罰
「ここは、良い森だ」
『そうですか? 魔王様、私には違いが判りませぬ』
とある森、そこには魔王と蛇がいた。悠々とした足取りで、散歩の途中と思わせる雰囲気であった。
『そもそも、どこも魔王様の尽力で栄えた場所。悪い場所など、有ろうはずがございません』
魔王に魂の底より心酔している蛇は、そんな言葉を事実と微塵も疑いもせずに口にする。
「そうであったな。では、自画自賛か?
いいや違う。最初は■であっても、活き活きとしているのは命が根付いているからだ。そこまでは、■でもどうしようもない」
『ですが、始まりがなければ今はありませぬ。
…もしかして、魔王様は我らの聖域の事を気に病んでいるのですか?』
絶対的な上位者であるのに、どこか愁いげな魔王の心中を蛇は的確に言い当てた。
「そうだ、お前等は聖域と呼んでくれるが、劣悪な環境であろうあそこは」
『そんな事はありませぬ。我等竜は、あの程度の環境でへばりませぬ。
昔と違って、食う物には困らない。それだけで満たされおりますゆえ』
「そうであろうな、でなければ、■が居る意味が無い」
蛇の言葉に、より魔王は愁いの色を濃くする。それを見た蛇は慌てる。
言葉遣いには注意を払っていたし、何も失言などしてはいないはずだ。
『どうなさいました!? 何か、問題があるのですか!?』
「…あの場所は竜なら生きられる。■のその判断が、多くの竜をあそこに縛られているのではないか?
竜だけではない。獣の、鳥も、水も、夢もそうではいか」
『そんな事はありませぬ! 獣や鳥は兎も角、水と夢は安住の地をお与えになったではありませんか!』
魔王の言葉は一部は正しかったが、蛇はそれを真っ向から否定する。魔王の期待を裏切るなどとんでもないと、住んでいる者の数は多い。だがしかし、結局は自分の意志である。魔王は、そこに住めなど絶対命令を出してはいない。
生息可能な範囲が限られている水と夢。だから、二種族には安住の地など存在しなかった。
魔王はその安住の地を創った。これは紛れもない事実である。そもそも、環境のほとんどが魔王が作ったも同然である。
「そうであったな。嗚呼、そうであった。
しかしコールよ。■は安住の地より、こういった場所の方が大切に思うのだ。
■が始まりではあるが、未来永劫続けられる生の営みが根付いているこのような場所が……」
ブツンと、意識を刈り取られるように暗転する。
「ゆめ~?」
ムクリと起き上ったヲオフェリは、口に出してその事実を確認した。
「…」
首を傾げて考えたものの、ヲロフェリは夢の意味を掴み切れなかった。
自身ではない魔王に、四将獣のコール。この2つが意味するのは過去の出来事という事ではないのだろうか?
そこまで考えて、ヲロフェリは考えるのを止めた。
自分は花の王ヲロフェリであり、夢の内容など知らない。そんな事を考えるよりも、まだ起きるのには早い時間というのが重要であった。
寝直すという、行為ができる時間であるとの事が。
深く考えずに、ヲロフェリは再び眠りにつくのであった。
――――――
闘技場。
そこは身体を掛け金にし、出てくる相手と死闘を繰り広げる場所。それと同時に、試合の結果を予想してその結果に金を掛けて一喜一憂する娯楽の場所でもあった。
「皆、ごめん」
その大会の参加手続きを朝1番にして、ヴェラビは改めてクトセイン達に謝った。
ヴィスタリアから言い渡された罰とは、フォアを狩りに行く前に大会に参加する事であった。
「気にすんじゃないよヴェラビ。ベルを逃がしたのが原因なんだから、全員の責任なんだからね」
「そうそう。文句があったら、お前だけでやれとか言ってるわよ」
文句があれば言う。それは仲間内では当然のルールとなっていた。他人の腹の中など想像はできても把握はできない。魔王同士でもソレは同じで、どんな崇高な考えだろうが下心でもないも同然だ。
そんなモノを伝えるには、敵意や悪意を直に判らせる暴力という手段か、言葉しかない。
仲間内で暴力で伝えるなどあるはずも無く、言葉で言われないのならそこまでの文句は無いと言う事だ。
「でも、ごめ…」
「何度も言うんじゃないよ」
カラカラと気持ち良く笑いながら、ラウェティはまた謝ろうとしたヴェラビに完全に言葉にさせないように両頬をそれぞれつねる。
「アタイ等全員仲間。勇者の名を聞いて来たような奴等だけど、ヴェラビを仲間だって思ってるのは同じはずだよ」
「わかったからわかったから、はなして!」
身長が20cm近く離れているのもあって、若干上に引っ張られる力も加わっている頬のせいで舌足らずのようの懇願を受けて、ラウェティは満足そうに手を離す。
精神的フォローは同性がやった方がいいだろうと、男性陣はその光景を見ているだけであった。
それが終われば、大会に参加した特典で使える宿にクトセイン達は一旦行くことになった。
其処で、再会と出会いが待っていた。
「ヴェラビ、ようやく会えましたね!!」
宿にいた男―――ヴァランセ―――の存在にヴェラビは少し顔を引き攣らせ、クトセイン達は本能で敵と認識した。
「ヴァランセ、どうしてこんなところにいるの?」
まるで自分を探し回ってかのような言葉である程度は想像がついたが、とにかく理由を聞いた。できれば、その想像は間違ってて欲しいと思いながら。
「大した事ではありません。私達も魔王討伐の旅に同行したいんですよ」
私達と言われて、ヴァランセの後ろに控えていた面々が彼の仲間だとヴェラビは気付いた。
「うん、無理」
即答であった。考える間も無く、ヴェラビはヴァランセの申し出を断った。
ヴァランセ、チェダー、モッツァ、レッラ、クアルク、ゴーダ、カマンベール、スティルトン、ビット。勇者候補と勇者のお供になる筈だった者達の集団。
もしもヴェラビに着いて行けなければ、ヴァランセ以外はヴィスタリアから何かしらの罰を与えられるであろう。
しかし、ヴェラビはそんな事情を知らない。知っていれば、ヴィスタリアに抗議の1つや2つしてくれるであろう。
「理由を聞いても?」
「流石に17人の大人数はちょっと……」
人は2人いれば対立してしまう生き物だ。自分達がそうなっていないのは、魔王討伐という共通目的があって結束しているのと、自分が主にならずにクトセイン達に合わせているからだとヴェラビは自覚はしていた。
そんな中に、ヴァランセ達を入れるのは下策でしかない。
共通目的は一致しているであろう。しかし、それだけであろう。
(それに、なんかあくが強くて協調性が無さそう…)
クトセイン達も個性的ではあるが、それ以上に個性的な面々を見てそう判断を下した。
見た目で協調性が無さそうというのは偏見どころではないが、大して間違っていないのだからヴェラビは鋭い方なのだろう。
仮にヴァランセ達を受け入れたらと想像すると、碌な事が無さそうな未来しか思い浮かばなかった。
ヴァランセはきっとヴェラビを立てるようにするだろうが、きっとクトセイン達は良しとしないだろう。良くも悪くも仲間として平等であり、ラゴンドが纏め役をやっているのはほとんどが上っ面だけだ。大体の意見は一致するし、何よりもクトセイン達の結束は固い分だけ排他的な面もある。
「ならば数を減らせばいいのではありませんか?」
多いのなら減らせばいい。そんな真っ当な事を言ったが、ヴェラビからすれば馬鹿馬鹿しいだけであった。
今の所はクトセイン達だけで十分であり、そこから戦力増強をするなら数を増やすよりも個々の力を増やしていった方が良い。
そもそも、今の旅はそういう目的でやっているのだ。
「悪いけど、今更仲間を気軽に入れ替えるなんてする気は無いよ」
本当に今更だ。ベルを狩り損ねたが、既に四将獣との戦いは折り返し地点にいる。そんな状態で仲間を入れ替えるなど、正気の沙汰にはとてもではないが思えなかった。
「そんな取り付く島も無い…。ヴェラビ、よーく考えてみてください、私と彼等のどちらの方が付き合いが長くて、気心が知れていますか?」
にべもなく断ったヴェラビに、ついにはヴァランセは自分だけを売り込む。幼少の頃からの付き合いの長さなら、この場の誰にも負けないと思っての事だ。
そんなヴァランセの手が、ヴェラビの肩に伸びる。
「…なんですか」
伸ばした手は肩を掴むことなく、別の手に掴まれて止められた。
「その辺にしておけ」
止めたのはクトセインだった。
ヴェラビの出生を考えれば、話している相手が勇者関連の人物と容易に想像がついたのと、人の話に口を出す野暮な事する気にはならずに静観していた。
しかし、言動の端々にヴェラビが相手を好いていないのを感じ取ったので止めに入ったのだ。尤も、それよりも本能が敵と騒ぐ相手が気にくわないのだが……
「どうせ、そっちも大会に出るんだろ」
「ええ、そうですよ。
フフ、そこで白黒ハッキリさせましょうか。どちらが相応しいのかを」
力こそ正しい。闘技場とは正にそういう場。
ならばこそ意見の食い違う二者が偶然にも参加し、争うのなら力を示すべきであろう。
機会はある。ならば後はその取り決めをして事に挑むだけである。
大会との単語だけで、ヴァランセはそこまで汲み取った。
「白黒ハッキリさせる?
勘違いするな、そこでお前等はまた識るんだよ。俺達との差を」
だが、クトセインの意図はそうではなかった。そもそも、争うという認識さえなく、まるで災害のように身に降りかかる力を体感するだけだと言い放つ。
大会においてはいくらか制限がある。しかし、そんなものは枷にすらならいだろう。
どんな制限があろうと、結局は示すのは力である。そんな場で後れを取るなど、最初から負けるつもりでもなければ起こりえない。そういった自負がクトセインにはあった。
「随分な物言いで…」
格下に思われている。ここまで言われれば馬鹿でも判る言葉に、ヴァランセは目を細める。
自身が最強とは思ってはいないが、それでも実際に戦って負けたのは3人しかいない。少なくとも、これまででは圧倒的に勝ち星の方が多く、それは実力によるものだ。
勇者の子孫は伊達ではない。ヴェラビには劣るが、生まれた時より強大な魔力を持っていたのだ。下地からして他者とは違い、その下地を活かす英才教育も施された。
そんじょそこらの馬の骨など歯牙にもかけない強さはある。
勿論、1体は仕留め損なったが2体の四将獣を倒した8人が馬の骨程度な訳が無いとは頭では解っている。
だが、自分をそんじょそこらの馬の骨程度に扱われるなど、プライドが許さなかった。
「良いでしょう、解らせてみせますよ。大会の中で、ね」
売り言葉に買い言葉。ヴァランセは、静かにそして冷徹にクトセインを睨みつける。
「それでは皆さん、準備をしに行きましょうか」
掴かんだままだった手を振り払うと、ヴァランセは仲間を引き連れてそのまま宿を後にした。そのすれ違いの際に、チェダーはクトセインに目礼をする。再開する度に、何やら嫌な会い方になってるのは気のせいではないであろう。
「災難ね、あんな強引なだけの奴が近くにいたなんて」
「そうでもないよ、ちょっと苦手てだけだから」
「あんな奴には近付くなとガツンといってやらなきゃ駄目さね」
やけにしつこかったヴァランセを、寝ているヲロフェリ以外の女性陣はこき下ろし始める。
「あんなのはちょっと優しくしただけ付け上がるんだから、次会ったら無視するくらいのつもりでいなさい」
「積極的って言えば聞こえはいいけど、うちの男共を見習って線引きはきちんとできない奴はただの獣さね」
「あー、確かにそうかも。皆キチンとしているし」
ヴェラビは無意識に近過ぎず遠過ぎずな線引きをしていた。踏み込もうとされなければ、その距離感は絶妙で心地好いものであった。似たような距離感を望んでいたクトセイン達の相性は抜群であった。
事実、執拗に線引きを超えてくるヴァランセには、嫌悪感すら懐いていた。それでも、長い付き合いなの事実で、そういうところは個性との位置づけで納得させている。
「これこれ、こんな所で立ち話をするな。他の者の迷惑になろう」
自分達の居る場所を思い出したラゴンドは、クトセイン達に移動を促す。8人も通路で突っ立ていれば、邪魔者以外の何者でもない。
先程までは、クトセインとヴァランセの剣呑な雰囲気で距離を開けていた者がほとんどであるが、もうその空気は飛散している。もう声を掛けても大丈夫だろうと思う者が出てくる頃合いである。
「宿の確認はした。後は各々がやるべき準備をするように」
解散宣言で、クトセイン達は思い思いに大会当日まで行動するのであった。
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