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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
36/49

蛇を撃つ

 脱皮。特定の生物が成長の過程で行うそれは、ほとんどの場合は大仕事である。幼虫から成虫になる大事な行為、もしくは純粋な成長によって行われる。どちらにしても、ほとんどの生物は脱皮の影響で期間と程度に差はあれど、無防備になってしまう。


 ヘビの場合は、脱皮をする前に目が白濁して普段よりも視界が悪くなってしまう。虫などに比べればまだ軽いが、それでもヘビにとっては体が大きくなればなるほどに大仕事になる。


「これは厄介…」


 いきなり脱皮したのも驚愕であったが、問題はそこではない。脱皮したその下は、無傷の体(・・・・)があったのだ。

 少しの苦労で鱗を弾き飛ばしたが、そこを足掛かりにしてコールを狩る予定であったのだ。その予定を根本から覆す再生能力は、脅威以外の何ものではない。


(予想くらいしとくべきだったな)


 肉体魔法による治癒は簡単な部類。ならば、知恵ある者であるコールが使えても不思議ではない。むしろ、使えると予想していなかったのが迂闊であった。


 無傷になっている点から、再生能力は狩る上で無視できるものではない。こういった場合に取れる手段は二通り。再生できなくなるまで消耗させるか、再生する前に殺すかだ。


『大地よ、私を包み込み、第二の鎧になれ』


 どこにでもあるなんて事の無い土が、コールの放出魔法によって意志を持っているかのように蠢く。詠唱通りに、コールを包み込んで鎧となる。


 先程までコールをヤスリと表現していたが、今度は茨のようであった。突起の数は少なくなっているが大きくなっていて、もし高速移動をされようものなら鈍器として役割を果たしそうである。

 どうしようか。そう迷ったら、胸元にしまっている声箱が震える。


『散れ!』


 短く、そして的確な警告が伝えられ、その警告に従って飛び退く。その動きに数コンマ遅れて、コールの土の鎧から棘が串刺しにせんと飛び出る。

 攻防一体の土の鎧。それがコールの放出魔法であった。考えとしてはラウェティの支配水域と同じであるが、固体を使っている分だけ攻撃的で、尚且つ凶悪であった。


 ただでさえ特殊な鱗で高い防御能力があるのに、土の鎧が追加されたのだ。しかも、コールの魔力が尽きない限り無限に再生する。「遊んでやっていた」との発言も、納得できるというものだ。


(これは、少し本気でかかる必要がありそうだな)


 嗤いながら、クトセインは腰の短剣を抜く。

 コールが予想より厄介な相手ではあるが、それだけであった。片腕だけでも虫になれば、殺せてしまうだけの実力はあるのだ。しないのは、あくまで人間のふりをしているからだ。


「クト、何をするつもり?」


 たまたま同じ方向に跳んだヴェラビが、心配そうにクトセインの手元を見る。武器になりそうなのは短剣と籠手だけだ。それしかないのに、笑って向かって行こうとするクトセインは自棄になっているようにしか見えない。


「殺す」


 目的は狩り、手段は毒。袋蜘蛛の毒なら、体内に入れてしまえばこちらの勝ちにできる。

 ただし、土の鎧を突破して尚且つ鱗をどうにかしなければならない。袋蜘蛛の短剣では鱗を貫けないから使わなかったが、手段を選ぶのも面倒である。


「あぶ…」


「だめだよ~」


 ヴェラビが止めるより先に、ヲロフェリがペチペチとクトセインの頭を叩きながら止める。クトセインが突っ込めば、背中にしがみ付いている自分まで突っ込むはめになるのだ。一応は真面目に止めている。


(俺とお前なら何も問題無いだろ)


(そうだね~。でも、ラゴンドが何かやらかすみたいだから巻き込まれちゃうよ~)


 小声で、囁き合う。ヲロフェリがクトセインの背中にしがみ付いているからできる事だ。

 むやみやたらに付近までも破壊するような魔法は、全員が使わないように気を付けている。しかし、コールが予想以上に強いので、そんな事を気にする必要は無い。コールが強かった。免罪符としてはソレで十分であった。


 流石にラゴンドがやるであろう放出魔法に突っ込む気にはならず、クトセインは足を止める。止めなければどうなっていたかは、すぐに結果としてでた。


 炎と水がコールの頭付近で発生し、水は一瞬で蒸発する。続けて土がコールの視界を遮る。どれも直接コールを害していないので、目暗ましのだけの放出魔法であろう。

 案の定、ラゴンドだけがクトセイン達と合流する。他はコールの足止めをしている。


「借りるぞ」


「なぜ俺に聞く」


「あ~」


 クトセインの背中からヲロフェリを引き剥がすと、ラゴンドはヲロフェリの首根っこを掴まえて片手で持ち上げる。


「フェリー、アレを倒すのにはお前の放出魔法が適任だ」


「え~めんどくさい~」


 明らかに自分がヤバい状況だが、ヲロフェリは余裕の態度であった。尤も、誰かがちょっと本気を出せば自分が動く必要がないと判り切っているからだが。


「そう言っておれる状況ではあるまい」


「じゃあ、手伝って~」


 ヲロフェリの提案を聞いて、ラゴンドはため息をつきながら2人にコールの足止めと、マデルとバドーを呼ぶのを頼むのであった。


――――――


「嘗めんじゃないよ!」


 足止めとしてラウェティはバスケットボールほどの水球をぶつけるが、威力不足であった。土の鎧を少し引き剥がせるが、圧倒的に勢いと質量が足りない。

 扱うのが水と土で違うだけだが、ラウェティとコールの扱う放出魔法には明確な差が出ていた。


「燃え上がれ、膨れ上がりて球をなして、劫火の胃袋となりて喰らい焼け!!」


 水が駄目なら火ならどうだと、今度はクトセインが火球を浴びせ掛ける。どんな硬い防御でも、熱攻撃は効果はある。熱が浸透する。しかし、竜系は高温への耐性は高く、火は効果が薄い。


『うっとおしいぞ! 塵芥どもめ!!』


 怒号、と言うのにはあまり震わせられない声は苛立ちながらも、土の鎧で串刺しにしようと棘を出すがクトセイン達には中らない。

 コールの巨体はそれだけで脅威になるが、ヘビであるが為に攻撃手段がかなり限られる。


 体が1本の縄のようなものであるので、巻き付く事で移動も攻撃もできる。だが、手足が無いので一点への攻撃のような精密さを求められる攻撃を苦手とし、そのまま自分より格段に小さい相手への攻撃が苦手であった。


 しかし、これまでは大は小を兼ねると言わんばかりに、削るか潰すで片づけてきた。大抵は鱗だけで防げ、土の鎧は本来は同格に使う放出魔法だった。


『人間風情がッ!!』


 コールは怒りと共に土の鎧を爆発させる。ちょこまかと逃げるクトセイン達を一気に全滅に追いやるには、生半可な攻撃では不可能と悟ったからだ。

 逃げ場のない付近への制圧攻撃。服程度なら容易く貫く勢いは、殺到する。


「ハアアアッ!!」


 すかさず、ヴェラビが風を纏わせた剣を振る。剣は振るわれた方向に風を放出して、殺到する大小様々な石の混じった土の勢いを弱める。脅威なのは勢いだけ、それさえ弱めてしまえばただの土くれにすぎない。


ボトリ…


 土の鎧を飛ばした事で無防備になったところに、何かがコールの背中に落ちる。ソレがなんだろうが、コールが取る行動は変わらなかった。体をうねらせ、乗ったモノを振り落とす。


『ッ!!』


 だが落ちない。その時点で、背中に乗った者が何なのかを察知した。先程からずっと姿を見せぬ5人の内の1人、鱗を弾き飛ばすに止まらずに身を傷付けた1人。


 振り向いた其処には、トービスが這いつくばるようにしがみ付いていた。そんな態勢では両手を使っていて槌をまともに握っていれない。

 だがしかし、コールはトービスに寒いモノを感じた。体から白煙が漏れる様に地面に降りて行く。武器を握っていないのに、その姿に恐怖した。


りな!」


 その隙を逃さず、ラウェティが水を降らせる。その水は、コールに降り注ぐとトービスを中心にして瞬く間に氷へと変化していく。

 トービスはその体で冷気を発していたのだ。白銀氷土で暮らしていたトービスにとっては、生まれ故郷の空気を再現しているだけだ。


 だが、コールにとっては恐怖すべきことだ。低温による熱攻撃は、竜系の魔物にとっても十分に脅威になる。体温の低下はそのまま運動能力の低下に繋がる。ましてや、変温動物であるヘビはそれが顕著になる。魔物であっても、そういった弱点が残ったままなのは珍しくは無い。


『くたばれ!!』


 コールが取った手段はまず肉体魔法による体温上昇と、初めて牙を剥いてトービスを殺す事だった。


「てめぇが死ね」


 その言葉に合わせる様に、轟音と共に飛来したコールの半分ほどの太さの矢がコールの頭を吹き飛ばしたのだった。


――――――


「だから~、分担してすごい放出魔法をうつの~」


「言いたい事はわかるわ。でも、本当にできるの?」


 ラゴンド、マデル、バドーに手伝って貰いたい事は、1人でコールを殺す放出魔法が使えないなら3人で使おうというものであった。


「できん事はないだろう…」


 ラゴンドはヲロフェリの考えは賛成であったが、その顔は険しい。複数人が協力して1つの放出魔法を使うというのは、少なくとも竜には実践した者はいない。協力する必要が無いからだ。


 理論上は確かに可能であろう。しかし、実践できなければただの机上の空論だ。


「できなくはないよ~。じっさいにはそれぞれ別の魔法を使って~、まるで1つの魔法にするようなものだから~」


「とりあえず、概要だけでも早く話したらどうだい。流石に、ずっとあの蛇を抑え込んでいるのは気疲れしそうだろうからさ」


「いいよ~」


 コールを撃ち倒す放出魔法は全部で3つ。

 まず、ヲロフェリが撃ち出すイメージの具現として、魔力を圧縮して弓を作り出す。

 次に、ラゴンドが矢を、それもコールを一撃で確実に殺せる雷の矢を作り出す。

 最後に、マデルが射手として矢を弓につがえて放つ。


 それぞれが弓、矢、射手の3つ用意してコールを撃ち殺す。簡単に言えばそれだけだが、言うよりもずっと難しい事だ。だがしかし、1人でやるよりはずっと効率的でもある。


「…少しまってくれないかい。僕が数に入っていないだけど?」


 説明された概要に、自分が出てこないのでバドーが口を挟む。概要は判ったが、そこに自分が必要ないのだ。


「出番はさいしょでさいご~。それに~、まだ終わってないよ~」


 攻撃力だけなら雷の矢だけもいいだろうが、そこに正確さは無い。弓は矢を放つ物、そこから発展して的に矢を中てる物としてのイメージを付加させる。ただ、そこまでイメージを固めると弓のデメリットとなるイメージも反映されてしまう。


 デメリットとなるイメージは2つ。弓は相応の大きさの物しか撃ちだせない、弓は道具であって独りでに矢を放つ事がない。そんなイメージまであるから、矢に見合った大きさの弓を用意し、弓を引く射手が必要になる。


 矢、弓、射手を1人で用意するのは実質不可能。矢が通常の大きさなら、普通の弓で射手は自分で問題無いが、コールを一撃で殺すには心許無い。だから大型化をしなければならない。


「でも~、大きいとすぐ見つかっちゃうからバドーが隠して~」


 しかし、大型化すれば簡単に見つかってしまう。見つかっていれば命中率は格段に下がる。それでコールに中てられるとまでは思っておらず、不意打ちにしたいのだ。それに、完成する前にコールが襲ってこないとも限らない。いくら足止めをしていても、コールの突撃は止められない。

 確実にするには、用心をいくら重ねても足りないくらいだ。


「難しい事さらっと注文してくれるね。まあ、少し不格好だけど方法はない訳じゃないけど」


 軽くバドーが腕を振ると、目には見えないがヲロフェリを中心としてドーム状に風が渦巻く。そうして、においと音を遮断する。それだけでは不完全なので、近くの枝を切り落として壁にする。

 不自然で何かを隠しているのは一目瞭然であったが、隠しているとして判らない。


「それじゃ~、ラゴンドは片ひざついて~、マデルはその後ろに立って~」


 2人が言われた通りになったら、ヲロフェリはラゴンドの立っている膝の方に座る。


「始めるよ~」


 その宣言をして、ヲロフェリは目を瞑って歌うように詠唱を口ずさむ。


「魔を弾く弦、よくしなる木。強大にして生れ落ち、存在する―――」


「唸れ、轟け、焼け。天より降りし閃光、集束せよ―――」


 マデルだけが詠唱をしない。彼女だけは必要無いからだ。ただ集中する。

 他の誰でもなく、彼女が射手に選ばれたのは特別な『手』を持っているからだ。夢の王としての姿の一部である半透明の紫の手。それが射手として適任だとして、ヲロフェリは選んだのだ。


「―――飛ばせ、一直線に。討て、番えられた矢によって」


「―――矢となり、存在を形で示せ。放たれよ、弓によって」


 完成した弓と矢に『手』で握って番え、引き絞る。それに合わせて、壁となっていた枝が退いて視界を確保する。


「中れ」


 詠唱ではないただの言葉をはき、マデルは『手』を離す。

 限界まで引き絞られた弓は矢を勢いよく撃ち出され、的に向かって一直線に飛ぶ。触れるだけでも感電死しかねない雷の矢は、コールの頭へ突き進む。


 背中に乗った者を見るべく振り向いていたコールは反応が遅れた。避ける。そう考える間もなく、矢がコールの頭を吹き飛ばす。

 頭を失った巨体は、力無く倒れ伏す。


「勝った~」


 ヲロフェリの勝利宣言は、四将獣の賢蛇コールを狩ったというのに気の抜けるものであった。

誤字脱字、意見などをお待ちしています。

活動報告でちょっとした報告があります。

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