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yesterday ~過ぎし日の青春は塩辛い5~

 高校3年の夏休みなど、あってないようなものだ。

 今はもう卒業した先輩達にそう教えられていた後輩の諒子達は、銘銘に夏休みを過ごしている。

 加南子は相変わらずバイト三昧。

 昨夜、彼女は夜に電話をかけてきて、

「終わった宿題貸して~」

 と7月もまだ終わっていないのに早めの催促をしてきた。

 さっさと宿題、課題は終わらせてしまう諒子の性分を熟知しての事だろう。

 勿論、諒子はそれらをもうだいぶ終わらせてしまっている。

「目標額は貯まりそうなの?」

「大丈夫~。時間増やしてもらってバリバリ働いてるから~」

 夏休みは稼ぎ時だと言って、加南子は今大学の受験料やら学費やらの足しにするべく勉強そっちのけでバイトに精を出している。

「受験に響かない程度にしなさいよ」

「わかってるって~。合格圏内ってお墨付きももらっちゃったし余裕よ余裕~」

 加南子の間延びした余裕の言い回しに、諒子は苦笑して電話を切った。

 先日は学校の夏期補習で田中に会ったことを思い出す。

「よお、モテキな諒子ちゃ・・・ぶっ!」

 スパン!と小気味いい音が教室に響く。

 最後まで言い終える前に、諒子は分厚い補習用ファイルを田中の側頭部へハリセンのごとく叩きつけた音だった。

「朝から変な冗談ありがとう。

 田中もこの補習受けるのね?」

「痛ぇ・・・。あぁ、一応な。本当は専門学校狙いだから別に受けなくてもいいんだけど」

「美容師、だっけ?」

 加南子曰く、彼のなりたいものはもう小さい頃から決まっているらしい。

 田中の家は、両親で美容室を営んでいるそうだ。

 その背中を見てきた田中も美容師になりたいと、小学校の卒業アルバムに書いていたと加南子が以前言っていた。

「諒子ちゃんは~、木村と大学同じとこにするの~?それとも俊~?」

「加南の言い方、あんたが言うと気色悪い。

 ・・・まだ、決めてない」

 将来なりたいものなんて、早々決まるものではない。

 子供の頃はお花屋さんだケーキ屋さんだ、と子供の夢らしい空想を話していた。

 いざ人生の分岐点に立とうとしている今、空想は空想のまま、現実では何がしたいのか何になりたいのか、それすらも見つからずにとりあえず進学、と漸く一歩だけ先に勧めたところだった。

「将来なりたいものが決まってる田中が羨ましいわ」

 ふう、と思い溜息をついていると、

「いいだろ~。もっと敬ってくれていいんだぜ~?

 ・・・と、まぁ冗談はここまでにしておいて」

 ふと、田中が真剣な顔になる。

「お前さ・・・もう少し、あいつのことちゃんとみてやってくれよ」

「・・・え?」

「俺は男だし、俊寄り(・・・)な意見しか言えないけど。

 ちとあいつがあまりに不憫なんでさ、お節介ってわけ」

 じゃあおれは教室あっちだから、とぷらぷら歩いていく田中。

「・・・年寄り(・・・)?何言ってるのあいつ?同い年な癖に。

 あいつって・・・貴也のことかな?」

 首を傾げながら頓珍漢なこと言う諒子。

 せっかくの真面目な田中の一言も全く伝わらなかった。

 彼に何か不憫な思いをさせてしまっているのだろうか・・・。

 と、席につきぐるぐると明後日な方向に思考をめぐらせるのだった。



「あ~・・・もう休みも終わりか・・・」

 だるそうに机に顎だけをのせて呟く加南子に、諒子は呆れながら声をかける。

「始業式だってのにだらけすぎよ」

「今年は全然遊べなかった・・・」

 勿論、勉強のせいではなくバイトで休みを丸々潰してしまったそうだ。

「諒子はいいよね~・・・。デート三昧か~」

 加南子はにやにやしながら、諒子をからかい始めた。

「・・・宿題、もう見せてあげない」

 真っ赤な顔でぷいっと横を向く。

「ああん、それは言わない約束でしょぉ~諒子様~」

 顔色を変えて必死に拝んでくる加南子につい噴き出す。

「・・・で。そろそろやっちゃったの~?」

「へっ?・・・何を?」

「何って勿論、セッ・・・」

 べちん!

 加南子の口を思いっきり平手で塞ぐと、思ったより大きな音がしてしまいクラスメイトの注目を浴びてしまった。

「いひゃいんらけろ(痛いんだけど)・・・」

「あんたが変なこと言い出すからでしょ!」

 手を離してやると、加南子はひりひりしている唇をさする。

「・・・大人の階段上っちゃったんだ~」

「上ってない!!」

 そう、夏休みの間に色々あった。

 花火大会、水族館、ショッピング・・・貴也と時間のある限りデートに勤しみ、手を繋ぐことが普通になった。

 唇へのキスもどきどきはするが、自然にできるようになった。

 ぼっ、と音がしそうなくらいに赤面する諒子を見て、加南子はこっそりと嘆息をつく。

「あいつの家で?」

「家・・・はまだ行った事ない」

 散々二人で出かけたりもしたが、貴也は家に呼ぶことは絶対になかった。

 諒子の家まで送り届けられ、貴也はそのまま帰っていく。

「じゃあどこでやっちゃったの・・・。まさか・・・青か・・・」

 ぎろり、と加南子を睨むと、彼女は口に両手の人差し指でバツを作って黙り込んだ。

「まだ、そこまでじゃない・・・」

 そう、キスまではしてもその先には進まなかった。

 貴也にその気がないのか、諒子に魅力がないのか・・・。

 いつもキスをした後も曖昧に笑って、諒子から体を離すのだ。

「あんたたち付き合って何ヶ月よ~?おこちゃま恋愛にも程があるわ~」

 加南子はふっ、と鼻で笑ってやれやれと首を左右に振った。

「そういう加南はどうなのよ?田中と」

「痛いところついてくるわね・・・。・・・いいの、あいつは夏休みに彼女できたみたいだから・・・」

 加南子の表情が一瞬曇るが、またすぐに顔をあげてにっこり笑った。

「これでふんぎりもついたし、あたしは志望大学へまっしぐらよ~」

「加南子どこ行くか決まったの?」

 夏休み前はまだ色々迷っていたはずだ、と目を丸くして驚くと、

「北海道「えっ!?」・・・は冗談で、都内の〇大文学部~。さっき先生に言ったら、手握られて泣いて喜ばれた~」

「なんだ・・・。そりゃそうよ、あんた頑張ればもっと上に行けるのにやる気見えなかったんだもん」

 でもそっか、と諒子は深く息を吐いた。

「諒はまだ迷ってるの~?」

「うん・・・先生にも早く決めろって言われてるんだけど・・・ね」

「・・・決まらないなら、同じトコ受ける~?行ってから何になるか決めたって遅くはないよ?」

 加南子の夢は大好きな史学の道に進み最終的には教授になるのだ、と1年の時から胸を張って言っていたのを思い出す。

「決まらなかったら、そうしようかな・・・」

「そうだよ~。最悪OLになってからだってやりたいもの見つかったら脱サラしてやればいいんだしさ~」

 加南子が言うと簡単そうに聞こえるが、多分それはとても勇気がいることだろう。

 しかし、彼女のあっけらかんとした言いように肩の力が抜けたのも確かで。

 加南子がいてくれてよかった、と素直に思える。

 自分だけが立ち止まってしまっているんじゃないかと焦っていた気持ちが多少和らいだのは加南子のおかげだ。

「加南ありがとね」

「ん~?お礼は今日の宿題で~」

「・・・ちゃっかりしてるわね」




 秋も深まり、もう少しで木枯らしも吹くかという季節になった。

 ある日、隣のクラスの女子が諒子を尋ねて教室にやってきた。

「昨日から木村君また休んでるんだ。あたし日直だからプリント類先生に頼まれてるんだけど、貴方木村君の彼女でしょ?届けてもらえないかな?」

 貴也と付き合っている事はもはや周知の事実。

 最近貴也は度々学校を休む様になり、気になってメールをすると体調が思わしくない、と簡単な返事が返ってくるだけだった。

 心配だったこともあるし、その子に二つ返事で頷きプリントを預かる。

 家は行ったことはないが、住所位は知っている。

 この辺だろう、と家々の表札を確認していると。

「あった・・・」

 ローマ字で印刷されたガラス製の表札が目に入り、家を見上げる。

 築年数もそんなに経っていなそうなきれいな洋風の家だった。

 インターフォンを押そうとしていると、玄関のドアが少し開いていることに気付いた。

 初めて入る家のせいか遠慮がちに近づくと、声がかすかに聞こえてくる。

 貴也でなくてもプリントを渡して帰ればいいだろう、とドアに手をかけ少し開けた。

「こんにちは・・・。ドアが開いていた・・・の・・・で」

 目の前の光景に、手がとまる。

 目を見開き、開いた口を塞ぐこともできずに立ち尽くす。

 諒子が見る先には自分と付き合っているはずの貴也が、あろうことか姉だと言った詩織と抱き合い唇を重ねる姿。

「たか・・・貴也・・・?なに、して・・・」

「きゃっ・・・く、工藤さ・・・」

 詩織が諒子に気付き、驚いて小さく悲鳴を上げた。

 すばやく貴也から離れ、気まずそうに俯いている。

「・・・あーあ、見つかっちゃった。ゲームオーバー・・・か。

 諒子ちゃん、なんで来たの?」

 いつもの優しい笑顔など微塵も感じられない声の冷たさに、諒子は震える手でプリントを差し出す。

「学校、休んでたから、これ・・・預かって・・・。

 どうして・・・お姉さん、と・・・そんな」

 追いつかない思考に言葉も途切れ途切れになる。

 詩織は俯いたまま、半ば脱がされかけた洋服を手で寄せて見えないように隠している。

「詩織、あっちの部屋に行ってて」

「でも・・・っ」

「いいから」

 詩織に向ける貴也の顔は、いつも諒子に笑いかける優しい顔だった。

 それにも、ショックを受ける。

 詩織は泣きそうな顔でパタパタと廊下の奥へと走っていってしまった。

 彼女が部屋に入るのを確認して、振り返った貴也の表情は無表情で優しさの欠片もない。

「・・・見つかっちゃったから仕方ないけど。

 そうだよ、詩織は姉だけど何?

 血は繋がってないから問題はないよ」

「だからって・・・。

 じゃあ・・・なんで私と・・・付き合ったりしたの?

 ・・・好きだって・・・言ったのは、嘘だったの?」

 諒子は足元に視線を固定したまま、貴也の顔を見ることができないでいた。

 諒子が見てきた彼の笑顔が全て偽者だったことに、まだ信じられない思いから今の貴也を直視できない。

「君を好き?・・・あっははっ、嘘に決まってるじゃないか。

 オレはね、ずっと詩織しか見ていない。初めて会ったときからね。

 でも、詩織はオレの気持ちに気付きもせずに・・・同じ高校の後輩を好きになった。

 後輩って誰だか分かる?上原だよ。

 詩織は、前にあいつと付き合ってたことがあるんだよ。少しの間だけだったけどね。

 でも突然振られてずっと泣いてた。

 君がいたから、上原は詩織を振ったんだ」

 許せないだろ?、と軽く言ってのけた貴也は、ぐいっと諒子の顎に手を掴んであげさせる。

 彼の顔は、楽しそうに歪んでいた。

「君達の様子を見ながら、上原を殺してやりたいって思った。

 詩織が傷ついて泣いてるのに、上原と君だけ幸せそうに笑ってるのはおかしいでしょ?

 あいつを見てたときにね、気付いたんだ。

 大事にしている君をあいつから奪ってやろうって。

 ・・・でも、もういいよ。

 詩織がやっと、手に入ったからさ。


 君、もう用無しになっちゃった。


 あ、もう連絡しないでくれる?

 本当は上原と仲がいい君となんて、話したくもなかったよ」

 じゃあね、と放心状態の諒子を玄関の外に出させて、さっさとドアを閉めてしまった。

 ドアが閉まってからも、諒子はそのまましばらく放心していた。

 ・・・なに、それ。

 キミ、モウヨウナシニナッチャッタ。

 どういうこと?

 キミガイタカラ、ウエハラハシオリヲフッタンダ。

 私と、俊樹が何だっていうの・・・。

 只の、幼馴染みなだけじゃない。

 キミトナンテ、ハナシタクモナカッタヨ。

 いつでも優しくて、笑顔で好きだよって言ったのは、全部全部・・・嘘・・・。

 貴也は、詩織さんを傷つけた俊樹に復讐したかった、だけ。

 私のことは、利用しただけ。

 そっか。

 おかしいと、思ったんだ。

 こんな地味で美人でもない私なんか、貴也はどこがいいんだろうって。


 ふらふらと彷徨い歩き、気付けば自分の家の前に立っていた。

 空はもう星がいくつも瞬き、月が昇ってきている。

 ・・・今日は、父さんも母さんもいないんだっけ。

 そうは友達の家に泊まるって言っていたのを、ぼんやりと思い出す。

 誰もいなくてよかった。

 誰にも、今は会いたくない。

 そんなことを思って門を開けていると、

「遅い」

 隣の庭先に俊樹が立っていた。

 ゆるゆると、俊樹に顔を向ける。

「・・・どうした?」

 諒子の蒼白な顔に、俊樹は低いフェンス越しに近づいてくる。

「・・・今は、俊樹の顔・・・見たくなかった」

 じわじわと溢れ出てくる涙が、頬に幾つも筋を作りぱたぱたと落ちていく。

「諒・・・何があった?」

「・・・ほっといて・・・」

 ふらふらとまた歩き出し、玄関の鍵を開けて中に入る間に俊樹が追いついてくる。

 一緒に玄関に入り、俊樹は諒子の両肩を掴んで顔を覗き込んだ。

「あいつか?何かされたのか?」

「・・・っ。ふっ・・・うあぁあっ・・・」

 諒子はしばらく、俊樹の肩にしがみつき声をあげて泣くだけだった。










過去編山場終了。

いや、もうなんていっていいかすみませんほんと。

これから徐々に明るくして(できるのか?)いきます。


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