喪失
「さあ御喋りはここまでだ。逃げられなかったな?」
「俺が背中を見せれば、その瞬間に俺の頭は胴と離れていただろうからな」
「ほう…そこまで見切って大人しく話を聞いているとは、余程肝が据わっているようだな」
そう言いながら妖怪はゆっくりと青年に近付く。
殺す為に。
食らう為に。
自分の存在を維持する為に。
青年は動かない。いや、動けないのだ。
痛い程に感じる殺気、辺りを包む奇妙な力に、青年は不用意に動くと殺されるということに勘付いていた。
「死ねっ!」
「…っ」
瞬間。
ほんの一瞬。
今まで大人しくしていた何の力も持っていない外来人に対して見せた油断。
そして獲物を捉える時に出来る大きな隙。
その二つが重なり交える時を青年は見逃さなかった。
妖怪が青年を串刺しにしようと放った鋭い爪を、青年は地を蹴って跳躍し回避する。
そして空振りした妖怪の大きな右腕を足場として着地し、今度は妖怪の頭上を飛び越えるようにもう一度跳ぶ。
対して妖怪は動かない。避けられるとは思わなかった。そのたった一つの油断がいつまでも頭にのしかかり、判断力を鈍らせていた。
青年は跳び、妖怪の頭上を越える。
そしてすれ違い様にーーーーーー
ーーーゴキゴキゴキッ
青年は妖怪の頭を掴み、大きく捻る。
妖怪は頭が180度回転し、青年が地面に着くと同時に、その巨体を崩れ落とした。
「人間を…舐めるなよ」
倒れた妖怪を見据えて吐き捨てるようにそう言った後、青年は背を向けてその場を去ろうとした。
…それがいけなかった。
「っ!?ぅ………!?」
突如、一筋の光線のようなものが背後から青年の身体を貫く!
青年は腹にぽっかりと空いた穴を手で押さえながら苦しげな顔でゆっくりと振り返る。
すると、『首が後ろを向いたままの妖怪が立ち上がっていた』。
そして、
ゴキゴキゴキーーー
妖怪は自分の手で首を回し、何事も無かったかのように、にたにたと、下品に笑い出す。
青年の身体の空いた穴からは、紅く鮮明な血が止めどなく溢れてく。
青年は、大量の冷や汗をかき覚束ない足取りで、『それでもなお』妖怪と対峙する。
戦うことしか知らないのだ。
「人間、お前が妙にすばしっこいのは認めてやる…だが、所詮『力』を持たぬ者の限界などこの程度よ」
「ぁ……ぐ…」
「妖怪だけが持つ力、『妖力』ーーーそれを使い狸は化け、天狗は風を呼ぶ…先刻お前を貫いたのもまた然り」
「…………」
「今度こそ終わりだ」
妖怪の光る右手を朧げな瞳で見つめながら、青年はあまりの激痛に意識を手放した。