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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
34/49

狼狩り

 知恵ある者とおぼしき狼を狩るべく、朝早くからクトセイン達はソルトニアを出て付近の森を探索していた。

 街道として切り開かれている以外は、普通に魔物が蔓延っている森。なのだが、少し静かすぎた。


「虫が少ないな」


「狼が喰いそうな動物も軒並み少ねぇ」


 居ないことは無い。しかし、その数が少ない。

 昨日は通り過ぎただけでクトセインとトービスは気付いていなかったが、狼の餌となるものはほとんどが喰われてその数を減らしていた。


「まだ、大丈夫か?」


 クトセインの確認に、トービスは首を横に振る。


「いや、もうまずい」


 2人が心配しているのは、生態系の乱れ。他所から新しい魔物が流入すればよく起こるが、今回は稀に起こる危険な状態であった。


 狼が群れで移住、しかも異常な数によって狼の食事だけでかなり消費されている。通常であれば、食い潰さないように縄張り内を移動して狩り尽かさないようにしている。

 だが、その数によって今正に食い潰しかけている。


「なら急いだ方がよかろう。乱れれば回復に時間がかかってしまう」


 ラゴンドの言葉に頷くと、狼を捜して駆け出すのだった。


――――――


 狼の親玉である知恵ある者に辿り着く方法として考えているのは、狼の追跡である。群れがどれ程の規模になっているかは知らないが、必ず親玉の所に戻るタイミングが在る筈だ。でなければ、遠吠えを合図に逃げるなどしないであろう。


 だが、狼は足は速くは無いが持久力はあって追跡の達人だ。鋭敏な嗅覚と持久力によって逃げ切るのは難しい。それと同時に、逆に追跡された場合はその嗅覚で追跡者を感知し、持久力によって時間をかけて撒くことも可能ということだ。


 気配を消し、狼の視界に入らないようにするだけでは追跡はできない。追跡されているのを承知で、親玉の元に戻る可能性もあるが、追跡自体が賭けであるのに更に賭けをするつもりは誰にもない。


 普通であれば、狼の追跡など不可能に近いからやらない。人間のにおいを誤魔化す方法はあるのだが、使う場面は待ち伏せが主だ。動けば、折角誤魔化したのに汗でにおいが濃くなってしまう。

 そんな方法に頼らずに、クトセイン達はようやく見つけた狼の群れを追跡していた。


「これが幻影師の肩書の所以ゆえん?」


「ええ、そうよ。自分の魔力を相手に侵食させて、五感をちょっと弄る。言うほど簡単じゃないけどね」


 気配を消して距離も置いての追跡だが、一切こちらに気付かない群れを見てヴェラビは尊敬の眼差しを向けていた。自分の魔力を他人に浸透させるのは難しいのと、元々の抵抗力で無効化されるので他人に放出魔法で攻撃以外の影響を与えるのは高難易度に分類される。


 それを相手が狼であろうと片手間でやったのだから、マデルの放出魔法の腕がかなりいいのはヴェラビにも解る。


「それに格上には使えないし、放出魔法の欠点である離れれば離れるほどに効果が薄れるのも顕著なのよね」


 マデルの場合は放出魔法よりも夢系の魔物としての能力に近いが、傍目には絶対に判らない。それに、他の魔王も使えるので純粋に放出魔法でもできないことではない。


 しかし、使う人間はまずいない。使い所が無い上に、その分の魔力を攻撃に回すか同じ要領でできる他人の治癒に使ったほうがいい。


(それにしても、誰1人として遅れないって凄い)


 視線を左右に走らせて、誰も遅れていないのに小さくではあるが驚いていた。7人もいれば1人くらいは遅れてしまうような劣っている者は大概いる。1人だけ自分の定位置と言わんばかりに人の背中にのっているが、誰も遅れていないで涼しい顔で駆けているとこを見ると、総じて実力が高いと判る。


 特に、ラゴンドは高齢に見え、ローブを着こんでいるのでこういった運動は苦手そうな印象があったのだが、動きを見る限り老いてもなお、と感じた。


「しかし、あの狼達はどこまで行くんだろうね?」


 ちょくちょく休憩を挟んで移動を続ける狼にバドーは小言を漏らす。


「狼は一晩中でも獲物を追い駆けられる。まだまだ序の口だ」


 追跡からゆうに2時間は過ぎていたが、真っ直ぐと親玉の元に向かっているのではない。見たところ獲物を捜して徘徊しているようである。


(だが、もう頃合いか……)


 ヴェラビ以外にとっては行為全てが茶番でしかない。

 絶対命令を使うか、狼のように嗅覚が鋭敏な獣に鼻だけでも変化させれば親玉に行き着ける。それをしないのは、とんとん拍子で進め過ぎないようにする為だ。


 群れさえ見つけてしまえば、目的はほぼ達成されたも同然であるのだ。群れが親玉の元にすぐに向かえばそれで良し、向かわなければ頃合いを見計らって絶対命令で向かわせればいい。知恵ある者もこの面子であれば問題無く狩れる。というか、過剰戦力だ。

 狩ると決めた時点で、全員が無事で今日中に狩ると決まっているも同然なのだ。


 茶番を終わらせるべく、1人以外は森の中を駆けるのだった。


――――――


 森の奥深く、開けて草の絨毯が敷き詰められている場所にソレはいた。

 通常の狼の3倍はあろう巨体に、元は茶色の毛に所々に白い毛が混じって老いを感じさせる風格。眠っていても近くに何匹も狼を侍らすその姿は、狼の親玉であるのは疑いようがない。


「嫌な客が来たようだねぇ…」


 しゃがれ声の親玉は、鼻をヒクつかせながら体を起こす。それに合わせて、取り巻きは臨戦態勢に入る。


(気付かれたな)


(むもんだ~い)


 二人組に別れて隠れているクトセインは嗤う。既に詰みの段階になっており、それを知らないのは狼達だけである。


「待ち伏せなんて、あたし等の常套手段だよ。人間の若造ども」


 その言葉が引き金で、親玉や取り巻きから見えない位置に隠れていたクトセイン達に躍り掛かる。

 地の利は、最初から狼達の方にあったのだ。親玉は自分が狩れるかもしれないと警戒していた。


 体が大きいと力が強いが、狩りには向かなくなる。獲物のほとんどは食われないように逃げるのがほとんどで、体が大きいと相対的に小さく感じる獲物は捕まえにくい。身体能力の上昇もあるので、一概にはそうと言い切れないが、森の中だと移動に多少の制限がかかって1匹での狩りの成功率は低くなる。


 だがしかし、それは本当に1匹であった場合だ。狼で知恵ある者の親玉は、体の大きさを逆手に取った。

 群れの仲間が待ち伏せしている場所に追い込む役割をする時には、その大きさは非常に便利であった。なにせ、その大きさはそのまま脅威の度合であり、狩られる獲物の目は釘付けになる。いきなり現れようものなら、容易くパニックに陥る。そんな獲物を狩るのは比較的らくであった。


 また、逆に狩られる場合も使える。脅威の度合が大きければ、それだけ注目せざるおえない。当然、周りへの警戒がそれだけ杜撰になってしまう。

 隠れられる場所が限定される開けた場所なら、もしも狩人がきても簡単に見つけられる。日当たりが良いという理由だけで場所を選んだのではない。


(愚かな人間共よ)


 口を半開きにして笑い、すぐに血の臭いが辺りに漂い始める。獲物は、自分が話しかけられてパニックに陥るのだ。これ程おかしなことは無い。たかが人語を操っただけでそうなるのだから……

 その笑みはすぐに掻き消えた。


(この臭い、人間の物では…!)


 漂う血の臭いが違う事に気付いたのだ。鋭敏な嗅覚は間違えない。この血の臭いは、同族のモノであると。


「嘗めてんじゃねえぞ、あの程度で」


「間抜け~」


「やるんならてめぇが来やがれ」


「この狼が、知恵ある者…」


「狼の浅知恵では、どうにもならんようだな」


「全部が足りないよ、まったくね」


「真正面から来たら、意気込みだけは評価してやれたんだけどね」


「まったく、ちょっと返り血浴びちゃったじゃない」


 クトセイン達は無傷であった。それどころか、常に杖を握っているラゴンドとマデル以外は、武器すらも抜いていない。躍り掛かってきた狼など、武器を使うまでも無かったのだ。


「それじゃあ、手筈通りに」


 ヴェラビとトービスが前に進み出て、それ以外は付近にいる取り巻きへの攻撃に移る。

 出発前から決めていた事だ。親玉はヴェラビとトービスが相手にし、取り巻きはその他で相手にする。狩りたいと言い出したの2人なのだから、親玉を2人が狩るのが道理というものだ。

 だから、邪魔な取り巻きは殲滅する。やる気がなくとも退屈は紛れる。


「さ~て、アタイも肩書の由来を魅せてやろうじゃないかい」


 そんな言葉と共に、ラウェティの体から水が迸る。

 彼女の服は胸元の開いたドレスのようなのであるが、無意味にそんなものを着ているのではない。放出魔法の効率化という役割がきちんとある。


 水と流動をイメージされてデザインされたその服は、個人差はあるがイメージが魔法に影響を与える以上は必ず魔法の精度が変わる。そういった魔法に影響を与える物は、それぞれ持っていたりする。


「水操は伊達じゃないよ」


 狩人の笑みを浮かべると、水を球状のと自分を中心にして輪にしたを漂わせて狼にハルバードで切り込む。やっている事は先日での戦いと同じだが、起きている事は更に一方的であった。


 『支配水域』。それがラウェティが放出魔法に付けた名前だ。球状の水は主に敵の捕縛をし、輪の水は主に防御をする。変幻自在にして実体を持つ水は、扱いを少々気を付けなければならないが立派な道具になる。それが水槽と水葬にかけている『水操』の肩書の所以。


 水による捕縛はラウェティの意識があれば逃がすことなく、水による防御は中型以上の大きさの魔物でもなければだいたいは防げる。また、武器に血のりが付くなど当たり前だが、漂わしている水に武器を入れて血のりを洗い落とすなどの使い道もある。弱点としては熱攻撃に弱いといったところである。


 近くにいる端から捕まえ、切る場所だけ水を退けさせて叩き切る。そうやって簡単に処理をラウェティはしていく。


「僕も見せておこうか。剣舞の所以をね」


 対になっている剣を抜き、バドーは軽く振る。傍目にはそれだけの行動であった。振った先にいた狼が一筋の赤い線で2つに別けられたと思えば、そのまま赤い線にそってズレ落ちる。狼が両断されたのだ。


 それを誰がやったかとなれば、無論バドーである。『飛斬ひざん』と名付けられた放出魔法である。

 いつだかクトセインに使った魔法を研磨し、剣を持つ事でイメージをより強固にした物だ。バドーの剣はとある猛禽類の爪より砥ぎ出した物で、持ち手を追加せずに一部分をくり貫いて持ち手にしている。その為、形状は楕円を半円にしてから全体的に反っているように整えたものだ。


 圧縮した魔力を剣の形状を同じにし、剣を振ることで振った先に飛ぶようにイメージすることで正確に飛ばせるようにしたのが飛斬である。


「張り切りすぎだろ」


「がんばれ~」


「貴方達も頑張りなさいよ」


 いつも通りのクトセインとヲロフェリにマデルは小言を言う。それでも、襲ってくる狼が返り討ちにしながら移動はしている。親玉の逃げ道を塞ぐように。


「力を発揮するような場ではないだろ」


「そうだよ~」


「…まあ、そうね」


 張り切るような場ではないので、あくまでいつも通りとの2人にマデルは賛成しかなかった。

 クトセインの『暗殺者』は、相手に気付かれない内に殺すか、相手のかしらを真っ先に潰すのが力を発揮し、肩書に偽り無しと言える。


 ヲロフェリの『薬草師』の場合は、薬草などの知識を披露した際だろう。弓でイメージを補強して、放出魔法を撃ち出したりもするが、それは『薬草師』となんら関係が無い。


「なんにしても、この程度はすぐに捌けるだろ」


 茶番にすぎず、ましてや相手が矢面に出てくる自信もない狼では本当に気が紛れるしかないクトセインの言葉は、酷く冷淡なものだった。


――――――


 親玉は焦っていた。明らかな格上の敵に囲まれている今と言う状況に。

 自分よりも強い相手に挑むなど、余程の事がなければまずやらない。知恵ある者になってからは、それはより顕著になっていた。

 長く生きる秘訣は危険に敏感になることで、なるべく危険に近寄らずに過ごしてきた。だが、別に今まで人間の狩人を避けてきたわけではない。出会った狩人は、どれも喰らってきた。


 しかし、それは戦いと言えるものではなかった。どいつもこいつも声を掛けて注意を自分に集中させ、その隙に手下の狼に襲わせていた。


 その方法は今まで失敗などせず、かなり有効であった。狩人には、知恵ある者は単体でも強力との常識があった。目の前にいるのが知恵ある者と認識し、狼であるとの事が頭から少し離れれるのが成功の一因だろう。


(逃げるしかないね……)


 再び、逃げることを決断する。

 不利なのは明白で、逃げるのが最上と解っている。そして、それはできない。囲まれている以上、それは容易ではない。全員が攻めたてて来ているなら、隙を見つけるなどもできそうだが攻めたてているは2人だけで、その他は逃げ道を塞ぐだけで静観している。逃げられないように、円形を崩さずに一定の距離を保っているのも嫌らしい。


 ゴウッ!!と音を立てながら頭の横を槌が通り過ぎる。獣の骨や牙を束ねられて作られたそれは、振り回す度に風切り音を発していて中ればどうなるかとの嫌な想像掻き立てる。

 それに続いて、今度は剣が眼前を通り抜ける。鈍く輝くそれも風切り音を発しており、こちらもどうなるかは嫌な想像しか出ない。


 そんな攻撃を避けるには、下がり続けるしかなかった。後るに下がるのは苦手だとか言っていられる状況ではない。前に進む方が速いが、それをしようとすれば必ずどちらかの脇を通り抜けなければならない。そんなことをすれば死ぬのも速くなる。


「意外と、すばっしこい!」


 ヴェラビが業を煮やしたのか、剣をもっていない左手を伸ばす。掴んで逃げられないようにしてから叩き切ると判りきった行動に、一瞬だけ親玉は考えた。

 このままではジリ貧だが、片腕でも奪えば動揺くらいは誘える。


 ヴェラビの鎧は、胴体、指先から肘まで、つま先から膝までと鎧に守られている部分は―――これが一般的なのだが―――限定的だ。二の腕あたりに噛み付けば、千切ることも簡単である。

 その考えたのがいけなかった。考えながら戦うという器用な事など、切羽詰まった状況ではできずに動きが鈍った。


 トービスの握る槌が氷によって完全に1つの形状になる。トービスにとっては、氷は白銀氷土で慣れ親しんだ物。氷を作るのは得意だ。

 先程より重圧な風切り音を立てて、槌は振るわれる。しかも、先端が重くなって遠心力によってその速度はより速くなってだ。


 ソレを避けきれずに、槌が頭部にめり込む。頭蓋を砕き、中身をぶちまけるのには一瞬であった。


「フンッ、完了」


 あらゆる物を破壊する槌。『破槌』の所以を発揮し、狼狩りは完了したのだった。

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