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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
46/49

人との闘争 1

 クトセイン達は一回戦を終えた後はとんとん拍子で決勝戦まで進んだ。

 尤も、進むべくして進んだというべきか。


 トービスによる一回戦を見て、大多数の狩人は戦う前に諦めたのだ。勝つのは無理だと。

 そう諦めればやることは1つで、クトセイン達と当たる場合は速やかに棄権したのだ。そうして、クトセイン達は一回戦以降は不戦勝というかなり怪しく思える体で決勝にまで進んだのだ。


 不戦敗で勝ち進んだ決勝、その対戦相手はヴァランセ達であった。敵にも味方にも深刻な怪我を負わせずに、ヴァランセが先陣を切って戦うその様は、正に華麗であった。

 真正面から打ち破るその姿は、英雄譚に出てくる主人公のように勇ましく好感の持てるものであり、潔癖な戦いは捻くれた者でもなければ闘技場においては称賛しない者はいなかった。


 対して、クトセイン達は完全に畏怖された。

 一回戦でのトービスは、どう贔屓目に見ても狂戦士であって常識の範囲外。そんな危険人物を率いるクトセイン達は、ラゴンドの目論見通りに恐れられ楽をして決勝まで駒を進めたのだ。

 無論、人気などあるはずも無く、ヴァランセより達も戦闘以外での評価は低い。


 それでも、入場と共にブーイングの嵐などはなかった。歓声はヴァランセ達に向けられはしたが、クトセイン達には眠れる魔物に触れるべからずと言わんばかりに、畏怖の視線以外は送られなかった。


 寝ている間にそうなったヴェラビは、当然だろうと粛々と反応を受け入れた。トービスが怒りっぽいのは知っていたが、その事に何も気を回さなかった罪悪感と共感の為だ。

 殺すところまでは行かなくとも、ヴェラビも同様の怒りは懐いていた。ただ、トービスが過激だっただけだと無理矢理に自分を納得させてから、試合に臨んでいる。


降ろされる審判の手と開始の合図。それに合わせて、それぞれが敵と思う相手に挑みかかるのだった。


――――――


 クトセイン側の参加者は、クトセイン、ヴェラビ、トービス、ラゴンド。


 ヴァランセ側の参加者は、ヴァランセ、スティルトン、ゴーダ、クアルク。


 クトセイン側の編成は、前衛3人に後衛1人のバランス型。魔物を狩る際に、大抵の事態に対応ができるであろうとされる編成。出たい奴が出た結果がこれなのだから、やはり狩人らしさは身についているのであろう。


 対するヴァランセ側は、全員前衛での速攻狙いの編成で合った。出ていないチェダーにカマンベールも前衛ではあるが、その武器は人間に向けるには少々不向きであった。

 速攻狙いなのはキチンとした理由がある。魔法や矢は盾でも持っていなければ上手く防げないのだが、魔物相手には防ぐよりも避けるのが主流であるので盾を装備している者は少ない。

 まさか大会の為だけに盾の扱い方の練習などさせる訳にもいかずに、ヴァランセは前衛で足の速い順で4人を出し、速攻で決めることで魔法や矢を叩き伏せた。


 一番パワーがあって敵の守りごとその斧でぶった切るゴーダを先頭に、左右にヴァランセにスティルトンが逃げようとした敵を斬り伏せる。もしも、ゴーダでも一撃で突破できなければクアルクがその身軽さでゴーダを踏み台にして敵の後方へと飛んで後衛を黙らせる。仮に後衛が居なくとも、敵の意識を後ろに行かせられるだけで戦術的には十分であった。

 そうやって、ヴァランセ達は勝ち進んできた。


 4人という人数制限を利用し、個々が強くなければ守り切るのも逆に攻めるのもできないという戦術に、ヴァランセ達に挑んだ者達は敗れて行った。

 この戦術は力押しに近いが、大会条件に確かに合致した戦術であった。だから、こう思った。


 なぜこうなった。


 戦術通りにやって、そう広くない舞台でなぜ1対1の状況になったのかと……


――――――


 ヴェラビがヴァランセとは幼少の頃からの付き合いなのは覆しようの無い過去。それ故に、互いの性格や主義なども知っている。

 戦う上で、一回戦から使っている戦術をそのまま使うであろうと進言したのはヴェラビで、クトセイン達はその言葉を信じて自分達に合致した対策を考えることになった。


 一撃必殺で放出魔法で一気に片をつけようとか、新しい連携技でもやるかとおふざけ半分の意見が出ていた。だが、クトセインの一言で相手の戦術を逆手にとって1対1にするとなった。

 その一言は「ヴァランセがムカつくから、1人でボコしたい」。気持ちが判らなかった訳ではないので、クトセインのその意見はそのまま採用される事となったのだ。


(この爺さん、いったいナニよ……)


 戦術通りにやって、クアルクが相対する事になったのは当然ラゴンド。右手にあごの辺りまでの長さの杖を握り、厚手のローブと見るからに魔法使いであるラゴンドを見て、クアルクは警戒を強める。

 魔法使いは肉体的に脆弱。それは大体の魔法使いに当てはまる。

 魔法使いは、他の人のよりも自由に使える魔力が多い者がなるもの。しかし、全員が全員純粋に魔力が多い訳ではない。無意識に使う肉体魔法と魔力の総量の割合で、無意識に使っている分が少ない場合がほとんどになる。


 その結果が、魔法使いは肉体的に脆弱との常識ができあがったのだ。なのだが、意識的に肉体魔法を使えば魔力の総量が同じ狩人と同じポテンシャルを発揮することもできる。

 それならば先の常識は迷信めいたものとされてもおかしくは無いが、実践しようとするとある問題が起きる。それは集中力が続かないのと、無意識に使うように細く長く肉体魔法を使うのが難しいのだ。


 故に警戒するのは一瞬の爆発力。歳を取ったことによって獲得した精神的落ち着きに、長年の経験則。その3つを有するであろうラゴンドは警戒に値する。

 しかし、そんな事よりもクアルクが気になったのは、ラゴンドの余裕だ。


 後衛である魔法使いが、身軽さが売りの前衛に肉薄された状態には見えない。舞台がさほど広くない関係上、誰かがすぐに助けにこれそうではあるが、他人の力をあてにしているようにも見えない。

 つまりは、目の前の爺は1人で勝つ自信があるということだ。


「ふむぅ…竜の素材で作られた魔具の使い手か」


 どう攻めるべきか、そう考えあぐねていたクアルクの体が魔具の素材を言い当てられた事に思わず硬直する。いくら最高級の竜系の魔物で作られた魔具でも、切れ味や強度以外ではそれとは判りにくい。

 それを看破したのだから、驚いたのだ。


「それ程の物を持ちながら攻めあぐねるとは、腰抜けが」


 隠そうともしない嫌悪感と共にラゴンドは一歩踏み出す。

 それは、既に前衛の間合いに入っているのに、さらに踏み込むという通常であれば愚行以外の何物でもない。

 慌てて、クアルクは腰に佩びている鞘から小刀カルダを左手で抜き、そのまま投擲する。


 投げたカルダは、串牙蜥蜴かんがとかげと呼ばれる真っ直ぐと伸びた牙を持つ蜥蜴の牙から作った投擲用のカルダだ。カルダと銘打ってあるが、元となった素材が生き物の牙には珍しい真っ直ぐと伸びる特別な牙だ。小刀と言うより、杭と言った方が正しく感じられる一品である。


 魔物相手には脆弱な一点に突き刺して使う物なら、相手が人間でも同じだ。狙うは無防備な頭に、自然と鎧でも守りが薄くなる関節部分。慌てていても狙いを外すヘマなどせずに、寸分狂わずに投擲した。


 魔法を使って迎撃されるかもしれないとの杞憂はあったが、クアルクの狙い通りにラゴンドは防御に回った。

 厚手のローブを半回転するように翻し、刺さったカルダがローブを貫通する前にローブを振り払ってカルダを捨てる。流れるように行われたその対処は、見ていて何かの舞いの一部のように見えたが、クアルクには気にも留めない。


 重要なのは、自身への視線が無くなった事だ。ローブを翻した事で死角が出来、今この瞬間はラゴンドの視覚には自身はいない。その事が重要であった。

 意識を体の内側に向け、クアルクは肉体魔法を行使する。行使するのは筋力の強化。


 放出魔法が得意でないクアルクの魔力の使い道など、それしかない。ならばそれをできるだけ使うというのも当然な話だ。

 ククリの使用感覚は剣より斧の扱いに近い。いくらか技術を要する剣技より、狙った場所に当てれば良い力技に傾いている。それを筋力の強化で底上げすれば、人でもった斬れる。


 作らせた隙で決めるべく、クアルクはククリの攻撃範囲内にラゴンドを収める。

 距離を詰められると判っていたラゴンドも何もしない訳ではない。ローブを翻したことで勢いがついているのをそのままに、迫り来るクアルクに向かって後ろ回し蹴りを放つ。


 しかし、後ろ回し蹴りは空を切る。

 破れかぶれの反撃や牽制の一撃などあってしかるべきと、クアルクは前もって覚悟をしていた。敢えて開けていた左手で、後ろ回し蹴りを放ったラゴンドの右足を掴んで身を浮かせる。


 片足を軸にして放つ後ろ回し蹴りをした直後のラゴンドは隙だらけであった。攻撃直後の体勢と硬直から逃げるのは不可能。更には、上段からククリはギロチンの如く振り下ろされる。


(勝った!)


 体重すらも加えたこの一撃は防ぐようが無かった。勝利への確信。それが、反応を遅らせた。


「ッン…!?…ッガ!」


 ククリは刃を立てる前に、持ち主ごとラゴンドの杖に突き放された。

 ローブを翻すのと後ろ回し蹴りが一連の動作であったが、それにはまだ続きがあったのだ。

 一連の動作の最後のしめとして、ラゴンドは無防備であったクアルクに右手の杖を突きだしたのだ。


 身を浮かせた事で自身の体重を一撃に乗せたせいで、クアルクも逃げる事が不可能に陥っていた。しかし、クアルクはそうするしかなかったのだ。

 運命の分かれ目は、後ろ回し蹴りを身を浮かせて避けた事だ。他にも避けようはあったのだが、クアルクは攻めを優先したばかりに、一撃に体重も乗せられるその手段を選んでしまったのだ。


「死なぬように手加減はしてやったが、しばらくは動けまい」


 ラゴンドが杖を持っているのは、何も腰が悪い訳ではない。しっかりと、武器として有用であるから持っているのだ。

 芯として自身の尻尾の棘を使って、迅雷蜥蜴じんらいとかげの背骨を連ねる。その後に竜の血に漬すのと乾燥させるのを交互に繰り返して、最後にマグマで軽く焼くなどの固定処理を施したのがラゴンドの杖の正体だ。


「ック、ソ…」


 放電に関する放出魔法の効率化という役割も持つ杖に突かれて、無傷な筈がない。

 クアルクは体の節々が痙攣して、思うように動けなくなっていた。体へのダメージはさほどなかったが、突かれた瞬間の放電によって痙攣と言う麻痺とはまた違った行動不能に追いやられたのだ。


(ふむ、他はまだ終わっておらんか)


 自分の敵を倒して手持ち無沙汰になったラゴンドは、他の仲間の戦いを静観するのであった。

串牙蜥蜴

牙が串のように真っ直ぐと伸びている竜系の魔物。肉食に分類されるが、その牙で獲物に切れ込みのような傷を付けてそこから血を吸う。

この特殊な捕食方法から、吸血蜥蜴とも呼ばれる。


迅雷蜥蜴

身体全体が発電機のような竜系の魔物。基本的に放電しており、下手な装備では近付くのすら困難な魔物。

デカくて素早いと嫌な魔物であるが、竜系の魔物にしては防御力はそれ程でもないので、場合によっては一方的に狩られる。


誤字脱字、意見などお待ちしています。

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