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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
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人との闘争 2

 力と力のぶつかり合い。それは、見ていて正に戦いと判り易いモノであった。

 トービスとゴーダは共にそれぞれの仲間が誇るパワーファイター。見た目からして厳つい2人は、槌と斧の腕力が物を言う武器を得物としてる。

 槌と斧のぶつかり合いは、暴力的音を闘技場に響かせる。しかし、何合も打ち合わないうちに両者共に得物を収めた。


 元より力押しの武器であるが、負荷が掛からない訳ではない。打ち合えばそこから歪み、罅が入って最後には致命的な亀裂へとなってしまう。

 トービスの槌なら、束ねている牙やら骨を取り換えるだけで済む。しかし、ゴーダの斧はそうはいかない。1つの素材から削り出した魔具が往々にして直面する問題である、壊れても金属のように直しようがない。新たに素材を用意して、新たに作らねばならないのだ。

 狩人の生業で壊すのならいざ知らず、こんな戦いで壊すなど2人とも無いのだ。


「ヴォオオオオオ!!!」


 トービスが咆える。その雄叫びは、『凍りの鎧』の合図であった。空気中の水分が氷結し、瞬く間に氷の鎧が出来上がる。


「肉体同士のぶつかり合い!その意気やよし!フンヌッ!」


 ダブルバイセップス・フロント。力瘤を両腕で見せて上腕二頭筋バイセップスを強調するポージング。裸に近い恰好であれば、脚から上体にかけて、前面から見えるすべての筋肉を強調するポーズである。

 そんなポーズを皮鎧を着ていてしても、露出している腕の筋肉にしか強調されない。だがそれでも構わないのだ。ゴーダのそのポージングの意味は筋肉の強調ではない。肉体の強化である。


 魔法はどちらでも、一般的な発動の鍵となるのは詠唱によるものだ。詠唱はあくまでも魔法の発動に必要なイメージを固めるモノなので、絶対に必要では無い。一部の狩人は、技名を言う事で魔法を発動させる物すらいる。


 ゴーダは、詠唱でも技名でもないポージングによって肉体魔法を発動する珍しいタイプである。尤も、ポーズごとに発動する魔法が決まっている訳ではなく、魔法を発動する決まった手順の1つのようなものであるが。


「滾る、滾るぞ!そっちが冷気であるなら、こちらは熱気で行きますぞ!!」


 ゴーダの『凍りの鎧』対策は発熱する事で、凍死を避けるという簡単かつ効果的な方法であった。

 ただし、この方法には時間制限があった。魔力がどこまで続くのかといった問題もそうであるが、何よりも集中力が必要となるのが魔法だ。

 下手をすれば、軽い怪我をしただけでも集中力が持たずに魔法が解除されてしまう事すらある。


(暑苦しいな……)


 温度的にも性格的にも暑苦しくなったゴーダを後目に、トービスは冷静に構えていた。『凍りの鎧』の対策をされるなど先刻承知で、力勝負になるのは目に見えていた。

 故に予定調和に近しい現状など、焦る要因はただの1つもない。予想の範疇の出来事など、驚くには弱すぎるとすらもトービスは感じていた。


「フハハハハ!熱すぎて火でも吹けそうな気がしますぞ!」


 自身の発熱に頭が先にやられたのか、突拍子もない発言に加えて馬鹿正直にゴーダは突撃する。

 愚直な行動はトービスは嫌いではなかった。薄汚い手を使う輩なんぞよりは、弱くも愚直の者の方が何倍も好感が持てる。


 だから、ゴーダに合わせてトービスは真正面からぶつかり合う。それは先程までの得物同士のぶつかり合いの再演であった。

 単純な力のぶつかり合い。生物の根源に刻まれし、闘争本能を刺激する心地好い殴り合いであった。


「これこそ戦い!漢の語りあいよ!」


「ッハ、悪かねぇなお前」


 拳と拳の応酬はどちらにとっても悪くないものであった。

 どちらの拳が何処に何時当たったかなど関係無い。目の前に殴るべき敵がいる。お互いに一歩も引かない壁であるなら、打ち崩せるまで殴るだけだと両者は意気込む。

 だが、意気込みこそ同じでも自力の差は圧倒的であった。


(ヌゥ、強すぎる。一撃一撃が骨折するような重さ、このままでは負けてしまう…)


 ゴーダは肉体魔法のある種の天才であった。肉体が抉れたりなどして、組織が無くなっていなければほぼ完璧に怪我をする前の状態まで再生できる。ソレに加えて、白銀氷土が攻略対象であったので体温を吹雪の中でも維持できる肉体魔法を会得していた。

 ゴーダは仲間内で最もトービスの相手に適していたのだ。


 それでも、ゴーダにはトービスの相手は荷が重すぎた。同じパワーファイターならすぐに負けずに時間稼ぎもできるの判断であったが、逆に一発逆転も不可能であった。

 そうであってもゴーダの勝ちたいという気持ちは変わらない。そのくらいの心意気が常になければ、今この場所に立ってすらいない。


 故に可能にしようとする。不可能と思われる一発逆転を。

 今の状況は消耗戦である千日手。余程の精神的余裕が保つ者でなければ、焦れてしまう状況なのは間違いない。

 個人戦ならば、このまま続けたとしても大した問題はない。しかし、今はチーム戦であり、いつ横槍が入ってもおかしくはないのだ。


 膠着状態で横槍が入れば状況が傾くのは当然。ならばこのまま待つのも消極的ではあるが有りではある。


「フハハハハ! 強い強い! だが、このまま続けては仲間を助ける余力すら互いに残らぬと思えてなりませんぞ」


 豪快に笑いながらゴーダは言い放つ。怪我もせずに血も流していない相手がそんな事を言えば、僅かであろうと自分より余裕があるかの疑念が生まれる。

 しかし、これはゴーダの虚勢だ。トービスが勝負に乗るように挑発でしかない。

 瞬発力はこちらの方が上かもしれない。そんな僅かな可能性に賭けた、藁をも掴むような話。


「次の一手で勝負、と行きましょうぞ」


 そうであってもやるしかないのだ。誰かが先に自分の相手を倒すと信じて、千日手を続けるという選択肢もある。だが、それでは駄目なのだ。

 仲間を信頼しての選択肢と言えば聞こえはいいが、ゴーダからすればそれは逃げでしかない。

 仲間を信頼する人間より、仲間に信頼される人間の方がよっぽど出来ている。そうなりたいとゴーダは思い、それを実行するのに躊躇いは無い。だからこの選択だ。


「…良いだろう」


 トービスの返事にゴーダはさらに笑う。これでいい、これでいいと。

 半身はんみの構えをし、意識を魔法とトービスだけに振り切る。行うのは単純な右ストレート。腰のひねり、足の瞬発、右腕の筋肉の伸縮。その全てを乗せた右ストレートをぶち込もうというのだ。

 対してトービスは、前屈みになって上半身を上下に揺する。一見何をしたいか判らないが、規則的に揺れているとこを見ると何かしらのタイミングを計っているとは予想が付く。

 下がり、上がるその瞬間、トービスは跳んだ。規則的に揺れていたトービスが上がるだろうと予測していたゴーダは、一瞬だけ反応が遅れて僅かにタイミングがズレて殴り掛かる。


「ッヌ、ヌオオ……」


 勝負は一瞬で決まった。ゴーダが舞台から弾き出され、壁に叩きつけられて負けという形で。

 自分のタイミングをズラして殴り掛かってきた。ゴーダは反射的にそう思ったが、実際は違っていた。自分が殴り掛かった場所には、トービスの肩があったのだからタックルをかましてきたのだ。


 タックルは肩から相手に突っ込むという態勢上、次の攻撃に繋げにくい。

 その反面、全体重をかけての攻撃であるので、自分と同じ体格の相手でも突き飛ばしたり押し倒したりもできる衝撃力はある。そこを加味しての攻撃なら、次にも繋げられるが真っ向勝負では相手は攻撃される前提であるのでそれは起きにくい。


 つまりは、トービスは2撃目はほとんど考えずに行った攻撃になる。ゴーダが口にした「次の一手で勝負」に相応しい攻撃となる。

 そう悟ったゴーダは、途端に自分が恥ずかしくなった。確かに口にしたように一手で決めるつもりではあったが、自然と2撃目の事を考えて繋げられるようにしていた。


 別に悪い事ではない。一撃で決めれる事など狩人生活ではまずない事であるし、何よりも次の手を考えておくのは常識である。


「完敗よ……」


 実力差もあった。だが、それよりも一撃に本当に全力を賭けたかどうか、そこが勝負の分かれ目になったのではいないか。そう思えてならなかったゴーダは、自身の負けを宣言すると意識を手放した。


――――――


(負けも仕方なしか……)


 スティルトンは得物であるクレイモアを構えながら、相対したヴェラビを見て半場諦めていた。

 紛いなりにも勇者の肩書を冠するヴェラビは、身体能力からその技術まで幅広く高い能力に可能性をを持っている。


 端的に言ってしまえば、似たような武器を扱うスティルトンはヴェラビの下位互換に近い。それでも、何から何までも劣る訳ではない。

 得物のクレイモアは1mほどの刀身を持ち、鍔は刃に向かって傾斜した形で左右に大きく張り出して、先端には飾りの輪が複数ついている大剣だ。

 剛地木ごうちぼくという大型の魔物ですら折れないと言われる木に、鉄で刃を付けたスティルトンのクレイモアは武器として価値はかなり高い。これなら、聖女が色々と手を回してまで作り上げたヴェラビのバスタードソードと同等くらいの価値であろう。


 しかし、ヴェラビは生まれ持っても魔力の強大さから、勇者としての英才教育を受けてきた。スティルトンとて、両親が狩人であって幼少の頃からそれなりの訓練は受けてきた自負があるが、比べれば劣ってしまう。


 軽快に得物を振り回せるだけの力は双方共に持っているが、その武器を扱う上での基礎というのはどうしても似通ってしまう。

 そこから自己流の技を磨いていくのだが、必ずその武器特有の扱い辛さにぶち当たる。そんな経験をしていれば、なんとなく長所も短所も判るというものだ。奇策であれば一発逆転もあり得なくはないが、それで勝ったとしても意味などありはしない。


「…参る」


 うだうだ考えても仕方なしと踏ん切りを付け、スティルトンは己が得物を奔らせる。

 クレイモアによる横薙ぎに、ヴェラビは受け止めるとの選択肢が頭を掠めたが後ろに跳んで避ける。受け止めようとすれば受け止められたであろうが、その速さから受け止めればバスタードソードに多大な負荷を掛けてしまうのは明白であった。


 元より、受け止めるのはヴェラビのバスタードソードには向いていないのだ。バスタードソードは、切る事も突く事もできるようにと設計されているせいでその刃は狭い。

 そんな刃が狭いバスタードソードが、突きをそこまで意識されずに小振りではあるが両手で扱う事が前提のクレイモアとぶつけ合うと、下手をすればポッキリと折れかねない。


 攻めに転じようとヴェラビは構えたが、また後ろに跳ぶ。その動きに数コンマ遅れて、再びクレイモアがヴェラビの眼前と通り過ぎた。

 回転切り。自身を軸にして、剣を回転させる子供でも簡単に真似できる技。だが、それを実戦で、ましてや大剣で使うのは非常に難しい。


 遠心力によって威力の底上げが期待できるのだが、ただの横薙ぎと違って必ず相手を見失う上に無防備な背中を一瞬であろうと晒すのだ。

 その瞬間を狙われれば危険なのは当然とし、その危険を回避しようとして回転の際の速さを上げれば、今度は回転を止める際に隙が生まれる。中らな限り、必ず隙が生まれる使い勝手の悪い技なのだ。


 当然、ヴェラビは止まる瞬間の隙を付くべく、剣を立ててスティルトンの懐に飛び込む。


鎌居断かまいたち


 間合いに入った敵を刈り取るべく、スティルトンのクレイモアより風が解き放たれる。放たれる風は回転切りの際に通り抜けた風。スティルトンの腕力に遠心力が加わった風が無害な筈が無かった。

 形を持たないのというのに、まるで切れ味の鋭いナイフが通るように風が荒れ狂う。


 運悪く眼球に中れば失明するような攻撃。そんな攻撃を無防備な顔にくらえば普通は怯む。だが、ヴェラビは不可視の刃が飛んでくるのを感じながらも、左腕で顔を庇っただけ済ます。

 鎧の無い顔と腕に紅い線ができるが、そのままヴェラビはスティルトンと鍔迫り合いの格好に持ち込む。


「ハァッ!!」


 そのまま押し込み、態勢が僅かに崩れるや否や、追撃として左足で蹴りを叩きこむ。今度は、態勢が完全に崩れる。

 宙に浮いている左足を叩きつけ、それを踏み込みにしてようやくヴェラビは剣を振り下ろす。鎧がある部分を狙って振り下ろしたので、ギャリギャリと不快な金属同士の接触音が鳴り響く。

 切っ先がスティルトンの腕より下がると同時に、V字に突き上げてその切っ先を喉元に軽く触れさせる。


「…降参する」


 詰みの状況。最早これまでと、短期決戦であった戦いを振り返りながらスティルトンは負けを宣言するのであった。

剛地木

地面に這うように伸びる幹を持つ一風変わった木。

大型の魔物にも折れない硬さをと木特有のしなりを持つ。

硬くて重いのに、しなるので素材として珍重される。しかし、素材として持ち帰るのが非常に手間なモノでもある。

その硬さから切り出すの容易ではなく、素材として価値を持たせるのには1つの塊として持っていかなければならないためである。

ちなみに、あまりにも重いので水に沈む。


鎌居断

スティルトンの放出魔法。発動前にクレイモアが感じた風を一瞬で放って、カマイタチを発生させる魔法。

範囲は非常に狭く剣のすぐ近くしか切れない。、

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