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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
4/49

処遇

「ミノムシ……」


 エルフ達を遺跡に運んでる途中で雨が降り出してしまったので、王は仕方なく全員を遺跡の中に入れた。クモの糸で全員グルグル巻きにしてあるが、転がしているとベットしかないにしても手狭になるので壁に吊り下げたらミノムシに見えなくもなくなったのだ。それで思わず呟いたのだ。


(それにしても、こいつらは何なんだろうね?)


 袋蜘蛛と黒蛇百足を殺したのだからそれなりの手練とは判る。そんな手練が女子供を連れてこんな場所にくる愚行を冒すなど背に腹は代えられない事情がありそうと考えても、王にとっては他人事である。虫がいくらかやられたが、それは虫が弱かっただけなので特に気にすべきことではない。


(名前を考えておくべきか……)


 とりあえず、王はエルフ達が起きるまで自分の名前を考えるのだった。


――――――


(ここは…どこだ……?)


 ボウムは抜けきっていない毒で霞みが掛かったようにハッキリとしない頭で、唯一動かせる首を動かして辺りを見回す。仲間が糸でグルグル巻きにされて吊り上げられているのを確認すると、まだ誰も死んでいない事実に安堵の息を漏らした。同時に、これからどうなるかとの不安が胸を押し寄せる。


 虫に喰われるのならまだいい。魔物を狩る狩人になったときから、魔物に喰われる覚悟はしている。そういった覚悟をしていない女子供には悪いが、そうなれば僥倖だ。


 しかし、エルフは奴隷として非常に人気がある。その容姿と人間よりある寿命によって長い間楽しめる性奴隷としてだ。


 奴隷になれば悲惨としか言いようがない。奴隷の実情など戻って来たのがいないので悲惨というのはほぼ憶測でしかないが、戻って来れないという事実で少なくとも籠の中の鳥には間違いない。


「起きたようだな、たしか…ボウムとかいう名前だったか?」


 こちらを見上げる人影。自分達を破滅へと誘う危険な存在がそこにいる。


「貴様、一体なんだ……」


 似たような質問ははぐらかされたが、まだ頭がうまく回らないボウムはその質問をした。


「そうだな、蟲の王という肩書が相応しいか?名前はクトセインだ」


 袋蜘蛛や銀蜘蛛のように漢字にするか、エルフの名前に合わせてカタカナにするかで迷っていた王改めクトセインは満足そうに頷く。


「崇めよ、讃えよ…なんては言わん。お前等が虫なら話は違っただろうが、俺はただ取り引きをしたいだけだ」


 最初からクトセインにエルフ達を殺す意思はない。まともな服が欲しいだけなら殺してでも奪い取ればいいが、できれば定期的に新しい服が欲しいのだ。


 それには友好的であったほうが良い。だから服五着で安全を確約してやろうとしたのに、襲われたのだ。

 言い方に問題があったかもしれないが、誠意のつもりであった。


「まずは誠意としてお前だけを降ろしてやる」


 有言実行として、左手と両足を虫の脚に変えるとクトセインはボウムの短剣を右手に持って壁をスルスルと登って、壁に付いている部分の糸を切って降ろす。灯籠熊と戦った際に気付いた体を虫に変化させる能力、それは指先を毒針に変えるといったことも可能としてクトセインは重宝している。


 その能力を目の当たりにしたボウムは顔が引き攣った。体を変化させるなど魔法ではありえず、例えできても不可逆の変化で決して元には戻せない。


 目の前のモノは人の形をしているにすぎない。初めから判っているはずであったが、人の形が数ある姿のたった一つだと知ってしまえば見えない底を覗きこんだかのように錯覚して身震いが止まらない。


(こんなモノを殺そうとしたのか?私は……)


 危険と判断したのは間違っていなかった。だが、合ってい過ぎた。一撃を叩き込めれば殺せると思い込んでいた自分が馬鹿らしい。虫系にも硬すぎて剣で挑むには無謀な魔物はいる。例え叩き込んでもそういった虫になられたらまず1人では勝てない。


「まずは互いの状況を知りあおうといこうか。お前等はなんでここに来た?」


 こちらの緊張を和らげようとした笑顔が恐ろしかった。実力に圧倒的な差を感じたわけではなく、その未知の存在に抗う気力を失い、ボウムは聞かれるがままに答えた。


「なるほど」


 エルフ側の状況に都合が良いとクトセインは内心ほくそ笑むと、どう勧誘しようかと考えを巡らす。お互いに利害は一致する。しかし、それだけで大団円になるとまで楽観的にはなれない。いくら幻覚を見せただけとはいえ、悪感情を持たれたのは間違いない。


「あの、1つ聞いてよろしいでしょうか?」


「かまわん」


「これから、一体どうするおつもりですか?」


「それはお前等の処遇か?それとも俺がどうするかか?」


「両方、です」


 既に全員から毒は抜け、全員が耳を澄ませてクトセインの言葉を待つ。命は相手に握られている。相手の機嫌次第で容易く握り潰されてしまうような危機だ。誰もが祈らずにはいられなかった。


「お前等の処遇は…俺に五着服を渡せば好きにしろとしか言えん。蟲の森に居を構えたいというなら、俺が条件付きで保護してやろう。

 俺がどうするかは特に決めておらん。やるべき事が見つからんからな」


 あまりにも良い処遇に、ボウムを始めとしたエルフ達は一瞬呆けてしまった。剣を向けたのに、たかが服五着という最初と変わらない条件で解放してくれる上に、条件が気になるが虫を操れるクトセインが保護をしてもいいと言ったのだ。まだ幻覚か夢を見ているかと疑う者さえ出た。


「さて、俺の決定は聞かせた。全員解放してやるからどうするか話し合うといい」


 低い位置に固定されている者からクトセインは解放していき、全員が解放できたら自分だけは遺跡の外へと移動する。


(俺がいたんじゃ話にくいだろうしな)


 どちらに転ぼうともクトセインには問題がない。去るというなら虫の餌にすればいい。居を構えるというなら、服を作る奴隷が手に入ったことになる。損などないのだから、クトセインは早く決めてくれないかと待ちわびるのだった。


「皆、あの話をどう思う?」


 ボウムの言葉にエルフ達は思い思いの顔をする。幻覚蛾をけしかけられて、嫌な幻覚を見せられた後ではどうにも良い印象はない。本気で害そうと思っていたら解放などしないであろうし、既に生きてはない。そうと解っていても、イマイチ信用はできない。


「逃げるってもありなんじゃないか?」


 ザファの提案に数人のエルフが同調する。言った事が全て嘘であったら生き残るには最善の手だ。


「ザファ、お前だって解ってるんじゃないか?それは無理だって。

 狩人の男だけなら逃げ切れるかもしれねえが、女子供を見捨てるくらいなら死んだ方がマシだ。なにより、ここからどれだけ逃げればいいかなんて判んねえだろ」


 しかし、それをファイは真っ向から反対する。間違い無く女子供は犠牲になるし、蟲の森の地理など一切不明なので現在位置さえ判らないのだ。それなのに逃げだそうなど無謀にも程がある。


「いやまぁ、わかってるけどよぉ…アイツに歯向かう道だってあるだろ」


 女性陣に冷たい目線で射抜かれたザファは苦笑いしながら一歩引く。


「それだけは止めておいた方が良いじゃろう」


 長老の言葉に全員の視線が長老に終結する。長老は老いる前まで―――老いたと言っても、そこまで衰えたわけはないが―――狩人として自由奔放に世界を駆け周って腕を磨いた過去があり、調査団蟲の森組団長ボウムより実力は上なのは全員が承知している。そんな長老の意見、こと戦闘に関する意見を無碍にできる者はエルフの中にはいない。


「長老の言う通り、戦うのだけは避けなくてはならない。とりあえず、最初の要求は飲まざるおえない。問題は、居を構えれば条件付きで保護してくれるというのだ。調査団として条件次第では願ったり叶ったりだ。しかし、信用できるかだ」


 蟲の森に居を構えるのは、人間の脅威から逃げるのには非常に良い。なにせ魔物が蔓延る魔境だ。侵入できる人間などごく僅かな限られた人間だけだ。


 暮らしていくのには食料や水の問題から厳しいモノになりそうであるが、それでも安全には変えられない。だが、クトセインの言葉を鵜呑みにできるほどの信頼などない。仮に他の調査団が芳しくなかった場合は、裏切られればエルフが絶滅してしまうかもしれないのだ。


「同族でもないのに今日初めて会った相手など信用ができないが、私達の求めていた新天地に近いことも確かだ。とりあえず調査団としての使命を全うすべく保護してもらい、生活基盤を築いて他の仲間と連絡を取り合おう。何も全てを私達で決める必要はない」


 反対意見がないかボウムは皆を見回すが、彼が予想していた異議の声を上げる者はいなかった。


「それでは、決定を伝えてくる」


 ボウムは1人で遺跡の唯一の出入り口から出ると、どこにクトセインがいるかと見回す。


「こっちだこっち」


 上から降って来た声で屋根を見上げれば、屋根から身を乗り出しているクトセインがいた。


「答えを聞こうか」


「私達は居を構える事としました」


「よろしい、蟲の王クトセインが了承した。では、まずは約束の服を頂こう」


「その前に、1つ聞きたい事がございます。条件付きで保護してくれるということですが、その条件はどういったモノなのですか?」


「なに、簡単な事だ。落ち着いてからでいいから、俺が求める服を作れ」


(そんなのが、条件?)


 生け贄でも求められはしないかと戦々恐々してボウムはそんなものでいいのかと唖然としてしまった。


「軽い望みだと思っているな? こんな辺鄙なところで服を手に入れようとしたら、ほぼ不可能だと判らんか。材料になりそうなのは蜘蛛の糸だけだし、作り方など一切知らんからこんな毛皮を着ている。

 服は無くても困るわけではないが、それでもあった方が良いだろう。他に必要とする物が無いというのもあるが、作れない物は余所から盗ってくるなりしなければならんが、迷うのが嫌で遠出などできん。

 お前等にとってはありふれた物でも、俺にとっては手に入れにくい物だ。そこを解れ」


「ハ、ハァ……」


 意外と切実な要求だった事と、それを語るクトセインの雰囲気が大真面目であったのでボウムは気圧された。あって当然の物の価値など実際無くなりでもしなければ解らないもので、いきなり言葉だけでそこを解れと言われても解ろうとも思えないし、解りもしない。


「……服の話は置いておこうか」


 自分が恥ずかしい事しているのに気付いたクトセインは気まずそうな顔をすると、話題変えに走った。


「今日はまだ日が高いが休むといい。毒が抜けたと言っても、万全ではあるまい」


 実はエルフ達に強力過ぎた毒針を刺したのはクトセインの秘密である。そのせいでエルフ達は1日意識不明だったりする。


「ああそれと、大概の蟲はこの遺跡には近付かんから外の空気を吸う程度に出るくらいなら問題無いが、水や食料を確保したくて出るようなら俺に言え。一緒に行って安全の確保はしてやるからな」


 それだけ言うと、クトセインは身を乗り出すのはやめて屋根に再び寝っ転がるのであった。

死亡フラグにしか思えないけど、変身能力(第二形態)も完備

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