9.5日目。~護の恋愛事情~
「護さん。ちょっと座ってちょうだい」
またか・・・、とばれないように小さく溜息をつき、護は渋々ソファに腰をかける。
新崎家のリビング。リビングとは言っても、30畳以上もあると家具があっても広すぎて、すっきりしているというより寒々しい。
床暖房完備だから寒いわけがないのだが、雰囲気だけは今の護の心情もあってそう見えるのだ。
諒子との見合いで多少手ごたえがあったように見えたのか、母は次々に見合い話を持ってくる。
だが先方も僕の噂を聞いているのか、紹介者や親との付き合いで見合いはするものの、決まって断りの連絡が入るのだ。
やはり、と思ったときには目の前に見慣れた白い封筒が差し出された。
「私ももう最後の伝手を頼って見つけてきたお嬢さんなの。これで駄目だったらもう何も言わないわ・・・。
この方と会って頂戴」
母もいつになく真剣な眼差しで護を見つめる。
これで本当に最後ならば・・・、と護も不承不承頷くしかなかった。
部屋に戻り、封筒から釣り書きと写真を取り出す。
今までは諒子の顔がまだ鮮明に浮かび、写真を見てもどれもこれもぱっとせず、実際に会ってもお嬢様然としすぎていて物静かな印象しか与えない見合い相手達に辟易し尽していた。
今も手にしている印刷の中の笑顔、可愛らしい薄桃色の着物を身に着けたいかにもお嬢様です、と全身で体現しているような女性。
きっと今回も即断られて終わるんだろう、終わってほしい。
見合いなんかに時間を割くよりも、休みが取れれば諒子に会いに行きたい。
既に彼女が行ってしまってからの1年は、夏の休暇に一度しか会いに行けていない。
オーストラリアで一人頑張る諒子は、少し頬が痩せていて身体も以前よりほっそりとしていた。
しかし諒子は諒子らしく、護へのストレートな物言いや態度、笑顔は何一つとして変わっていなかった。
レストランにエスコートしようとして上手くいかずに、逆に彼女に引っ張られて入った大衆酒場でビールとフィッシュアンドチップスで乾杯・・・と、今では笑える思い出だ。
「諒子さんは、彼とは連絡を・・・?」
恐る恐る問いかけたが、諒子は頭を振って少し寂しそうに微笑んで言っていた。
「とってないよ。とらないしね、あ、ポテトウェッジ食べようよ。ここのチリソースおいしいんだよ」
と、最後には話をはぐらかしていたようにも見えた。
彼女は彼女なりに必死に彼を忘れようとしているのかもしれない。
強いと思っていた諒子の弱さを垣間見て、僕と変わらないのかもしれない、と初めて思った。
晴れた休日に、母と最後の見合いの場へと向かう。
相手の名は確か西園寺桜子さんといって、西園寺家は昔ときめいた藤原家の流れを汲んだ由緒ある家なのだそうだ。
彼女は21歳。現在は大学生だという。
写真を見る限り、黒髪で清楚な女性だった気がする。
顔はかわいいといえばかわいいが、一見地味すぎてなんとも言えなかった。
しかし、会った時に諒子とは違う衝撃を受けることになる。
「さっきからうじうじうじうじ・・・。男のくせに情けないわね!!」
母や相手の親御さんが僕の煮え切らない態度を見てフォローを入れてくれていた時の一言。
初対面でここまで言われたのは、後にも先にも彼女だけだ。
見た目は黙っていたら地味なお嬢様なのに、中身はとんでもなかったらしい。
後日、桜子が涙目ながらに謝罪しに会社にまで来てくれた。
見合いの後にご両親にこっぴどく怒られた、さすがに親の顔を目の前で潰す行いに反省していると肩をすくめて言う。
「いつも、思った途端に口から言葉が出ちゃうんです。
護さんも、こんな女の子嫌でしょ?遠慮なく断ってくれていいですから」
僕も大概だが彼女もまた、その中身が原因で見合いの席を設けるまでもなく断られてしまうのだそうだ。そんな彼女を面白いと思ってしまった。
気が付くと桜子と連絡先を交換し、月に一度か二度ほど会うようになった。
年若い彼女に合わせるような場所で会うとなると、気取ったレストランやバーではなく何度かしか足を踏み入れたことがないファーストフードや雑貨も売っているカフェだったりと、なにかと新鮮な体験をさせられている。
勿論、諒子のことは一時も忘れていない。
桜子にも話をしたことがある。すると、
「そんなに素敵な女性ならあたしも会ってみたかったなぁ。
そこまでさっぱりとした性格なら友達になれそう」
と笑って言っていたのに、僕はなぜかもやもやしてしまっていた。
この気持ちはなんだろう。
答えが出たのは、桜子が大学のサークルの飲み会の終わりに迎えに行った時の事だった。
桜子に絡む男が彼女の肩に手を回していた。
その手を咄嗟に掴みあげて。
「僕の婚約者に必要以上に触れないでもらいたい」
僕が。この僕が。
はっきりとそんなことを言えるなんて!
その瞬間、ああ、僕は桜子の事が好きなんだ、と自覚した。
その帰りに改めて気持ちを告げると、桜子は顔を真っ赤にして泣き出してしまった。
そんなに嫌だったのか、とおろおろしていると、
「嬉しい・・・!私も、護さんが好きです!」
桜子は僕に抱き付いてそう言ってくれた。
そこからは、母達の行動の早いこと早いこと。
結婚したいと母に告げた瞬間は諸手をあげて狂喜乱舞していたかと思うと、すぐ様電話に飛びついていた。
たぶん、西園寺家に電話しているのだろう。
僕も部屋に行き携帯を手にした。
あの人に報告するために。
「あ、いたいた。おーい」
カフェテリアで待ち合わせをしていたあの人が、既に席に座って手を振ってくれた。
「桜子ちゃんかわいい~!
おめでとうございます。お幸せにね!
・・・それにしてもわざわざ私なんかに会いに来るために新婚旅行をオーストラリアにしなくてもよかったのに。
もっと新婚旅行らしい国言えばよかったのよ、桜子ちゃんも」
「電話ではたくさん話したのに、会った事なかったから早く諒子さんに会いたくて。
旅行はこれからたくさん行けばいいからって、護さんが言ってくれて・・・」
「ひゅ~ひゅ~、熱い熱い。ここも十分暑いのに、二人のおかげでさらに暑いわ」
独身には目の毒ね~、などと諒子は冗談めいて二人をひやかす。
しばらく談笑していたが、諒子はまだこれから仕事が残っているのだ、と申し訳なさそうに席を立つ。
「本当は観光案内でもしてあげたかったんだけど・・・って、二人には必要ないか。
桜子ちゃん、新崎さんをしっかり捕まえて離さないであげてね。
桜子ちゃんの方がしっかりしてるだろうから」
じゃあ、と颯爽と歩いていく諒子の後ろ姿を二人で見えなくなるまで見送った。
それ以来、諒子とは友好な関係でずっと続くことになる。
桜子が諒子を大変気に入り、姉のように慕っていることも理由の一つだ。
しばらくは、諒子が一人になってしまっているのではないか、と僕も桜子も気にしていたというのが一番の理由だったのだが。
まさかあの俊樹が諒子以外の女性とできちゃった結婚をするとは思わなかった。
偶然、街中で俊樹とその奥さんとなった女性と会ったことがあったが、どこか違和感のある二人だったことが気がかりだ。
諒子にも連絡をしてみたが、軽い口調であっけらかんと、
「あ、連絡きたよ。結婚式は行けないけどおめでとうって言ったんだけど。
あ、やっぱりお式行った方が良かったのかな」
と言っていた。
心配していたが、彼女は平気そうだった。
いや、本当に?
あれだけ僕や俊樹が惚れぬいていた彼女は未だ一人じゃないか。
僕が言えたことではないが、俊樹は諒子を待ち続けるものだと思っていた。
あいつの結婚式にも呼ばれて一応出席はしたが、新婦の友人達にも品がなく男漁りをしているような女性ばかりでうんざりした。
もう、関係を断とうと思っている。
桜子も僕の話を聞いていて、憤怒の表情で家の中で騒いでいたっけ。
「絶対それ騙されたのよ!
でも、諒子さんがそんな人と一緒にならなくて良かったわ!
もっと諒子さんに合うようないい人はいっぱいいるもの」
君はいつの間にそんなに諒子崇拝者になったのか・・・。
それにしても、僕がこうやって幸せになれたのは諒子のおかげだ。
彼女の幸せを祈ることしかできなくはなったのだが、いい人がいたら紹介してあげて欲しいと桜子にも言われているし、母のように多少お節介をしてもいいのかもしれない。
彼はそうして、将来自分の母と同じ様に彼に任せたら絶対結婚できる仲人と評判の会社社長になるのであった。
時は戻る。
「あ~、醤油っぽい匂いがする~。懐かしき日本!!」
「恥ずかしいからやめれ。ほら、行くぞ」
空港内で深呼吸をする彼女に一発手刀をお見舞いしてから、男はつかつかと歩き始める。
「契約うまく行ったんだから忘れてないですよね?高級料亭」
「あ~、なんだったかな?俺も最近歳かな耳が遠くて」
「そんなこと言うなら私やっぱり帰ります」
くるり、と方向を180度変えて歩き出す彼女の手首を捕まえて、
「逃がすか。それに帰るってお前は日本人だろう。
帰るのはこの国だ。諦めろ、俺から逃げられるなんてそうそう思うなよ。
まだ理解らないなら「鬼畜な発言は公衆の場で不適切です」・・・・・・・・ちっ」
二人で喧々囂々と空港内を歩く姿は、見た目もあるが主に違う意味で周囲の人間の目を引きかなり目立っていたのだった。
皆様あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いしてします。
年末、年始は忙しく(主に呑ん・・・自主規制)待っていて下さった方・・・いないかもだけど・・・には大変申し訳なく思います。
今月はバリバリ書くぞ!!って自分でハードル上げちゃっていいのかわかりませんが・・・。
またおつきあいいただけると幸いです。
また、ご意見ご感想お待ちしております。
よろしく~ねっ!(ト〇ック連日見たせいか・・・感化され気味)




