3日目。
会社帰りのOL達が、ちらちらと盗み見てはこそこそ喋りながら駅へと向かって歩いていく中。
推定2000万円程の某有名スーパーカーを会社前に乗りつけ、ガードレールに腰をもたれかけさせて誰かを探しているようなイケメンが右手のこれまた高級そうな腕時計を確認していた。
・・・レッカー移動でもされてしまえばいいのに。
諒子は彼の姿を確認した瞬間にそう思った。
「あのっ・・・工藤さん。・・・ま、待ってました・・・」
諒子の姿を一目捉えたかと思うとイケメンの正体、新崎護はぴんと直立になった。
「新崎さん。どうしたんですか?・・・あ、先日は大変失礼いたしました。
その事でわざわざお越しいただいたのでしょうか?」
わざとらしく丁寧な素振りを見せ、周囲に親しい間柄ではないと無駄にアピールを計ってみる。
すると、諒子を値踏みするような視線をなげかけていた女子達も『彼女じゃなさそうだな』と、視線のターゲットをまた新崎に戻していた。
「あ、あの、僕のなにがいけなかったのでしょうか・・・。
先日のお見「新崎さん、ここじゃなんですからそこの喫茶店にでも場所を変えませんか」・・・は、はい。く、車、移動してから・・・急いで行きますっ・・・」
いかんいかん、こんな往来で見合い話をされてたまるか。ただでさえ女子達の視線が突き刺さってるのに。
諒子のすっぱりぶった切った話を耳にするや否や、車を駐車場に移動させるために走って行った。
「あの人・・・すばやく動けるんだ・・・」
なんとも失礼な呟きを溜息と共に一言漏らし、結果として自分が誘ってしまった喫茶店へと足を向け歩きだした。
スピーカーから静かに流れるジャズと適度に明るい間接照明が、落ち着いた雰囲気を醸し出した店内の一席。
背の高い観葉植物のおかげで奥まった席はあまり目立たないことを、何度も来ている諒子はよく知っている。
珈琲も質が高く、時間つぶしの為ではなく珈琲好きが味わってゆっくり飲むことのできる本格的な喫茶店だった。
白髪の顎鬚をたっぷり蓄えた、渋い色気があるマスターにブレンドを二つ頼み、向かい合った席で新崎を見るとまたもじもじと俯いていた。
どうせなら、私はあっちの渋いマスターを観賞しながら珈琲を飲みたい。
「あの・・・新崎さん?ご用があったんじゃ・・・」
話がなかなか切り出されずに痺れを切らして、新崎に話すきっかけを作ってやる。
「は・・・はい・・・。お見合い、の件なんですが・・・。僕・・・なにか失礼なことをしてしまったんでしょうか・・・?」
「は?」
失礼な事ならやったわよ、私が。
わけがわからず首を傾げると、
「金谷さんから・・・お断りのお電話があったと・・・マ、母、から・・・」
おいおい。今、ママって言いかけたよね・・・やっぱりマザコンだったか。
ふーっ、と静かに息を吐き、新崎を見やる。
「あの、さらに大変失礼なことをまた申し上げるようで恐縮ですが。
会ってみるだけってお話で金谷部長に了承してまして。
私としても、まだ自分が結婚するイメージが湧かないもので・・・すいませんでした」
席に座ったまま頭を潔く下げる諒子に、新崎は慌てて「頭を上げて下さい」と止めさせた。
「僕は、その・・・やっぱり、僕に断られる理由があったのかと、思いまして・・・。
そ・・・それなら、と、友達からお願いしますっ!!」
今度は新崎ががばっと頭を下げてきた。
「・・・あんなにはっきり怒られたのは、工藤さんが初めてなんです。
僕の、こんな態度にも笑わずにいてくれたのは・・・今まで工藤さんだけでした。
あのっ・・・と、友達としてなら・・・会ってもらえますかっ・・・?」
なにこの目の前の子鹿の様につぶらな瞳で真っ赤な顔をしている生物は・・・。
私、小動物に弱いのよ・・・。しかも、忘れてたけど・・・こいつ無駄にイケメンなんだった・・・。
中身に結構な問題があるせいで外見が霞みまくってしまった・・・。
上目遣いに窺ってくる新崎に、違う意味できゅんとしてしまう諒子。
「と・・・友達、なら・・・」
と、つい答えてしまった。
「ほ、本当ですかっ!!・・・嬉しいですっ」
華がぱぁっと咲いたような笑顔ではにかむ新崎は、きっと世界中で誰よりも乙女チックだったに違いない。
存分に後悔の海に沈む諒子に、そそくさと連絡先を交換した新崎は満足そうに帰って行った。
「今度食事にお誘いします」の言葉を残して。
「なんでこうなった・・・。私・・・こんなに流されやすかったっけ・・・」
「お前は昔から流されやすいぞ」
あの後珍しく私から誘った飲みのメールに、俊樹は「行く」の2文字で返してきた。
誘ったのはこっちだからと、俊樹の病院の近くにある居酒屋に集合した。
夕方にあった出来事の経緯をビールのジョッキを傾けながら話すと、眉を顰めながら俊樹は先程の一言を発したのだった。
「私がいつどこで流されたのよ!」
どん、とカウンターにジョッキを力強く叩きつけて俊樹を睨む。
「小3の春、女子共がくだらないファンクラブ作って流されるままに入ったろ」
「・・・う」
そのくだらないファンクラブは、今隣にいる俊樹の為に結成されたものである。
諒子にとっては只の幼馴染みが、クラスメイト達にとっては頭脳明晰スポーツ万能、さらには顔もすっきりとしたイケメンの俊樹は人気ダントツの王子様だったのだ。
「そのクラブとやらで、お前は流されるままに俺への手紙だの得体の知れない贈り物を渡す下っ端に成り下がってもいたな」
「・・・ぐ」
辛口冷酒の入ったお猪口を口につけ、俊樹はにやりと笑う。
「そうそう、小中(学校)どっちの卒業式も俺にボタン貰いに来た覚えがあるな。
後ろの女子共に睨まれてる真っ青なお前見て、後から俺は涙が出そうになる位笑わせてもらった」
「・・・全部あんた絡みじゃないの!
・・・あーあ、こんなのと幼馴染みなせいで男子は近寄ってこなかったし。
私の小中高の青春返してよ」
はしたなくも箸でお通しのわかめと蛸の酢の物をつついていると、
「よかったじゃないか、お前の見る目が養えて。ろくでもない男にひっかかることもなかったろう」
空になった徳利をカウンターの上に置き、もう1本と店員に声をかける俊樹。
くすくす笑いながら、若い男の店員は徳利を下げて奥の厨房に持っていった。
「私がずっと結婚できなかったらあんたのせいだからね。
そのうちあんたが結婚したって、新婚だろうがなんだろうが邪魔しに行ってやるんだから」
未来の奥さんに怒られたって知らないんだから。
ジト目で俊樹を睨みビールを飲む。
「・・・そんなに結婚したいなら、俺がしてやってもいいぞ」
ぶふぉっ。
ジョッキの中で、盛大に泡が跳ねる。
俊樹の爆弾発言に、諒子は飲んでいたビールを思い切り吹いてしまった。
「な、なにっ・・・げほっ・・・げほげほっ・・・は、鼻に、入った・・・っ」
咳き込む諒子をそっちのけで腹を抱え大笑いしている俊樹に、諒子は顔を拭いていたおしぼりをべしっ、と投げつけた。
別に結婚結婚騒ぎ立てたいわけじゃないが、冗談とはいえ言っていい事と悪い事がある。
しかも、30を越えた女に対してその上から物申すような言い草はなんなんだ。
まだ笑っている俊樹に、ますます腹が立ってきた。
「俊樹のバカ!もう部屋の掃除してやんないからね!」
財布から万札を出し店員に渡すと、諒子は俊樹の顔も見ずにさっさと帰っていった。
くつくつと笑う俊樹に、
「・・・あんまりいじめすぎると、他の男に泣きつきにいっちゃいますよ」
と、先程の店員が苦笑しつつ諒子の席にあるジョッキや空いた皿を片付けながらそう言った。
「周りは悉く気付いてくれるのに、あいつにだけは今もさっぱり気持ちが通じない。
少しはいじめたくもなるだろ」
「小学生じゃないんだから・・・」
「ま、いいさ。どっちみち他の男にくれてやる気ももうないしな」
大学や就職したての時のように遊び半分の付き合いならまだいいが(結局別れさせたのは俊樹)、年齢も年齢、将来を見据えた付き合いなど他の男に譲ってやる気は毛頭ない。
「お坊ちゃんだかなんだか知らんが・・・手を出すようならこっちも動くだけだ」
ぽつり、と零した独り言を冷酒と共に飲み込んだ。
黒いスマホを取り出し、メール画面を開く。
Sub:タクシーで帰れ
無事に着いたらメールしろ
次の日曜、AM11時に家で待つ 俊樹
相変わらず愛想もくそもないメール文をさっさと入力すると、送信を押してしばし待つ。
諒子の行動など、とうの昔から把握している。
なにせ、俺に理解るように刷り込みしたのは他でもない俺なんだから。
10分ほど経つと、スマホからメール音が響いた。
Sub:Re:帰ってるしうるさい
決闘の申込みみたいなメールすんな
謝ったらいってあげなくもない 諒
「くっくっ・・・結局来るくせに・・・バカな奴」
仕方ないとばかりに、俊樹はスマホの電話帳から諒子を探し出し始めたのだった。
栗の渋皮煮に失敗して落ち込んでたら日にちが結構経ってました・・・
俊樹君がそろそろ思い腰をあげるカモ・・・