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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
7/49

エルフは駆ける

 雨の時以外は遺跡の屋根で過ごすのが普通になったクトセインは、持て余す暇な時間で魔法の実戦をしていた。


「水よ」


 水はほとんどの生き物が触れる物なのでイメージしやすく、なお且つ出しても危険性がほとんど無いのでイメージした物体を魔力によって作り出す放出魔法に適しているかを見るのによく利用される。また、練習にもよく利用されている。


「ふむ…」


 魔法は手足を虫にするのと同じ感覚であった。手の平から3cm程離れた所からイメージ通りに湧き水のように出てくる冷たい水に概ねクトセインは満足すると、次に移る。


「火よ」


 今度は火の玉が魔力を燃料に水と同じ位置で燃えだす。そのままにして水で濡れた手を乾かすと、火の玉を抛る。火の玉は直進こそしたが、大して魔力を込められていたわけではないので1mも進まないうちに消えてしまった。


(あまり威力はなさそうだな)


 イメージしていたのがたき火だったのと、ごく自然にイメージされた速度が遅いものであったので実際に攻撃に使ってもクトセインの火の玉は威嚇になるかならないかと言える威力であった。


 一般的に、水や火は放出魔法での攻撃に向かないとされている。理由としては威力を出すのに魔力や労力が釣り合わないからだ。

 水は実体があるものの、そのままではぶつけても大して威力が出ない。凍らせれば形状によって凶器にもなるが、氷にするには実物を見たり触ったりしなければイメージが定まらないのだ。その氷を見るには寒冷地帯に出向くか、氷を作れる魔法使いに頼みこんで出してもらわなければならない。


 だが、魔法はイメージによって形作られ、そのイメージの元が記憶であるので普段見ない物であると劣化していく傾向にある。それならば毎日作り出せば問題が無いように思えるが、放出魔法を完璧にイメージ通りに使えるのはほんの一握りの天才に分類される人くらいである。なので、どの道劣化は防ぎにくいのだ。


 火の場合は元々攻撃的とも言える熱を持っているので、攻撃という点では水より格段に優れている。が、イメージを完璧に近付けるのには直接触れる必要がある(・・・・・・・・・・)。つまり、たき火に手をかざした程度の熱ではなく、たき火に手を突っ込んだ熱を知る必要があるのだ。火種にするのなら手をかざした熱でも何とかなるが、もしも魔物相手に攻撃と言える熱を与えるのにはたき火程度では足りない。


 火を放出魔法での攻撃に使おうとするなら、体の一部に火傷を負うか、灰にでもしなければ十分な威力は出せないであろう。


 尤も、それは人間基準の話である。エルフなら魔力を放出する才覚で消費が少ないので、魔力を多く使う事で足りないイメージの部分を補うという無茶も可能である。魔力さえあれば、人間でも同様の手段は可能ではある。

 クトセインは、試しでその無茶をしようとしていた。


 イメージするのはゼムが使った雷の矢だ。一度しか見ていないが、黒蛇百足を一撃で葬り去ったのを魔力によるゴリ押しで再現しようというのだ。

 一度目を瞑ってゆっくりと深呼吸をし、気持ちを落ち着けると同時に雷をイメージする。試しなのでただ発生させるだけでいいのだ。指向性を付けて撃ち出してしまうと、下手をすれば木に直撃して火事になりかねない。火や水のようにただ発生させるだけに留めようと集中する。


「雷よ」


 瞬間、雷がクトセインの体に迸る。


「ッガ、ァア…アア……!」


 極小規模な雷は、クトセインの体を通って地面へと流れていっただけである。クトセインはその雷によって右腕を焼かれ、下半身もまた雷の通り道に利用されて焼かれたのだ。

 初めての激痛と言える痛みにクトセインは脂汗を流し、その痛みで叫び声すら上げられない程であった。


 クトセインは雷を甘く見ていた。魔力によりゴリ押しで発生させた雷は本物の半分ものエネルギーは無かったが、その性質はクトセインのイメージでは留められるモノではなかった。


「ハァ…ハァ……」


 息を整えてから、クトセインは被害を確認する。火傷がギザギザの線を描いて体を這い、ミミズ腫れもいたる所に出来ている。問題無く体は動かせるので、そこまでは酷い傷ではないのは確かである。


「クソが……」


 自分のマヌケさに苛立ちながらも、今度は万全の自分をイメージして肉体魔法で傷を高速回復させる。ジクジクと痛みは続くが、傷はすぐにまるで無かったかのように消えていく。服が焼け焦げてなければ、先程の出来事など本当に無かったようにすら感じられる完璧さである。


「肉体魔法が凄いのか、それとも自身が凄いのかが解らんな……」


 その完璧さがどこからくるかを疑問にクトセインは思ったが、考えたところで解るモノではないと早々に見切りをつけた。痛い目にあったので、気軽に雷を再現をするのは諦めたクトセインは自身の魔力の限界を知るのと、放出魔法がどれだけ使えるかの確認として雷以外でまた放出魔法を使いだすのだった。


――――――


 日は沈み、夜行性の動物や魔物が活動する夜の森をボウムは1人で駆けていた。蟲の森ではなく、普通の森であった。調査団としての義務である報告を1人でしに行く為だ。1人であれば肉体魔法が優れているボウムの足は並のエルフを軽く凌駕し、1日でもかなりの距離を駆け抜けられる。

 移住して日が浅いのでまだ村が安定には程遠いが、安全なのは間違いなく、もしかすれば安住の地になる可能性が高い。


 それが、蟲の王のきまぐれで容易くそうでなくなるとしても、だ。

 自分で服を作れないが、服が欲しいので服を作れる自分達に蟲の森への移住を許した存在。誰も見たことない黒い髪がどこか不吉さを漂わせ、蟲の王と名乗るのは伊達ではなく虫を操れる力を持っている。その力はかつて殺されたある存在を彷彿させる。


 考え事をしている内に、ボウムは目的の場所に着いた。人間の首都であるヴィゼルニアにほど近い位置にある民の森と呼ばれている森の中にある、1本の木を中心として7本の木が綺麗に円形を描いている人工的なモノと思える不思議な配置になっている場所。そこがメッセージを残す手筈になっている場所である。


―――懐狭き竜 深緑を許さずに深き森は焼き払われる


―――緑の胃袋 貪欲なまでに喰い荒して新参者を拒む


―――鳥の高台 住めば都やもしれぬが元の脅威があり


―――白銀の森 その白さは我らには毒であり死を呼ぶ


―――夢の沼地 悪夢でありその夢は覚めない死を呼ぶ


―――内陸の海 水上の森は我らには合わず脅威があり


 8つに別れた内の6つが既に調査団の簡易報告が既に中心の1本の幹に刻まれていた。どれも良くない報告である。拒むと脅威がありはまだ可能性があるが、森は焼き払われると死を呼ぶはおそらく移住は不可能であろう。その中に、ボウムは新しい報告を刻みこむ。


―――蟲の楽園 王が容認すれば我らの安住の地になり


 刻み終えたら、再びボウムは駆けだす。民の森にある、故郷へと……


―――――――


 民の森は、人間の首都であるヴィゼルニア付近にありながらヴェルニア大陸で最大級の森だった。しかし、それはもう過去のことである。かつては、まだ調査の手がほとんど及んでいない魔境に匹敵する面積を誇っていたとされるが、人間によって毎日のように伐採されていく森は少しずつ削られていき、それなりに広い森程度になってしまった。


 人間が首都をどの魔境からもほぼ同距離にして、ヴェルニア大陸の中心部とされる場所にしたのも大きいだろう。人が集まればそれだけ必要な資源は多くなり、当然の流れで森は伐採されると同時に開拓されていった。


 エルフ達は何度も人間に警告した。「このまま続ければ森は死ぬ」だが、多くの人間はその言葉に耳を貸さずにまだまだ広がる森を見て構わずに伐採と開拓を繰り返した。


 エルフ達は焦っていた。森が死ぬ事ではなく、自分達の住処が完全に晒されることを……


 最悪、エルフは森以外でも生きてはいける。なのだが、既に何人もの人間が住処に侵入し、エルフを奴隷としようとしていた。幸いにもどれも未然に防ぎ、そういった人間は処分してこれた。だが、これからもそれが続けられるとまで事態を楽観視できなかった。


 その結果が、調査団であった。安住の地を探して、魔境の近くに新天地を求めたのだ。


――――――


 エルフの住処は開けた場所ではなく、森に溶け込むように家が建てられ、すぐ近くに畑がある。エルフ達の生活は自給自足が基本であり、家畜の為の囲いなどもある。完全に切り拓かれてないのを除けば、人間の村とは大差はないのがエルフ達の住処であった。


 その中の集会所として使われていた建物から明かりが漏れており、ボウムは近付く。そこには、誰かが泊まっている。完全に住めないと判り切ってしまえば戻ってくるなり、一時的な仮宿を作らなければならない。何処に移動するかは結果待ちであり、まだ此処が安全であり移動距離もどの魔境の近くでも同じ位なので戻ってきている調査団がいてもおかしくはない。


 ボウムはそういった仲間に先に詳細を伝えようと思っていた。遅かれ早かれ知らせなければいけない事柄であるのと、ゼム以外の長老の意見も聞いておきたいからだ。

 戸を叩いて、自分の存在を中にいる仲間に伝える。


「蟲の森に行ってきたボウムだ。よかったら開けてくれ」


 扉から2歩下がってボウムは開くのを待つ。僅かに戸が開けられて1つの眼がこちらを捕らえると、そのまま戸が開かれた。


「久しぶりだな、息子よ。その様子では、蟲の森付近では然程苦労はしなかったようだな」


「苦労より重いモノを背負う事になりましたよ、父さん」


 そこに立っていたのは、ボウムの父であるゴゼムが立っていた。親子揃って眉間にしわを寄せている顔で、顔つきが微妙に違うのとゴゼムには短いが肌が見えない位に密集した顎髭がある以外にはそっくりな親子であった。


「とりあえず中に入るといい。竜山脈、白銀氷土に行った調査団は既に集まっている。夢幻域に行った調査団も明日には着くだろう」


「全員が集会場ここに集まっているんですか?」


「いや、集まっているのは長老達に女子供だけだ。他は交代で見張りをしている。ここも何時までも安全ではないからな」


「蟲の森での事で、長老達だけに先に話をしておきたいのですが」


「たんなる報告だけではなさそうだな……」


「最悪、エルフだけの問題ではなく、この大陸全域の問題になる事です」


「いいだろう。どの道、長老達は初めに話を聞きたがるだろうからな」


――――――


「まるで…魔王の復活のようであるな」


 クトセインの事を聞いた長老達が誰ともなくそう呟いた。

 魔王。もう御伽噺の中にしか存在しないと言われる、あらゆる魔物を統べたとされる王。御伽噺として語り継がれているが、実際に居たとされる。それは当事者である魔物が何体もいるからだ。竜、獣、鳥系の魔物の中には一定以上強くなると知恵を付けるのがおり、中には自ら魔王の家臣と公言しているのもいる。


 知恵を付けた魔物は総じて強く、魔王に何か言われたのか自分の縄張りを死守している。それが何を意味するのかは当人以外には判らないが、会いに行こうとすればいけるのである。尤も、魔境に次ぐ危険区域なのでほとんどが帰って来れないが……


「虫系の魔物しか操れない、か」


「それだけでも恐ろしいものよ……蟲の軍など平気で全てを喰い潰す」


「もしかすれば、他の魔境にも似たようなのがいるのではないか?」


「確かめてどうする?いたとしてもどうしようもあるまい」


 長老達は好き勝手に討論を始める。魔王の復活など大事では済まされない。魔王が復活したらどうなるかなどまったくの未知数であり、御伽噺では別にエルフが魔王に虐げられていたなどは伝わっていない。故に判断に困るのだ。魔王が悪であるなら、迷い無く戦う事もできる。魔王が善であるなら、その庇護下におかれるのは喜ばしいことである。


 それでも、現状でクトセインが要求しているのは非常に簡単な物であるのと、エルフが進退極まっているのを鑑みれば答えは最初から決まっていたも同然であった。


「ボウム、もう下がってもよいぞ。我々はクトセインとやらの庇護下に入るのを賛成する。よっぽど他が良くなければ、他の長老達も説得することを確約しよう」

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