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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
35/49

賢蛇コール

 狼の親玉を狩ったら、クトセイン達はその日は直ぐにソルトニアに戻って英気を養って翌日にはまた森に入った。

 ソルトニアに来た当初の目的である、賢蛇のコールを捜す為だ。コールは、ソルトニアのすぐ近くの森の最奥にねぐらを構えているとされている。


 森自体はあまり人の手が入っていないが、コールがいる場所は調査の手すら届いていない。何人かの狩人は辿り着き、獲物がたくさんいる良い狩場とされている。しかし、それを経験した狩人はまたそこに行くとして出た後は2度と姿を現さない場合がほとんどであった。


 魔物が蔓延る森を突っ切って行く方法で無事に済む幸運が2度続かずに実力不足であったのと、不運にも狼かコールに出会ってしまったからであろう。

 四将獣がいる場所は、魔境の次に危険とされる場所。なのだが、特に貴重な素材があると判っている訳でも、穴場という訳でもない。なによりも、一番近い街からでも離れすぎていて大量に狩れても持ち帰るのに支障が出やすい。


 四将獣を狩る気でもなければ、条件としては微妙な場所に好き好んで行く奴はいないのだ。


「ところで、賢蛇のコールが知恵ある者とは判るけど、具体的に何が知恵ある者になった魔物?」


 似たような風景が続く森の道無き道を歩きながら、ヴェラビは当然な疑問を口にする。これから戦うかもしれない相手の情報は、あって困る物ではない。


「その手の情報はほとんどない」


 キッパリと言い切ったラゴンドに、ヴェラビは大丈夫なのかと眉を顰める。しかし、ラゴンドの言葉はそこで終わりではなかった。


「しかし、数年前に目撃情報が1度だけあった。それによると、全身は茶色で翼も足もない蛇。大きさは頭だけで昨日の狼の親玉相当はあるそうだ」


「それって情報が無いに等しいよね……」


 目撃情報が1度だけというのは少なすぎる。本当に居るかのさえも怪しいくらいだ。


「何かがいるのは間違いない。組合の捜索隊が何回か派遣されたそうだが、成果を出せたのは1回だけ目撃したのだけとの話だ。それ以外は、帰ってこなかったそうだ」


「狩人組合の捜索隊なら信憑性は高いけど……」


 情報の出所は信用できるが、その情報の古さで信用は微妙であった。目撃情報が1度でも、捜索隊なのだから1度で数人が見たであろうから居たのだろう。

 しかし、今はいるかどうかは怪しい。将獣自体が魔王の元部下で、何百年も前から生きている。もしかしたら寿命で死んでいるのかもしれない。


 誰かが狩ったのなら有名になるから判るのだが、寿命などで死なれたらその死骸でも発見されなければ判らないのでどうしようもない。


「死んでたら死んでたで、鱗でも持ち帰ればいいだろ。竜の一部なんだから、大概残ってるだろ?」


「蛇でも竜系の魔物であるのは違いない、知恵ある者なら尚更だ。数年で無くなってしまうような体ではない」


 ヘビの鱗は人間の毛に近い。肉と違って腐り落ちることは無く、風雨に晒されて劣化しても余程長い期間がなければ見分けぐらいはつく。


「逆に言えば、それだけ強固な鱗に守られているということだ。切り裂くのは不可能と前もって言っておいたな」


 ラゴンドの言葉に全員が頷く。

 硬い相手に有効なのは打撃で、打撃を使うのはトービスにクトセインの2人だ。

 次点で有効になりそうなのが放出魔法なのだが、知恵ある者の竜系の魔物ではこちらと同じように放出魔法を使って相殺するなどしてくる可能性もある。


 最後に斬撃だが、切れ無さそうな鱗を剥がした後なら切断も不可能ではない。それに、目や鱗が薄い腹の部分であれば切れるかもしれない。ただし、目は狙いにくい上に口に近付く危険を冒さなければならず、腹は這いずるという移動方法からそうそう切りつけられる機会がない。


「打撃が駄目なら、フェリーに頑張って貰わないとね」


「え~、めんどくさ~い」


「こらこら、めんどくさいからってだらけてるんじゃ無いよ」


「何にしても、肝心のコールが見つからなければどうしようないことを忘れてないかい?」


 歩きながら話していたが、それもそうかとクトセイン達はより深く森に進入するのだった。


――――――


「ねえ、おかしい事に気付いたんだけど……」


 小声で深刻そうにヴェラビが言ったが、隣にいたクトセインは呆れ顔であった。その雰囲気が一昨日にクトセインという名前が呼びにくいと同じであったからだ。


「まあ、話してみろ」


 自分にとってはくだらない事かもしれないが、クトセインはとりあえず先を促す。


「これから狩りに行くコールだけど、誰が名前を付けたの?」


「ああ、それか。名付けたのが誰かは知らんが、本当にその名前だそうだ。

 賢鳥ベルと賢亀フォアは人と話しをすることもある。その会話の中で、名前が判ったと聞いている。あと、賢虎エンドは自分から名乗りを上げるらしい」


 四将獣とは話しをできれば生きて帰れる。そんな迷信すら存在するが、話しをできたから帰れるのではなく、帰れたから話しをできるのだ。

 死人に口なし。例え話しをできていても、帰れなければ誰も話しをできたと伝える者はいない。だから、話しをできて帰れたとの話しか伝わらない。


『キザにババア、それとアイツはまだ生きているのか』


 誰のものでもない突如聞こえた声で、咄嗟に円陣を組んで警戒する。全員が臨戦態勢に入ったが、誰も声の主を見つけられない。

 異常であった。聞こえた声がすぐ傍で喋っているようであったのもそうだが、誰も見つけられないなどと普通は無い。声が普通に聞こえる距離なら、蛇の這いずる音を聞き逃すなどしない。


 辺り一面が、芝のような音が立ちにくい草花が生えているのならまだ判らなくはない。しかし、周りは普通の森。枯れ枝や枯れ葉によって音を立てないのは不可能に近い。


「何か来るぞ!!」


 その言葉と同時に、木々の間を縫うように茶色の物体が駆け抜ける。駆け抜けるでは少々語弊があった。茶色い物体の速さは並ではなく、咄嗟に跳んでいなければ1人くらい餌食になっていてもおかしくはなかった。


 茶色の物体は木々や草花を総じて削り、クトセイン達を2つに別けてようやく止まった。首をもたげて、見下ろしながら。


『愚かな人間共が、誰の赦しを得てこの地に足を踏み入れた。ましてや、魔王様より賜りし名を呼ぶとは塵芥ちりあくたには出過ぎた真似だ』


 逆立つような茶色の鱗に、頭だけで昨日狩った狼を上回る大きさ、そして、その頭に見合うだけの胴体に全長となればソレがナニカなど問うまでもない。


「賢蛇のコール……」


 四将獣の一体、賢蛇のコール。情報通りに茶色の巨体を持って入れば、疑うまでもない。

 ならば行動は決まっている。クトセインとトービスが先手必勝と言わんばかりに潰しにかかる。


 砲撃飛蝗の頭部の外骨格に乱棘蟷螂の棘を付けて殺傷力を上げた籠手と、獣の骨や牙を束ねてさらに氷によって1つになっている槌が同時にコールの身を打つ。


「「ッ!?」」


 2人とも抉るまでは行かなくとも、鱗を弾き飛ばすつもりで攻撃していた。手応えもあった、だが結果は望んだものではなかった。

 打たれたコールの体は、天然の防御機構を発動させていた。


 逆立つように見えていた鱗は、本当に立っていた。鱗の根本の前後には隙間があり、鱗が動くと他の鱗にぶつかり、ぶつかった鱗が動けばまた他の鱗にぶつかって衝撃を伝播させていた。伝播された分だけ威力は拡散し、鱗を弾き飛ばすだけの威力をだせていなかったのだ。


『身の程を知るがいい!!』


 すぐ傍で言っているかのような声と共に、コールが頭から突撃する。比喩ではなく実際にこちらを削る突撃に、クトセイン達は散開して回避する。


「こやつは刺殻蛇しからへびという魔物だ! 攻撃する際には、同じ場所を連続で攻撃すれば軽減を抑えられる!!」


 立っている鱗が倒れて別の鱗に衝撃を伝えるのを何度も繰り返して軽減しているので、一度倒れてしまえば再び立つまでは軽減能力は下がる。


「そうと判れば…」


「攻撃に移りたいんだが…」


 幸いにも2人とも連続で攻撃するすべはある。しかし、突撃中のコールは生きるヤスリも同様。下手に触れれば削られるような物体に攻撃しようものなら、得物が損傷するのは確実だ。


 武器も防具も一級品と言って差し違えない物で、無駄にしようとする者はいない。ヴェラビ以外は魔物の素材を用いている魔具なので、新しい素材から作り直さなければならないのも大きい。


「全てを支える大地、ぬかるみ、その役割を放棄せよ!そして、敵の足を絡め捕れ!」


「命の源となる水、眼前の敵を母のように包み込んで、離さないようにしっかり抱き留めな!」


「唸りを上げ、敵の体に喰らい付け!雷よ、蒼天に轟き、敵を焼け!」


「撃て、射抜け、沈黙す。弓より放たれよ、雷の矢よ」


 ならば直接触れなければ問題無いと、マデル、ラウェティ、ラゴンド、ヲロフェリが自分の出番と放出魔法を繰り出す。

 マデルは夢幻域をイメージして森の一部を沼に変え、ラウェティは支配水域によって拘束しようとする。対してラゴンドは雷を拡散させ、ヲロフェリは雷を集束させて矢として放つ。


 拘束と攻撃。同時に行われたそれは、昨日の狼であればひとたまりもなかったものであった。だが、コールにとっては体を汚されただけであった。


 マデルの沼化はコールを捕まえるのには規模が小さすぎた。

 足を持つ生き物であったのなら、足を捉えるのには十分であったろう。しかし、腹全体で動いている蛇は半分以上浸からなければなんとか脱出できる。だから、コールには効果が無かった。


 次にラウェティだが、失敗した理由はマデルとほぼ同様であった。

 水で包み込んだのだが、ヤスリと化しているコールによって削られて更にラウェティから離れてしまった。近距離であれば全身は無理だが、部分的になら持ち上げられた。なのだが、離れてしまってはそれができなかった。


 ラゴンドとヲロフェリの放出魔法の効果がなかったのは、単純に威力不足であった。

 竜系の魔物に言われる単体での最強は伊達ではない。あらゆる攻撃の耐性は高水準で、攻撃力も高い。2人の放出魔法が、コールの鱗を突破出来なかったというだけだ。


『弱い弱い。頭しかない種族ひとめが私に刃向うなど、思い上がりも甚だしい』


 頭との位置関係が離れたというのに、尚もすぐ傍で話しているような声に違和感しかないがそれを気にせずに行動に移る。

 声を出すときには止まっているコールに再度攻撃をするのだ。会話と行動が両立できないのか、それとも実力に絶対の自信があるからなのかはこの際どうでもよかった。

 動きが止まったのなら、それは隙に他ならない。


「風よ、落ちし物を巻き上げ、舞い上がれ!」


「燃えよ!灼熱は放られ、目を燃やせ!」


 バドーとヴェラビの目暗ましに続いて、クトセインは駆け、トービスは跳ぶ。2人とも全体重を得物にかけて、中った後の事を気にせずに威力の底上げをする。しかし、そんな攻撃でも鱗は衝撃を伝播させて威力の大部分を損なわせる。


 それは既に織り込み済み。クトセインはまだ殴っていない方の手で同じ場所を殴りつける。今度は、肉体魔法で強化した上でだ。

 蟲の王として、他の魔王と差別化ができる物があるとすれば、クトセインの他の魔王より優れた点は瞬発力だ。その分持続力がないのだが、瞬間的に発揮できる力は竜をも凌駕する。


 全体重をかけて殴った後なので、勢い自体はほとんどなくなっていた。だがしかし、強化された腕力はそんな勢いよりも破壊的であった。最初の一撃でできなかった鱗を弾き飛ばすのに成功し、鱗の下の肉をも抉ったのだ。

 鱗の数にして5枚。数こそ少ないが、一枚一枚大きいので、剣を突き立てるのには十分であった。


「持ってけ~」


 気の抜けそうな間延びした喋り方と共に、クトセインの背中のヲロフェリが雷の矢を放つ。放たれた矢は先程のよりも弱いが、鱗の無い場所を貫くのにはそれで十分であった。


 鱗に守られてなければ家畜の肉と変わらないその肉を焦がし、小規模であれど炭化して治らない傷を刻み込む。

 だがまだ終わっていない。跳んだ事で自由落下の分だけ遅れてトービスが槌を振り下ろす。無論、最初に触れるのがその槌だ。


 文字通り全体重をかけられた槌の威力は高かった。刺殻蛇の独特の鱗とは関係無しに、身体に響かせるくらいには。連続で攻撃しなければ効果が薄いので、そこで終わりな訳が無かった。

 槌を纏めていた氷に罅が入る。元々氷は強度のある物体ではない。勢いよくぶつければ、欠けるなど普通のことだ。


「ッオ、ラァッ!!」


 氷は欠けるだけで終わらずに、割れた。割れた事で微妙に開いた隙間、打ち付けた反動によって開いた隙間。その2つの隙間は、振りかぶらずに再度打ち付けるのには十分であった。そうして、トービスは二撃目を打ち付けた。


『鱗を弾き飛ばすに留まらずに、傷付けるだとッ!? 在り得ぬ、人如きが在り得ぬ!!』


 体の大きさから傷付けられたのはほんの一部分であった。それでも、コールにはそれが許せなかった。


『遊んでやっていたが、容赦はせんぞ!!』


 体が一回り大きくなったかと思えば、コールの全身に亀裂が奔るのだった。

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