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4日目。

 スマホが鳴るたびに、最近の諒子は顔いっぱいに嫌そうな反応を見せる。

「先輩どうしたんですか~?メール鳴ってますよ~」

 同じ部署の紺野こんの千果ちかが、テーブルの上で放置されている諒子のスマホを綺麗にネイルが施された指でさす。

「うん・・・後で見る・・・」

 社食のたぬきうどんをすすり、スマホから目を逸らした。

「いつもはメールが鳴るとにやにやしてるのに変ですね~」

 ぶふっ。

 うどんを吹き出しそうになり、丼を置いて口を手で塞ぐ。

 最近吹き出してばっかな気がする・・・。行儀が悪いな。

「ごふっ・・・ごほっ。千果ちゃん、何言ってるのよ・・・あー、鼻からうどんだすとこだった」

「私~、ずっと彼氏からのメールだと思ってたんですけど~。

 でもラヴな感じでもないし気になってたんです~。今のメールは違いましたけど」

 さとい・・・敏すぎるわ千果ちゃん。よく見てるわね人のこと。

 紺野千果は社内の噂話に精通している理由が頷ける瞬間だった。

 観察眼は人一倍長けているこの子は、仕事のアシスタントをさせてもすこぶる評判がいい。

「で、彼氏いるんですか先輩~?」

 独特な間延びの話し方で、千果は諒子に詰め寄る。

「・・・彼氏いたら指輪のひとつくらいしてるわよ。

 それに私が男だったとしても、こんな地味なおばさんよりも千果ちゃんみたいな若くてかわいい女の子の方がいいと思うよ」

 最後のうどんをつるつるっと食べ終え、「じゃあお先」と丼の乗ったトレイを持って立ち上がった。

 千果は頬杖をついて諒子の後姿を見送りながら、

「・・・先輩、全然わかってないんだなぁ~。見てて面白いけど~」

 くすりと小さく笑った。

 諒子の後姿を見送っているのは、実は千果だけではない。

 斜め前の席に座る隣の課の男性社員に、2つ先のテーブルに座る営業課の男。

 広報の課長もだったか。

 華美な格好を好まない諒子は一見地味に見えるが、肌は白くすっきりとしていて美人に見えなくもない顔、肉があるところにはあるがくびれもある男性がよく好む体型、仕事で絡めば優しくて人当たりがよくサポートも完璧でどこの課も欲しがる様な人材、極めつけは所有の印の指輪を一切つけていないので独身決定。

 高嶺の花とまではいかない手の届きそうな位置にいる諒子に、隙あらばと密かに狙う男性陣は結構いるのである。

 勿論、諒子は全く気付いていない為に進展どころかきっかけすらもない。

 颯爽と歩く後姿に秋波を送るだけの男共に軽く同情しながら、千果も化粧を直す為に席を立った。




 夜の10時。

 つい先程部屋に着き、時計の針の位置を確認してソファにぐったりと座り込んでいた諒子だったが。

「あ・・・メール見るの忘れてた」

 スマホをバッグから出してメール画面を開く。


 Sub:こんにちは

 新崎です。

 来週の火曜日は空いてますか?

 おいしいイタリアンの店があるのでご一緒にぜひどうですか?

 お返事待っています。  新崎


 やっぱり、とさらに疲労感が肩にのしかかる。

 友達というよりも先生か母親になってしまった感が否めないからだ。

「まぁ・・・食事だけならいっか。新崎坊ちゃんが狼になるなんて想像もつかないし」

 しかし面倒といえば面倒なので、残業がなかったらでよければ、と返事を返した。

 ものの数分で返事のメール音が鳴る。

「お前は女子高生か・・・」

 返事には、嬉しいです、もし残業になったらご連絡くださいとあった。

 どうも、新崎を相手にしていると性別が逆になっている気がしてならない。

 諒子が元からさっぱりとした性分もあってか、新崎の乙女らしい反応に少しかわいさを感じてしまうのである。

 でも、見た目だけは完璧男なんだけどなぁ。

「あれか!?最近流行り?のオネェか!」

 たまに頓珍漢とんちんかんなことを言う天然、諒子。

 さっさとシャワーを浴び、冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルタブをぷしゅっ、と開ける頃には新崎の事など宇宙そらの彼方に飛ばしてしまっていた。

 テレビを流し見つつ、そういえば、と俊樹との一件を思い出す。

 あれから、数日が経っていた。


「・・・もしもし?」

 不機嫌です、と言わんばかりの声で電話に出る。相手が俊樹だとわかっているからでもあるが。

「ちゃんとタクシー乗ったのか?」

 低く落ち着いた声がスマホの小さなスピーカーから耳に届く。

「乗りました~。用件はそれだけ?もう切るよ、おやす・・・」

「さっきは悪かったな」

 思ってもみない言葉に、諒子は目を見開き固まった。

 あの俺様何様神様か、の俊樹が諒子に対して謝った。

 たとえ自分が悪くても言葉巧みに相手に謝らせてしまうような腹黒が・・・。

「・・・おい、聞いてるのか?」

 さらに声を低くさせて、無言なままの諒子を正気に戻す。

「・・・めっずらしいこともあるのね~。録音しとけばよかったわ・・・。

 そんなに日曜日に来て欲しかったの?また掃除?」

 驚きを通り越して感嘆しながら、本来俊樹が謝ってきた理由を思い出した。

「ちょっと付き合え。

 たまには女らしい格好してこいよ」

 やっぱり喧嘩売ってんのかしらね、こいつは。

「見せてるじゃない、スカート姿も。仕事服だけど」

「クローゼットの肥やしになりつつあるレースのワンピースは一回も着てないんじゃないのか」

「あんたなんで知ってんのよ!!」

「前にお前の部屋で飲んだ時に見えた」

 さいですか。そんなもん見せて悪かったわね。

 たまたま買い物にふらふらと出かけた際に、店員に勧められて買ってしまった白い総レースのワンピース。

 そのうち、デートでもすれば着るかと思ってクローゼットに仕舞われたままで日の目を未だ見ることのない代物である。

「よかったな、着る機会ができて」

 俊樹が、思っていることを代弁するかのように言った。

 きっと奴の顔は今、とんでもなく極悪な顔でニヤついているに違いない。

「多大なお世話だ。・・・第一、そんなん着て昼間っからどこいくのよ?」

 そういえば、行き先を聞いていなかったな、と尋ねてみると。

「ちょっと、な。着けばわかる」

「ふぅん。ま、いいでしょ。じゃあ、日曜日ね」



 と、そんなやりとりがあったのだった。

 それから俊樹からの連絡はない。そもそも俊樹は用件があるときにしかメールをしないので2週間に1度あればいいほうだ。

 代わりにあるのは、新崎からの無駄なメール。

 お仕事は忙しいですか、今日は天気がいいですね、昨日の晩は何を食べたのか・・・。

 メールだとどもらないし饒舌だな、とふと笑いがこみ上げるが、メール送信数の多さに辟易しつつある。

 返事をするのも3~4回に1回位に留めていた。

 スマホをソファに放り投げ、クローゼットを開ける。

 そんなに多くもないハンガーにかかった洋服類から、あの白いワンピースを取り出す。

「これもデートと言えば、デートなのか・・・。

 ・・・ない、ないわ、なさすぎる。俊樹とデートなんて」

 ふっ、と小さく笑ってクローゼットにそれを戻し、もう1本ビールを空けるために冷蔵庫に向かったのだった。




 日曜日の午前11時10分前には、勝手知ったる俊樹の部屋にお邪魔していた。

 あの白いワンピースを身に着けている諒子の姿を見て、俊樹はしたり顔でにやり、と笑みだけ返した。

 したり顔がなんだか悔しい。

「あんた、出かけるよりも片付けの方がいいんじゃない・・・?

 頭いいくせになんでこんなことは出来ないんだろうね・・・」

「なんでも完璧な奴なんていないだろ・・・それに、いやなんでもない」

 後でまた掃除しといて、と言いながら俊樹は車のキーを持ち出してきた。

「あれ、車使うの?」

「そう。ちょっと距離あるから」

 マンションの敷地内にある駐車場には、ずらっと高級車のオンパレード。

 ベンツに始まりフェラーリ、ポルシェ、ランボルギーニ、アルファロメオ・・・。

 ぜひとも所有者の職業と年収を聞いてみたいものである。

 その中で、ボンネットに黒く滑らかな流線を描くコルベットが俊樹の車だ。

 この車も安くはないが、周りの高級車に比べたらまだ安心して乗っていられるだろう。

「車はいつもきれいにしてるよね」

「汚す機会がない」

 アクセルを踏み、車を発進させた俊樹は間髪空けずに答えた。

 それもそうか。

 俊樹の職業は医者ということもあり、普段会わないときはきっと仕事だけで1日が終わるのだろう。

「最近、あんたのクリニックところは経営順調?」

 俊樹のクリニックは2年前に開業したばかりで、初めはやっていけるのかと心配になったりもした。

 俊樹から開業する話を聞き、よく思い切ったことをしたな、と驚いたのも昨日のことのようだ。

「まあな、診療内科は救急もないから急患もないが患者は途切れん。不景気万歳だ」

「罰でも当たればいいのに。患者さんに失礼だよ」

「その患者が精神的に病気になりやすいこの時代だから、俺みたいな医者が増えるんだろ」

 そんな会話をしていると、街中からどんどん離れて行っていることに気がついた。




「どこ行くの?もう1時間も走ってるけど」

「そろそろ着く」

 景色は見慣れた住宅街から一変して、今は森のトンネルが続く道を走っている。

 坂道を上り、舗装された広い駐車場が見えてきた。

 車をその駐車場に止め、降りろとばかりに顎で示す俊樹に続いて外に出ると。

「おぉ・・・木ばっかり」

「そりゃあ山だからな。

 たまにはいいだろ、ここは自然公園だから遊ぶもんもないからそんなに人も来ない」

 辺りを見回しても、木、木、木。それと遊歩道。

 二人並んでゆっくりと歩き出した。

 ちらほらと犬の散歩や子連れの家族がすれ違ったりするが、さして人の通りは多くないようだ。

 鳥の鳴き声と葉擦れの音が重なり、まるで天然のヒーリングミュージックだな、と思う。

 仕事の疲れかはたまた違うことか、マイナスイオンが十分に取り込めそうな空気に心も癒されそうだ。

 ふと、なぜこの場所に来たのか気になった。

「私、そんなに疲れてそうだった?」

「・・・お前は隠してるんだろうが、専門家を嘗めるなよ。

 先月、地元帰ったときになんかあったろ」

 ぴたっと、足が止まり顔が強張るのを自分でもわかってしまった。

「なんでそう、いつもあんただけは気付いちゃうんだろ」

「昔から見てるからな。

 ・・・先月、なんで帰った?」

「・・・そうが帰ってくるからって実家に帰った」

 想とは、諒子の2つ年下の弟である。就職した会社で着々と出世し始めたらしく、今は九州に転勤した為になかなか顔を合わせられなくなった。

 訝しげに眉間に皺を寄せていた俊樹が口を開いた。

「あいつ九州にいたんじゃなかったのか?」

「同級生の結婚式で帰省してたんだって。ついでに実家で母さんからまたお小言よ。

 結婚しないのか、相手はいないのか・・・うるさいったらもう」

 30も過ぎると親がうるさくなるのは理解はしていたが、ダイレクトに体験するうんざり感は社の先輩から聞いていたものと大違いだった。

「・・・で?あったのか。あいつに」

 俊樹が遊歩道の傍らにあった木製のベンチに腰掛ける。

 それに続いて座った瞬間、その俊樹の言葉に顔が強張るのを感じた。

「・・・見かけただけよ。

 奥さんと子供と3人で歩いてた・・・手繋いで楽しそうにしてた」

 俯き、ふ、と静かに息を吐いた。でも、すぐに顔を上げる。

「あんたは連絡とらないの?」

「俺は別に友達じゃない」

「・・・私に気遣わないでいいんだからね。

 ほんと、就職してからクラス会も何も出てないんでしょ?

 田中たなか達男子が会いたがってたって、加南子かなこが言ってたよ」

 田中も加南子も諒子、俊樹と同じ高校のクラスメイトだった。

 諒子と俊樹と加南子と田中、グループになって毎日ふざけあったりしていた。

 それにもう一人。

 懐かしいよね、と諒子は努めて明るく振舞うが、俊樹の表情はずっと固く口も引き締めたままだ。

「諒。まだ、辛いか?」

 静かに、しかしはっきりと聞こえた声には、諒子を労わる心情がひしひしと伝わってくる。

「・・・やあね。同情?

 もう何年経ってると思ってるのよ。

 それに先月見ちゃったときにさ、なんか納得しちゃったのよね・・・。

 奥さん背もすごく小さくて顔も女の子って感じに可愛くて。

 私と正反対すぎて笑っちゃった。・・・あぁ、男はやっぱりこういう女の子の方がいいよなって。

 だって、私も男だったらそう思うもんね。だから・・・」

「だったら!なんで昔のことでまだ泣いてるんだ?」

「え?」

 気付けば頬から顎に伝わった涙が、ぽたぽたと何滴も膝に落ちている。

「お前、まだ全然止まったままだろ。前に言ったはずだ。

 今吐いとかねぇと痛みは残るんだって。

 あの時は大学試験にお前は逃げたが・・・今吐け。全部吐け」

 俊樹は両手を諒子の頬にあて、ぐいっと自分の顔を合わせるように上げさせる。

「・・・吐け吐け酷いわね、あんた」

 その言いぐさと裏腹な優しさに、つい思わず吹き出してしまう。

「全部吐いときゃ、心だってからになるだろ。そしたら違うもんで埋めちまえばいい」

 にっ、とまた人の悪そうな顔で笑う俊樹。

「・・・長くなるけど、いいの?聞いたって楽しくなんてないわよ」

 諒子は俊樹の顔色を窺うように彼を見上げる。

「時間はあるだろ。まだ昼前だぞ」

 だがせっかくだから歩きながらにしろよ、と俊樹は立ち上がり、諒子の手を引いて歩き出した。

「なんで、手繋いでるのよ・・・」

「お前変なところドジすぎるからな。よそ見ばっかで」

 さわさわと気持ちのいい風が髪をさらっていき、涙が乾いた頬を心地よく撫でていく。

「ほら、どうせなら初めから話せよ」

 長身の俊樹との身長差は10センチ以上あるのに、歩く差が開かずにいるのはきっと俊樹が合わせてくれているのだろう。

「うん・・・。えっと、3年の春、だったかな・・・」

 記憶を遡り、高校3年の5月。


 そう、あの日もこんな青空で気持ちのいい風が吹いていた気がする。




俊樹を動かせてみましたが・・・エンジンかかってないみたいで

まだ中学生みたいなことしてますね・・・汗

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