9日目。
仕事があるというのは大変喜ばしいものだ、とふと仕事の手を休めてこっそりと息を吐く。
千果や代田課長に根をつめすぎではないのか、と心配される程仕事にのめり込む諒子。
何もしないほうがかえって余計なことを考えてしまうことを一人の部屋で散々思い知らされた結果が、仕事に打ち込むことになっているだけなのだが。
「工藤、引継ぎは終わったのか?」
「はい、共有フォルダにも各自マニュアルは作成しておいたので問題はないと思います」
きびきびとした態度で代田の問いに答えた諒子は、空いた時間を使ってデスクの整理を始めていた。
若い女子のように引き出しにお菓子や化粧品などの私物は一切入れていないのに、どうしてこうも整理するものが多いのか、と辟易しつつ、溜まった今までの資料をいるものといらないものに仕分ける。
残しておいていいものは、千果にでも参考資料として渡そう。
いらないものは一応社外秘の為シュレッダー行きだ。
「先輩と会えないなんて、会社での楽しみが減っちゃいます~」
分けた参考資料を千果にあげた時、彼女は残念そうに肩を落としていた。
「よかったら夏季休暇にでも遊びに来てね。私の部屋に泊まれば旅費は安く済むでしょ?」
「やった~、本当に行きますからね~」
などと挨拶を交わし、送別会を最後に皆と別れた。
みんなから餞別に、と貰った品々を手にしてとっておいたビジネスホテルに帰る。
部屋はもう解約済で、いらない家電は知人に譲ったり実家に持って行ったりして処分し、他の荷物も同様に実家の自分の部屋にダンボールのまま詰め込んだ。
必要なものは後から母に頼んで送ってもらう手筈になっている。
だいぶ身軽になったな、とスーツケースを見る。
餞別にもらった品は3つ。
きれいに包装されたそれを剥がし、出てきた長方形で薄い造りの箱をおもむろに開けた。
「千果ちゃんらしい・・・」
中にはメッセージとともに真っ黒な際どいデザインのビキニ。
「なになに・・・『せっかくの海外なんでこれで現地のイケメンをゲットしてくださいね』・・・
」
ビキニのトップスを持ち上げ胸に当てると、三角地帯が小さい。
無言でたたみ、スーツケースにぽいっと入れた。
「えーと、次は・・・」
小さいが多少重みのある箱だ。
がさごそと開けて中身を取り出すと。
「『みんなのアイドル、代田課長を絶対にオーストラリア美人なんかに渡さないように頑張ってください』・・・代田課長のファンより・・・」
中身は美容器具、顔をころころとローラーでマッサージするというあれ。
これまた無言でスーツケースへ。
ありがたく自分の為に使わせていただきます、はい。
最後の箱を開けると、バラバラバラっとなにかが箱から溢れ出して床に落ちた。
どうやら手紙のようだ。
「みんなメッセージでも書いてくれたのかな?」
封筒はざっと見ても20通ほどありそうだ。
何通か裏返してみると、知らない他部署の人の名前が書いてあった。
「千果ちゃんが集めたのかしら・・・?
どこまで声をかけたのかわからないけど」
向うに着いて落ち着いたら読もうと、まとめてこれまたぎゅうぎゅうのスーツケースに無理矢理押し込んだ。
空港内はビジネスマンや家族連れで平日の昼間だというのに結構騒がしい。
搭乗手続きを早々に済ませ、ガラス越しに滑走路を眺めていた。
「ああ・・・これで日本とも当分お別れか・・・」
物悲しい気分が胸にこみ上げてくる。
「ああ・・・さようなら・・・。
日本食・・・」
今やオーストラリアにだって日本の食材は売っているだろうが、売値は日本よりも俄然高いだろうし、揃えたところで自炊するなら向うの食材に合わせたものの方が安上がりだ。
たまにはこっちに帰ってくるだろうし、それまで純和食は諦め・・・。
だめだ諦めきれない、やはり時間があるならば最後に和食を食していこう。
くるり、と和食屋を目指して方向転換した時、少し離れた位置で誰かを焦って探す二人の男が目に入った。
「俊樹、と・・・新崎さん?」
訝しげに諒子が呟くと、二人はこちらを見つけてほっとしたように駆けてきた。
「諒!」
「諒子さん!」
大声で人の名前を呼ばないで欲しい。
「どうしたの?二人とも・・・あ、見送りにきてくれたの?」
へらっと笑みを作り、ありがとうと頭を下げる。
「違うんです、いやその。見送りもあるっていうか・・・。
僕・・・僕、振られてもまだ諒子さんのこと、好きですから!!」
「・・・は?」
新崎は顔を赤くして、必死に言葉を紡ぎ出そうと焦っている。
「諒子さんが帰ってくるまで結婚しないで待ってますから!
あ、会いにも行きます!」
・・・・・・・・・。
「いやあの新崎さん、あの話はお断りしましたよね?」
「はい、で、でも。まだ知り合ったばかりですし・・・。
振るならもっと僕の事知ってからまた振ってください!!
モ、モテない男になれる様努力しますから!」
なんでそうなった!?
諒子は遠い目をして明後日の方向に目線を向ける。
「なんでそうまでして私なんですかね・・・」
「・・・お前もう振られてるんだから帰れ。
諒、どうしても行くのか?」
俊樹は新崎を横に押しやり、諒子の前に立つ。
好きな気持ちはまだ残っているけれど、私はこれから側には居られないのだ。
今更虫のいいことを言って待たせるなんて事はしてはいけない。
「・・・行く。決めたことだから」
真剣な顔で俊樹を見上げると、はー、と重く長い溜息を吐き、彼は諒子を見つめ直した。
「5年だ」
「なにそれ?」
俊樹が手を開いて諒子に突き出す。
「あと5年だけ待っててやる。おばさんになって嫁の貰い手がなかったら帰って来い」
「・・・その頃にはあんたも立派なおじさんね。
二人とも、ありがとう。
気持ちは十分わかったから。
でも、待たなくていいからね、いい人が居たら・・・」
そこでちょうどチャイム音がして搭乗案内アナウンスが流れた。
「時間ね。
二人ともここまで来てくれてありがとう。
じゃあ・・・」
「いってこい」
「行ってらっしゃい」
諒子は歩き出した足を止め、
「行ってきます!」
と元気良く応えて今度は振り返らずに歩き出した。
「あ、あの人なんですか!?」
検査場へと向かう諒子は一度止まり、知人を見つけたのか挨拶しているようだ。
それを見つめている俊樹と新崎。
そこそこ長身のビジネスマン風の男は、あろうことか諒子の背に手を回して二人を肩越しにちらりと見やる。
諒子もその手を嫌がらずに、そのまま通路の先へと消えていった。
俊樹も新崎も新たなライバルの登場かと、言いようのない焦燥感と不安を抱えて消えた二人がいた空間をいつまでも見つめ続けていたのだった。
週1投稿を基本に頑張ってきたのに・・・。
遅れてすいませんでした。(待っていてくださる方がいるかはわからないんですが・・・)
これから年末に向け、ちょっと忙しくなるのでこのまま更新ペースが落ちる可能性があります。
来月は投稿ペース上げよう期間を設けてますので(単に暇になるだけ)お気に入りを消さないで居てくださると嬉しいです。
ご感想おまちしております。
ご指摘等も・・・どんとこい(笑)




