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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
5/49

自然関係

 大小様々な虫が蠢く蟲の森、安全な場所など何処にも無くあるのは捕食者の縄張りテリトリーのみ。尤も、人間相当の大きさの虫を喰う虫はいても、居もしない人間を積極的に喰らう虫はいない。


 そういった意味では人間にとって特に危険という訳ではない。ただ、虫だろうが人間だろうが等しく平等に喰われるのが蟲の森の環境という訳である。

 そんな蟲の森に、初めて安全地帯とも言えそうな場所が生まれようとしていた。


「本当に、こっちに水場があるのか?」


「ソレは俺に聞かれてもあるらしい(・・・・・)としか答えようがない。何せ知っているのはこいつだからな」


 自分の代わりに歩いている黒蛇百足の背中を叩いて嗤いながらクトセインは言った。

 事の始まりは、エルフ達は村を川などの水を得られる水場近くに作ろうとした事だ。エルフ達はクトセインに良い場所がないか聞いたが、クトセインは「知らん」の一言でぶった切った。


 どういう訳かクトセインは食事を必要としなかったので、水場や果物が生る木のようなものがどこにあるかなど一切調べなかった。

 水場を探すだけなら協力してもいいだろうとして、知らないのなら知っている虫に案内させればいい。


 そう思ったクトセインは、常に蟲の森を徘徊している黒蛇百足を数匹呼び寄せて水場を知っているのに案内をさせている。


(ボウムにザファ、他に名前の知らない男のエルフ3人。計5名で完全武装で調査ね……信用の無さがよくわかる)


 エルフ達と同じ服を撫でながら、クトセインはエルフの動向を見る。道を退き返せるようにボウムは1m間隔で木の幹に短剣で傷を付け、ザファはクトセインを監視、残りの3人は付近の警戒。ついでに木の実などの食べられる物も探しているようだが、結果は芳しくないようである。


 普通の森であったら、食べられるかは別として木の実あるのだが蟲の森にはない。なにせ木の実を食べる虫はいても、わざわざ種を運ぶ虫はいない。木が実を付けるのは種ごと食べて貰って排泄によって遠くに運んでもらう為だ。そういった方法で離れた位置に仲間を増やそうとする植物は、蟲の森では繁栄ができなかった。蟲の森で繁栄できている植物は蜜や香りで蟲を引き寄せ、蟲でも運べる小さな種をくっつけて運ばせるといったような戦法をとった植物ばかりである。


 更にエルフにとっては都合の悪い事に、葉などが食べられる植物も少ない。虫とエルフでは食べようとする植物は違うだろうが、多くの肉食の虫が食っていけるだけの草食の虫がいるのだ。無論、それだけ食われる植物が存在する。


 植物とて子孫繁栄の為に喰われるだけを良しとせずに、葉が毒性を持ったり硬質化したりして虫に食われないように対抗策を進化の過程で講じてきた。尤も、虫はその進化をも上回って耐性やより強靭な顎を持つように進化したのだが。

 蟲の森は新規参入者にはとても厳しい所であった。


「川、か…」


 案内によって辿り着いたのは川、幅が5mはあろうかという川であった。流れは穏やかで、水深は目算で1mの底まで見える水が澄んでいる綺麗な川であった。


「飲み水としても大丈夫そうだな」


 試しに飲んで変な味などしなかったボウムは満足そうに頷く。魔法で飲み水の確保ならどうとでもなるが、それ以上の量となるとやはり自然に存在する水を利用しなければやっていけない。


「それじゃあこの辺に村を作るのか?」


「大体はそうなりますが、やはり外との距離などを考慮しなければなりませんから候補の1つというだけになります」


 足りない物やすぐ作れない物は人間から買うつもりなので、運ぶ経路なども考えなければならないので即決など出来ない。


「大変だねぇ」


 他人事のクトセインは村の位置に興味無さげにいう。村ができてもそう出入りするつもりはなく、服さえ作ってくれればそれで良いのだ。

 ツリーハウスを作ろうが、普通の家を建てようがクトセインにはまったく関係の無い話である。


「リーダー、魚を数匹とってもいいか? ここんところ干し肉やドライフルーツばかりだったから、な」


「……駄目だ。どう見積もって全員に分配できるだけの魚は調達できない。待っている者や食料調達をしている者の気持ちを考えろ」


 清流を泳ぐ魚はかたまって泳いでいる数匹しか見当たらず、当然調査団全員に行き渡る量ではない。いくら保存食続きで新鮮な物を食べたいと思っても、ボウムは自分だけが良い思いをしようとは思えなかった。わざわざ調査、調達、待機の3つにグループ分けて行動したのはそんな為ではない。


「まま、リーダー、そうお堅い事を言わないでだな」


 ヘラヘラと笑いながらザファは矢に手をかける。水中にいる魚を射るのは難しいが、ザファにはそれが出来る技量があった。1人1匹として5匹捕るのはわけ無い。


 軽い命令無視など日常茶飯事のザファにもう色々と諦めたボウムは溜め息をつくと、そのまま地面に腰を下ろした。魚を捕って塩焼きにでもして食べなければ、梃子でも動こうとしないだろうと解っているからだ。


 食料は士気に大きく関わるので欲を出して暴食に走るのならまだしも、ちょっとした楽しみを邪魔するわけにはいかない。他の3人の眼にも期待の色がある。


 なにも規則でガチガチに固めるのが好みと言う訳ではないので、ボウムは付近への警戒を強めるのに集中する。


「大変だねぇ」


 本日2度目の言葉にボウムは更に顔を顰める。クトセインの表情と声質が明らかに先程と違ったからだ。これから起こる事を予想して、まるで楽しみにしているかのようである。


「何か、知っておいでで?」


「ここが蟲の森って事だけだが?」


 解っちゃいない。そう嘲笑っているような雰囲気に、ボウムは目を細めて成り行きを見つめる。これから何かが起きるとすれば、それはザファに起きるはずだ。


 引き絞った弦が唸り声と共に矢を吐き出す。同時に放たれた5本の矢は水中の魚を射抜かんと殺到し、魚の頭を貫く。魚が全く同時に跳ねて、水飛沫が飛び散る。


「なんだよ、コイツは……」


 川から飛び出して来たのは一匹の虫であった。頭は角の取れた三角形に楕円形の眼が減り込んだようであり、胴体は寸胴、尻尾は全長の三分の二を占めている。その体色は川底に生える水苔のような緑で、背中には魚によく似た物体が生えている。


「自分で魚と言ってただろう?」


 魚じゃない。ザファは首を振る。自分は魚類を求めたのであって、水生昆虫などお呼びではない。


「く、クトセインの旦那、虫ならあんたの命令で追い払えるだろ?やってくれよ」


 距離を測るように、ジリジリとにじり寄ってくる虫から目を離さないでザファはクトセインに頼む。


「そいつは獅子蜻蛉の幼虫で偽餌ヤゴとも呼ばれている魔物だ。魚の疑似餌に引っ掛かったのを喰らう肉食なわけなのだが、疑似餌に掛かったのはお前というわけだ。

 食おうとしたのだから川から出てきたのは丁度良いだろう」


 が、クトセインはその頼みを聞く気がゼロであった。


「ッチ、見逃してくれそうにないな。殺して流すか」


 ザファは自分だけしか見ていない偽餌ヤゴから逃げようかとも考えたが、毒などの厄介そうなモノを持っていなさそうな虫から逃げたのではいい笑い者になる。それに、自分から手を出したのに魔物だから手に負えませんでした、では狩人など名乗れない。


「先に言っておくが、殺したら食えよ」


「ハァア!? こんな虫を食う気になれるか!」


「ふざけているのか……?

 お前は虫と知らなかったが、食う気でそいつに手を出した。手を出すのは大いに結構、襲われたら返り討ちするのも同様だ。食う食われるの関係になるのは自然の成り行きだ。

 だがな、思っていたの違うから殺しても食わんというのは許さんぞ。もしそんな事するようなら、同じ事をしてやろう」


 クトセインの怒気を受けたザファは何かに纏わりつかれて、締め付けられたように動きを止まってしまった。


(―――殺される!)


 恐怖が明確な死のイメージとなってザファを追い詰める。不思議と、死のイメージは人による殺害方法ではなく、肉食の虫系の魔物にはらわたを食い破られて殺されるというものだ。しかも、その後はハエにたかられて醜いウジムシの苗床とされて身体が腐敗して崩れていくというのさえ明確に見えた。


 ガチガチと歯を震わせて鳴らし、震える手で矢を手に取る。そのまま弓へとつがえて、恐怖の元凶たるクトセインにへと向ける。


「やめろ、ザファ!!」


 ここにきてようやくボウムがザファの異常に気付いて止めようとしたが、その行動は遅かった。矢は放たれた。


(少し追い詰め過ぎたか?)


 丁度良い機会だと思って、軽薄そうなザファに無駄な殺しへの忌避感でも植え付けようと追い詰めたクトセインであったが、矢を放たれるとこまでやるつもりはなかった。起きてしまったのは仕方ないとして、クトセインは跳んで矢を避けると足代わりにしていた黒蛇百足に命令を出す。


 命令を受けた黒蛇百足は喜び勇んで前進する。その方向にはザファがいる。

 まさかの暴挙にザファ以外のエルフが動くが、それよりも黒蛇百足の方が速かった。獲物をその数の多い脚でガッチリと掴み、毒牙を突き立てて毒液を注入する。


 黒蛇百足の毒は注入されればその場所は紅く腫れ上がり、それに伴って激痛やしびれといった症状を皮切りに多くの症状がでる。その毒は即死するような代物ではないが、その症状は―――噛まれた時点で終わっている気もするが―――致命的である。


 毒のしびれによって動けなくなった獲物に黒蛇百足は一度口を離すと、今度は喰らう為に牙を突き立て始めた。


「とまぁ、自分から手を出すなら、黒蛇百足のようにしっかりと喰うようにすることだな」


 笑いながら怒気をひっこめたクトセインは偽餌ヤゴをたいらげた黒蛇百足に再び乗ると、先を急がせるのだった。

偽餌ヤゴ

背中に魚を模した疑似餌を持っている獅子蜻蛉の幼虫。疑似餌は水の詰まった袋なので、とがったモノに引っ掛かると破けることがある。

陸上でも短時間なら活動ができる。

疑似餌のモデルは集まる事で大きな魚と勘違いさせる習性を持った魚である。が、蟲の森では虫の捕食速度がその魚の繁殖速度を上回ってとっくに絶滅している。

それでも疑似餌が残っているのは、虫が疑似餌にひっかかるからである。

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