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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
33/49

 異様な狼の群れを追い払ってソルトニアに着いたクトセイン達は、3グループに分かれて行動していた。

 狩人組合へ報告と毛皮を売りに行くトービス、ラゴンドの2人のグループ。今晩の宿の手配をするヴェラビ、マデル、ラウェティの3人のグループ。門の外で狼の首を持って待つクトセイン、バドー、ヲロフェリの3人のグループ。これが振り分けになる。


「これからどうなるんだろうな」


「藪から棒に、いきなりなにが言いたいんだい?」


 縄で数珠繋ぎにした狼の頭に付いているノミやダニといった虫を逃がしながら、クトセインは嗤いながら言った。


「こいつらは異常だった。なら、原因が間違い無く近くにいる。トービスは間違いなく動きたいだろう。

 勇者の方は、ソルトニア(ここ)には賢蛇のコールがいる場所に一番近い街だから来たわけだが、どう動くかと思ってな」


「そんな事かい。まぁ、この街にいる狩人の手に余るなら、自分で解決しようとするんじゃないんかな?

 勇者なんだから」


「アレはまだ(・・)勇者じゃないよ~」


 勇者なんだからとの理由で予想したバドーの言葉に、クトセインに背負われているヲロフェリは根本が間違っていると指摘した。


 勇者とは、魔王を倒した者。もしくは、その者の末裔が背負うべき肩書になる。そのどちらもでもないヴェラビは、勇者の肩書を名乗る資格は本来は無い。尤も、可能性があるから「まだ」と言ったのだが。


「勇者うんぬん関係無しに、あいつは人助けする奴だ。

 俺等とは真逆だな。無意味な有象無象の為に動くなんてな」


「それが君の人物評価かい」


 概ね評価が同じなので、バドーはそれ以上言わない。ヲロフェリも同じ意見なのか、同様に何も言わない。特に話す事の無い3人は、そのまま黙る。


『こちらラゴンド、連絡をする』


 やっときた連絡に「どうぞ」と返すと、そのまま耳を澄ます。


『狼の頭は用無しだ。クトセイン達は、予定通りに街の外に廃棄して来てくれ。

 ラウェティ、宿はどうだ?』


『心配ご無用、しっかりとそこそこの宿を見つけてあるよ』


『ならば、一度組合で集合をする。異存はあるか?』


 異存などある筈もなく、全員が了解の返事をすると声箱から音が消える。


「さて、とっとと用無しを埋めるぞ」


 討伐証明に使わないのなら、嵩張る不要物にしかならない。しかしナマモノなので、廃棄するなら街の外で埋めるなりしなければならない。


「一人でいいだろう?」


「ね~」


 そんな事をわざわざ3人でやる必要はないと、バドーとヲロフェリは言った。


「じゃ、てめぇがフェリーを背負ってろ」


 少しイラッときたクトセインは、背中にいるヲロフェリの腕を掴んでバドーの顔にぶつかる様に投げる。

 大人しくそれにぶつかる訳もなく、バドーは少し体を動かして避ける。しかし、狙い通りにはならなかった。


 投げられたヲロフェリは、そのまま落ちるなど良しとせずに、手を伸ばしてすぐ近くの物を掴んだ。投げられてすぐに近くにある物は、バドーの頭しかない。手を一生懸命に伸ばして、とりあえず掴める物を掴む。


 結果、その手はバドーの喉と髪の毛を掴んだ。投げられた勢いでそのまま飛ばされそうであったが、がっちりと掴んでバドーを離さないで留まる。

 やれらたバドーの方はたまったものではなかったが、倒れればマヌケもいいところだと踏ん張って弓なりになっても倒れない。


 いくら強大な力を持つ魔王でも、バランスは体を変えでもしなければ自在にはできない。軽く押せば倒れるだろうが、クトセインはやらない。目的は倒すことではなく、ヲロフェリを押し付けることだ。


「フェリー、鳥肉って美味いよな」


「そ~だね~」


「ふぇ、フェリー、何を考えている!? 涎を垂らすんじゃない!」


 ほんの少しの悪意の上乗せによって、クトセインはバドーの頭に自分の頭を乗っけているヲロフェリに唾液を垂らさせるのに成功するのだった。


――――――


 狩人組合に併設されている酒場。そこでクトセイン達はテーブルを囲んでいた。


「それでは、無事にソルトニアに着いた祝いと、新たな仲間の歓迎会を始める。乾杯!」


「「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」」


 ラゴンドの音頭を復唱して、木でできたコップが打ち合わされる。それで多少中身が零れようが、誰も気にせずに一息であおる。

 てきとうに頼んだ料理がテーブルを埋め尽くし、各々が好き勝手に思う存分飲み食いする。上品とは言い難いその光景に、ヴェラビはしばし言葉を失った。


(新鮮、だなぁ……)


 乾杯の音頭は、何度か機会があったのでヴェラビは流れに乗れたのだが、取り分けられていない料理に手を出すというのは初めての経験だったのだ。

 今代の聖女の姪にあたるヴェラビは、戦いの訓練をしたいた事を除けばそれなりの暮らしをしてきた。


 さほど珍しくはないが、街から出た回数は両手で足りる数であった。それに、生まれながら強大な魔力を有していなければ、次代の聖女候補として教育されていたのだ。

 しかし、今代の聖女はまだ身籠れる年齢であるし、勇者と違って血筋はさほど重視されていないので次代の聖女候補から一旦は外されている。


「食わねえと全部喰われるぞ」


 何気に一番食べているクトセインの言葉に苦笑しつつ、ヴェラビも食事を始めるのだった。


――――――


 用意された料理を食べ尽くした一行は、食後の小休止といった様子でチビチビと飲んでいる。


「歓迎会はこれまでにして、少し真面目な話にいこうとしよう。トービス」


「ああ、気になっている奴もいるだろうが、昼間に出会った狼の話だ」


 トービスの言葉に、全員の表情が引き締まる。軽く狩れる相手ではあったが、その異常性は侮れるものではなかった。


「わかってると思うが、普通ならありえない群れだった。異常な点は2つ。群れの大きさと被害を省みずに襲ってきた点だ。

 通常は多くて15くらいになる。なのに、あの場には50はいた。群れが大きいとか言える数じゃねぇ。

 被害を省みないのは、もっとあり得ねぇ。群れの為に犠牲になるってのはあり得るが、限度ってものがある。その限度を超えている」


 ため息をついてから、トービスは再び口を開く。


「こっからは完全に憶測になる。

 まず知って欲しいのは、狼の群れの大きさは確保できる餌の量に比例する。群れが大きければそれだけ豊かって事になるんだが、餌の豊かさでいえばこの辺では不足気味だ。おそらく、どこからか群れごと移ってきたんだろう。

 だが、そうにしても出会っただけのでもあの群れは大きすぎる。群れをあそこまで大きくするには、豊かさ以外にも必要なものがある。群れを牽引する力だ。

 狼の群れに、知恵ある者がいる」


「知恵ある者……」


 これから戦うつもりであった四将獣と同じ知恵ある者と聞いて、ヴェラビはその単語を噛み締める。

 四将獣と比べれば、その危険性は格段に劣るであるのは予想がつく。しかし、知恵ある者とそうでない者の力の差は雲泥の差になる。


「可能性はかなり高い。力で従わされていたのなら、被害を省みずに襲ってきたのも説明できる。

 あんまり考えたくないが、口減らしの意味もあったんだろう」


 吐き捨てる様に、トービスは言った。

 群れが縄張りを変えるのは致し方ない事だ。縄張りを奪われるなどして、移動を余儀なくされるのは日常的な事。


 だが、口減らしはそうではない。群れを維持できないのなら、別れればいい。群れが肥大化すればそれは往々にして起きるべき事だ。それをさせずに、自殺させるなど―――まだ憶測でしかないが―――気分の良い物ではない。

 ましてや、トービスはそういうやからを毛嫌いしている。白銀氷土に居た頃にも、そういう輩を何匹も潰してきた。


「酷い…」


「ああ、酷い事だ。群れは家族も同然だってのにな……」


「で、どうしたいんだよ」


 欠伸交じりに、どうでも良さげなクトセインの言葉で全員の視線が集中する。


「やりたい事があるなら、直接言え。その考えはお前だけのモノなんだからな」


 なんとなくヴェラビとトービスが何をやりたいか判っているが、直接聞かなければ確信はできない。

 魔王御一行で魔境巡りをしていた時にも似たようなのと出くわしたが、その時はトービスだけが動いた。全員で動くのも馬鹿らしいというのもあったが、あくまで個人の問題としていて「ちょっと行ってくる」程度の出来事でしかない。


 一緒に行動していても、個人プレイが基本であったのだ。しかし、勇者御一行である間はそうはいかない。単独行動などしようにもヴェラビの目がある。適当に言い訳でもすればいいだろうが、これから何度あるかもわからない。そういった行動は避けるべきであろう。


「私は、知恵ある者を狩りたい。危険な知恵ある者も放置するなんて、勇者としてできない」


「…オレもだ。許せねぇからな」


「それじゃあ狩りに行くか? いきなり賢蛇のコールを相手にするのもなんだしな」


「え…?」


 「やるんならお前だけで言ってこい」とでも言われるのではないかと思っていたヴェラビは、予想に反した返答に奇妙な声音を出していた。

 明らかにクトセインは進んで行こうと言う態度ではなかったのに、その口から出た提案は逆だったのだ。


「ちょっと待ちなさい」


 だがしかし、今度はマデルが口を挟む。流石に今度は反対意見かとヴェラビは身構える。


「行くなら、明日以降にしないと嫌よ」


「もう夜になるから普通はそうなるだろ」


 そう言って、クトセインはラゴンドを見る。それにつられて、全員がラゴンドを見る。勝手にいろいろと言ったが、よほど気にくわない限りはラゴンドの最終決定に任せている。


「勝手に話を進めおって…まぁよい。反対意見もないようだな。

 明日、知恵ある者であろう狼を狩ろう」


 満場一致で答えは出ているので、ラゴンドはそれにただ許可を出す。別に急ぐ用事がある訳ではなく、ちょっとした寄り道を咎める程に神経質でもない。ラゴンドに反対する必要は全くなかった。


「では、今日はもう英気を養うように」


 解散を意味するラゴンドの言葉で、各々が勝手にまた騒ぎ出す。


「ラゴンド! 飲み直そうじゃないかい!」


「オレも参加する」


「それじゃ、僕も参加していいかな」


「では、キツイ酒ばかりが置いてある店があるらしいから、そこに行ってみるぞ」


「私も行くわよ」


「俺は行かねえ。フェリーを宿に寝かせてくる」


 結局、自分クトセインの背中に落ち着いて眠っているヲロフェリを顎で指す。とっくに慣れているが、連れまわすの気が咎めるのと、宿に放置すると何を起こすか判らないので面倒を見るのだ。


「じゃあ、私はクトセインを案内するね」


 クトセインだけでは宿の場所が判らないだろうと、ヴェラビは案内を申し出た。キツイ酒というのが飲みたくないとの理由もあったりするのだが。


「クトセイン、クトセイン……うぅん…」


 酒場を出て宿を目指している途中で、ヴェラビは何度も口の中でクトセインを繰り返していた。小声ではあったのだが、クトセインにはバッチリ聞こえている。


「人の名前を何度も言ってなにがしたいんだ?」


「…怒らない?」


 恐る恐るといった風に、ヴェラビは聞き返す。彼女が今考えているのは、常識的に失礼に当たるからだ。


「人が怒る様な事を考えているんだな」


「あ、いや、そんなんじゃない……」


「だったら言えばいいだろ」


「…なら言うけど、クトセインって呼びにくくない?」


「……」


 クトセインは押し黙るしかなかった。名前を繰り返していたのだから、名前関連とは思っていたがまさか「呼びにくい」と言われるとは思っていなかった。

 そこでふと、あんまり自分が名前で呼ばれていないのに気付く。


 エルフ達は基本は様付けで名前で呼ぶ。


 ジャックとジョンは兄貴と呼んで名前では呼ばない。


 魔王仲間も基本名前で呼ばない。名前で呼ばれずとも、自分に用があるとかなんとなく判るから困った事は一度もない。


(ひょっとして、全員に名前で呼びにくいとか思われているのか?)


 エルフ達は恩がある手前、気軽に話しかけるなんてしない。命を握っているに軽々しい態度などできないから、いろいろと気を使っている。


「ヲロフェリも呼びにくいけど、フェリーっていう愛称があるし……ラウェティはなんか、1つの流れで他は考えられないかな?」


 ヴェラビの言葉を要約するなら、クトセインだけ呼びにくいである。


「クトでいい。うん、呼びにくいなら、クトでいい」


(あ、なんかちょっと怒っている気がする……)


 まさかクトセインが自分で付けた名前だと思わず、親に付けられた名前に文句を言われて腹を少し立てているとヴェラビは勘違いするのであった。

誤字脱字、意見などをお待ちしています。

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