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yesterday ~過ぎし日の青春は塩辛い7~

 散々カラオケで歌い続けて発散した悲しさと鬱憤と憤り。

 俊樹はぐったりしつつも頭をぽんぽん、と撫でて来て。

「とりあえず気は済んだか」

 と、優しく笑いかけてきた。

 俊樹といるとだいぶ損しているだけな気もしないではないが、自分の事をここまでわかっているのも俊樹しかいない。

 きっと、一人だったらまだうじうじ悩んで沈んで泣いていたことだろう。

「ありがとね。

 ・・・もう、大丈夫」

 にっかりと大きな笑みで感謝の意を表した。



 諒子はもう落ち着いたというのに、学校ではちらほらと噂が立ち始めていた。

「・・・工藤さん、木村君と別れたって・・・」

「えーっ・・・じゃあ、チャンスじゃん。告白しちゃいなよ~。工藤さんが付き合えたんだからOK貰えるって・・・」

 全く失礼な。

 諒子は廊下の端から聞こえる女子達のひそひそ話に辟易しながら、聞こえない振りを貫きそのまま廊下をつかつかと歩く。

「全く、女ってのはいや~ね~。

 今時、飽きっぽい女子高生の間じゃ噂なんて75日も続かないよ~」

 加南子がへらっと笑って諒子に気を遣ってくる。

 あれから数週間。

 貴也と一緒に過ごさない諒子を女子達は別れたものだと判断したらしい。

 そして、見目で劣る諒子が必然的に振られたのだと勝手に解釈もしている。

 それは事実だからいいものの、あることないこと噂を立ててこそこそと騒ぎ立てることには諒子もあまりいい思いをするはずもなく。

「そうね・・・気にしてないわ」

 諒子も米神辺りに青筋を浮かべながらも、加南子に笑いかけた。

 その日の帰りに俊樹と一緒に帰っている途中、しばらく歩いてもうすぐ自宅につこうという頃。

 諒子の足がぴた、と突如止まった。

「・・・諒?」

 隣にいたはずの諒子が消えたことに訝しんで振り返る俊樹。

 諒子の目線を追い、二人の先を見やる。

「・・・詩織、さん」

 彼女はこちらを見て深々とお辞儀をした。


「ご、ごめんなさい・・・突然」

 公園のベンチに座り、既に泣きそうな顔で俯いて小さい声で謝る彼女。

 俊樹には自販機までコーヒーを買いに行かせている。

「・・・いえ。あそこで待っていたってことは、お話があるんです、よね?」

 諒子は発散させたはずの傷がズクズクと疼くのを腹に力を入れて堪える。

 表面上は持ち直していたが、やはり心に根付いた傷は早々治るものではない。

「貴也のことで・・・。

 実は、あの子が工藤さんにとても酷いことをしている事を、工藤さんが家に来たときに聞いてました・・・。

 貴ちゃんに問い詰めたら、工藤さんを騙して上原君に報復しようとしていたって・・・ごめんなさい。

 謝って済むことではないのはわかってます・・・。

 でも、私がそもそもの原因なんです・・・」

 ぽたっと握り締めた手の甲に涙を落とし、詩織は諒子に頭を下げる。

「・・・詩織さんが謝るのは、筋違いです。

 そして私にとって、その謝罪を受け入れることは・・・まだできません。

 詩織さんが原因だとしても、実際に私を騙したのは貴・・・木村君ですから。

 本人の謝罪ならとりあえず聞きます。

 ・・・詩織さんが原因っていうのは、俊樹のことですよね?」

 諒子のきっぱりとした物言いに、詩織は気付かされたように顔を上げる。

 泣いて鼻が赤くなっても美人は美人なんだな、と同じ女として心の隅で少し悔しく思う。

「そう、みたいなんです・・・。

 以前、少しだけお付き合いしていて、でも私はその時はもう貴ちゃんが好きでした・・・。

 血は繋がらないけれど弟ですし、諦めようとしていた頃に上原君と委員会で仲良くなって・・・」

 すっ、と無言でコーヒーを差し出される。

 俊樹がいつの間にか戻ってきていた。

 諒子にはいつもの微糖コーヒー、詩織にはミルクティー。

 彼女の好みを覚えていたのだろう。

 そのさりげなさに、女子に勘違いをさせる要因はそこかとコーヒーを受け取りながら思う。

 詩織はありがとう、と素直に受け取っていた。

「上原君とは、私が貴ちゃんへの思いを諦めきれずにいるのを指摘されて・・・上原君にも申し訳なくて、別れることにしたんです。

 ・・・それからしばらく悩んだり、泣いたりしてちょっと塞ぎ込んでた時期があって。

 貴ちゃんは、そんな私を見て・・・上原君に振られたからだと、噂を信じ込んでしまったようで・・・」

 だから何も言えなかった私のせいなんです、と詩織は嗚咽を漏らしだした。

「・・・今は?」

 俊樹が、口を徐に開く。

「今は、あいつと居られて幸せなのか?」

「・・・はい」

 詩織は真剣な顔で頷く。

「・・・その幸せの下に、こいつの犠牲があったことを忘れるなよ。

 二人がどうしようが俺には全く知ったこっちゃないが、親に反対されただなんだで簡単に別れるようなことがあったら・・・。

 今度は、お前も許さないからな」

「俊樹・・・」

 諒子は俊樹の優しさに、疼いていた傷が静まり胸にじんとした温かさを感じた。

「はい・・・。本当に、ごめんなさい工藤さん・・・。

 貴ちゃんにも言ったのだけれど、合わせる顔がないって・・・。

 いつか絶対に二人で謝りに行くから・・・」

「・・・じゃあ、それまで木村君を許さないことにします。

 詩織さん、木村君に伝えて下さい。

 ・・・詩織さんのこと離すようなことがあったら、私が一発殴りに行くぞ、って」

 にっこりと笑って、詩織に晴れ晴れとした顔を見せると、彼女は泣き笑いの表情を作り、

「ありがとう」

 と、綺麗に笑ったのだった。



 詩織が帰り、まだ公園のブランコに乗ってぷらぷらと足を前後に揺らしていると。

「・・・あんなんでよかったのか?

 お前は本当にお人好しだな」

「・・・それ、加南にも言われてる。

 いいの、あんなにお互いを思ってる二人に仕返ししてやろうなんて、馬鹿らしくてやってられないから」

 勢い良く漕ぎ出したブランコから、高い地点で手を離し前方に跳ぶ。

 キイキイ、と乗る者が居なくなったブランコは弧を描いてまだ揺れる。

「そのうち、いい女になって貴也が謝ってきた時にびっくりさせるんだから。

 こんなに、いい女騙してたのか~って」

 俊樹の方を振り返りそう言うと、

「・・・外見はアレだが、中身は少しはいい女なんじゃないか?」

 という答えが返ってきた。

「ちょっと、一言余計!

 褒めたいのか貶したいのか・・・。

 ま、今回の事で俊樹には大きな貸し作ったんだから後で利息付で返してよね」

 諒子はぷいっと顔を横に向けると、帰ろうよ、と歩き出す。

 俊樹も後から追いついてきて、「カラオケつきあってやっただろ」と文句を言うのだった。




 受験シーズンなどと嫌な季節名を誰がつけたんだ、と田中が頭を抱え喚いている。

 あっという間に木枯らしが吹き雪もちらほらと舞い、教室内は帰りに遊びに行こうという放課後の誘いの話も聞かなくなった。

「みんなカリカリしてきたね~」

 のんびりとチョコレートを食べながら必死に勉強するクラスメイトを眺める加南子。

「センター試験思ったより成績よくなかったみたいだよ、みんな」

 そのチョコレートを一欠片貰った諒子が、それを口に放り込む。

「田中も余裕だったんでしょ?なんで頭抱えてるの?」

「あの幸佑バカはみんな遊びにのってくれないってアホなこと言ってんのよ~」

 入試直前でそんなことに悩んでいるのは田中くらいのものだろうな、と諒子は苦笑する。

「俊は結局どこ受けるの?」

 加南子はほれ、とチョコレートを俊樹に差出す。

「T大と国立」

 その途端、ざわり、と教室内にどよめきが起きる。

 --・・・上原、やっぱりT大狙ってたんだ?

 --おお、さすが学年トップ・・・

 そんなどよめきも全く気にしない俊樹は、加南子に手で制してチョコレートを断った。

「加南はO大1本狙い?」

「うん~、無駄にお金かけたくないし~。間違っても受かるから」

 世の受験生に喧嘩を売っているようなもんである。

 O大といえば、6大学に並び偏差値が高く入った後も研究やレポート三昧なハードな大学として有名なのだ。

 それを間違っても受かる、とは大きく出たなあ、と諒子は感心する。

「諒は~?さっき先生に呼び出されてたじゃん~」

「ん・・・推薦の話」

「・・・推薦?」

 俊樹が本から顔を上げる。

「お前、どこ行くんだ」

「あれ、俊知らないの~?諒は県外の大学に推薦で行くんだよ~。

 諒なら合格同然って先生もバンザイしてた~」

 諒子はあちゃ~、と顔半分を右手で覆った。

 まだ俊樹には伝えていなかったのだ。

 なんとなく言うタイミングを逃していたのもあるが、高校まで同じ学校に通い、その上大学まで被ることはないだろう、と敢えて言わずにいたというのもある。

 それに貴也との一件以来、幼馴染だからと必要以上に甘えたり一緒に居たりする事をそれとなく控えてきた。

 このまま一緒に居たら、他人に無意識に甘えることに慣れすぎてしまいそうで、それを律しようと諒子は自分に厳しくさせていたつもりだ。

「・・・諒、ちょっと来い」

 問答無用で久しぶりに不機嫌な俊樹の手に引かれて、中庭の温室に来た。

 冬なのにここはほのかに暖かい。だからこそ、俊樹もここを選んだのだろう。

「お前、俺に何も言わないつもりだったのか?」

「大学の事?」

 分かってるなら聞くな、と俊樹の顔が表情で語る。

「なんとなく言いそびれちゃって・・・。あは」

 頭をかき、ごまかし笑いで切り抜けようとするが相手が悪かった。

「地元にいたくないんだろ」

 どきん。

「まだ、あいつらを見るのは辛いからじゃないのか」

 どきん。

「・・・それと、俺も、だな」

 ・・・どうしてこうも言い当てられてしまうのか。

 そう、県外に逃げたかった。

 高校にいる間はどこにも逃げる場所なんてなかった。

 本当は、まだあの二人を見るのも辛かった。

 いつだったか、加南子と二人で買物に出かけたときに貴也を見てしまった。

 傷はとっくに癒えたはずなのに、身体が見ることを拒否している。

 固まってしまう身体と思考に、まだ時間が足らないのかもしれない、と思った。

 それに、俊樹の存在。

 彼と家が隣同士な以上、通える範囲の大学ではまたなんだかんだと一緒にいる事になるのは目に見えている。

 実は、俊樹の顔を見ていても詩織さんの泣き顔が浮かび、たまに嫌になってしまうときもあった。

 だから、一度全部から離れてみようか、大学の4年間は十分な時間じゃないか、と思い至った。

「・・・戻って、くるのか?」

「わからない。けど、何年経ったって・・・あんたは私の幼馴染みなことに変わりはないでしょ?」

「・・・俺は・・・・・・。

 いや、帰ったらにしておこう。

 ・・・4年もあるんだ、いい女に成長して来なかったら・・・もう立ち直ることもできないほど扱き下ろしてやろう」

 俊樹は鼻でせせら笑って諒子を見つめた。

「・・・ぐ・・・っ。

 ・・・あんたもね、もう不毛な恋愛してんじゃないわよ。

 もうこれ以上とばっちりはたくさん」

 ふん、と笑い返し、諒子は俊樹の肩に軽くパンチをする。

 その後、諒子は県外の大学へ、俊樹はT大医学部へ、加南子はO大に田中はなんとか美容専門学校へと進学した。

 加南子とはメールや電話で連絡をまめにとっていたが、俊樹とは一切連絡をとることはしなくなった。

 携帯のアドレスにはそのまま電話番号とメールアドレスは残してはいるけれど、幼馴染みなんて離れてしまえば、只の他人。

 お互い違う土地へ就職なりしてしまえば、実家に近寄る以外は会う事もないだろう。

 少し寂しさを抱えながらも、それも仕方ない事かと日々に追われる忙しさでだんだんとその思いも薄れていった。

 そうそう、大学も2年目に入って加南子との電話で一大発表をされた。

 なんと田中に告白されて、つきあうことになったらしい。

 しかも一足飛びでプロポーズもされた、と珍しくうろたえていていつもの加南子らしくなくて笑ってしまった。

 田中もやるもんだなぁ、と感心して経緯を聞くと、田中は高校を卒業して離れた生活を送るようになってからやっと自分の想いに気がついたとのこと。

 さらに加南子がO大内でモテているらしいと噂をききつけ焦ったのだとか。

 結婚式にはぜひ呼んでね、と言ったら、早すぎるっ、と突っ込み返されてしまった。

 俊樹のことは敢えて聞かなかった。

 加南子も分かっているのか、口に出す事はなかった。

 私も色々あった。

 もう騙される事はないけど、合コンに駆り出されてなしくずしに付き合ってみたり。

 浮気性だった男のせいで、彼といるときにもう一人の彼女が乗り込んできたり。

 そいつとは一発見舞わせて別れ、別の男とも付き合ってみた。

 あの頃のような、ときめく気持ちが湧いてこなくなっている自分に苦笑する。

 結局、就職活動を言い訳にその人とも自然消滅という形で別れた。

 それなりに男性とのお付き合いも経験して、大学も卒業する時期になり。

「諒子、就職先は決まってるの?」

 と母に電話越しで聞かれ、

「うん。内定貰ったからそのまま引っ越す。そっちに荷物もあるから一度は帰るわ」

 と返しておいた。

 私は、4年間で変われたのだろうか。

 逃げただけだったのかもしれない。

 だから4年前、俊樹にいい女になってこいと言われていたのは覚えているが、今はまだ会う勇気も自信もなかった。


 そして、今に至る。





過去編終了しました。

7話分も続くとは思いもしませんでした。

もう少し、簡潔にわかりやすく文章を書ければと表現力のなさに撃沈中です。

感想お待ちしてます~。

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