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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
始まりと四将獣編
32/49

ソルトニアへ

 荒れ果てた大地。荒野としか言えない、見渡す限り土と岩しかない環境。ほとんどの生き物が生きていけないそんな大地は、死んでいるも同然。

 生きる者がいない訳ではない。ただ、生きようともしても飢餓によってその数を日に日に減らしていかねば種族としても死んでいくだけだ。


 大地以外は一応と付ける必要はあるが生きているのだ。場所があっても、そこに命が芽吹かない。そんな状態なのだ。

 奇跡、それとも変革とも言おうか。そんな状態でも希望は生まれおちた。

 こうべを垂れ、着いて行くと懇願する。その相手は―――


「……夢、か…?」


 浅い眠りから目を覚ましたクトセインは、思わず呟いた。夢を見るなどそう珍しいことではない。だが、これまで見たような夢とは質が違った。夢が意味不明などよくあったが、まるで記憶を遡ったかのような感覚があった。


 しかし、そんな感覚はあっても、夢で見た荒野など記憶にない。全ての魔境を廻ったが、死んでいる大地など見た事がない。それに、どこにでも生産者たる植物とそれに密接に関わる虫くらいはいた。


 存在する筈のない場所。夢の内容はそれで十分。そう断じてクトセインはしっかりと起きるのだった。


――――――


「今日も平和かな」


 パンとウィンナーを囓りながら、ヴェラビは遠くを見るような目をしながらこぼす。出発してからずっと何も無くて平和なだけであった。今は森を通り抜ける街道を移動しているところである。

 かと言って、本当に平和ではなかった。ただ単に、ヴェラビが戦う必要が無かっただけだ。


 馬車は4両編成となっていて、先頭の馬車にはラゴンド、最後尾の馬車にはマデルがいる。そうなっているのは、2人とも魔法使いに分類され、魔物がどちらから近づこうとしても離れた位置で排除できるようにする為だ。

 馬車では肉食の魔物から逃げるのは荷が重い。しかも、馬は肉食の魔物に近寄られでもすればパニックを引き起こす。


 旅路を順調にしたければ、それは避けるべきである。また、近寄られたら逃げるしかない馬は無防備だから喰われなくとも、怪我をさせられるかもしれない。

 旅路の安全と順調な経過の然るべき措置によって、武器で攻撃するのがメインの武器組は暇をしていた。


「結構な事じゃないか。どうせそんな愚痴をこぼせるのは、今日までだろうからね」


 いつも同じ人と一緒の馬車では退屈だろうとの理由でのローテーションで、本日はヴェラビと一緒のラウェティは笑う。


「今日魔物に出会っても、昼頃にはソルトニアに到着予定だったけ?」


 目的地であるソルトニアには、かなりの足止めでも無ければ昼頃には到着できる位置まで既に来ていた。

 ソルトニアは数少ない岩塩の産出する街であり、岩塩によって潤っている街だ。


 必需品である塩だが、海水から作るのには海岸付近が軒並み魔境になっているので、海水自体が入手が困難になっている。

 そうなると、塩を入手するには塩湖か岩塩に限定される。その塩湖が無いとなれば、岩塩に頼るしかなく、その岩塩の産出する街は自然と潤ったのだ。


「そうさね。ソルトニアは目と鼻の先、よっぽどのことがなけりゃ、昼は良いもんが食えるよ」


「その後は明日の準備と休養になるかな?」


「そうならなきゃ、ラゴンドにキツク文句を言ってやるさね」


 慣れるほどやっていない馬車での旅に、夜には番をしたぐらいで音を上げるほど軟ではないが、気疲れというものある。ましてや、比べるのも馬鹿らしい脆弱な存在がすぐ近くにいるのだ。うっかり殺すなどするような力を常に発してはいないが、それでも気を付けなければならない。


『全員、聞こえているか。囲まれている』


 声箱より伝えられるラゴンドの一言で、聞いていた全員の意識が臨戦態勢へと切り替わる。

 目を左右に奔らせると、薄茶色の体毛が木陰から見え隠れしている。毛皮を被っている盗賊という可能性がなくもないが、十中八九、狼や熊といった肉食の魔物になる。


『依頼主からのご要望は、馬車を停めるから魔物を蹴散らして欲しいとの事だ。派手にやってこい』

 

「ぃようし! 行くよ、ヴェラビ!」


「え、ちょっッ!?」


 派手にやってこいは、馬車の面倒は自分が見るとのラゴンドからの意思表示。それを受け取ったのなら、馬車を気にせずに動けばいい。最大の邪魔者はラゴンドが守ってくれるからだ。


 右手に得物、左手にヴェラビの手をとって馬車が停まるより先に横に跳び下りる。いきなり手を引かれたのにヴェラビは驚いたようだが、態勢を崩すことなく着地する。


「そっちは任せるからな」


 跳び下りるのを見ていたのか、クトセインの声が反対側より送られてくる。


「ああ、それと、頭はあまり傷付けるなよ。討伐依頼が出てたら証明に必要だからな。

 また・・潰すなよ」


「気を付けるよ……」


 ラウェティの右手の得物を見て、ヴェラビは納得した。

 ラウェティの得物はハルバード。槍の穂先に斧頭、その反対側に突起が取り付けられている長柄武器。


 それは斬る、突く、鉤爪で引っかけると多芸であり、その反面的確にどの手を使うかの判断を瞬時にできなければ扱いきれない得物になる。長柄武器のどれにも言える事でもあるが、取回しの問題もある。扱いにくさは、武器でも上位に上がるであろう。


 それなのに、ラウェティが握るハルバードは斧頭が大きい。どの部分よりも、そこで攻撃するのに主眼を置いているのは一目瞭然。長柄武器の利点である間合いと、振り回すだけで遠心力と筋力によって力が乗りやすいとの考えで作られている。

 そんな武器なら、原型を留めずに潰すこともできよう。


「さぁて、張り切っていこうじゃないか」


 唇を舐めて、ラウェティは笑いながら木陰より次々と姿を現す狼に己が獲物を向けるのだった。


――――――


 ソレは、戦いと言えるものではなかった。狼の群れが隙間無く囲んでいるのに、たった8人による防御陣を一匹も突破できないでいた。


「どうしたどうした!! 狼ども、ちったぁ気概ってもんを見せやがれってんだ!」


 男勝りな発言をしつつ、ラウェティは右側から跳びかかってきた狼の脇腹に斧頭を叩きつける。

 斧頭は狼の毛皮をを裂いて身に侵入し、半分くらいが侵入を果たしてから勢いを狼に移す。ラウェティが止めれば、勢いがついた狼はそのまま投げ出される。脇腹に大穴を開けられた狼に受け身を取れるはずもなく、そのまま地に伏せる。


 血が大穴から吐き出されるが、もう誰も気にも留めない。なぜなら、既に何匹も同じようになっているからだ。しかも、それを作っているのはすぐ傍にもう1人いる。


「遅い」


 動きを見切り、跳びかかってくる狼の腹からバスタードソードを喰い込ませる。硬い感触―――背骨―――を感じ、ヴェラビはそのまま刃を奔らせて狼を飛ばして捨てる。

 押し切れば両断できたが、狼が相手では負荷が掛かるような事をさせるには役不足もいいところだ。


 それに、両断などしてしまえばすぐ近くに落ちてしまう。そうなれば腹を掻っ捌かれた狼の血で、足元は血の海になって、足場が悪くなる。わざわざ状況を悪くする必要もない。そういった理由から、ヴェラビはそんな戦い方をしていた。


――――――


 ヴェラビとラウェティの反対側は、クトセインとバドーが守っていた。状態は概ねヴェラビとラウェティと同じであった。実力に天と地程の隔たりがあるのだから、当然と言えば当然なのだが。

 しかし、ヴェラビとラウェティと同じように血溜まりを作っているが質は違った。


 クトセインとバドーは、狼の首しか傷つけていない。クトセインは喉を掻っ捌いて致命傷にし、バドーは両手にそれぞれ持った剣で首を落としていた。

 頭はほとんどの討伐証明になり、胴体部分で金に換えられるのは毛皮に骨くらいだ。その全てを確保できるようにする為に、クトセインとバドーは首しか傷つけていないのだ。


「この狼ども、変じゃないか?」


 群れの仲間を何匹も殺されているというのに、一向に退かない狼にクトセインは眉を顰める。


「そうだね。数が多いのもそうだけど、どうして退かないんだろうね」


 狼の様子がおかしいのに、バドーも頷く。知恵ある者でもないのに、不利な状況なのに退かずに襲い掛かってくる狼の行動は異様であった。


 狩りに危険は付き物なのはどこであろうと一緒であろうが、判断については人間よりも狼などのほうが潔い。群れで行動していようと、場合によっては簡単に切り捨てられるのだ。そうならないように、またそうなっても大丈夫のように怪我などは可能な限り避けるのが普通になる。


 だというのに、まるで自殺するように向かってくる。これが異様と言わずになんと言おう。


「組合への報告が必要かもな」


「それはラゴンドに任せればいいさ」


 更に1匹切り捨てて、興味無さそうにバドーは思考を放棄する。報告などはラゴンドがほとんどやっているし、今殺している狼は元々そういう生態なのかもしれない。詳しく知りたければ、トービスに聞けばいいだけの話になる。


 バドーに今すぐ気になる事があるとすれば、反対側と馬車の後方に当たる左側から聞こえる鈍い音だ。その元凶と、なぜそうなっているかは予想できるが、あまり気持ちいい音ではない。


 死骸の数が目の前のだけで10を超えたところで、狼の遠吠えが聞こえてきた。

 それが合図だったのか、取り囲んでいた狼達は脇目も振らずに逃げて行く。


「追いかけるかい?」


 冗談めかして、バドーはクトセインに言う。今なら、追い付くのは簡単だ。


「まさか。それこそ無駄だろうが」


 異様な行動には何らかの理由があるだろうが、今は関係無い。そういった事例を解決する為に行動しているならまだしも、今は四将獣の討伐の為に行動しているのだ。


「無駄口叩いてないで、片づけるぞ」


 殺してそれで終了などではない。討伐証明の為に頭を集め、もう少し懐を温めたいなら毛皮を剥ぎ、骨を取り出すのもしなければならない。売り物にするのだから、血などを洗い落としてある程度は綺麗にする必要もある。


 毛皮と骨のほうは別にしなくてもいいが、その後には死骸を埋めるなり燃やすなりして処分しなければならない。放出魔法を使えるのだから、埋めるにしても燃やすにしても手早く済ませられるが、時間は有限だ。


――――――


「まったく退屈ね……」


 狼を追い払い、それぞれ手分けして作業しているのだが、マデルは暇そうにしていた。別にサボっている訳ではなく、彼女の分担が死骸の埋め立てで既に穴は放出魔法で開けた後だからだ。

 退屈なのは、先程の狼との戦闘でトービスのサポートしかしていなかったとの理由もあるだろうが。


「暇で暇で、血で遊んじゃいそう」


 血溜まりを作っている狼の血液を指差して、マデルはソレを動かし始める。夢の王であるマデルには児戯に等しいが、普通なら僅かに動かすのも一苦労の放出魔法になる。


 血の臭いは肉食の魔物を引き寄せる。なので、街道近くで何かを殺したら血の処分もできるだけするように言われているが、血の処分ほど厄介な物は無い。

 血の流れていない魔物などほとんどおらず、狩人なら必ず対面する厄介な物が血だ。流れた血を処分しようとするのが、実質不可能に近いからだ。


 水で洗い流そうなんて地面にやれば、いたずらに血を広げるだけになる。布などに吸収させようとしても、それだけの為に用意するなど荷物が嵩張るだけで無駄に近い。

 なので、街道近くで何かを殺しても血の処分など普通はされない。何かしら罰則がある訳ではないが、気分的なものでできれば見られないようにすぐにその場を離れるものだ。


「もう少し、時間が掛かりそうね……」


 まだ脅えている馬と解体中の狼を横目に見て、血を穴に入れたマデルは穴をもう少し深くするのであった。


――――――


「……穴あきだな」


「まったく、どうしてもっとスマートに殺せないんだろうね?」


 狼の処分に、脅えて動けなくなっていた馬がようやく動けるようなって馬車の中で戦利品の確認をしていたクトセインとバドーは、穴あきの毛皮を見てため息をついていた。

 骨は売れるかもしれないという微妙な線なのと、売れる状態にするのに手間がかかるから毛皮だけを戦利品にしたのだが、ほとんどが穴あきであったのだ。


 誰がやったとなれば、ヴェラビ、ラウェティ、トービスの3人になる。原型が残っているから手加減したのだろうが、折角の売り物が安値で買いたたかれるのは目に見えている。


「残っただけマシと考えるべきか……?」


「ラゴンドとフェリーの方は極端すぎると思うよ」


 ちなみに、ラゴンドは馬車と馬を傷つけさせない為に近付く狼は放出魔法で消し炭にし、ヲロフェリはエルフのゼム直伝のいかずちの矢で焼き貫いていた。そんな事をやって毛皮が無事な訳もなく、焼かれた物体となった狼は他の狼と同じく埋められた。


「まあ、値段は飯と宿代になればそれでいいか」


 クトセインはソルトニアの防壁を見て、気楽に笑うのだった。

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