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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
38/49

ちいさな村の危機

 魔王。望まれ、存在したのが魔王であった。

 唯一にして絶対の希望。魔王を見た者は、全員が一目でそれが解った。だから、知恵ある者もそうでない者も喜び勇んでその後に続いた。

 衰弱するように穏やかに滅びつつあった者達は、魔王の存在で変わっていった。


 喰うか喰われるかの弱肉強食は変わらない。だが、群れで結束をするのがせいぜいだったのが、一足飛びで種族の垣根を越えて結束したのだ。

 正に革新であった。喰う喰われるの関係上で、結束するなどまず起きない。それを起こせるほどに、魔王という存在は大きかった。


 そんな魔王の後を付いて行く者に、原初の魔物と呼ばれるべき者達がいた。原初の肩書を持つ理由は、なんて事の無い、文字通り最初からいた魔物だ。

 多種多様な者が居て、多種多様な者が逝った。そんな彼もしくは彼女に共通点があるとすれば、最初から最期まで魔王の部下であり続けたという事であろう。


――――――


「随分と、古い事を……」


 思い出す夢だった。そう独り言をこぼそうとして、ラゴンドは口をつぐんだ。

 過去という不変の事実だが、もはやそれにすら触れる権利が無いからだ。自らの傲慢さが招いた結果であるが、後悔はしないと決めてやっている。


 今と昔では、存在が根底から違うのだ。懐かしむなど、他人の過去を鑑賞しているのと同義になる。


「何はともあれ、進める他あるまい」


 過去など関係と割り切って、ラゴンドは進める。自らが言い出した茶番、その今が過去になるその日まで。


――――――


「あー暇」


「あ~」


 長距離移動に必須な馬車の荷台で、ヴェラビとヲロフェリは暇を持て余してしていた。

 2度目の馬車での移動になるが、こういった事は仕方が無いのだ。いつ何時なんどきに魔物や盗賊に襲われるか判ったものではないので、揺れる馬車の荷台で寝る訳にはいかない。かといって、起きていても襲撃を受けなければやる事もない。


「ねえフェリー」


「なに~」


 と、なれば、同伴者と話をするくらいである。


「クトとはどんな関係?」


「クト?クトセインの事~?」


 首を傾げて聞き返すその姿に癒されながら、ヴェラビは先を促す。


「そう、クトセインの事」


 何だかだで一日の大半をくっ付いて過ごす2人の関係は、傍から見れば奇妙であった。

 どうせ暇なのだからと、ヴェラビは直接聞いたのだ。


「兄妹って感じじゃないし、かと言って親子でもないんでしょ?」


 身体的特徴に類似点は無く、髪の毛の色も一番多い栗毛ではない。尤も、髪の毛はコツさえ掴めば簡単に着色できる放出魔法があるのだから、一見しただけで血縁などの判断には一番信用ができないのだが。


「ん~なんだろう?」


 繋がりは魔王という共通点で、今の関係になったのはヲロフェリがクトセインの言葉に甘えた結果になる。

 押しかけ女房との単語が頭を掠めたが、何か違うとしてヲロフェリは口に出さなかった。


「…普段は何してもらってる?」


「おんぶしてもらったり~、あたまを撫でてもらったり~、それからそれから…」


 嬉しそうに、これまで何をしてもらったかを指を曲げて数えるその姿は微笑ましいものだった。


(うん、親子か兄妹みたい)


 歳が離れているのもあって、ヲロフェリはまるで父親か歳の離れた兄を自慢する小さな子供のようである。

 かわいいなーなどと思いつつ、ヴェラビは手を伸ばして頭を撫でた。それが気に入ったのか、ヲロフェリは口元を綻ばせてヴェラビに寄り掛かる。


「あ、そうだ~。この服と弓は、クトセインがエルフに作らせたんだよ~」


「エルフって、森の民のエルフだよね?」


「それ以外でいるの~?」


(そういえば、クトの服もフェリーの服も絹みたいな肌触り…)


 改めて白いワンピースのような服を触って、その肌触りを確認した。実物は見た事も触ったこともないで、エルフの作った服かの真偽は判らない。しかし、ヲロフェリが嘘を言っているようにも思えない。


「でも、エルフがどこに居たの? 民の森に居たらしいけど、もう居ないって話だし」


「どこに居るかはひみつ~。かくれ里だって~」


「そんなのもあるんだ」


 エルフは珍しいが、探し出してまで見たいとも思えなかったので、隠れ里の位置など聞き出そうとせずにそのまま流す。

 流したせいで話題は途切れ、沈黙が2人の間に流れる。尤も、追求してもほんの数十秒くらいしか持たなかったであろうが。


「ねえ、何かない?」


「何かってな~に?」


「うーん。じゃあ、珍しい物の話とか」


 ヴェラビは自分にできる話がかなり限られているとの自覚があって、しっかりと話ができるか多少の杞憂もあったがとりあえず話題を振った。


「珍しいもの~? おいしいけど、食べたら死んじゃう果物とか~?」


「そういのをお願いするけど、毒持ち果物は止めて。果物に手を出しにくくなっちゃう……」


 果物のほとんどは食べられる。しかし、毒を持っているものが無い訳ではない。

 なので、毒持ち果物の話を聞いてしまうと、自然になっている果物に手を出しにくくなる。毒持ちの方が少ないと知っているが、やはり心情的に気後れしてしまう。


「じゃ~、奇妙な植物系魔物~」


「いえーい」


 盛り上げる為なのか、自分でペチペチと可愛らしく拍手をしたヲロフェリに合わせて、ヴェラビも拍手をする。

 正直な話、ヴェラビはあまり乗り気ではなかった。自分で話題を振っといた上に、一度別の話題にしてと頼んだのだ。また変えてくれと言うのは、些か不味いだろうから乗ったのだ。


「水に土に日光があれば~、だいたいの植物系の魔物は生きて行ける~。

 でも、他の魔物を食べるのもいるんだよ~」


「肉食植物ね」


「そうだよ~。ほとんどは捕まえて溶かすんだけど~、変わり種は寄生するか生き血を飲むんだよ~」


「どれも考えたくない生態だね……」


 落とし穴。体全体、もしくは一部を拘束。粘液兼溶解液でくっつける。完全に閉じ込める。

 大まかに分類すると、肉食植物はこの4つに分類されている。どれも共通するのは、死ぬまで時間が掛かるという事実である。


 即死しないのなら、良い事ように思えるだろう。しかし、死ぬまで時間が掛かれば生きて帰れる可能性は高くなるが、生き地獄を味わうのは間違いがないのも事実なのだ。

 そのことを考えたヴェラビは、げんなりとした。できれば、お目にかかりたくは無いのだ。それでも、いつかは出会わなければならないだろうが……


「しかも~、だいたい毒とかもってるんだよ~。植物系はほとんど動けないから~」


 肉食植物はどの様な形であれ、相手を束縛するのが普通である。そこから予想される問題は、相手に暴れられる事である。ちょっとした傷が致命傷に繋がりなりかねないので、植物としては動物と同様に一方的に喰いたいのだ。


 しかし、ほとんどの動物がするように瞬時に殺すという選択ができなかった。そのために植物は、ほとんどが麻痺性の毒を利用している。


「あと、見分けがつき辛かったりもするんだよね?」


「そうだよ~。罠に毒に擬態の三拍子がそろって肉食植物みたいなものだからね~」


 ただそこにいるだけで獲物が飛び込んでくるなど、自然では偶然に偶然が重ならねば起きえない。その偶然を必然にする為に、肉食植物は罠、毒、擬態を駆使している。


「まだまだ先になるだろうけど~、肉食樹林で1人で植物の近づいちゃダメだよ~」


 普段でも~、なるべる避けるに越したことはないんだけどね~。と、ヲロフェリは笑いながら言ったが、実際に普段から気を付けておくべきことなのだ。擬態による隠密能力は、決して馬鹿にできる物ではない。

 下手をすれば、気が付いたら消化されつつあるというのも起こりうるのだから。


「基本は待ちだから、自分から近づかなければ何も問題はないんだよね?」


「だいたいはね~」


 そうやって気を付けていても、騙されてしまう程に擬態が精巧なのはヲロフェリは黙っていた。

 毒さえ効かなければ、だいたいの狩人は肉食植物に捕まっても逃げれるくらいに、植物系の魔物は弱いのだ。


 身体能力から鑑みて、ヴェラビは魔力によって毒への耐性は高いであろう。それなら、せいぜい荷物が駄目になるくらいで身体的には痛手にはならない。

 それなら、わざわざ言うような面倒はしなくていいだろうと、めんどくさいとの理由で言わなかっのだった。


――――――


 クトセイン達を乗せた馬車は、日が傾きかけた頃になってようやく狩人組合の支部もない小さな村に着いた。


 其処までは普通であった。野宿する事もあるが、それは途中に村が無かった場合でしかない。街と違って防壁は無いが、それでも森の中よりは格段に安全だ。

 普通と違ったのは、馬車を見た村人が慌ただしく走り去ったかと思えば、大人数になって出迎えたのだ。


「なに?」


「あ~」


 なぜそうなったのか判らないヴェラビは疑問符を浮かべ、判ったヲロフェリのは「またか~」とこぼした。


「狩人様、どうか私達をお助けください…」


 長老と思しき老人の言葉で、ヴェラビも村人が何を求めるているのかを理解したのだった。


――――――


 歓迎されて、村長の家に通されたクトセイン達は交渉に向かったラゴンド以外はのんびりとしていた。狩人に頼る事など、魔物絡みなのは間違いない。しかし、襲撃を受けるなどといった非常事態ではない。そこまで判って、ラゴンドが戻ってくるまでのんびりしている。


「さて、だいたいの事情は察しているだろうが、説明する」


 少々疲れたように顔を曇らせて帰ってきたラゴンドは、戻って来て早々に口を開いた。

 なにやら強力な魔物が現れたようで、森に入った男達が何人も帰って来ない。だから、男を殺しているであろう魔物を狩ってほしい。


 まとめてしまえば、それだけだ。実際の話では、誰が帰って来ないだとかもあったが、それは知っていても大して意味は無い。重要なのは、やるべき事は普段と変わらず、魔物を狩るだけだ。


「随分と曖昧な依頼だな」


「そこが一番困るところだ……」


 ただでさえ皺だらけなのに、眉間に更に皺を寄せてラゴンドはクトセインの言葉に頷く。

 拘束されて無駄に時間を浪費しというのに、得られた情報が何かが森に潜んでいるのは間違い無いというだけだ。


「だというのに、商人は危険の芽を摘み取って来いと来た」


「まったく、どうせどちらも現場こっちの苦労なんて考えてないんだろう?」


「それでも、こなすのが狩人なんじゃない」


「でも、めんどくさ~い」


「どうせ、受けるしかねえんだろ」


「せめて原因くらいもっと絞って欲しいわね」


 丸投げな村の対応に、ほとんどが閉口していた。


「っま、待ちの魔物の可能性が高いって判っているだけまだマシさね」


 前向きなラウェティの発言に、ヴェラビ以外は頷く。かつて、似たような依頼を受けたのだが、その時はどんな魔物かもはっきりしなかった。しかも、結局は原因が魔物ではなく、人間だったというのだからしょうもない。


「そういえば、村に1人くらいいる狩人は?」


 だいたいの村には、狩人が居着いている。魔物の脅威はどこにもあるから、いなければやっていけないからだ。

 それに、街ではゴロゴロいる強さでも、村では英雄にだってなれる。それで村の専属の狩人もそこそこいる。


「最初の犠牲者だそうだ」


「…うわぁ……」


 役立たず。その言葉を出さずに、ヴェラビは飲み込んだ。顔も知らない相手ではあるが、もしかしたら原因の魔物相手に勇敢に向かって行って散った可能性もある。限りなく低そうな可能性ではあるが。


「明日は、早朝から行動を開始する。各自、できるだけの準備をしておくように」


 できることなんて限られているが、それでも準備だけはするようにと言って、ラゴンドは形ばかりの会議を終了するのだった。

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