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yesterday ~過ぎし日の青春は塩辛い6~

工藤家のリビング。

そこそこ品の良いナチュラルなイメージの木材家具で統一されたその部屋は、すっきりとしていて過ごしやすい環境に整えられている。

諒子は3人掛けのソファの端に座り、勝手知ったる隣人の手ずから入れたコーヒーを啜る。

何も言わずとも、コーヒーにはたっぷりミルクと砂糖が入っていた。

「落ち着いたか?」

「ぐずっ・・・うん・・・」

一通り泣きに泣いて涙も枯れた頃には、声の出しすぎで喉が痛くなっていた。

俊樹の肩は諒子の涙でじっとりと濡れている。

「なにがあった?」

ラグの上に直に座り、諒子を見上げる形で問いかける俊樹。

今日あったことを、ぽつり、ぽつりと話し出す。

「俊樹は、詩織さん・・・貴也のお姉さんと、付き合ってたんだね・・・隣なのに、知らなかった」

甘いコーヒーの揺れる波紋を見つめながら、そう言うと。

「・・・付き合ったのはたったの3ヶ月だけだからな。

向こうも本当に好きな奴がいることに気付いて、話し合って別れる事にした。

・・・まさか、弟が逆恨みしにくるとはな・・・」

ぶっきらぼうに横を向いた俊樹だったが、諒子が話す内容を聞いていくと徐々に憤怒の表情に変わり拳を握り締める。

「・・・俺のせいだ」

「・・・違うでしょ・・・。強いて言えば、皆悪いの」

違う人が好きなのに、付き合い始めてしまった俊樹と詩織。

詩織を好きすぎて、俊樹に報復しようとしていた貴也。

幼馴染みだからと、ずっと俊樹の隣にいるものだと甘えてしまった諒子。

人を好きになるって怖いな、と諒子は他人事のように自嘲した。

「お前は悪くないだろう、もっと俺に怒れ。殴ってもいい」

「・・・ふっ。ちょっと、いつものドSはどうしたのよ・・・。

あんたから殴っていいなんて言葉を聞くの、初めてだわ・・・」

思わず笑ってしまった諒子に、憮然とした顔で怒る俊樹。

「お前は巻き込まれただけだろうが」

諒子は突如真顔になり、俊樹を睨みつける。

「・・・じゃあさ。

ここで俊樹を怒れば、胸の痛みはなくなるの?

殴れば、貴也と過ごした数ヶ月は消えるの?

・・・ねえ。教えてよ・・・っ」

俊樹のシャツを掴み、力任せに引っ張る。

枯れたはずの涙がまたじわりと目尻に浮いてきた。

「・・・すまない」

「・・・もういい。今日は、一人にして。

・・・あと、貴也達になにかしようとか、絶対に思わないで。

関わりたくないから」

俊樹のシャツを離し顔を逸らしたまま低い声でそう言うと、俊樹は自分の家に帰っていった。

諒子は自分の部屋に入り、ベッドへ倒れこむ。

「く・・・っふっ・・・うう」

あのまま俊樹といたら恨んでしまいそうだったし、当たり散らし、本当に殴っていたことだろう。

気持ちの半分はそうしてやりたかった、と訴えている。

でも、俊樹と詩織は付き合って別れただけ。

貴也は詩織の為に行動しただけ。

じゃあ、私は?

「ほんと、とばっちりもいいとこよね・・・ばかみたい」

しゃがれた声で一人ごちる。

擦り過ぎて赤くなり、ひりひりと痛む目を閉じて静かに泣き続けた。




「・・・う。諒」

体を揺すられている感覚に、眠りに沈んでいた意識が急上昇する。

「んん・・・俊樹?」

掠れた声で応えると、俊樹は諒子の体を揺らしていた手をどけた。

「朝。・・・お前、今日は休めよ。

その顔じゃ行けそうもないしな」

「顔が悪いのは元からよ・・・悪かったわね」

憎まれ口を叩くと、心配そうにしていた俊樹の顔が少し緩む。

「そんな口が利けるなら多少元気はあるようだな。

飯、買ってきたから後で食えよ」

「・・・ありがと。

俊樹・・・本当に貴也には手を出したりしないでね」

学校で鉢合わせしたら、俊樹はきっと問答無用に殴るだろう。

小学校時代、諒子が転校生というだけで男子にからかわれた時に、俊樹は突如その男子に殴りかかった過去がある。

「お前はあいつの心配ばかりだな・・・わかった。帰りに、またくる」

「・・・うん」

ぱたん、と静かに諒子の部屋のドアが閉まると、諒子はふう、と溜息をつく。


階下に降り、洗面所で鏡を見ると本当に酷い顔だった。

泣き腫らした瞼に充血した目。

「ぶっさいく」

顔を冷水でばしゃばしゃと洗い、最後に水を手ですくって思いっきりひっかけた。

リビングに行くと、テーブルにはコンビニの袋が無造作に置いてあった。

「わざわざ行ってきてくれたんだ・・・」

諒子達の家から最寄のコンビニまでは歩いても10分はかかる。

学校の準備もあるだろうに、俊樹は朝早く買いに行って来てくれたのだ。

何を買ってきたのか、と袋から品物を出していく。

練乳クリームのパン、アップルパイ、明太子のおにぎり、チョコレートとビスケットのお菓子、コンソメ味のポテトチップス、ペットボトルのアイスカフェオレ・・・。

どれも、以前諒子が好きだと言ったものばかり。

「なにこれ」

最後に出したのは、小さいサイズのアイスノン。

目を冷やせということなのだろうか。

「ばーか。

こんなのでご機嫌とろうなんて・・・」

しかし、諒子の顔は自然と微笑んでいた。

俊樹の優しさに、硬くなっていた心が少しだけ和らいだ気がする。

アイスノンはしばらく冷凍庫で冷やす。

それが冷えるまでの代わりに冷たいタオルで目を冷やしつつ、菓子パンを少しつまみリビングでだらだらとテレビを流し見していると。

ピンポーン。

と、インターフォンが来客をつげる。

「・・・勧誘かな・・・」

壁付けのテレビモニターで確認すると、まだ午前中だというのに加南子の姿が映っているではないか。

すぐ様玄関を開けに走る。

ガチャっとドアを開けると、加南子が飛び込んできた。

力いっぱい抱きしめられる。

「諒・・・っ!!!」

「ちょ・・・加南、学校は・・・っ」

「そんなのサボってきた。もうっ、昨日のうちになんで言ってくれないの!!

絶対飛んできたのに!」

加南子の間延びした口調はどこへやら、焦って話す加南子。

きっと、俊樹に聞いたのであろう。

学校を早退してまで飛んできてくれた加南子に、諒子は抱きしめ返してお礼を言った。

「ありがと、加南。・・・上がって」

リビングに通すと、加南子はテーブルのコンビニ商品を見て口を開く。

「これ、俊が買ったのね?

・・・あいつめ、こんなんで済むと思うなよ・・・。

あ、これ一緒に食べようと思って」

コーヒーを淹れて、加南子の前に置く。

加南子は手に持っていたケーキの箱をその横に置いた。

ありがと。わ、ここのケーキ大好き。

・・・俊樹ね、朝にわざわざ買ってきてくれたみたい。

私の好きな物買って来るのが、あいつの昔からのご機嫌取りのやり方なのよ」

苦笑し、コンビニの袋にそれらをしまって横にどける。

「安心して。

諒が俊に何もしてないなんて言うから、あたしが一発殴ってやったから~」

いつもの口調に戻り、いただきます、とコーヒーを飲む。

「・・・大体、聞いたよ。

諒、貴也に何も言わないままで、悔しくないの?」

「・・・そりゃあ、ショックだったよ。

優しかったし、好きだって言ってくれたし。

それがいきなり豹変しちゃうんだもの」

諒子は自分のマグカップをテーブルに置き、俯いた。

「・・・でも、昨日一晩泣いて泣いて考えて、思ったの。

あぁ、私恋に恋しちゃってたのかなって」

「諒・・・」

加南子の心配そうな顔を見て、諒子は微笑んだ。

そして、自分の胸に手をあてる。

「失恋といえば失恋だし、だまされちゃったし、まだここ・・は痛いよ?

でも・・・貴也の本気の顔を見て、私、違うって思っちゃったの」

「違う?」

加南子はカップをテーブルに戻して鸚鵡返しに聞いてきた。

「そう。私、そこまで彼を好きだったかなって・・・。

そう気付いたら、貴也自体を好きだったのか疑問が沸いちゃって・・・さ。

貴也みたいに何が何でも手に入れたいって思う程じゃなかった」

「でも、あいつのやったことは許されないことだよ。

無関係な諒を騙して俊を陥れるなんて」

諒子はそうだね、とあいまいに笑い、

「でも、傷ついてる位にはちょっと好きになりかけてたんだよね。

ただ、騙されたこととあんな貴也を見ちゃったのが一番ショックだった、かな。

貴也は・・・恋愛慣れしてない単純な私をその気にさせるのなんて、ほんと簡単だったよね」

とまだ少しだけ痛む瞼を震わせる。

「諒・・・。

あんた、お人好し過ぎよ・・・」

「・・・だからって、加南が泣くことないじゃないの」

諒子は笑ってティッシュの箱を差し出した。

「これは諒がもう泣かないから、代わりに泣いてあげてるの!」

「はいはい。ありがとう、加南」

加南子の肩を抱き、ぽんぽんと背中を優しく叩く。

その後、泣き止んだ加南子と一緒にチャーハンを作って食べ、部屋でそのまま話をしたりしていると。

がちゃり、と部屋のドアが勝手に開かれる。

「あ、俊樹おか・・・・・・・・・・え、何その顔」

諒子は俊樹の顔を見るなり、目を真ん丸くさせて驚く。

俊樹の左頬には頬中を覆う大きな四角い絆創膏が貼られていた。

「言ったじゃない。一発殴っといたって~」

加奈子がけろっとして言い放った。

女子が殴ってそんなに腫れる!?

諒子は隣に座って俊樹の頬を見て爆笑している加南子の腕をちらりと盗み見していた。

「・・・こいつ、持ってた漢字辞書で殴ったんだ。しかも角で」

「腫れるだけで済んでよかったじゃな~い。

諒の心の痛みに比べたら蚊に刺されたようなもんでしょ~が」

珍しく反論しない俊樹は、黙って言われるがまま受け止めていた。

諒子へのせめてもの贖罪のつもりだろう。

「今日、会った・・・?」

恐る恐る俊樹に尋ねると、

「ああ。お前と約束したとおり、手は出さなかったから安心しろ。

・・・足だけにしておいた」

「ちょっと!?何もしないでって言ったじゃない!」

「今朝、お前が手は出すなって言ったんだろ」

俊樹はしれっとして、そっぽを向いてしまう。

彼は彼とて、幼馴染みを傷つけられて怒り心頭なのだろうがやってやり返されてではいつまでも終わらなくなってしまう。

諒子の心配はそこだった。

もう関わらないようにさえすればいいと思っていたのに。

がっくりとうなだれる諒子に、加南子がまぁまぁと背中を撫でてやる。

「朝のことでしょ~?

俊ってばさぁ~、般若みたいな顔して学校来たかと思ったら、あいつの教室に行くなりあいつごと机ふっ飛ばしてたよ~。蹴りで」

「蹴り・・・。大事になったんじゃないの・・・?」

「まだ早い時間だからそんなに見てる子いなかった~。

しかもあたしがちゃんとフォローしといたし~。

俊はあたしに感謝するべきだと思う~」

加南子がコーヒーカップを片手ににやりと笑う。

「ああ、大学模試の問題でいいか?

諒、俺にもコーヒー」

反省も全くなしに加南子と話し出す俊樹に、諒子は呆れた息を一つ吐いて階下へ降りていく。

二人の憤りに諒子の方が圧倒され、段々怒る気も失せてきてしまっていた。

アメリカンを好む俊樹の為に、コーヒーを淹れ2階へ上がる。

「はい、ちょっとは反省しなさいよ」

「そうだな、次は目撃者がいない時にやる」

「・・・バカね」

マグカップを俊樹に渡していると、加奈子が立ち上がった。

「じゃあ用心棒が帰ってきたし、あたしは帰るわ」

「加南・・・ありがとね。

一緒にいてくれて嬉しかった」

玄関まで見送る。

「明日は、学校行くから」

諒子が僅かに微笑んでそう伝えると、

「・・・無理、しないのよ?

まだ腹立つことがあったら俊にバンバン当たっちゃいなさい。

それ位、あいつなら受け止めるから」

じゃあね、と加南子は手を振り帰っていった。

部屋に戻り、俊樹に元気よく声をかける。

「よし!俊樹、カラオケいこっ。今日はつきあってもらうんだからね!

全部歌で発散させてやるわ!」

「・・・」

カラオケが好きではない為に盛大に嫌な顔をした俊樹を引っ張り、諒子は5時間もカラオケし続けたのだった。

「・・・もっと他に当たりようあるだろ・・・お前」

過去編が長くなってきてしまったのでそろそろ調整を・・・。

あと2、3話で過去編終わらせます。

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