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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
39/49

甘く土に誘う

 日が出切らない早朝、宣言通りにクトセイン達は森に入って行った。例の如く、二人一組での行動だ。

 ただし、ラゴンドとヲロフェリは村で待機である。本来の依頼である護衛対象を放っておく訳にもいかず、もしもの際に広範囲の敵を殲滅のできるラゴンドは必ず残らなければならなかった。


 ヲロフェリは、待ちの魔物との事で植物系の可能性が高いので、声箱を通じて何時でも助言できるようにと待機だ。

 尤も、獲物が何であれ、早々に後れを取るなどクトセイン達の中には誰もいないが。


「ったく、言うほど緊急じゃないのに、なんでこんな依頼を受けるしかないんだ」


 狩人組合の支部も無い小さな村にとって、専属の狩人と男が行方不明で、森の中には原因であろう魔物が潜んでいるであろう状況は死活問題になる。

 そうは判っていても、クトセインは愚痴をこぼさずにいられなかった。


「…あんた、今朝から不機嫌じゃない?」


 その言葉で、思わずクトセインは足を止めた。


「そうか?」


 組む事になったラウェティの指摘に、クトセインは思わず聞き返した。


「アタイの知ってるあんたは、状況を楽しむ事がほとんどだったじゃないか。いつもなら不本意でも、バドーと競争したりして楽しもうとしてたじゃないか」


 当り散らしたり、貧乏揺すりような判り易い行動はしていないが、普段と微妙に違うクトセインの行動を指摘した。

 指摘されたクトセインは、顎に手を当てて今朝からの行動を振り返った。別段何かがあったとかは無かった。


 だが、いつもならラウェティが言ったように、殺し合った仲であるバドーとこんな手間ばかりかかる依頼は競争でもしようと持ちかけていた。でなければ、こんなつまらない依頼などやっていられない。


「…言うとおりだな」


 省みれば、確かに不機嫌のように感じられた。しかし、どういう訳か呼吸するように自然とそうなっていた。そして、その症状には心当たりがあった。


「殺虫成分でもばら撒く魔物でもいるのか……?」


 額に手を当ててため息をつきながら、クトセインは辺りを見回す。付近に自生しているのは、蟲の森にも自生しているような普通の植物ばかりしか目につかない。


 そんな植物が放つ殺虫成分で気分を害されるようなクトセインではない。もっと強力でなければ、気分を害させるほどの影響は出はしない。クトセインの気分を害す程なら、魔物の可能性が非常に高いのだ。


「原因を捜して潰しとく?」


「そうしたいが、位置がいまいちハッキリしない」


 髪を触覚に変えてみるが、原因の出所がハッキリとしない。更にため息をつくと、クトセインは髪を戻す。

 原因が何であれ、気付かないほどのものだ。それが濃くでもならなければ、原因まで辿り着くのも難しい。


「それに、均一に広がっているようだ。きっと原因は同じのが複数いる」


 忌々しげに吐き捨てると、目を細めて森の奥を凝視する。


「こんな普通の森に、いったい何が移って来たんだ……?」


 またため息をつくと、村人が帰って来ない原因の魔物と、自分を不機嫌にさせる魔物を捜すために探索を再開するのであった。


――――――


 森に住まう者で人を襲うのは限られている。一般的に恐れられるのは、狼、熊、猪、蛇といったものだ。肉食であっても、積極的に人間を襲うのは種類として少ない方で、人間だけを獲物にしている種類自体はいないとされている。


 雑食でなんでも食べかねない人間を襲うのは、魔物にとっても多大なリスクを負う。そんなリスクを好き好んで襲うのは、知恵ある者かその判断もできない愚図だ。

 肉食の多くが草食を狙うように、逃げられはしても返り討ちにあう可能性のあるものはなるべく襲わない。それがどこであろうと変わらない狩りの鉄則。


「それらしい魔物も、その痕跡も見当たらない…」


「ほんと、この手の依頼は嫌ね。こんな調査をやらなきゃいけないんだから」


 面倒で仕方ない。その態度を隠しもせずに、「貴女もそう思うでしょ?」と今回の相方になるヴェラビにマデルは続ける。


「そう思うけど、しっかりやらないと。あの村の人達だって困るし、依頼人から文句がでるよ。

 ていうか、マデルはもう少し真面目にしたら」


 不真面目なのではなく、マイペースを崩していないと判っていたがヴェラビはマデルの態度に苦言を呈する。


「虱潰しに探すなんて、きっと無駄よ? 人間を食べるなら、図体が大きくないと無理だもの」


 地面や木の幹に足跡や引っ掻き傷によるマーキングなどの、魔物いた痕跡がないかヴェラビは目を凝らしている。その行為を、マデルは無駄と言った。


 人を喰うような魔物の大半は、人を超える背丈を持っている。その基準から言えば、痕跡は自然と目につくような大きさな事が多い。

 だから無駄と言ったのだ。例え虱潰しに捜して見つけても、それは関係無い魔物の可能性の方が高い。


「それでも、例外は常に存在するでしょ」


「それを言ったら、なんでもお終いよ」


 例外は常に存在する。確かに不確かではあるが、言われてしまえばそこで終わってしまう言葉である。

 大体場合は原則を離れて例外と言われる存在はある。しかし、それを確認した訳でもないのに調査の段階で持ち出すのは事実上の敗北宣言になる。


 例外とは、統計で見れば一応は存在するというだけ。そんなものを引き合いに出すのは、通常であれば見つからないとヴェラビは言ったも同然になる。


「でも、手掛かりがないんだよ? マデルは、あてもなく森を彷徨う方が好き?」


「…わかったわよ、碌な情報が無いものね」


 だが、折れたのはマデルの方であった。引き合いで例外を出したのはヴェラビの負けであったが、狩人としての行動はヴェラビの方が正しいからだ。


「そうそう、手を動かさないとね」


 辺りを軽く見回す程度から、注意深く見回すまでになったマデルの視線を見ると、ヴェラビは満足そうに笑って自分も調査を再開する。


(やる気なんて無いけどね)


 尤も、マデルにとっては正しさなど関係無く、探しているふりだけであった。ヴェラビの発言と意図の正しさはよく解っている。

 しかし、それは言わば他人の都合というものだ。マデルの中では、どうでもいい物の上位にくるものである。


(他の組みが見つけてくれないからしら)


 ヲロフェリではないが、マデルはこの依頼をめんどくさいと言って投げ出したかった。

 この手の依頼は利が少ないばかりか、苦労ばかりあるのだ。探し物など、ちょっと本気になればすぐに見つけられるのだが、それは絶対命令による人海戦術なので使えない。だから、自分達だけで探さねばならない。


(今夜にでもクトセインに蜂蜜を分けてもらおうかしら……)


 クトセインは保存食として、甘い蜂蜜を個人で常備している。果物よりもずっと甘いソレは、疲れを取るのに最適で、マデルは初めて貰ったときから時折分けてもらっている。


(蜂蜜は甘い匂いがするのよね。そうそう、丁度こんな…)


 付近に漂う蜜の香りを胸いっぱいに吸い込んで、マデルは意識を切り替えた。


「ヴェラビ」


「判ってる」


 突然の甘い匂い。それが良くないモノと2人は決めて掛かった。移動してたなら、花畑でも近くにあるのだろうかと考えただろう。しかし、2人とも移動していない。つまり、匂いは風に乗ってきたことになる。


 だが、近くには花畑など見当たらず、匂いは微かと思える物ではない。明らかに普通ではない。それならば、考えるのは魔物だ。


「近くには何も居ないようね…」


 感覚を鋭敏化するが、何も見つからない。念には念を入れて、マデルは体の一部を霞にして索敵するが、それにも何も引っ掛からなかった。


(どうする?)


(行こう…)


 アイコンタクトで互いの意志を確認すると、2人は匂いが強くなる方向へと足を進めるのだった。


――――――


 甘い匂いがきつくなり、呼吸するだけで胸焼けしそうになる頃合いに、2人は原因を発見した。


 ソレは木の様な花であった。紅い紅い花弁を持つ花が、地面に垂直に伸びる茎によって空へと花開いている。見上げる程に高く伸びていて、花は非常に高い位置にある。木が付近に無くて、一層その花が高い位置にあるのを際立たせていた。

 かなり開けた場所で、少し離れた位置に同じ花が天に向かって伸びている。


「凄い…」


 初めて見る植物系の魔物。ヴェラビは肉食の魔物が近くに潜んでいる可能性も忘れて、思わず口を開いた。そのまま、花を凝視して一歩踏み出す。

 いきなり、そんなヴェラビの肩をマデルが掴んだ。何事かと振り返って、目線だけで抗議する。

 その抗議に対して、マデルはヴェラビが進んで行こうした先を見ろと顎で指す。


 針のむしろ。花の付近は、正にそうなっていた。半径5m深さ4mはあろう穴が空いており、その穴にはびっしりと棘の生えた蔦が茂っていた。


「匂いに誘われて近付けば、この穴に真っ逆さま。まったく、いい生態してるわね」


 他の種族には見られない罠を見て、軽蔑するように吐き捨てる。その視線の先には、人に加えて猪や兎も全身傷だらけで息絶えている。


「フェリー、聞こえる?」


『何か見つかった~?』


「甘い匂いを発して、自分の周りを針の筵にする木みたいな茎をもつ紅い花に心当たりはない?」


『う~ん、たぶんソレは大輪血華たいりんちかだと思うよ~。

 肉食植物の変わり種で~、実をつける前に他の生き物の生き血を吸うんだよ~』


「だと思った」


 全身傷だらけで息絶えているモノを見れば、嫌でもそんな生態だろうと想像がつく。


『大丈夫そうだけど~、甘い匂いは意識を混濁させる花粉だから気を付けてね~』


(ま、私には問題無いわね)


 魔力に無意識な強化は、魔力の総量に比例する。強化のされ具合によっては、解毒力といった体に変調を整える力まで強化されている。魔王ともなれば、その強化は常識すら凌駕する。


 簡単に言ってしまえば、毒と言ったものは効かない。体は常に最善の状態に整えられ、毒が体内に進入しようともすぐさま分解される。微量で即死するような毒であろうとも、平気でコップ1杯分を涼しい顔で飲み干せる。

 だから、マデルは花粉を吸おうが平時となんら変わらずにいられた。


『あと~、傷付けたりした時に出る汁は血が止まらなくする作用があるから~』


「「……」」


 ただでさえ強烈な魔物であったが、更に凶悪度が増す情報に2人は絶句した。


「燃やそう」


「ええ、燃やしましょう。全力で」


 どの植物系の魔物にも通用する殺し方は、全身を燃やすという方法である。

 体構造からして他の種族と違う植物系の魔物には、心臓や脳といった必殺の弱点は無い。


 根さえ燃やせれば、それで後は死んでいくから根が心臓や脳に相当すると言う者もいるが、物によっては全部を燃やさなければ再生するような物もいる。

 魔法使いがいなければ難しい事であるので、全身を燃やすのはあくまで理想論止まりでもあるのだが……


「敵焼く灼熱、我が剣包み、触れし者を区別無く焼き葬れ!」


 詠唱が完成すると同時に、炎がヴェラビの剣を包み込む。ヴェラビは炎の剣と化した得物を水平に構えて、一直線に大輪血華に向かって駆け出す。

 穴の手前で跳び、穴の中心に跳び込む。身体ごと回転し、その力を使って一撃の元に両断する。


 まだ残っている勢いで上と下に別れた上を蹴り、切り口を露出させる。その切り口を踏みつけて、ヴェラビは再び跳んで脱出する。

 ソレに遅れ、上が下に落ちるよりも速く、切り口から引火したかと思えば、瞬く間に火は大輪血華を包む炎となった。そうやって、針の筵に降りずにヴェラビは大輪血華を焼き尽くした。


「燃えよ、紅蓮!形無き有象無象、その熱を持って焼き尽くせ!」


 熱気。形無きソレが、大輪血華を包囲する。ただ場を熱くするだけであろうそれが、大輪血華に触れた途端に傍目からは想像もつかない事が起こった。

 大輪血華以外には何もないのに、突如大輪血華が紅蓮の炎に包まれたのだ。


 起きた事を簡潔に言えば、マデルの作った熱気が大輪血華を発火点まで押し上げただけだ。現象としては単純だが、物体を発火点まで上げる熱量は半端なモノではない。それを成し得るだけの魔力を持つ者は早々いはしない。


「全部燃やしちゃうわよ!」


「マデルはそっち半分をお願い。私はこっちをやるから」


 群生、というのには少し数が少ないかもしれないが、大輪血華は程なくして全てを燃やされる運命なのだった。


――――――


「ありがとうございました、狩人様方」


 村の長老が深々と頭をクトセイン達に頭を下げる。目につく限りの大輪血華を燃やしたと聞いて、実際に頭を下げているが本当に頭が上がらない。

 大輪血華は、ただの村人にとって下手な肉食の魔物よりも性質が悪い魔物なのだ。花粉をどうにかして近付かなければならないのだが、村人では近付く前に花粉の虜に落ちてしまう。


 尤も、大輪血華とて常に花粉を出している訳ではない。夜には、その花は閉じている。しかし、現実問題として夜の森を村人が通り抜けられるかとすれば不可能だ。敵となるのは、大輪血華だけではないのだから。

 その為、花粉を出すようになったら狩人でなければまず狩れないのだ。


「その…無礼を承知で伺いますが。どなたか、この村に腰を落ち着かせる気はございませんか……?」


 非常に言いにくそうに、長老は言った。とりあえず森に入れるようになったが、それは当座の事でしかない。いつまた手におえない魔物が出没するかはわかったものではない。となれば、1人だけでも残って欲しいと思うのは当然だ。


「お気持ちは判らぬ訳ではないが、この中の誰も残る気はない」


 ラゴンドの言葉に、長老は目を伏せてしまう。判っていたが、それでも残ってくれるかもしれないと淡い希望を抱いていた。


「だが、狩人組合の支部に寄った際にこの村の事を伝えておきましょう」


――――――


「なんか、後味悪かったなぁ…」


 夜、ヴェラビは1人で夜空を見上げていた。思い出すのは、長老と村人達の暗い表情だ。

 人喰い魔物を狩りはしたが、それは場当たり的な対応にすぎない。それしかできないと判っていても、やはり自分にもう少し何かできないかと考えてしまうのだ。


「考えるだけ無駄とだと思うがな」


 ヴェラビが振り返れば、そこにはクトセインが立っていた。


「出来る事なんか、どうせ両手で届く事しかないんだからな」


 ヴェラビの悩みを見透かした答えは、正しいと同時に虚しいモノであった。


「そうだとしてもさ、すぐに諦めるきにはなれないよ…」


「その辺は自分で踏ん切りをつけるしかないな。

 話が変わるが、村の若い男が来たりしなかったか?」


「? 来てないけど」


 意図の判らない言葉に、ヴェラビは首を傾げる。


「それならそれでいい。あんまし気分の良い話じゃないが、こういう小さい村は若い異性を宛がって村に永住させようとすることがあるんだよ」


 それだけ小さな村は狩人の確保に必死と言う事だ。と言うと、クトセインはそのままヴェラビの隣に立つ。


「口直しだ、受け取れ」


 握らせたのは手のひらサイズの小さな壺。中身は蜂蜜だ。


「いいの、高いんでしょ?」


「今朝、機嫌が悪くてな。どうにも気付かないうち迷惑をかけていた。その詫びだ」


 それだけ言うと、クトセインは気恥ずかしそうにすぐに泊まっている長老の家に入っていく。


「…甘い」


 試しに一舐めして、その甘みを感じてヴェラビは顔を綻ばすのだった。

大輪血華

実をつける前だけ、他の生き物の生き血を求める植物系の魔物。

花粉は甘い匂いがするが、意識を混濁させると同時に虫除けの効果がある。虫以外は、花粉の虜になると大輪血華にフラフラと近付くようになる。

棘の生えた蔦は、実は大輪血華の根に相当する。

大輪血華付近にできる穴は、元々あったものではなく根を張り巡らせてそれで土を退け、特定部分の根を枯らして作った穴。

実は栄養満点で、食べられる。しかし、ほとんどの場合は鳥に食べられる。

花粉、穴、高い位置にあるのは、実を鳥に食べてもらって種を遠くに運んでもらうためである。


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