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9/23

yesterday ~過ぎし日の青春は塩辛い4~

 次の日。

 梅雨の合間でせっかく天気もいいのだからたまには中庭でランチしよう、と貴也が誘ってきた。

 加南子と田中は「暑いし面倒。」と教室居残りを主張した為、初めて二人で食べることになる。

「もう1学期も終わりか・・・早いもんだね」

「そうだね。

 ・・・諒子ちゃん、昨日はごめんね。でもいきなり走って帰っちゃうからびっくりしたよ」

「あ・・・いいのいいの。あのまま私がいたらお姉さんも遠慮しちゃうかと思って・・・」

 照れ笑いをしつつ、サンドイッチをかじる。

「それにしても、お姉さんすごい美人だね~。ご両親見てみたいなぁ・・・。

 貴也はお父さん似?お母さん似?」

「・・・オレは母さんに似てるって言われるよ。

 姉さんは・・・父さんかな」

 まただ。お姉さんのことを尋ねると、貴也の顔色が少し曇る。

 お姉さんとは仲が良さそうなのに、何かあるのだろうか。

 諒子は一抹の不安を感じながら、それでも心の内に押さえ込んで努めて笑う。

「いいなあ、私もお姉さん欲しかったな」


「・・・オレは、姉さんじゃない方がよかったよ」


 ざわざわと植樹されている桜の葉擦れで、彼が小さく小さく呟いた一言を聞き逃してしまった。

「え?ごめん何て言ったの?」

「・・・オレは兄さんがよかった、って言ったんだよ」

 微笑んでいた貴也の顔はどことなく切なげで、その話はそれ以上続かなかった。



 ごめん今日は用事があって、との貴也の断りで、帰りは一人で帰ることになった。

 暇を持て余す放課後などいつぶりだろう、と苦笑し回り道をして本屋に立ち寄る。

 店頭にはハードカバーや雑誌の新刊が並んでいるが、それには目もくれずに奥の文庫本コーナーへと足を進めると。

「あ」

「・・・なんだ、諒か」

 最近、まともに会話できていなかった俊樹が立っていた。

「一人か?」

 そう聞かれて無言で頷くと、ふうん、と興味もなさげにまた本の物色を始めた。

 なにさ、興味ないなら聞かなきゃいいのに。

 推理物を好む諒子は、大体決まった作家の本を読む。

 本棚についている作家の名前が書いてある仕切りを探し、しばらくそこで立ち止まる。

 しかし、なんとなく俊樹のことが気がかりでタイトルが頭に入ってこない。

 また出直そうかと出口に足を向けると、一冊の本が目の前に出された。

 本自体がどアップすぎて、目前が全然見えていないが俊樹に間違いない。

「これ、お前の好きなシリーズだろ。

 新刊の方にあった」

「・・・ありがと」

 もしかして、探してくれたのかな。

 おずおずとそれを受け取ると、俊樹はくるりと方向転換して歩き始める。

「・・・なにしてる?買って帰るんじゃないのか?」

「うん、買う・・・けど」

「早くしろよ」

 と、俊樹はスタスタと本屋を出て行ってしまった。

 けれど、きっと外で彼は待っている。

 急いで本を買い、鞄にしまって外に出ると。

「遅い」

 やはり俊樹は不機嫌そうに立っていた。

 以前の幼馴染みの関係に戻れたようで嬉しさがこみ上げる。

「ごめん」

「帰るぞ」

「うんっ」

 すでに歩き始めた俊樹の隣に焦って追いつくと、ゆっくりとした歩調に変えてくれていることに気付いた。

 そうだ、貴也よりも俊樹の方が身長だって高いのに・・・。

 ずっと私に合わせてくれてた・・・?

 俊樹の優しさはいつだって言葉で出てくることはないが、態度は諒子を気遣うものばかり。

 近くにいすぎて忘れていた。

「俊樹」

「なに」

「ありがと、ね」

 諒子がはにかんで横で歩く俊樹を見上げると、

「・・・なんか変な物拾い食いでもしたんじゃないのか」

 と目を丸くして驚いていた。失礼な奴め。

 他愛もない話をしながら帰っていると。

「あ・・・貴也」

 大きい通りの反対側で、貴也が走っていた。

 しかし、すぐに彼は立ち止まる。

 女性の手首を掴まえて。

 あれは、お姉さん・・・?

 何か言い合いをしているようだが、いかんせん4本の車線の向こう側な上に車の通りも増えてくる時間帯で、排気音に邪魔をされて何を話しているのか全く聞こえない。

 しかし、見た感じは喧嘩かなにかしているようだ。

「諒?」

 立ち止まって固まったままの諒子を怪訝に思い、目線の先を辿った俊樹。

「・・・木村?」

「・・・と、お姉さん」

 目線は貴也を追ったまま、諒子は俊樹の言葉に一言だけ返す。

 一方、貴也の手を振り払って詩織はまた駆け出そうとしていた。

 すかさず貴也はまた詩織の手を掴み、振り返らせて力強く抱きしめていた。

 知らない誰かが見たら、きっと痴話喧嘩でもしている恋人同士だと思ってしまえる程。

「・・・姉弟喧嘩、かな。な、仲直りできて、よかった・・・よね?」

 ね、俊樹、と声だけは俊樹に向けるが、まだ彼らから目を離すことができずにいた。

 俊樹は無言で諒子と同じものを見たまま、返事が返ってこなかった。

 すぐそこの信号が赤信号になった。車が少しずつ停まり始める。

「・・・だ!」

 貴也の声が微かに聞こえた。何か叫んでいるようだ。

「諒、見るな。帰るぞ」

 それを聞いたのか、弾かれた様に俊樹が動き無理矢理諒子の手を引いて歩き出した。

「なん・・・俊樹、なにか聞いたの?」

「・・・姉弟喧嘩なんだろ?いつまでも盗み見してるもんじゃない」

 歩幅が全く違う俊樹に引っ張られ、あっという間に彼らは見えなくなった。

「ちょっ・・・待ってよ、俊樹っ・・・。

 足、速すぎっ・・・」

 もう走っているに近い速度で歩かされ、息もだいぶ上がってしまった。

 それに気付いた俊樹は、漸く足を止める。

「あんたね・・・足、長すぎよ・・・っ」

「お前が小さいんだ」

 息一つ乱れていない俊樹に見下ろされ、諒子は下から肩を怒らせて睨みつける。

「女性の168センチは長身の部類よっ・・・。

 あー、疲れた・・・。俊樹ジュース奢って」

 道の先に公園があり、入り口に自動販売機を発見した諒子はそれを指差して俊樹に言う。

「俺が奢ってやる道理はない。お前に奢ってもらう道理はあるが」

「なんでよ」

「お前の覗きを阻止してやっただろ」

 とても不愉快です、とさも顔に書いてありそうな表情で俊樹は呆れながらにそう返してきた。

「人を変態にしないでくれる?」 

 結局、諒子が冷たいコーヒーを2本買う。

「はい」

「ん」

 ぷしゅっ、とプルタブを開けコーヒーを口にする。

「ぐ・・・間違えた」

 諒子が買ったコーヒーはブラック無糖とミルク入り微糖。

 俊樹に渡したのが微糖のほうだったらしい。

 実は、苦いものが苦手な諒子はコーヒーもミルクや砂糖を入れないとまず飲めない。

 以前、加南子にそれを知られたときは、さばけた中身と外見のギャップに大笑いされたほどだった。

「バカかお前・・・ほらそれよこせ」

 俊樹は呆れた溜息を一つ零すと、諒子が持っていたコーヒーと交換してそのまま飲んでしまった。

「あ・・・」

「なんだよ」

「だって、それ・・・私口つけちゃったし」

 間接キス、とはなんとなく口にできずに俯くと、

「今更だろうが。子供のときに散々やっただろ」

 肉まん、アイス、お菓子・・・。おやつは一人に一つ与えられていたのに、諒子の物を俊樹はことごとく横から大きく一口奪っていった。

「あれはあんたが勝手に食べちゃったんじゃないの」

 もう、と口だけで怒りながら、諒子は交換してもらった微糖を開けた。

「・・・落ち着いたか?」

「うん、ありがとね。俊樹がいなかったら、今頃まだあそこで動けなかったかも。

 そうだよね、姉弟で喧嘩なんてよくあるし」

 明日、貴也に聞いてみよう。きっと、笑ってそうだよって応えてくれるだろう。


 家に着き、じゃあね、とお互いそれぞれの玄関に入り、階段を上がって部屋に直行した。

 部屋においてあるデスクの天板に拳を叩きつけた。

 がつん、と鈍い音がしながらも厚い天板はびくともしなかった。

「あの野郎・・・」

 俊樹は先刻の事を思い出していた。

 なにが、姉弟だ。姉弟ならば、あいつがあんな台詞など吐きはしない。

「好きなんだ!」

 そう、確かに聞こえた。

 諒子は歩くことに必死になって見ていなかったが、一度だけ俊樹は振り返った。

 見てしまったのは、ちょうど二人の顔が重なる瞬間。

 諒子が見なくて幸いだった、と思う。

 恋愛にも疎い、中身は完全に初心な諒子あれは立ち直れなくなったはずだ。

 それに諒子が貴也の姉、といった彼女もどこかで見覚えがある。

 いつだったか、どこで見たことがあるのか、そこまでは思い出せなかった。

 開いた窓の向う、閉まったままの可愛らしいレースのカーテンを見つめて、俊樹は盛大に溜息をついたのだった。



 諒子はあの事を聞けずに、一日が経ち、二日が経ち・・・終業式の日になってもついに貴也に言えずに終わってしまった。

 聞いてしまえば簡単なことのはずなのに、口は開いても言葉が出てこない。

 そして、彼は次の日に会ってもけろっとしていて、何もなかったかのように過ごしている。

 しかし、心なしかいつもより笑みが深い。

 その分、諒子の表情に明るさが少し減った。

 加南子は心配しつつも、何も言わない諒子を問い詰めるようなことはせずに見守る形をとっているようだ。

 帰り道、貴也は楽しそうに諒子に話しかけた。

「やっと夏休みだね。

 諒子ちゃん、来週の町の花火大会、一緒に行こうよ」

「うん、いいよ」

「浴衣の諒子ちゃん、楽しみだな。

 そういえば・・・最近、元気ないんじゃない?オレなにかしちゃったかな?」

 貴也が気遣うように諒子を見つめる。

「あ・・・ごめん、実は・・・ね。

 この間、貴也とお姉さんが言い合いしてるところ、見ちゃったの・・・。

 姉弟喧嘩なんて、しそうに見えなかったから・・・。勝手に見ちゃって、ごめんね」

 諒子の言葉に、貴也の顔色がサッと変わった。

「・・・何、言ってるか聞こえた?」

「ううん、聞こえてない。あ、俊樹が・・・」

 更に、貴也は顔を強張らせる。

「・・・あの日、あいつと一緒に帰ったの?」

 心なしか少しずつ声が低くなっていく彼に、怒らせてしまったのかと焦る。

「偶然一緒になっただけ、だよ」

「そう。・・・ならいいんだ。・・・そう、あれは姉弟喧嘩。

 恥ずかしいな、見られちゃったなんて。姉さん、ああやって怒ると飛び出しちゃう癖があるから」

 いつもの様子に戻った彼を見て、ほっと軽く息を吐く。

「そ、そうだよね。仲直り、できたんだよね?

 よかったね」

「おかげさまで却って前より・・・仲良くなったよ。

 ・・・。ありがとう、心配してくれて。

 そういう諒子ちゃんの優しいところ・・・好きだよ。

 諒子ちゃんは、オレのこと好きになってくれたかな?」

 と、貴也は諒子をふわりと抱きしめる。

 貴也とこうすることは嫌いじゃないし、どきどきもする。

 たぶん、私は貴也を好きになり始めてるのかな・・・。

「あ・・・う、うん。好き、かも・・・」

 そう返事をすると、突然力強くなった抱擁。

 諒子の内心はパニック状態に陥る。

 どどどどどどど、どうしよう!

 焦っている間にも、貴也の顔が近づいてくる。

 もしかして・・・この体勢は、キス、される?

 ぎゅっと目を瞑り、体を強張らせる。

 ちゅっ。

 きたーーーーーーー!

 ファーストキ・・・・・・・・・・・・ス?

 温かく柔らかい感触があったのは、額の中央。

 思わず目を見開くと、貴也はおかしそうに笑っていた。

「諒子ちゃん、固まっちゃって可愛い。

 ここ・・は、また今度ね」

 と、貴也の人差し指が諒子の唇にあてられる。

「~~~~~!」

 ばいばい、と貴也は手を振って帰っていく。

 気付けば、すぐそこに我が家が見えていた。

 真っ赤な顔をして帰ったら母に何を言われるか・・・。

 頬に手を当てながら、赤みが早く静まるように祈る諒子であった。


 俊樹は生徒会の引継ぎのサポート要員として、帰りが諒子達よりも多少遅くなっていた。

 もう少しで家が見えるといったところで、見覚えのある姿がこちらを向いて立っている。

「やあ、君を待ってたんだ」

「ちょうどいい、俺もお前に用事があった」

 つかつかと早足で歩を進める俊樹。

「さっき、諒子ちゃんとキスしたんだ。

 諒子ちゃんの心はもらったよ」

 にっこりと、けれど嘲笑うかのような歪んだ笑みで貴也は言った。

 瞬間。

 ごっ!

 と、鈍い音がした。

 俊樹の拳が貴也の左顎に直撃する。

「ぐっ・・・!」

 貴也は、背後に立っていた電柱に背中を強打して座り込んでしまう。

 俊樹はほのかに腫れ始めた右手で貴也の胸倉を掴みあげ、

「これ以上あれに手を出したら、殺すぞ」

「物騒だね・・・。でも、何もしない奴に言われたくないな」

「・・・お前が好きなのは、諒じゃなくてお前の姉だろう?」

 俊樹の一言に、貴也は自嘲気味に笑む。

「それを言ったところで誰が信じる?諒子ちゃんにでも言うの?

 それこそ、君がオレを貶めたと怒ってくれるだろうね。

 彼女の気持ちはこっちに向いてるんだから」

 強引に俊樹の手を振りほどいた貴也は、口の端を手の甲で拭った。

 そして、俊樹の表情が歪むのを楽しそうに見上げた。

「君はそのまま指咥えてみてなよ」

「・・・お前、俺が目的か・・・」

「ぶー。残念、ハズレ。・・・でもだいぶ惜しいね。

 教えてやらないけど」

 にぃっと血の滲む口角をあげて笑った貴也は、楽しみにしてるといいよ、と歩いていってしまった。

「・・・」

 これでもかと眉間の皺を最大に寄せた俊樹は、見えている諒子の家の一角を見上げていた。







お気に入り登録、評価をいただきありがとうございます。

なんでか貴也君が暴走し始めてしまい、キャラの動きの制限がつけられず・・・。

作者の範疇ならざるところに彼はいってしまいました・・・。

もうこうなったらどこまでやってくれるのか楽しみです笑。


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