出立
狩人組合本部。ヴィゼルニアにあるそこは、魔境近くにある支部と比べれば随分とこじんまりしている。強い魔物が魔境に集中している関係で、どの魔境からも等距離にあるヴィゼルニアが比較的魔物よる害を受けることが少ないからであろう。実際、受けられる依頼で魔物討伐は少なく、そのほとんどは隊商の護衛依頼が占めている。
そんな狩人組合本部の裏手には、不釣り合いに思えるくらいに立派な訓練場がある。そこで、今日もいつも通りの訓練が行われていた。
「ハアアアアアアアアア!!」
訓練用の刃を潰した金属製の剣を片手に、1人が8人に対して奮戦していた。相手達が持つ訓練用の剣をいなし、空いている左手で殴り倒す。時折蹴りやフェイントも織り混ぜて、次々と相手を打ち倒す。
1人の方は一対多の訓練をし、8人の方は自分達よりも強い個に対して訓練をしている。
「今日も励んでいますね」
控えめな拍手と、透き通った声が4人の―――5人はのされている―――耳に入る。
「聖女ザマッ」
「取ったぁ!」
それに気を取られたのをいい事に、容赦無く1人の方が残っている3人の内1人の鎧に守られている胴体を左拳が捉える。残った2人も「ちょ、おま…」と暴挙に驚いているところを狙われて、すぐさまのされた。
「…ヴェラビ、訓練なのだから勝つのにそこまでやらなくていいのよ……」
微笑をやや引きつらせながら、声をかけた女性、今代の聖女であるヴィスタリアは言い聞かせる。
「いくら力加減が上手くなったと言っても、やられる方は痛いのだから」
ヴィスタリアは惨状に目を向けながら、諭すようにヴェラビに言う。いくら剣の刃を潰してあるとしても、防具を着けていない位置に中れば痣になってしまう。そうならないように加減するのも訓練内容に含まれているが、一部始終を見ていたヴィスタリアにはそんな繊細さを感じなかった。
「大丈夫です! 防具の上からなら、痣にならないようにしています!」
元気良くズレた返事をしたヴェラビに諦めの視線を送りながら、ヴィスタリアは訓練場に来た用事を済ますべく、荷物運びをさせている狩人組合の職員に合図を送る。
「さて、今日が貴方の勇者としての出立の日です。伯母として、育ての親としても、それと聖女としても貴方に出来る限り最上の餞別を用意しました。
剣に鎧、旅の必需品です。重さと価格を度外視したものですが、生まれながらに強大な魔力を有し、これまで鍛練をし続けた貴方なら、重荷にならずに扱えるでしょう」
柔和な笑みを浮かべて、ヴィスタリアはこの日の為に用意させた装備を広げさせる。旅の必需品以外はその重さで職員が手間取っているが、きっちりと並びあげられる。
「聖女様、ありがとうございます。必ずや、魔王を倒しましょう」
先程までの雰囲気から一転し、片膝をついてヴェラビは誓いを口にする。それは決意であり、最終目標だ。
聖女の役割が、勇者を支援することでも、感謝しないいわれはない。
「すべき事は全て憶えていますね?」
「はい」
自分のすべきことを、ヴェラビは反芻する。現れたかもしれない魔王を討伐するのは、勇者としての義務だ。尤も、今回は魔王を討伐したいが為に勇者の肩書を背負うのだ。
いくら聖女の血縁者だからといって、実力はあっても実績のない者に狩人組合が表だっての支援は問題がある。かと言って、支援をしなければ商人が借りするとの名目で支援を押し付ける可能性もある。勇者を支援したとあれば、箔が付くし、何よりも国への貸しにもなる。
それを避ける為に、勇者の肩書をヴェラビが背負うのだ。かつて魔王を倒した勇者の肩書を背負うのなら、国営の狩人組合が表だって支援するのは問題にはならない。
「四将獣の討伐に、その間に仲間との連携を取れるようになるですよね」
「その通りです」
魔王がいるなら倒さねばならないが、今の実力では勝てるかどうかが一切判らない。だから、実力の底上げをするべく四将獣と言われている魔物を先に討伐するのだ。連携の方は、わざわざ1人で挑む必要性など無いので仲間を見つけて四将獣の討伐と並行して信頼関係を築こうというものだ。
ちなみに、四将獣とはかつていたとされる4体の魔王の部下だ。全員が知恵ある者で、その実力は折り紙付きになる。存在は知られているが、今まで倒されていないのも考えて魔王程ではないにしてもかなりの魔力量を誇るであろう。てっとり早く実力の底上げをするには、恰好の獲物になるのだ。昔はもっといて、ただ将獣と呼ばれていたが、数が減って四将獣と呼ばれるようになった。
「憶えているなら、なにも問題はありませんね。
それより、本当にいいんですか? 仲間を自分で募る必要はないと思うのですが…今からでも、職員は割けますよ?」
「有り難い話ですが、共に命を懸ける仲間は自分で選びたいんです。無理矢理に魔王討伐に同行させて、土壇場で逃げられたら困ったでは済まされません。……それに、男ばっかりだし」
普通の旅でさえ命懸けになる。ならば、魔王討伐の旅など自殺行為もいいとこであり、そのような旅を強制させるのはヴェラビには気が退けた。提案を断ったのにはそういった理由もあるが、実力重視で選ばれたら自分以外は男だけになる危険をはらんでいるというのもある。
勇者ヴェラビは、花も恥じらう乙女であった。長いと邪魔になるとの理由で短めに切り揃えられた銀髪は、少々女っ気が少ないが、身体はしっかりと成長はしている。下手したら旅の途中で下種な男に襲われる可能性もなきにもあらず。
その辺が判らないわけではないので、ヴィスタリアもこればっかりは強くは言わない。
「ふふふ、仕方ありませんね。まぁ、勇者が魔王討伐の旅に出るとの噂はしっかりと流してあるので、やる気のある狩人は本部に集まっていると思いますよ。その中から、この人達だ、と思える人達を選ぶと良いでしょう」
強くは言わなくても、手回しはきっちりとしているのだが。
「重ね重ね、ありがとうございます。…その、抜いてみてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
許しを得て、ヴェラビは新しい自分の剣を抜き放つ。
バスタードソード。両手、片手持ちの両用の剣だ。大型の魔物を相手取るのには強度がいささか不安になるが、切ることも突くこともできるよう調整されていて、どんな魔物相手にも全く使えないことはない。
120cmもある剣は、専用の訓練をしていなければ男性でも手に余る代物だ。しかし、ヴェラビは軽々と振ると、まるで腕の延長のように扱う。
「軽いけど、良い物だと思います」
身長の4分の3はあろう剣を片手で振っても、ヴェラビは重心が動いていないかのようにしてみせた。
「それ以上重くしようとしたら、剣じゃなくなってしまうわ」
ヴェラビは軽いと言うが、彼女の剣は通常の倍の重さはある。長さに制限こそあるが、できる限り良い物を作ろうとして重さと価格を度外視したと言ったのに嘘は無い。魔物の素材こそ使ってないが、剣として実用に耐え、かつ重さまで追求した逸品。
もしこれ以上重くしようとするなら、重いだけの金属を使って剣とは形ばかりの物にせざるおえない。
「そうなったら困りますね。鈍器では、確実に魔物を傷つけられないかもしれないので」
魔物相手に一撃必殺など普通は不可能。確実に有利にしていくのには、相手を削っていくのが一番とされている。削るとは、比喩ではなく実際に行うことだ。血の通った存在であるなら、切れば出血はするし、筋肉を切れればそれだけ力を落とせる。
強大な魔力で自身を強化すれば、鈍器で大打撃も実現可能なだけの実力をヴェラビは持っているが、持続性を考えると刃物で削っていくほうが良いのだ。
「さて、長々と話してしまいましたね。最後に、2つだけ言わして」
そこまで言って、堪えられなくなったのか、ヴィスタリアはヴェラビを優しく抱き締めた。
最悪、これが最後の触れ合いになる。そう思ったヴェラビも、優しく抱き返す。
「四将獣を討伐したら、一度は帰ってくるのよ。それと、行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
送り出す者、行く者。それに別れた2人は、再び会うとの約束の元に別れたのだった。
「帰ってくるのよ。そう…必ず、ね……」
――――――
死屍累々。狩人組合本部は正にそんな状態であった。偶々居合わせた狩人に、勇者についていって富や名声を得ようとした狩人、腕利きの狩人。そんな連中をまとめて相手にして、8人が立っていた。
「さーてチェダー、知り合いのよしみでとりあえず気絶させるのは止めておいたが、どうされたい?」
「そのまま、離してください……」
もうどうにでもなれ。クトセインに片手で持ち上げられているチェダーは、そんな心境であった。
クトセイン達と別れたチェダーであったが、結局インセニアにとんぼ返り同然で戻った時には既にクトセインはいなかった。組んだ期間は短いものの、数か月ぶりに会ったのだから感動の再会的なモノだろうとチェダーは思っていたが、残念ながらクトセインはそうは思っていなかった。
どうでもいい。それがチェダーに唯一懐いているモノだ。完全なる赤の他人でなかったから、問答無用で気絶させなかったのだ。
「素直でよろしい」
嗤うと、クトセインは頼まれた通りにそのまま離してやる。勇者が出立するとの噂で集まった有象無象を蹴散らし終えたので、クトセインは仲間が座っているテーブルに戻る。
最後に戻ったからといって、クトセインが1人で全員を倒したわけではない。実力的には可能であるが、挑発して自分達対それ以外を6人―――ヲロフェリ以外―――で気絶させたのだ。クトセインが最後にテーブルに戻ったのは、チェダーとの問答によって1人だけ時間を他より取ったからだ。
「で、噂の勇者様はまだお見えにならないのか?」
「少なくとも、僕らより後に入ってきた奴はいないよ」
「なあ…倒した中に混じっていたなんて事はないよな?」
ふとトービスがこぼした、冷静な発言が場を凍らせた。入ったときは勇者が来たとか騒がしくなかっので、7人とも勇者はまだ来ていないと判断した。
だがしかし、騒がしくなかったのがとっくに勇者が現れていて、その騒ぎは沈静化しただったのなら?
勇者がどの程度かは知らないので、気付かないうちに倒してしまったのをありえないと否定できないだけに、気まずい沈黙が数秒流れる。
「やっちゃった~?」
「もしいたら…謝るしかなさそうね」
「それっぽいのは張っ倒しちゃいないよ」
「勇者がこの程度の有象無象の中にはおるはずがなかろう」
やってしまったのだから仕方ない。ラウェティとラゴンドは願望込みの意見をいったが、まあなるようになるだろうと7人は納得するしかない。
その時であった。噂の銀髪の勇者が準備を整えて入って来たのは。
「うそ、なにこれ……」
――――――
「で、ヴェラビはどこぞの馬の骨とも判らない連中と行ってしまったと……?」
「そ、そうですが、その、クトセインは相当の実力者…」
「余計な情報はいりません」
「は、はい!」
勇者の威光を知らしめると同時に、最悪の状況では防衛拠点になる一室で聖女ヴィスタリアはこめかみをピクピクと痙攣させるほど怒っていた。
そんな聖女様に怒りを買うと判っている報告をしているのは、チェダーであった。貧乏くじを引かされたのは、彼だけが無事で一部始終を見ていたからである。
チェダーが所属する狩人の集団は、狩人組合お抱えの部隊であったのだ。
ヴェラビが自分の仲間は自分で募ると報告したその日の内に、ヴィスタリアはそれぞれの魔境に一番近い街に部隊を派遣していた。実力をつけさせて、出立の際にヴェラビが自分で選ぶという過程を踏ませる為だ。
噂で集まる人間は自然さを出すためのカモフラージュに過ぎず、ヴィスタリアは用意していた勇者のお供候補が大本命であった。それなのに、ヴィスタリアからすればポッと出の連中と一緒に行ってしまったのだ。その胸の内は大荒れにもなろう。
「さて、貴方達はどう責任を取るつもりですか? とりあえず、一人ずつ、どうするのが一番かを聞かせてくれませんか?」
それは、私刑宣告であった。自分で罰を決めろというのは、一見慈悲のあるかのように感じられるがその実はまったくの逆だ。自らの罪を正しく認識できているのか、正しく償えるかを相手に伝えなければならない。基準があれば簡単に答えは出るであろうが、基準なんてない。
答えなんて無い質問に、黙るしかなかった。
「こうしているのも時間の無駄です。そうですね、貴方から…」
チェダーを指名しようとしたが、閉められていた扉が急に開かれる。
「聖女様! 罰をお与えになるのなら、私めに非情で非常に良い案があります!」
その扉から、薔薇を片手に持った金髪の青年が声と共に入ってくる。話し方といい動きといい、妙に演技っぽいのが彼の特徴であろう。
「話を聞くくらいはしましょう」
一瞬「面倒な奴が来た」と言わんばかりの表情になったが、ヴィスタリアはすぐに持ち直すととりあえず話だけは聞くことにした。追い返そうとしても無駄だと判っていたのと、立場的な力関係が微妙であるからだ。
「聖女様は、この人達がヴェラビのお供になれなかったから罰するのですよね?」
「ええ、そうです」
「だったら、この人達を私のお供にしてヴェラビに追い付けばいい。合流して、勇者のお供になればいい」
「城を出て行くと言うのですか? 今代の勇者の次男である貴方が」
今代の勇者の次男。長男がなんらかの理由で死ねば、二児しか儲けなかった今代の勇者が持つ正当な勇者の称号を襲名するのは明白だ。立場的な力関係が微妙なのは、良くも悪くももしもの際の予備であるからだ。
本命である長男よりは劣るが、勇者の称号を受け継ぐべく教育はされている。聖女という立場にあっても蔑ろにはできない。つまりは、十分な護衛がいなければ城から出すのも躊躇われる人物でもある。
「選りすぐりの猛者がこの場に8人もいるんですから、護衛はそれで大丈夫でしょう」
「…ハァ、良いでしょう。今代の勇者様には私から言っておきます。
ヴァランセ、赴くままに行きなさい」
猛者と呼ばれた8人を選りすぐったのは、他ならぬヴィスタリア自身だ。8人の実力の否定はできよう筈がなく、ここは折れるしかない。
「言われずとも。さあ、準備は既に整えてあります。皆さん行きますよ!」
意気揚々と、ヴァランセは8人を率いるのだった。
さあさあ始まりました新章「始まりと四将獣編」ちなみに、この後に「魔王編」とかを予定しています。
誤字脱字、意見などをお待ちしています。




