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2日目。

 日曜日は雲一つとしてない快晴。

 本当のところ、一人で散歩にでも行きたい気分なのだが、諒子の心中はこれからの用事のせいで曇天模様である。

 光沢のあるネイビーのシンプルなノースリーブワンピースに淡いクリーム色のボレロを着込み、鏡の前でくるりと一周する。

 よし、無難。

 諒子は、断る気満々の見合いの席なんだし服装もメイクもそれなりでいいだろう、と一人頷いてマンションを出た。


 ホテルのラウンジに着くと、金谷かなや部長が奥様と優雅にコーヒーカップを片手に談笑していた。

 だがいかんせん、夫婦共に声が大きすぎて周囲に話の内容が丸分かりである。

 くすくすと彼らを眺めながらの小さい笑い声が、そこかしこの席で聞こえてくる。

 えー・・・、私あそこに混ざることからお断り申し上げたいな・・・。

「お、工藤君。こっちこっち」

 うわ、見つかった。

 部長と目があってしまい、脳内で盛大に舌打ちをしてから席に向かう。

「こんにちは、すいません遅れてしまいましたか?」

 諒子が表面だけで申し訳なさそうに謝ると、

「こんにちは、大丈夫よ~。

 時間までまだまだあるから、あなたもコーヒーでも飲んでリラックスしてちょうだいな」

 部長の奥様、喜美恵きみえ夫人はそう言ってからから笑う。

 社内きってのおしどり夫婦と有名なこの夫婦、仲人依頼率も半端でない。

 ・・・と、聞いてたんだけど・・・お見合いの仲立ちもだったか。

「お相手の方の釣書つりがきはご覧になって?」

「あ、はい・・・一応は」

 見たの今朝だけど。しかも経歴しか見なかったし。

 経歴には、日本国民誰もが知る高学歴で有名付属幼稚園から高校、大学。

 就職先はこれまた有名な大手商社。

 エリートコースまっしぐらなお方らしい。満35歳だそうだ。

 ちなみに趣味は、フェンシングにテニス、そしてなんでかロボット製作とある。

 最後の項目を見た諒子は頭上にクエスチョンマークが2,3個程浮かんだりもしたが、まぁ初対面でさようならするわけだから、と気にしないことにした。

 大学のサークルにもよくあったしね。




 見事な和風庭園が障子の向うに一望できるホテル1階にある日本料理店の特別個室。

 コーヒーも飲み終わり大体時間になったから、と部長夫妻と場所を移動した。

 ・・・違う理由で来たら料理は更に美味しい筈なのに。いや、これも円滑に仕事をする為よ、諒子。

 1回見合いしとけば、次回に万が一話が来ても他に回せるじゃないの、我慢我慢。

 座布団の上で正座をしつつ遠い目で庭を眺めていると、

「お連れ様がおみえになりました」

「お待たせいたしまして申し訳ありません」

 案内をしてきた女性の後ろから、仕立ての良さそうな和服を身に着けた女性が部長に声を掛けつつ頭を下げた。

「いやいや、こちらも来たばかりですから。どうぞお座り下さい」

 それじゃ、と和服女性が自分の席に近づくと後ろからスーツ姿の細身の男が続く。

 お、結構イケメン。お坊ちゃんぽいけど。

「工藤君、こちらはT商社の常務の新崎しんざきさんの奥様。そして、こちらがご長男の護君だ。

 ・・・こちらは会社の同じ課で働いている工藤諒子さん」

 お互い、軽く頭を下げる。

 さあ、お見合い開始だ。



 いやに視線を感じるんだけど・・・ほっぺに食べかすでもついてるのかな。

 つい手のひらで頬を軽くあてて確認してしまう。

 お見合いらしく「ご趣味は?」「読書マンガとグルメ散策くらいでしょうか・・・(主に俊樹の奢りだけど)」等の会話を新崎夫人と多少交わした程度で(息子はどうした)、あとは部長夫妻と新崎夫人の止まらない談話を聞き流しながら黙々と食事を片っ端から平らげていた。

 非常に美味である。美味ではあるが。

 先程から熱烈とも言える視線の主の新崎護氏は、箸を手にしてはいるが実際に手は動かずにじぃっと諒子をひたすら見つめている。

 さすがに気になるが視線を交わすことだけはなんとなく避けたい。

 居たたまれなくなる視線を敢えて避け続け、食事も一通り済んだところで。

「護さん、お庭でも案内して差し上げたら?」

 来た。お約束のあとは二人で、だ。

 しかもさっきから会話を全くしないでガン見するこの男とか。

 諒子は内心うんざりしているが、顔はにこやかに笑みを作り出したのだった。

 庭園側の廊下から外に出られるそうで、無言なままぐるっと日本独特の景色の中を歩く。

 そして、やはり無言なまま庭園の池を二人で眺めていること数分。

 口が利けない訳じゃあないのよね・・・。

「あの、新崎さん」

「は、はい・・・」

 小さくか細い、女性の声かと思うようなソプラノが微かに耳に届いた。

 彼を見ると顔を真っ赤にして俯いている。

 ・・・お前は乙女か。

「ここに来ている私が言うのもなんですが・・・・どうして私なんかとお見合いを?」

 良家は良家らしいが、古くからの由緒あるお家柄ってわけでもないらしい。

 今時恋愛結婚でもおかしくないご時勢だからこそ、気になって聞いてみたのだ。

「あ・・・あの、その・・・」

 しどろもどろ、とはこういうことを指すんだな。これじゃ私がいじめっこみたいだ。

 こんなんでよく仕事できるな、と半ば呆れて先を促す。

「僕は・・・その・・・」

 もじもじとあの、その、を繰り返されると少しずつイライラも溜まってくる。

 いかん・・・我慢の限界・・・。

「あの「あの!!」・・・は、はいっ」

 もう何回目かわからない、あの、に被せる様に、諒子は腹に力を入れて大きい声で遮った。

「あなたせっかく顔はいい男なんだから、もう少しはっきり聞こえるようにはきはきと言わないと女の子にモテないですよ!」

「はっ、はい!」

「・・・声、出るじゃないですか。いい男は内面から、です」

 諒子はにっこり笑って、うんうんと新崎に向かって満足気に頷く。

 が、直後に頭から足元まで血の気を引かせて青ざめた。

 ・・・やっちまった・・・。

 新人教育じゃないんだから、お見合い相手にまで何やってんの私は・・・。

「すいません・・・偉そうにお説教なんかしちゃって・・・」

 部長の顔に泥を塗るわけにもいかないので、ここは素直に謝っておこうと頭を下げた。

「い、いえ・・・いいんです。僕は・・・その、子供のときから女性と話をする事に酷く緊張してしまって・・・。

 お見合いも・・・もう何度も母が話を持ってくるのですが、うまく話せなくて・・・」

「ちなみに、今までおつきあいされた方とかいないんですか?あ、不躾ぶしつけな質問ですいません」

「・・・ない、です」

 新崎は落ち込むように肩を落として呟いた。

「じゃあ、慣れてないんだからこれから少しずつ慣れればいいんじゃないですかね?」

 会社には、こんなイケメンとお近づきになりたい女子なんてゴマンといるだろうし。

 諒子が発した他人に責任丸投げな発言でも、新崎はぱっと顔を上げて勢いよく頷いた。

「会社にいっぱいいますよね?お仕事されてる間も慣れるチャンスですよ。

 じゃあ、そろそろ戻りましょうか。」

 ばっさりと話をぶった切り、元来た道をすたすた戻る。

 慌てて新崎も後からついてきた。

 部長達の元へ戻ると、新崎夫人が袖を口元に当ててころころと笑っていた。

「護さん、楽しかった?」

「はい」

 新崎も今日一番の笑顔で応えている。

 こいつ、母親には普通なんじゃないか・・・マザコンか・・・残念仕様だが耐えられる女子もいるだろう。

 ホテルのロビーに出て、挨拶を交わし新崎親子は仲良く帰っていった。

「部長、貴重な体験をありがとうございました。後日、お断りのお電話お願いしますね」

 部長にそう言うと、残念そうな顔を向けられる。

「良い縁だと思うんだがなぁ。・・・少々気弱な青年なんだが・・・」

「私にはもったいない方ですから。これからはほっといても女子は勝手に近づいていきますよ」

 説教までかましたのだから、変わってくれないと困る。

 最後まで食い下がっていた部長も、喜美恵夫人に諭されてしぶしぶ帰っていった。

「はーっ、終わった終わった。さーて飲みにでも行こうかな」

 ホテルのエントランスではしたなく伸びをする。

 もう陽も傾いてきているし、居酒屋位は開いている時間だろう。

 やっぱり慣れない事はするもんじゃないな、と歩き出そうとすると。

「終わったか?」

 背後から突然声がかかった。

「あれ、俊樹。なんでいるの」

「そろそろ終わるかと思って来てみたが正解だったな。

 ほら、飲み行くんだろ。さっさと行くぞ」

 驚いている諒子に意地悪く笑いかけ、俊樹は勝手に歩き出した。

「あらあらあら~、俊樹君てば幼馴染みが先に結婚しちゃうかもって心配になっちゃったのかしら~?」

 にやにやしながら早歩きで追いついて、俊樹の隣に並ぶ。

「きっと向うから断ってくるわよ」

「まぁそうだな、諒子だし」

 俊樹がそう言い終わるのが早いか、無言でローキックをお見舞いしておいた。




 厄介事は終わったし、さぁまた仕事の日々が待ってるぞ。

 と、月曜日も恙無く仕事を終えて会社を出ると。

「あのっ・・・工藤さん。・・・ま、待ってました・・・」

 なんでお前がここにいる。

 お断りした筈の見合い相手が、会社の外で待ち構えていたのであった。







執筆ペースが遅くてすいません・・・

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