒエラはただ見ていることしかできなかった。
大雑把に言えば、ハルルという街はすり鉢状で、そのすり鉢の底に大きな教会がある。その地形から、底のほうは、日が出ている時間が短くなる。つまり、一日中暗いのだ。しかし、底に溜まった空気の温度は安定していて、過ごしやすい。雨が降るたびに水害に悩まされてきたが、最近になって漸く排水の為の工事が終わり、急速に発展を遂げた。つまり、この街自体が新しいのだ。そんな街は今、音に溢れている。迫る足音に怯えながらも必死に生きようとする人々の音が大きく響いている。
ハルルに置かれた北部中枢拠点では、ピリピリした空気に満ちていた。それに伴って、周りの兵士も神経質になった。定期的に偵察を出して、襲撃を予知しようと必死になっているうちに、人々は避難の用意を完了させた。しかし、軍令部はハルルの人々をどこに避難させるかで内政部と揉めていた。が、結局内政部の意見を呑み、南部の穀倉地帯へと移すことが決まった。この時期、油が不足していた。軍需品の製造はもちろん、日常にも欠かせない油を作るためにハルルの人々を南部に送った。地を掘れば油は出る、と言った人もいたが、そんな迷信は誰も信用しなかった。
人々は避難を始めた。ちょうどカニエクでの敗戦から2週間のことだった。昼、太陽が頭上を跨いだ頃に人々は覚悟を決めた。軍令部も一息ついた。ハルル中が力を抜いた。
それは、またもや、刹那。
地鳴りと共に数千の敵が押し寄せた。
「急ぎ、避難せよ」
と、叫び声が幾つも重なり、響いた。