幻想入り
東方愛怪異厄
明るい、明るい、明るい。
森の中?森の中。
綺麗、綺麗、綺麗。
木漏れ日?木漏れ日。
早く、早く、早く。
黄昏時?黄昏時。
欲しい、欲しい、欲しい。
コード:147。
徐徐に日輪が地の底に沈み、夕日影が森然とした木木を怪しく照らす。
その中で佇む一人の青年は、無機的に蠢く樹海に導かれ、ふらふらと惑ひ歩いていた。
「どこだよ、ココ…」
青年には、いつ、なぜ、どうやってこの樹林に迷いこんだのか分からない。
人でごった返す街中で隠れていた筈だが、何時の間にか街の近くにはない筈の森の中にいて、この不気味な場所から脱出ことも叶わず、ただ徒に時を費やしていただけであった。
やがて夕日が隠れ、夜さり、青年は身体全体を包み込む、何とも言えぬ悪寒を感じた。
森全体が、いや、樹木ひとつひとつが、不可思議な力を持っているような気がして仕方がなかったのだ。
だが、それによって青年が床に就けなかったのは『不幸』中の幸いだったのかも知れない。
夜も更けてきた頃、青年のすぐ近くの繁みが揺れることに青年は気付いた。
間も無くしてから、その繁みから、『何かよく分からないモノ』が飛び出てきた。
3メートルを優に超える巨体。大きな爪、鋭い牙、ギラギラした目、紫がかった肌。
…明らかに人間ではない。
化け物と言うべきか、怪獣と言うべきか分からない『ソイツ』を見て青年は目を疑った。
その怪物は青年と目を合わせると、口を開く。
「その態…外来人か」
「………」
「お前、どこかで見たような…」
「………」
青年は目の前に突然現れた超常に対応出来ず、口を開くことが出来ない。
ただ呆然と怪物の姿を眺めるのみである。
だが
「まぁいい…久し振りに人間の肉にありつける」
「っ!」
その言葉で我に返り青年は一歩後ろに下がる。
その様子を見て怪物は薄気味悪く嗤いながら一歩前に出て距離を保つ。
「今夜は仲間たちと宴会だな…お前の髑髏を盃に、な…!」
「……人語を使う癖に人の肉を食うか、化物」
青年は少し震えた声で、しかし気丈に言い返す。
すると、怪物は少々不快な顔をする。
それから大袈裟に鼻を鳴らし、こう続ける。
「やはり外来人…俺たち『妖怪』のことを何も知らないようだな」
「……よければその『妖怪』とやらについて、詳しく教えてくれないか?」
「そうやって時間を稼ぎ、逃げるタイミングでも計る気か?」
「……………」
「ふん…まぁいい。どうせ逃げることは出来ないからな」
刻は既に深夜に入り、十三夜の月光が妖怪の大きな瞳を鈍く照らす。
月明を帯びた両眼は、眼前の青年を見据えている。
ご馳走を見る目で。舐め回すように。じっくりと。
妖怪は暫時考覈していたが、やがて口を開いた。
「妖怪というのは、元元この世には存在していなかったのだ」
「存在していなかった?」
「そう。妖怪というものは、人間の『虞』によって存在出来る」
「恐れ……?」
「例えば。急に山に突風でも吹いたとしよう。無論それは只の自然現象に過ぎない。だが、人はそれを超人の仕業と言い、その超人を『天狗』と名付け畏れ敬った。天狗は噂となり、数々の突風が『天狗の仕業となった』……噂をすれば影がさす。 多くの人人にその存在を信じられた天狗は、いや天狗だけでなく全ての妖怪は、このように人に『認識』されることによって誕生したのだ」
「…一種の論考か」
「これは事実だ」
「……」
青年は出来るだけ会話を引き伸ばし、隙が見えたところで逃げ出すつもりなのだが、まったく動くことが出来ない。
隙が無いのではない。
多少の隙では漬け込むことが出来ない程の圧倒的体格差、殺気。
青年は覚悟を決めた。
「俺たち妖怪は人間に恐れられることによって存在する。だから自分の存在を確立する為に人語を使い人を脅かし、人語で名乗り自身の噂を広めるのだ」
「人間がいなくなればお前達も消えるんじゃないのか?何故人を食らう?」
「勿論俺たちも全ての人間を襲いはしない。他の人間に虞を与える為の『食べられる人類』と、他の人間を襲い恐怖を与え、妖怪の存在を認めさせる『食べられない人類』とを俺たちは区別している。外来人の捕食は『協定』で制限されていない…つまりお前は」
「『食べられる人類』、か?」
「そういうことだ」
妖怪は楽しそうに笑う。
今から人を食う、そんな妖怪が、笑っている。
それはどこか、殺戮を楽しんでいるようで。
それが昔のダレカに似ているようで。