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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
42/49

鳥から次へ

「よし! 上手くいった!」


 倒れ伏したベルの横で、ヴェラビは小さくガッツポーズをする。そこに、全員が集合する。

 本当なら、落下してきても一撃で殺す予定ではなかった。どこに落下するか判らないベルを確実に捕捉する為に分散していた。落下地点に一番近い者が再度ベルが飛ばないように足止めをし、その間に全員で集まってそのままベルを袋叩きにする予定であったのだ。


 現実はそうはならずに、『一澄』で決めた。『一澄』は、ヴェラビが突きのただ1つだけに(・・・・・・・・・・)力を注いだ(・・・・・)肉体魔法わざだ。

 一突きするだけと聞けば、なんとも地味な肉体魔法であるが、一突きしか強制させずにその他の魔力を身体強化に当てているのでその威力は地味とは程遠い。


 『一澄』は突き出した勢いだけで肉は浅くではあるが抉れ、切先に触れただけで衝撃が体を内側から破壊するのだ。ベルだったから衝撃に体が耐え切れずに爆発飛散などしなかったが、普通の魔物であったら勢いだけで体に穴が開き、切先に触れようものなら爆発飛散か、掻き混ぜられた液体になって飛散であった。


「声箱は無事か?」


 ベルのやられた姿を見ただけで、おおよその威力は予想できる。何かしら被害があったのではないかと、心配そうに付けた場所に無い声箱を探してクトセインとバドーは視線を左右に走らせる。


「少し待っておれ」


 あーと言って、声箱をラゴンドは使う。


「ん、こっちか」


 クトセインとバドーは音を頼りに声箱を見つけると、罅が入ってないか入念に調べる。

 壊れたら困るのは、声箱の中の声石だけだ。音を頼りに見つけられたので、声石にはとりあえずは大丈夫と判断した。見てくれの為だけの外装でも、壊れているのは気分がいいものではない。


 尤も、そんな心配は杞憂であった。声箱を付けるのにトリモチを使った御蔭で、衝撃が声箱に伝わる前にトリモチが千切れてベルから離れていた。


「それじゃあ、首を落とすよ」


 声箱が見つかったのなら、辺りを盛大に汚す首切りもやっても問題無いだろうとヴェラビは剣を振り上げる。

 討伐証明に使えるとの理由もあるが、勝った証として勲章と確実に殺したとの証の意味合いの方が強い。なにせ、四将獣を討伐しろとの依頼は、これまでに1度たりとも出された事は無いからだ。


「ハアッ!!」


 気合を込めて、ヴェラビは剣を振り下ろす。大きさの関係で、1度では絶対に首を落とせないだろうがそのほとんどを切るつもりであった。

 刃が物に触れる。しかし、その感触は羽毛か肉に触れようなものでは無かった。

 硬く、金属を剣で切ろうとした時の感触。そして、その感触をほんの少し前に感じていた。


「ふふふ、私の悪運は尽きていなかったようですね」


 ベルはまだ生きていた。致命傷を受けても意識をしっかりと繋ぎ留め、死んだふりをしてまで時間を稼いで体を肉体魔法で癒していたのだ。

 そして、首が刎ねられるより先に、隠し持っていた枝を嘴に咥えてヴェラビの剣をしっかりと受け止めたのだ。


「では、御機嫌よう」


 逃げられる。そう思って全員が攻撃したが、既に遅かった。

 ベルの翼は大気を地面打ち付けて、己を空へと飛翔させる。放たれた追撃は命中こそしたが、ベルを留めるには足りなかった。

 悠々と、ベルは空を飛んでその姿をくらませた。


『全てを知りたくなったら、また来てくださいね』


「え……?」


「どうした、ヴェラビ」


「ううん、なんでもない」


 すぐ傍で喋っているようなベルの声にヴェラビは目を白黒させて辺りを見回したが、当然ついさっき飛んで行ったベルが傍にいる筈など無い。


(幻聴? でも、聞こえ方がコールのようだった……)


 自分以外には聞こえていなかったようなので幻聴かと疑ったが、その聞こえ方はコールの声に酷似していた。

 故に迷った。たった今聞こえたモノは、ベルの声であったのか幻聴の類いかを。


「逃げられたがどうする?」


 ベルが飛んでいった方向を遠い目で見ながら、ボソリと呟くようにクトセインは言った。心中しんちゅうは、「苦労したのにこの結果かよ」という呆れ混じりのモノである。

 別に四将獣を絶対に狩りたかった訳ではないが、朝から山に登って得たモノが苦労だけというのは嫌なモノである。


「今日はもう帰るしかあるまい」


「日を置いてまた来るの…?」


「あそこまでやられたら、ここには帰って来ない可能性もあるのを忘れてないかい」


「そこまで考えると、面倒ばかりさね」


 聞こえた声が仮にベルが言ったと仮定して考えている横で、クトセイン達はこの後どうするかを話し合い始めた。とりあえず、今日はもう山を下りるのに反対するのは誰もいない。


「霧、晴れてないか」


「ほんとだ~」


 休憩も兼ての短い話を終わらせたのは、トービスとヲロフェリの言葉であった。

 言われて辺りを見回せば、ラウェティの魔法での一時的に晴らせたのではなくて、自然に霧が晴れて遠くまで見えるようになっていた。


「これはいい」


 クトセインの言葉に、ヴェラビ以外は頷いた。


「呆けていないで、前を見てみなさいよ」


「あ、うん…」


 ヴェラビだけが見てないのを気付いたマデルに声を掛けられて、ようやくヴェラビはベルの言った全ての意味から思考をずらした。


「わぁ、良い景色……」


 目の前の光景に、ヴェラビは息を飲んだ。

 ジジネダルは連らなっている山ではない。大地からポツンと一カ所が隆起した山で、山頂にまで登れば視界を遮るものはほとんどない。

 そうなっていれば、平地ではまず見られない広大な大地を見られるのも当然だ。


 青々と茂って見えるのは森で、その中に自分達も通った道が線を入れて微妙な色合いの違いを際立たせる。その線を辿れば、防壁に守られたジジネニアも見える。

 ジジネダルの山頂は、この辺りを見回すには最高の場所であった。それと同時に、広く見渡せる唯一の場所でもあった。


「この景色を見ながらの食事をする。なかなか乙じゃないかい?」


 どうせ後は帰るだけだからと、もう少し景色を楽しもうとのバドーの提案は魅力的ではあった。


「でも、保存食ぐらいしか持ってないよ」


 しかし、もしも遭難した場合に備えて保存食は常備しているが、景色を楽しみながら食事をするのには少々微妙な物しかない。水などは放出魔法でいくらでも用意できるので、問題はそれだけであるのだが。


「それなら、問題無いんじゃないかな」


「…バドー、なんでこっちを見る」


 バドーの視線の先はクトセイン。もっと詳しくするなら、山頂までにちょいちょい集めていた食材が入っている背嚢を見ていた。


「蛇、猪、山菜、果物」


 羅列された物が何かなど問われるまでもなくクトセインには解っていた。自分が集めた食材である。


「……八等分すると、量が少ないぞ」


 苦し紛れの一言。その一言は、クトセインの心境を雄弁に物語っていた。


 できれば分けたくはない。しかし、バドーの提案は良い物だとも判る。折角の機会チャンスをこのままお流れにするのは惜しい。次の機会は何時になるかなど判らないのだから。


 なのだが、集めたと言ってもその量は少ない。あまり多くては邪魔になるのと、1人で食べて愉しむ予定であったのだ。


「そんぐらいいいじゃないさね。保存食だけじゃ、味気無いってわけなんだし」


「足りなきゃ集めればいいだけだしな」


 カラカラと笑うラウェティに一般論を言うトービスの言葉で、クトセインは折れた。

 ここで張り合ってもしょうがないし、何よりも馬鹿馬鹿しい。死ぬほど―――今の所は絶対にないが―――飢えている訳でもなく、分ける相手は仲間だ。


 喰うのは好きだが、何でも独り占めまでしようとまでは思っていない。なにせ趣向品に近い。貴重でも大事でもないものにそこまでの熱意は無い。

 ベルの巣があった場所に陣取って、クトセイン達はピクニック気分で食事の準備に取り掛かるのであった。


――――――


『そうですか、ベルには逃げられましたか』


「はい、すみません…道具の確認よりも先に首を落としておくべきでした…」


 ジジネダルにある狩人組合のある1室で、ヴェラビは聖女ヴィスタリアに報告をしていた。

 コールは頭を吹き飛ばして完全に絶命させたので、ただ狩ったとの報告を職員にしただけだったのだが、ベルには逃げられてしまった。


 ベルを追うか、次に狩る予定であるフォアを狩りに行くか。どちらにするべきかの指示を仰ぐために、わざわざ声石を使った通信機で直接話し合ってるのだ。


『しかし、逃げましたか。存外アレは腰抜けだったと……。

 アレが逃げに徹すれば捕まえるのは実質不可能なのは判りますね。ですから、迷い無くフォアの方に向かいなさい。

 あくまで今は仲間との結束を高め、そして魔王を打倒する為の期間。極端に言ってしまえば、四将獣を狩らなくてもかまいません』


「はい」


 ヴィスタリアの言葉に、ヴェラビは頭が上がらなかった。ベルを逃したのは、間違い無く自分の失敗だ。

 もし、血が付いてもすぐに洗えばいいのだからとベルの首を刎ねたり、頭を割っていれば未然に防げた結果だ。


『ですが、示しというのは必要です。勇者に実力があるのか?と、疑問に思う者も居るでしょう。

 貴女が聖女の教育を受けずに、勇者の教育を受けてきたのを知っている私からすれば疑う余地はありませんが他は違います。

 ですから、貴方達には、1つ罰を受けてもらいます。よろしいですね』


「その、今回のは全面的に私の責任です。できれば、私だけで済ましたいのですが……」


 誰もが『一澄』で死んだと思ったから、行動に誰も疑問を差し挟まなかった。その点で言えば、全員が全員同罪であった。

 しかし、ヴェラビにはそうは思えなかった。自分の『一澄』がまだ未熟であった。今回の失敗はソレに尽きると考えていた。


 傍から見ても、『一澄』の威力は即死級であった。原型を保った事に驚きはしたが、ヴェラビも一撃で殺したと思っていた。竜のように鱗を持つわけでもなく、虫のように外骨格を持つわけではない防御面で貧弱な鳥が、意識を保って耐え切るとは思ってもみなかった。


 そんな驕りが、今の事態を招いた。だから罰を受けるのは自分だけでなくては、心苦しいのだ。


『やろうと思えば、貴女1人でもこなせる罰ですが、仲間を頼りなさい。つい先ほども言った筈です。「あくまで今は仲間との結束を高め、そして魔王を打倒する為の期間」だと。

 親睦を深めるのには可笑しな罰かもしれませんが、1つの事を目指して行動を起こす。結束、ひいては絆を今より強固なモノにするには避けて通れぬ道です』


「…はい。聖女様がそうおっしゃるのであれば」


 しぶしぶ、ヴェラビは頷く。理に適っているのは間違い無く、なにより聖女の言葉だ。多少は変えても、その本筋まではヴェラビに変える意思は無かった。


――――――


『では、また』


 ヴェラビに罰を伝えると、ヴィスタリアは小さくため息をついた。ベルに逃げられるとの展開は予想していなかった訳ではない。


 しかし、栄えあると自負している四将獣のベルが逃げるなどとしっかりと考えた事は無かった。空を飛べるのであれば、その可能性は低いと思っていた。しっぽ撒いて逃げ出すなど、己のプライドで四将獣がするなど限りなく低いと考えていた。


(何か、私の知らない要因でもあったのでしょうか?)


 考えても、その答えが出る訳ではないのですぐさま考えを切り替える。


(まずは、ヴァランセと連絡を取らなければなりませんね)


 消化すべき事柄を思い浮かべながら、ヴィスタリアは今日の仕事を再開するのであった。

誤字脱字、意見などお待ちしています。

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