動転
目の前に立っている雲竜という男は、私に自分が呪われているかも知れないという話をする。
小悪魔はそれを聞いた後、何処かへ立ちさっていく。
『気の利く』子だ……本当に。
「『呪い』ねぇ……興味深い内容だわ。貴方に呪いがかかっているかは知らないけど、その話、乗ってあげてもいい」
「! 本当か、パチュリー」
呪いがかかっているかは知らない……それは『嘘』だ。
彼は、呪われている。
『あの日』。
『アリスからかかってきた通信魔法』。
「秘密にしておいて欲しい」
……彼女はそう言った。
アリスは魔女仲間だ。幻想郷に居住している魔女はそう多くない。話し相手として、『私の知らない知識』として、彼女は貴重な存在だ。
だから彼女に従い、『秘密』はこの男には話さない。
雲竜の話によると、魔理沙もどうやら何も喋ってはいない……いや、そもそも魔理沙は雲竜と会ってはいないだろう。彼女は最近ここによく来ていたし。
魔理沙は嘘を付くのが苦手な性格だ。雲竜に会えば嘘を付かざるを得ない。
恐らく彼女は雲竜と顔を合わせないようにここへ来ていたのだろう。
ついさっきまで居たのに帰ったのは、外の弾幕ごっこに気付いたからだろうか。
雲竜が言うには巫女達は呪いに勘付いているみたいだが、守矢の巫女程度の力では『例の能力』を使っても恐らく完全に解呪は出来ないだろうし、博麗の巫女も呪いに関しては疎いようだ。あれなら『異変』と認識して乗り出すこともないだろう。
だが……
「えぇ。協力するわ」
「ありがとう」
雲竜を無下に追い返したりはしない。
雲竜が犯された『呪術』。
アリス、魔理沙、雲竜の話を聞く限り、こんな『呪術』は聞いたことがない。
アリスが所持する伝説の魔道書、『グリモワール』。
『呪い』は恐らくその本にある『禁術』の一種であろう。
私の知らない術。
知りたい……何としてでも!
雲竜に気付かれないように、この呪いを解明してみせる。
私はそう心に誓う。
それと同時に、小悪魔が紅くて長い髪を振り乱して本を数冊持ってきて机の上に置く。
そこまで急がなくてもいいと思うのだが、その一生懸命なところが彼女の可愛い面でもある。
持って来られた本は全て呪いに関する物だ。
内容は大方頭に入っているのだが、その中の一冊を適当に手にとって広げる。
「まぁ、座りなさい」
「あぁ」
ずっと側で立っていた雲竜に隣に座るよう促す。
広げた本を一緒に見る為だ。
隣に彼が座ることで自然と私と彼の距離も短くなるが、そこで再確認した。いや、せざるを得なかった。
彼の、禍々しく膨大な魔力を。
雲竜の体内には恐ろしい程の魔力がある。修行無しでここまでの魔力を持つことは不可能だ。恐らく、呪いの副作用であろう。
その魔力の量は、私とアリスの持つ魔力を足してもそれには及ばない。それ程の魔力だ。
「……この本に書いてある通り、呪いには様々な種類があるわ」
「特別な儀式が無くても思念だけで呪うことも出来るようだな」
「そうね。でもそれは解呪することは容易いわ。問題はその特別な儀式を施した呪い」
「ふむ」
「呪いは鍵と一緒でね。Aの呪いをかけられたらAの解呪をしなきゃならないの」
「適応する解呪方法が必要なんだな」
「そう。だから貴方のその呪いも種類が分からないから解呪することは出来ないわ」
「ん……?」
「どうかした?」
「いや……なんでもない」
何か本の内容に思い当たる節でもあったのだろうか?
雲竜はそれきり黙って呪いに関する本を読み漁る。
無駄だ。
その本は呪いの基礎は載っていても、解呪の方法はおろか自身が呪われているか判断する方法も自分がどんな呪いを受けているか診断する方法も載っていない。
小悪魔はそういう本だけ取ってきたのだ。
彼女は私の心中を察して一早い行動を示してくれる。頼りになる使い魔である。
彼女と使い魔の契約を行ったのは、単純な力より、『そういう』面を大きく取ったからだ。
彼が核心に近付くことが出来る内容の本は、今頃小悪魔が念の為に普通では分からない場所へと移動させているだろう。
「……俺が呪われているかどうか判別する方法はあるか?」
「…………厳密に言えば、無いわ。貴方に悪霊とかが付いていれば呪われてるって分かるけど」
「俺は呪われているのだろうか」
「分からない」
私は適当なことを言って誤魔化す。
私は彼が呪われていると分かっていつつもそれを教えずに真横で傍観する。なんとも滑稽なことであろう。
可哀想な気もするが、あのお人好しのアリスが秘密にしろと言ったのだ。恐らくは何か対策がある筈。
私は彼が呪いに関する深い情報を手に入れないようにしつつ、彼の呪いについて分析するだけだ。
私はそう考えつつも、本を読むフリをしながら隣の彼の魔力を気付かれないように静かに捉えて、分析し始める。
かなりの精密な作業だ。
全神経を集中させて彼の魔力の特性を掴むのだ。
それがきっと彼にかけられた禁術の手掛かりになる筈。
少しして、雲竜が話しかけてきたが、私は分析に集中している為適当にあしらう。
「なぁパチュリー」
「………………何」
「俺にかかった呪いはどんな種類のモノなんだろう?ここに書いてる蠱術とかかな?それとも魔法による呪術かな?」
「…………呪術はないんじゃないかしら」
「何故?」
「ぇ……あ、貴方にかかっている呪いからは魔力を感じないからよ」
この男、油断出来ない。
適当に応対しようと思っていたが、いきなり核心に迫った質問をされたので、私は少し動揺してしまった。
お陰で分析は中断してしまったが、今ので彼は呪術という真相からまた離れていっただろう。
分析はもう一度行えばよい。
私は再び分析に乗り出す。
すると
「……今日はこの辺で帰らせてもらうよ。アリスに早く帰って来いと言われているんでね」
雲竜は本を閉じ、そして椅子から立ち上がる。
運が悪い。だがここで引き止めるのも不自然だろう。
私は悔しい感情を出来るだけ表に出さず、簡単に「そう」とだけ返事して、咲夜を呼ぶ。
アリスと魔理沙が何も言わない限り、彼はまたここに来るだろう。
焦らずにチャンスを伺えば良い。
優秀な紅魔館のメイド長は直ぐにやってきて雲竜を見送る。
今日私が彼から聞いた情報と、少しだけ掴んだ彼の魔力の特性から一度分析してみよう。今夜はきっと忙しくなるだろう。
私は、この図書館に唯一ある窓から外を見る。
まだ外は明るく、時間は正午を少し過ぎた頃だろうか。
彼が帰った後、きっと咲夜が昼食を運んでくることだろう。
窓越しに門の方を見やると、丁度彼が門を通って帰っていくところであった。
雲竜。グリモワールの禁術は、必ず私の知識にしてみせる。