yesterday ~過ぎし日の青春は塩辛い~
県立西陵高等学校普通科特進クラス。
3年になりたての諒子のクラスには、幼馴染みの俊樹と共に2年から同じクラスになり友達になった小林加南子と、その彼女と小学校からくされ縁(加南子曰く)の田中幸佑の名前が掲示板に貼り出されたクラス分け名簿に記載されていた。
「おっ、今年も同じクラスじゃない。やった~!今年もよろしくねっ。諒」
諸手をあげて喜ぶ加南子に、諒子は無表情に切り返した。
「加南が言いたいのは、宿題写させてね~、のよろしくでしょ・・・頭良いんだから今年から自分でやんなさいよ」
「あっは~。だってバイトに忙しいんだも~ん」
加南子は少々訳ありな環境なせいで、自分で授業料を支払う為にバイトを2,3掛け持ちしている。
宿題などやっている暇はないのが実情、ということを友達になってから半年で知った。
事情を知ってからは提出日の朝に諒子がやってきた宿題を丸写しする、ということで先生からのお小言から回避できているのである。
「あ、ねぇ諒。今日久々に何もないからお昼食べて帰ろうよっ」
諒子は仲のいい友人達には、諒と呼ばれている。
小、中学校のクラスメイト達には「工藤さん」としか呼ばれていなかったので新鮮で気恥ずかしくもあるが、その分親しさが増したことが嬉しくてそのまま呼んでもらっている。
その親しさのお返しで、ということで加南子は加南という呼び方になった。
実は加南子は俊樹の真似をして呼び始めただけという経緯は、諒子本人は気付いていない。
因みに加南子は俊樹のことも俊と呼んでいるが、田中と2人しかそう呼べるものはいない。
「珍しいね、加南がなんのバイトも入ってないなんて。もちろん大丈夫だよ」
「何の話だ?」
背後から割って入ってきた声は、ひどく眠そうに気だるげなテノール。
「・・・俊樹。あんた、また洋書読み漁って寝てないんでしょ?」
振り返り、欠伸を噛みしめている俊樹に向かって苦虫を噛みつくした様な顔をする。
「昨日は違う。あのバカが泊まりに来て煩かった・・・」
あのバカ、とは俊樹の後ろでバカ騒ぎをしている田中幸佑に対して言っていることは間違いない。
「あの幸佑は元気みたいだよ?」
加南が田中をげんなり見つめながらそう言うと、
「あいついびきと寝言が酷すぎる。・・・小林、付き合うようになったら気を付けろよ。
寝不足になっても知らんぞ」
「ばっ、ちょっ!!!!」
俊樹が人の悪さを醸し出した笑顔で放った一言に、加南は顔中火がついたかと思う程に真っ赤になった。
加南子が誰にも気付かれることなく密かな片思いをしている事を、諒子は本人から聞いていて既に知っているが俊樹に話したことはない。
以前、何故知っているのかを聞いたことがある。
俊樹曰く、見ていれば嫌でも気付くだろうと平然と言ってのけた。
「はいはい、セクハラ禁止。おっさんみたいよ俊樹。さ、教室いこ・・・」
諒子が呆れながら目当ての教室へ歩き出すと、真っ赤なままの加南とまだ欠伸をしている俊樹が後ろをついてきた。
新しい教室は使い古された感はあるが、昇級し浮き足立つ生徒達の雰囲気に包まれ何かしらの新鮮さを感じる。
それも1週間も経つ頃には消え失せ、受験や就職といった差し迫ってきた将来の選択をしなければならない不安がクラスの生徒殆どを勉強に駆り立たせていた。
そんな中で異色な4人組がいる。
さも余裕です、と顔に書いてありそうな成績はトップクラスの俊樹、諒子、加南子。
俊樹は入学してから全て学年1位。諒子と加南子は変動はあるにはあるが、10位以内には必ず名前がある。
一方、余裕があるのか緊張感がないのか、授業中でも隠れて漫画の単行本を読み漁っている田中。
「次の英文の訳を・・・そうだな、そこで違う読書に勤しむ田中にやってもらうか。
あ、あとそれ没収」
「・・・げっ!先生~勘弁してよ~」
しんとした空気の中に、どっと笑いが起こる。
程よく緊張感も解れ、肩の力を抜いて授業に臨めるのは紛れもなく田中のバカさ加減のおかげだった。
その田中も成績は中の上をキープする位には勉強ができている。
・・・じゃなかったら、先生ももっと怒るはずだよね。
それにしても加南はあの田中のどこがいいんだろう・・・。
諒子は没収された漫画を先生に返して欲しいと懇願している田中の背中を見つめつつ、こっそり溜息を一つついた。
こんな風に田中が騒ぐのを加南が窘め、その横で私が呆れて俊樹は構わず読書。
毎日がそんな風に過ぎ、それが卒業まで続くものだと思っていた。
そんなある日。
「上原~。女子が呼んでるぞ~」
昼休みの時間も半分が終わり諒子達もお弁当や購買のパンを食べ終え談笑していると、クラスメイトの男子が教室の出入口で俊樹を呼んだ。
「今月もう3人目だよ。モッテモテですこと、俊樹く~ん」
加南子が茶化すように俊樹に意地の悪い笑顔を向けると、
「・・・面倒・・・」
読書の邪魔をされた俊樹が、不機嫌そのものといった表情で立ち上がった。
諒子は幼馴染みだから当然知っているが、俊樹は読書時間に邪魔が入ることを心底嫌がる。
田中ですら最初の1回で懲りたほどの怒りのオーラは、並大抵の女子は泣き出すのではないだろうか。
「せめて帰りまで待てばよかったのに・・・」
諒子が廊下にいるであろう女子を気にかけていると、加南子がふと尋ねてきた。
「諒はさー、俊のこと幼馴染みとしか思ってないわけ?
顔はあれだけイケメンなんだからさ~・・・中身はアレだけど」
すると、遠い目をした諒子が淡々と口を開く。
「・・・まずは小4、転校早々クラスの女子にトイレで囲まれて家が隣だからって仲良くするな、と。
小5、今度は隣だからとラブレターやプレゼントの橋渡し役に勝手に抜擢。
小6、勝手に友達が増えて、私の部屋に遊びに来ては俊樹の部屋を覗く。
中1、入学式に先輩方集団に何度も体育館裏に呼び出され、あいつと付き合ってないか問い詰められる。
中2、たまたま一緒に帰ったっていうだけで、クラスの女子及び部活の後輩に嫌がらせをされる。
中3、俊樹と同じ高校受験するのがわかって志望校を変えろと脅される。せっかく離れるチャンスだったのに・・・。
高1、小中でされてきたことがほぼ一気に起こる。・・・なんでか男子もいた。
高2、田中と加南とつるむようになると自分も仲間に入れろとつきまとわれる。
高3、今に至る。
・・・恋愛感情に発展するようなきっかけがどこにあったのかわからないんだけど。
高校も私が先に決めたのに・・・絶対あいつは私立だと思ったのに・・・」
過去を思い出すとふつふつと湧いてくる怒りを込めて嗤うと、加南子はぽん、と肩を叩いてきて。
「うん、ごめん。もう言わない」
と、同情の眼差しを向けられた。
「あれ、もう帰ってきたの?今度は付き合えそう?」
加南子の後ろに立っていた俊樹を見つけ、諒子は声をかける。
「断った」
「え~もったいな~い。ちらっと見えたけど、2年の人気一番の子でしょ~?
付き合ってみればいいのに~ぃ」
加南子は諒子に抱きつき、俊樹に向かってニヤニヤしている。
それを見た俊樹は加南子の首根っこを掴み、ベリッと音がしそうな勢いで諒子から引き剥がしたところで。
キーンコーンカーンコーン・・・
昼休みの終了時刻のチャイムが校内全体に響き渡る。
「さってと~、5時限は選択だったわね~。またね、俊。諒、行こ」
文系の諒子と加南子、理系の俊樹は選択授業が違うため教室も異なる。
ひらひらと手を振り諒子を引きずっていく加南子に、俊樹はちっ、と舌打ちするしかできなかった。
「あの女狐め・・・」
「残念だったわね~、番犬くん」
確実に恋愛感情を持っているのは番犬だけか、と加南子は一人ほくそ笑む。
特に邪魔をする気は全くないが、思わず俊樹の弱点を発見したのだからしばらくはからかって遊んでやろうなどと彼女は考えていた。
「なにが残念で、番犬ってなによ?」
諒子が怪訝な顔して加南子の隣に並ぶと、
「うふふ。なーいしょ~、そのうちわかるわよ~」
俊が動くことがあれば、ね。と、心の中でつけ加えた加南子であった。
その日の放課後HRが終わり、加南子はバイトへ直行、俊樹は生徒会のサポート、田中は先生の呼び出しと皆バラバラになり諒子だけが教室に残った。
急ぐこともないし、ゆっくり帰ろうと教室を出ようとすると。
「工藤さん。よかった、まだ帰ってなかった」
安堵が混じった声が教室の端から聞こえた。
反対側の出入口、ドアにもたれ掛って立っていたのは隣のクラスの男子生徒だった。
同じ文系の選択授業を受けていたな、と記憶の片隅で思い起こす。
「・・・何か用?」
彼とは会話も交わしたことがない間柄の筈。
何か用かと聞いてはみたが、思い当たる節は欠片もない。
「やだなぁ。警戒しないでよ・・・オレの名前知ってる?」
「・・・名前位なら知ってる。いつも学力考査で5位以内に入ってるでしょう?
あと女子達が王子様だーって騒いでたし、ね?有名人の木村貴也君」
ご名答、とにっこり笑う彼が、ゆっくり歩み寄ってくる。
俊樹は鋭い切れ長の目が特徴の悪役顔のイケメンだが、木村は正反対の柔らかい笑顔が王子様と呼ばれる所以となった正統派イケメンだ。
王子様スマイル初めて見たけど、女子が騒ぐのも無理ないな。
「君の幼馴染には負けるけどね。・・・上原と付き合ってないって聞いたんだけど、本当に?」
あぁまたか、とげんなりした。
きっとこの人も俊樹のファンか何かか・・・はたまたソッチの人か。
散々言われ慣れてはいるが一方的に誹謗中傷されるだけというのは勘弁、と諒子は木村に向かって一気にまくし立て始めた。
「木村君あのね、誤解しないで欲しいんだけど。
あいつとは家が隣の幼馴染みなだけであって、付き合ったりとか好きだったりとかいっっっさい!ないから。
君も幻滅するでしょ?私みたいなのが彼女だって想像するだけで・・・」
「ぷっ・・・。あっははっ・・・工藤さんて面白いねっ・・・」
腹を抱えてウケている木村。
「あのさっ・・・普通、ああ聞かれたら自分に興味があるのか、とか思わない?・・・あはははっ。
工藤さん天然って言われるでしょ?」
「・・・お生憎様。普通はそうかもしれないけれど、私はずっと俊樹のことでそう聞かれ続けてるから思ってもみないことだったわ・・・。ん?私に?木村君が、なんで?」
きょとんとする諒子に、木村はまだ笑っている。
そこまで笑うことないじゃない、とぶすっとした表情をすると、
「・・・っ、ごめん、ごめんね。違うんだ、君を笑おうと思ったんじゃないんだ。
・・・・・緊張してさ、工藤さんに話しかけるの。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
好き、なんだ・・・」
俊樹を?、とは笑えなすぎて流石に突っ込めなかった。
木村の顔は真剣そのもので、その目線の先が自分だとわかったから。
わかった途端、諒子は石化したと思うとわたわたと慌てふためいた。
「あ、あの・・・木村、くん。
・・・いや、ちょっと待って、ええっ?」
「焦りすぎだよ。落ち着いて、ね?」
はい深呼吸、と木村は優しく諒子の頭を撫でた。
俊樹以外の異性とあまり接する機会がない諒子だったが、その行為は特に嫌悪感も何も感じなかった。
思ったより大きい男の手だな、と落ち着いてきた頭でぼんやり思う。
「いきなり付き合ってなんて言わないよ。ただ、オレのこと知ってから決めて欲しいんだ。
友達から、始めない?」
友達ならいいか、と軽く頷く。
その時は思考が追いついていなかったのだろう。
友達になったんだから、と言われるがままに携帯の番号とメールアドレスを交換しながら、
「貴也って呼んでよ。それと・・・ね?」
と、彼は最後に何かを言っていた気がする。
気付くと、大きな窓ガラスから見える空は暗い橙色から藍色にグラデーションがかかり、もう夕日がビル
の隙間に半分以上隠れていた。
「・・・冗談だよね?」
木村はとっくに帰っていったらしいが、それすらもあまり記憶に残っていない。
一人、教室で携帯を握り締めながら呆け続ける諒子であった。
次の日。
「諒子ちゃん、約束どおり一緒に食べよう?」
多分弁当が入っているであろう、布製の袋を掲げて教室に入ってきたのは。
「・・・きっ、木村君?なんで・・・」
動揺する諒子に、彼は一層にこやかに返事をする。
「やだな、昨日約束したじゃないか。毎日昼は一緒に食べようねって。
・・・それに、貴也、だよ。諒子ちゃん」
周囲がやおら騒がしくなる。
王子様が教室にやってきただけではなく地味な諒子といつの間にか仲良くなっていることに対し、羨望や嫉妬諸々、語りつくせない空気感が室内を包み込んでいたのだった。
さっくり書こうと思ったら、結構続くみたいです。
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