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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
37/49

蛇から次へ

 勝利による歓声などコールを狩っても無かった。歓声を上げる余裕が無かったからであろうが、粛々とコールは解体された。それがあるべき姿だ。

 どんな場所であろうと、危険は潜んでいるものだ。狩った後なら、獲物や自身の出血で血の臭いを撒き散らしているのが普通。血の臭いは肉食の魔物にとっては、撒き餌にすらなる。


 そんなモノを漂わしながら解体していれば、お呼びではない客も来てしまう。そこにわざわざ音も付け加えて存在を主張すれば、襲って下さいと言っているようなものだ。


「なんか、使える部分が少ないね」


「仕方が無いだろ。頭は吹き飛ばしたからな」


 ヴェラビの言葉を訂正するなら、使える部分が少ないのではなく、持ち帰れる部分が少ないのだ。

鱗なら、枚数は限られるが簡単に持ち運べる。だが、他に使える部分は骨か牙になる。大体の魔物が使える部位であるが、持ち運ぶとなると難しくなる。


 肉を削ぐのが手間というのもあるが、なによりもその大きさが問題になる。

 四将獣たる賢蛇のコールの大きさは規格外。当然、骨も規格外の大きさになる。肋骨の1本でも、1人では運ぶのは一苦労だ。


(なんて言うか、実感が湧かないな……)


 四将獣のコールを狩り、ようやく最初の関門を突破したのにヴェラビの心には靄が掛かっていた。


(私、必要だったのかな…)


 既に安全に持ち帰れるだけの鱗を確保し、手持ち無沙汰になったヴェラビにそんなわだかまりが生まれていた。

 コールとの戦いでは囮でしかなかった。別にそれ自体は悪い事では無い。自分が真正面から叩き切れない相手であったから、必要不可欠の攻撃を任せたのだ。あるであろうと考えなかった事ではない。


 だが、その囮に自分は必要であったのか? そう考えると、必要だとは言い切れなかった。

 クトセイン達は強い。それこそ、自分と良い勝負になるくらいには。

 それだけの実力があるのだから、コールを自分抜きでも狩れても不思議ではない。


(やっぱり、私には勇者である事しか……)


 自分には背負う肩書しかないのではないかと思ったとき、俄かに目を疑いたくなる光景が目に飛び込んできた。


「ここら辺が美味いか?」


「こっちの方がよさそうだよ~」


 クトセインとヲロフェリがコールの肉を切り取っていたのだ。魔物の肉でも、毒袋が破けて毒液が肉に染み込んでなければ、大抵は食用になる。


「ねえ、食べるつもりなの…?」


 恐る恐る、ヴェラビは的確に問題を聞く。

 言葉を発する知恵ある者の肉は、食べるのに忌避する者が多い。肉の味がどうこうではなく、精神的なものだ。ヴェラビも、知恵ある者の肉は食べようとすら考えた事はない。


「勿論。竜系の魔物は美味いぞ」


「ね~」


「なぜこちらを見る」


 食べるときが楽しみと言わんばかりの笑顔で、ヴェラビには意味が解らないがラゴンドを見ながら言った。


「このままではすぐ腐るからな、こうだ!」


「こうだ~」


 塩を塗られた部分から蛇肉が萎び、手が濡れる。発熱をさせず、水分を肉より分離させたのだ。手間も時間も掛かる干し肉には味が劣るが、保存食としては上々の分類であろう。


(うわー)


 驚くより先に、ヴェラビは呆れた。手法としてはありで、干し肉が完成するまでの時間を短縮するのにも同様の放出魔法が使われている聞いたことがあった。

 しかし、水分を分離するのは非常に難しい。焼くなどするよりもずっとイメージが難しいのと、戦闘にはまず使えないのという理由から使う狩人はほとんどいない。使う狩人は、資金繰りに全力を注いでいる奴か、放出魔法の極致に到らんとする魔法使いくらいだ。


 クトセインとヲロフェリがどちらかと聞かければ、前者としか思えないだろう。どちらも放出魔法を使っても、極致に到らんとまでは考えそうにない。


(なんだかなー)


 さっきまで考えていた事が馬鹿らしくなり、ヴェラビは微笑んだ。確かに今回は役に立たなかった。でも、今回が最初で最後という訳ではない。

 ならば次で取り返せばいい。全力を注いで、結果を出せばいい。


 目の前に、全力を注いで結果を出している人がいるのだ。お手本にして、自分もそうすればいい。


「クト、フェリー。私に、その放出魔法を教えて」


 ひとまず、新しい事に挑戦するヴェラビであった。


――――――


「戦勝を祝って派手にパーっといこうじゃないか!」


 無事に街に帰ってこれてから、ラウェティの一言で派手に食事をすることなった。楽しみと言えば食事か、装備の新調くらいしかない。だから、食事にコールの鱗を売った金を充てるのは当然の流れであった。


「さて、コールを狩った訳だが、次は何を狩りに行くか決めてしまおうか」


 酒に肉をたらふくかきこみ、そろそろ騒ぎも終了という間際に今後の予定を決めてしまおうとラゴンドが提案する。


「位置関係上、次は賢虎のエンドか賢鳥のベルになる」


 もはや残飯しか残っていない皿を正三角形になるように並べ、最後に先程まで口をつけていたコップも足して四角形にする。


 コップが現在地を示し、皿が残りの四将獣が居る場所を示している。最短距離で済ます場合、賢亀のフォアは次の次に回さねばらず、最後に今回選ばれなかった四将獣がくることになる。


「多数決で決めるが…」


 目配せをするように、ラゴンドはチラリとヲロフェリを見る。全員で8人いるので、選択肢が2つでは意見が真っ二つに割れればそこからは平行線になってしまう。

 そして、こういった場合、誰か1人が投票を辞退すればスムーズに決まる。


「じたいする~」


 クトセイン達の中で、積極的に辞退するなど1人(ヲロフェリ)くらいしかいないのであった。


「エンドに一票」


「ベルに入れる」


「ベルにしておく」


「そんじゃエンドにするよ」


「僕もエンドにさせてもらうよ」


「じゃあ、ベルに入れておくわ」


 予定調和のように最後の1人(ヴェラビ)に決定が促される。

 全体の茶番はまだ始まったばかり。どう転ぼうがまだ未来は決まったまま。


「それじゃあ……」


 選択肢などあってないようなもの。どちらを選ぼうが、あるのは不変のみ。


――――――


 位置的にはソルトニアの隣と言える、賢虎のエンドが住まう場所に最も近い街、ガランニアにあの9人がいた。ヴェラビを追っ駆けているヴァランセ達である。


 足取り不明のヴェラビを捜すべく、とりあえず多数決で決まったエンドに最も近い街に行ったが、そこには当然ヴェラビはいない。

 勘に自信が無いと言っていたヴァランセが投票したコールの元に向かっていたのだから、皮肉なものである。


「さて、ようやくヴェラビの居場所がわかりました」


 そんな訳で、無暗に動かずに狩人組合からの情報をヴァランセ達は狩りをしつつも待っていた。狩人組合は希少である声石の通信機を所有しており、伝言ゲームのようになってしまうが情報の伝達はできる。


 ヴェラビの銀髪は非常に珍しく、狩人組合を利用しなければやっていけないので見つけてしまえばすぐに居場所が判るようにしておいたのだ。


「場所はソルトニア。賢蛇のコールが住まう森に最も近い街でした。

 これから、ソルトニアに向かいます。と、言いたいですが徒労に終わるでしょう。なにせコールが狩られたそうですから」


 狩りの後は休養期間を置くのが普通であるが、それが1日なのか1週間なのかはまちまちだ。表現上は隣にあるとなっているが、移動には何日もかかる。休養期間の日数があっても、入れ違いになってしまう可能性が高い。


「ですから、どこに向かうか判るまで休養にしましょう。こちらに来るなら待っていればそれで問題無いですし、反対側なら先回りをしなければなりませんからね。

 という訳で、今日は解散しましょう」


「ほうほう。では、今日は飲みましょうぞ!」


「ヴァラの大将も一緒にいこーぜ」


「口のきき方を考えたらどうです」


「チェダー、別にビットをたしなめなくて構いませんよ」


 解散との言葉を皮切りに、男共は騒ぎ出す。例外はスティルトンくらいだ。騒がないだけで、一緒に飲みにはいくのだが。


「…そっちは、どうする」


 先に騒がしく出て行ったヴァランセ達と違って足を止めたスティルトンは、動こうとしない女達に問いかける。答えはなんとなく判っているが、一応は聞いておこうという気遣いだ。そういった気遣いは、男の中ではスティルトンしかしなかったりする。


「うちは好きじゃない」


 そう言うと、クアルクはフラフラと歩いて1人で何処かに行ってしまう。


「御遠慮させていただきますわ。今日は武器の手入れをしますので」


 カマンベールも同じように出て行く。一番武器に手間を掛けている彼女らしい理由ではあった。

 スティルトンはまだ残っている双子姉妹に目を向けるが、答えは聞くより前に判っていた。


「スティルトンが捨て犬のような目で見ているわ」「ごめんなさい、行けないのよ」「だって私達は飲めないもの」「あんな物は飲み物じゃないわ」


 酒に嫌な記憶しかないモッツァとレッラは、申し訳なさと憐みを込めて言った。謝るだけ、先の2人よりはスティルトン的にはマシだ。


 自分勝手で考えがまったく読めないクアルク。高飛車で良いとこのお嬢様のようなカマンベール。常に一緒にいる双子姉妹のモッツァとレッラ。スティルトンには、可愛げがあるのはモッツァとレッラだけであった。


「…帰り道には気を付けろ」


 もう別れる際の定型文になった一言を言って、スティルトンはヴァランセ達に追い付けるように小走りで移動するのだった。


――――――


 夜の街の賑わいは限定的だ。明かりを維持し続けるのは経費が掛かるのと、明かりから少しでも離れればそこはもう暗がりになってしまう。街の中は街の中で、そういった暗がりには悪い物が潜んでいる。


 それが泥棒ならまだかわいいもので、物を盗むだけでは飽き足らない連中が多い。昼間よりもずっと犯罪が冒しやすい夜は、防犯の面でも店を開けておくのはよくない。

 そんな街の暗闇を、クアルクは不機嫌そうに歩いていた。


「……」


 すれ違う人もいない寂しい道を黙々と当ても無く歩く。1人になりたいだけで、何かがしたいわけではない。


「…賢蛇が狩られた」


 先程告げられた自分が不機嫌になった理由を呟き、さらにクアルクは不機嫌になる。別にコールと因縁がある訳ではない。だが、コールに対して感情が無い訳ではない。

 竜系の魔物が憎い。それだけだ。賢蛇のコールだけに、特別な感情があるという訳ではない。でも、自分の手で狩りたかったという感情が無い訳でもない。


 ふと気づけば、出鱈目に歩いていたというのに、何時の間にか酒に飲まれた酔っ払いがふらついている賑やかな通りにクアルクはいた。頭では1人でいたいと考えていても、無意識に人に引き寄せられたのだろう。


 そのまま通り抜けようと、クアルクは直進する。すぐに、酔っ払い連中の1人と肩がぶつかる。

 ふらつく酔っ払いを無視しての直進だ。そんな事をすれば、酔っ払いにぶつかるの自明の理だ。


「てめー!どこ見て歩いてやがる!!」


 足元が覚束ないくせに、口だけはしかっりと動かす酔っ払いを一瞥すると、クアルクはそのまま直進する。相手をするだけ付けあがり、時間の無駄にしかならないからだ。


「つれないな~、覆面の嬢ちゃん」


 だが、肩がぶつかったのとは別の奴に回り込まれた。こちらはしっかりと立っており、顔こそ赤いがそこまで酔っているようには見えない。完全に目をつけられたのか、囲まれている。


「俺は『ガランの守衛』だぞ。そんな態度とっていいのか~?」


 街ならば、有名な狩人か狩人達が1つはある。『ガランの守衛』はそういった1つだ。ガランニアに昔から根付いている狩人団にして、魔物から街を守って最も貢献している狩人の集団。ガランニアを拠点にしている狩人なら、必ず知っている集団になる。


 そんな彼らもしくは彼女らだが、完全に統率がとれている訳ではない。酔えば下種な行動を取るような者も所属している。仕方が無いと言えば仕方が無い。完璧など存在しないのだから。


「邪魔」


 殴ろうかともクアルクは思ったが、流石に分が悪いと目の前の男の肩を掴む。そこを軸にして、曲芸のように一回転して飛び越える。


「嘗めてんじゃねぇぞ~~!!!」


 飛び越えたら何もなかったかのように歩き出したクアルクの背中に、激高した酔っ払いの殴り掛かる。殴られるよりもずっと速く、クアルクは腰にあるククリの鞘に手を伸ばして得物を掴む。殴り掛かってきた馬鹿が殴ろうとしている場所に得物を移動させ、自らの行動で怪我をさせるのだ。


「いけませんねぇ…」


 更に速く2人の行動に先んじて1人が割り込む。


「酔っ払っているからといって、自分から女性に殴り掛かるなど程度が痴れますよ」


 割り込んできた人物は、男の仲間と飲みに行っている筈のヴァランセだった。魔物の攻撃を受け流す盾で酔っ払いの拳を受け止めていた。


「うせなさい」


 ただ一言。凍てつく程に冷徹な一言、それだけでヴァランセは場を支配した。

 酔っ払いは酔いが醒めたのか顔は青ざめ、言われるがままに逃げて行く。


「なぜ、いるよ」


 狩りの際に、何度か冷徹な刃物のようなヴァランセを感じていたクアルクは、なんとか言葉を口にした。いや、それしかできなかった。


「偶々ですよ。わたくし達はどうやら強い絆で結ばれているようですね。

 災難でしたね、酔っ払いに絡まれるとは」


 普段の演技っぽい喋り方に、クアルクはひとまず安心した。冷徹な刃物のような言葉を自分に向けられたら、冷静でいられる自信が無いからだ。


「…ですが、相手に判り易い怪我をさせるなんていけませんよ」


 視線が自分の手に集中しているので、ようやくクアルクはがっちりとククリを掴んでいたのに気付く。酔っ払いに向けようとしたのはククリではない。同じ鞘に納められている、カルダと呼ばれる小刀だ。

 人に魔物を殺せる武器を意識的に向けるなど、クアルクはしようとしていない。


「気をつけるよ」


「で、なんでそんなに不機嫌なんですか」


「…うちの生い立ちは聞いてないのか?」


「ええ、知られたくない事は何時だって過去にあった事ですから。それと、わたくしが気付いたのではなく、スティルトンが気付いたんですよ」


 彼は絶対に仲間に欠かせませんねー。などと笑って言っているヴァランセを後目に、クアルクはため息をついた。寡黙なくせに、強くてアクまでも強い連中の潤滑油になっているスティルトンには頭が上がらないと思いつつ、独り言を始めた。


「ありがちで、嫌な過去の話よ」


 自分からは過去の詮索をしないようにしていたヴァランセは、黙ってその先を促す。


「うちの生まれは竜山脈に一番近い村だった。狩人に中継地点として使われるような、魔境の近くにある以外は取り立てて珍しい村じゃなかったよ。

 でも、一晩で消えた。夜行性の竜系の魔物に偶々通り道にされて、村は食い荒された。村の男は抵抗したけど、虚しく全員で胃袋行き。

 うちは父に連れられて逃げれた。でも、父は受けた傷が酷くて、街までうちを連れて行けたらそのままで逝ってまったよ。

 後で知ったけど、消えた村の生き残りはうちだけだったよ」


 魔物に村を喰われる。それは村でも街でも抱えている危険だ。確かに、クアルクの語った過去はありがちで嫌な過去であった。


「それから憎んだよ、竜系の魔物を。復讐で狩人になって、がむしゃらに狩りまくって強くなった。だから…」


 だから、四将獣と呼ばれる賢蛇のコールを自分の手で殺したかった。そう言い切る前に、手でクアルクは制された。


「気持ちは、少しは晴れましたか?」


「言うほど曇ってはないよ。でも…良くはなった」


 布でぐるぐる巻きになっていたが、その上からでも判るほどにクアルクは笑った。


「ならば良いんですよ。さあ、明日は早いかもしれませんからもう休みますよ」


「その前に、1つ言わしてもらうよ」


「なんですか?」


「気を使うなんて、合って無いよ。それはスティルトンに任せたほうが、上手くいくよ。

 人を有無を言わせずに率いる、そっちの方の器よ」


「…肝に銘じておきますよ」


 物心がついた時から、そうなるように教育を受けたヴァランセは心の中だけで歯噛みした。人を有無を言わせず率いて、人を単位でしか見ない兄のようになってたまるかと……

誤字脱字、意見などをお待ちしています。

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