7日目。
「・・・い。
・・・ん・・・い?
先輩!!」
はっ、と横を見れば、千果が心配そうに諒子を窺っている。
あれ、今何時だ?
午後イチまでで仕上げなきゃいけない資料2つと、取引先への連絡はどうしたんだっけ・・・。
「先輩、やっぱり具合悪いんじゃないんですか~?
なにかに憑りつかれたように仕事してましたけどぉ~」
千果に目を向けると、自分がやっていた筈の資料2つと何かが書かれたメモを手にしている。
「千果ちゃん、その資料・・・」
「これですかぁ?先輩が仕上げて部長に提出したら、コピー頼まれまして~。
あと、先輩が席外してる時にY社さんから折り返し連絡ありましたよ~。
あとは~、明日明後日期限のものも部長に渡しました~」
なんということだ。いつの間にか今日期限の仕事どころか、先のものまでやってしまったのか。
「・・・ありがと。
私・・・やったのよね?」
と、おそるおそる千果に聞くと、怪訝な表情で諒子の額に手を当て始めたのだった。
就業後、仕事がないなら定時であがろうと帰り支度をしていると、デスクに置いておいたスマホがヴヴヴ、と振動する。
短い時間で止んだことでメールが来たのか、とスマホとバッグを持ち、まだ残っている同僚達にお疲れ様と声をかけてフロアを出る。
歩きながらメールを開くと、差出人には新崎とあった。
「・・・あ」
最近、色々あって返事をするのをすっかり忘れていた。
マメなメールも数が減ってきていたせいか、存在さえも忘れていたようだ。
メールには、今日これから時間があったら会ってもらえないか、との内容だった。
「また相談か何かかな・・・。
ちょっと面倒だけど・・・」
部長の繋がりを考えると無碍にも出来ないか、と了承の返事をして会社を出た。
待ち合わせは見合いで初めて新崎と会ったホテルのラウンジ。
新崎はもう座っていて、何か神妙な顔つきでガラス越しの外を眺めていた。
「すいません、お待たせしまして」
「あ、こんばんは・・・お呼びだてして、すいません」
あれっ。離し方が変わってる・・・?
「もう、どもらなくなったんですね。
女性と話してももう大丈夫そうですね」
なんだか成長した生徒を見ている気分だ。
諒子は朗らかに笑う。
「はい・・・工藤さんの、おかげです。
落ち着いて話す様に練習、してきました」
「じゃあ、次のお見合いこそは成功しそうですね。
あ、もしかしてそれをご報告に・・・?
気にしないでもよかったのに」
新崎は、いえ、と首を左右に振る。
「あの、とりあえず食事しに行きませんか?
・・・席をリザーブしてますので」
「?
はあ」
まだ神妙な顔のままの新崎に、諒子は流されるままに席を立った。
ホテル内のフレンチレストランは、先日行った料亭とは打って変わりまさに洋、といった内装とインテリアでこだわりが窺える。
リザーブされていたのは、奥の個室。
他の席をちらり、と見やると、カップルや夫婦らしき人たちが個室を使っているらしい。
記念日かな、私には記念日なんて無縁だけどさ。
「・・・肉と魚はどちらがいいですか?」
「じゃあ魚で」
と新崎からの問いに応えると、新崎はウェイターに2人とも魚のコースで後はお任せ、と伝えた。
さすがおぼっちゃんはスマートにできるものだなぁ、と少し感心する。
大人になってから10年以上も生きていればこういう場にも気後れする事はなくなったが、さすがに普段から慣れている人は違うものだ。
他愛もない食事も進み、デザートの洋ナシのタルトを頬張っている時に、新崎は意を決したかのごとく顔をまっすぐ諒子に向けた。
「あの、工藤さん」
口調は直っても、あの、は抜けないのね・・・。
でも凄い進歩だわ。
「はい?なんでしょう」
「最近、メールをしてもお返しいただけなかった時に・・・。
僕は自分が情けない男だから、連絡をしていただけないのだ、と落ち込みました・・・」
「すいません・・・ちょっと色々ありまして・・・」
「・・・いえ。
・・・でも、それを期に変わろうと思いました。
隣に並んでも恥ずかしくない大人の男になろう、と。
工藤さんのおかげで、多少は女性と話すことも慣れてきました」
きっと、だいぶ努力したんだろうな。
きちんと落ちついて話しているし、今までのもじもじした姿も全く見えない。
「じゃあ私との練習もおしまいですね。
もっと綺麗で素敵な女性はいっぱいいますから、これからですよ。
その未来の奥さん候補が気に病むといけないでしょうから、今日をもってこの関係は終わりにしましょうね」
諒子は朗らかに笑って、コーヒーを飲む。
「・・・嫌です!!」
「はい?」
何故否定されたのか意味が分からず、諒子は首を傾げた。
「工藤さんと会わない間に、母が持ってきた見合いは5件。
会社でも、色々女性と話せるようになったのが20人」
・・・こいつ、ハーレムでも作りたいのか・・・。
呆れた表情の諒子を気にも留めず、新崎は先を続ける。
「・・・でも、誰も。僕を僕として見ない。
見ているのは、資産と車と肩書き・・・。
貴方だけなんです、工藤さん。
貴方だけが『僕』を見てくれる」
一旦言葉を切り、深呼吸して新崎は口を開く。
「僕は、やはり貴方がいいんです。
・・・工藤諒子さん、僕と結婚、していただけませんか?」
「駄目だ」
「そっか・・・。駄目ですか・・・って、ええ?
あ、貴方誰ですか・・・?」
多分、一世一代のプロポーズを即答で断ったのは低いテノール。
諒子が思わず個室の入口を見ると、幼馴染みがいつもの不機嫌顔で壁にもたれて立っていた。
「お前の声がすると思って来てみれば・・・」
はあ、と深い息を吐いて入ってくる俊樹。
「なんであんたがここにいるのよ!?」
「仕事の付き合い」
短く応えた俊樹は、新崎の方に顔を向ける。
「こいつは、俺のものになる予定なんだ。
他を当たってもらおうか」
どうしよう、俊樹が全くの悪役にしか見えないわ・・・。
「ちょっと、俊樹!私まだ何も言ってないでしょ!!
あ、新崎さん、この人は幼馴染みで・・・」
「だからこそこいつのことは誰よりも知ってるんだ。
素直に引いてもらおうか?」
気弱な本質の新崎は、きっと俊樹に完膚なきまでに言い負かされてまた自信を失くしてしまう。
喧々囂々と言い合いしている諒子と俊樹に、新崎は小さくもはっきりと言った。
「・・・僕も、引けません。
工藤さんにはっきりとお返事をいただくまでは」
2人の視線が諒子に向く。
なんで、2人してこっちを向くの!?
「え・・・・?今?」
さっさと俺を選ぶと言え、と言いたそうな俊樹。
プロポーズの返事を・・・、と半分は弱気な面を見せる新崎。
「あ・・・えと・・・」
諒子はぐるぐると思考を駆け巡らせ、必死に考える。
まさか、ここで2択を迫られるとは思いもしなかった・・・。
ええと、俊樹か新崎さんか・・・?
なんで2人の内で決めないといけないの?
どちらも断るっていうのも・・・。
いや、新崎さんには言葉を選んで言わないと弱気に逆戻りなんじゃ・・・。
俊樹もあんなにはっきりと告白してくれたのにごめんなさいの一言じゃあれだし・・・。
ああでも私も30過ぎてるし、結婚願望だってないわけじゃないし・・・。
「ご・・・ごめんなさい・・・」
バッグを持ち、後ずさる。
「今は無理~~~~!」
一目散にレストランから逃げる諒子。
結局、駆け巡りすぎた思考は答えがでなかったらしい。
残された男達は、呆気にとられて呆然としていた。
「・・・ちっ、逃げたな」
「・・・工藤さん・・・」
なに?なんなの?
私、モテてるんだろうけど・・・。
「嬉しくない・・・」
モテるってこんなに疲れるんだ・・・。
疲労困憊しながらも、やっと自宅に到着する。
リビングのソファに倒れこむ。
「どうしよ・・・」
その時、ピロリン、とスマホが音を立てた事で、目に見えて肩をびくつかせ驚く。
「なんだ・・・。メールか」
メールは2通来ていた。
一つは新崎から。
Sub:また今度
お返事を聞かせてください。
いつまでも待ってます。 新崎
・・・なんだか、乙女な感じがするのは私だけだろうか。
もう一つを開く。
Sub:
あとで覚えてろよ 俊樹
「あんたはチンピラか」
もう2人に返事をするのは今日はやめだ。
こういう日はあれよ。
あっつ~い風呂に入って、さっさと寝るべきだ。
「うん、そうしよう」
諒子はビール缶を冷蔵庫から出し、そのままバスルームへと入っていった。
こんにちは、英です。
お付き合いくださっている皆様にはいつも感謝しております。
お気に入り数が増えてる・・・っ(喜
評価数も上がってる・・・っ(涙
面白くもなんともない話になってきてるかもしれませんが、頑張って完了させますので・・・何卒ご贔屓の程・・・。




