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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
3/49

エルフ

 エルフは、往々にして森の民と言われる。森の中に村を作り、森と共に暮らしていくからだ。尖った長い耳を持ち、老成しても色褪せない金色の髪が特徴に上げられる種族である。


 総じて生きとし生きる者が持つ魔力の量が多い傾向にあり、誰もが魔法を使うのに必要とされる魔力を放出する才覚を持っている。

 そんなエルフの一団が、蟲の森に足を踏み入れてしまった。


「ファイ! 引き返せそうにないか!?」


 眉間に皺を集めた人間の30代後半に見える男エルフは自分とは反対側のエルフの戦士に声を飛ばす。


「ボウム無理言うな! 来た道は黒蛇百足くろへびむかでが塞いでやがる!」


「クソッ!」


 最悪に近い知らせにリーダー格であるボウムは歯噛みする。黒蛇百足はその危険性から絶滅手前まで追い詰められ、蟲の森以外には居ない魔物だ。メスの一匹から街を滅ぼすと言われたその危険性は今は向けられないだろうが、その戦闘能力は虫系で上位に類する。


 ボウム達エルフの一団は、入りたくて蟲の森に入ったわけではない。蟲の森と、蟲の森と繋がっている森には明確な線引きとなる物がない。見分けるには、虫系の魔物を大量に確認するなどしなければならないのだ。普通の森であっても、虫系の魔物などありふれた存在であるが故に確信を得るのは難しい。


 エルフ達の目的地は蟲の森ではなく、その前の森であった。かつての故郷は人間の脅威に脅かされていた。

 それで仕方なく、エルフ達は移民という選択肢を取らざるをえなくなっていたのだ。


 中には徹底抗戦を訴える者がいたが、いくら総じて魔法を使えても人間の数は天井知らずに増えており得策ではないと最後は誰もが納得した。


 そこで問題となったのは、どこに移民するのかということだ。浅い森ではすぐまた人間の脅威に晒されてしまうので、当然ある程度深いか人間が近付かない森が好ましい。幸いにもそういった森は幾つか候補があり、蟲の森と繋がっている森もその候補の1つであった。


 魔境は熟練した狩人には狩り場にはなるが、大多数の狩人には荷が重すぎる場所であるので人間はほとんど近付かない。狩りさえ成功させられるのならば、人間の金を稼いで足りない物を買うのも容易であるのも大きかった。


 今居る一団は調査団である。ただでさえ―――人間と比べれば―――少ない仲間を分散させて複数の候補を一度に調べるのは反対意見も多かったが、安住の地を探して全員で流浪する余裕などエルフにはなく、素早く見つける必要があった。


 良い場所が見つかれば、事前に決めておいた場所にその旨を知らせるメッセージを残す手筈になっており、調査団は可能であれば家など建てたり水場の確認して生活基盤の確保する使命を帯びている。


 とりわけ、蟲の森近くに派遣された一団は精鋭揃いであった。しかし、女子供を守りながらの戦いで窮地に立たされていた。


「若造、伏せておれ。万物を焼く天の閃光よ、敵を滅ぼせ!!」


 深い皺が顔に刻まれて髭を蓄えた老エルフが見ていられなくなったのか立ち上がると、背負っていたロングボウを矢をつがえずに弾く。弓の弦が紫電を纏ったかと思えば、雷が矢の代わりに発射されて退路を塞いでいた黒蛇百足を焼き貫く。


「ヒュウ、流石雷爺! 魔法とは言え同じ弓使いか疑いたくなるぜ」


 コンポジットボウで武装した短髪のエルフが口笛を吹いて笑うと、自分は弓に矢をつがえて鱗粉に幻覚作用がある保護色である茶色の幻覚蛾げんかくがを射抜いて木に縫いとめる。


 戦いの気配を察すると、フラフラと飛んでくる嫌な魔物である。抵抗力があればまず幻覚を見ることは無いのだが、その抵抗力を持たない女子供が幻覚によって錯乱状態になれば全滅するのは目に見えているので、もし現れた際には短髪のエルフが優先的に駆除する取り決めになっていたのだ。


「長老、貴方はあまり魔法を使わないで下さい! いざという時の頼りなんですから!」


 怒鳴るようにボウムは言うと、長老と呼んだ老エルフを睨む。


「今がその時であろう。それより、雷撃の音を聞き付けたのか袋蜘蛛がきおったわ」


「そんな理由だったら、長老のせいでしょう!!」


 故郷に居た時と変わらずに取り乱さない長老に苛立つと、ボウムは得物である身の丈ほどある大剣を肩に担いで腰を低くする。


「ザファ、掩護しろ」


「ヘイヘイ」


 ザファと呼ばれた短髪のエルフは一度に8つの矢を弓につがえる。


「そっちにあわせるぜ、リーダー」


 ボウムが跳び出すのに先んじて、ザファの弓から袋蜘蛛の目に狙いを定めた矢が放たれる。矢は反応できていない袋蜘蛛の視界を塞ぎ、ボウムは矢よりも若干速く袋蜘蛛に接近し、体ごと回転させて大剣を振る。


「大斬破ァ!」


 大剣は袋蜘蛛の外骨格を叩き斬り、頭胸部を上下に別ける。虫系の魔物は頭を潰して動く事はよくあることなので完全に無警戒にはできないが、それでも黒蛇百足に続いて凶悪な虫が倒されたので調査団の非戦闘員の顔に安堵の色が広がる。


「ファイ、退けそうか?」


「ああ、こっちに残ってるのは雑魚ばかりだ。蹴散らしながら進むのには問題ない。しかし……」


「しかし?」


「素材がもったいねえ。黒蛇百足も袋蜘蛛も売れる部位が残ってないじゃないか」


 黒蛇百足は雷に射抜かれて黒焦げも同然で素材としては使えない。袋蜘蛛は確実に売れるのは消化液を生成できる牙だけなのでこちらも素材としての価値はない。


 虫系の魔物の肉を好んで金を出してでも食べる奇特な人間もいるにはいるが、見た目に比べて軽い袋蜘蛛の脚は嵩張るので持っていく気にはならない。


「時と場合を考えろ。問題がないなら、蟲の森を出るぞ。こんな場所に居を構えようなど、正気の沙汰じゃないからな」


「そう言うなって、住めば都って言われるだろ」


「ッ! 誰だ、何処にいる!?」


 聞き覚えのない声に、ボウムは大剣を再び肩に担ぐように構えて辺りを見回す。こんな場所に言葉を操る生き物など居ないはずである。


 人間の狩人なら、わざわざこんなタイミングで話し掛けてくるなどしない。牙がダメになっているとはいえ、袋蜘蛛がほぼそのままで放置されるのだから死骸をあさるなどボウムからすればそうするのが普通である。


 言葉を操る魔物という可能性もあったが、蟲の森近くではまずあり得ない。竜系や獣系ならば言葉を操る知能を持った魔物は確かにいる。しかし、虫系にはいない。いてはいけないのだ。


 虫系の魔物の特徴は一度の産卵によって多くの命が生まれる事と、成長の速さだ。平均的な強さは7つに大別されている中では下から2番目に弱いが、数によって他の種類の魔物に匹敵するのだ。その群が軍に変化すれば脅威は段違いになる。

 袋蜘蛛のように群れない種類ならまだいい。だが、群れる種類であればそれだけで脅威になる。


「なんとも、けったいな存在モノよ……」


「?」


 長老が冷や汗を流しながら上を見ていると気付いたボウムは自分もそこを見る。息を呑まざるおえなかった。黒い長髪に、紅い毛皮を着込んだ男が木の幹に立っていた。その足は虫によくある小さな凹凸にも引っ掛けるようになっている爪付きの足であった。人間ではないのは足を見れば判る。


 同時に、ナニかが解らない。虫と人を混ぜたような種族など聞いたことも見たこともない。


「貴様! いったい何者だ!?」


 威嚇の意味も込めてボウムは声を張り上げると同時に、腰を低くする。


「何者、か……それは俺が一番解ってないことだな。それより、ちょっと取り引きしないか?

 見ての通りまともな服を持っていないんでな、服をくれ」


「対価は?」


「お前等全員の命」


 馬鹿にしている。服を渡せばこの場を見逃すというその内容に、ボウルのはらわたは煮えくり返る。エルフであるのに魔力を放出する才能は低いが、肉体的な強さは他の追従を許さない。


 そんな事を木の上の男は知らないとしても、明らかに此方全員と自分を比べて此方の方が格下と思っている。


 でなければ、対価に此方の命を提示などしようはずがない。そんな驕り高ぶった奴など斬って捨てたいところだ。


「一着でいいのか?」


 しかし、調査団を引き連れるボウムは使命の達成を優先して折れる事にした。蟲の森に居る時点で普通ではない。


「できれば二、いや、五着くれ。なるべく長持ちする服を頼む」


「本当に無事に蟲の森から出れるんだろうな」


「安心しな。お前等を襲わないように蟲に命令しとく。来る時より楽に移動でき」


 王は最後まで言葉を続けられなかった。

 ボウムは敵が蟲に命令できる力を持っているのなら、到底見過ごすことなどできなかったからだ。エルフの存亡の危機どころの話ではなく、世界の存亡の危機の規模である。それに、今は見逃されてもその次もそうとは限らないのだ。遠くない未来の脅威になるのだ。


 袋蜘蛛を斬った時よりも速く、ボウムは跳ぶ。勢いは全てが破壊力となり、中った対象を両断する。最初から全力での攻撃であった。相手がどれだけの者かは情報が一切無いから、何もさせずに殺す必要があったからだ。


「交渉決裂かよ。良い条件にしたんだがな……」


 渾身の一撃は中るどころか、掠りもしなかった。跳躍であったので、一度決まった進路を変えられずに木から飛び降りられて避けられた。中てるつもりだったのは木の幹に命中して、芯まで砕いて木を折った。木にとまっていたのか、茶色のガが何匹も落ちる木から逃げ出す。


「それじゃあ、ちょっと困った状態になってもらおうか」


 敵が大げさに両腕を広げると、木の陰からガが大量に飛び立つ。


「おい…全部が幻覚蛾じゃねぇかッ!?」


 全てのエルフが絶句した。尋常ではない数の幻覚蛾が自分達の上を飛び廻っているのだ。それが意味する事を解らない彼等ではない。


 鱗粉を吸ってしまった事でまず子供が泣き叫ぶ。幻覚だという判断ができずに見える全てを現実と誤認して、泣く事しかできずに錯乱する。

 まだ抵抗力のある大人たちは慌てて対処しようとして、幻覚蛾を撃ち落とし始めてしまった。


「待て、むやみに幻覚蛾を落とすんじゃない!!」


 しかし、それは逆効果であった。自分達の上にいるのを撃ち落とすのだから、落下地点は無論自分達の近くになる。落下した衝撃で鱗粉は舞い上がって濃度を更に上げる。


「火の魔法で落とすんだ!」


 ボウムの適切な命令が虚しく辺りに響く。

 火で鱗粉ごと焼き尽くしたりしなければ、自分の上にいる幻覚蛾を撃ち落としてはならないのだ。


 鱗粉の濃度が上がれば、普通であれば抵抗力で幻覚を見ない者まで幻覚に惑わされ始めればもう終わりだ。敵などいないのに、阿鼻叫喚あびきょうかんのさまができあがった。誰もが自分にしか見えない敵と戦い、恐怖する。幻覚は決して倒れず、覚めるまで延々と付きまとう。


「貴様あああああ!!」


 ボウムは木の幹を蹴り付けて、この惨状を作りあげた元凶に肉薄する。


「おいおい、選択を誤ったのはそちらだろ?」


 三日月状に口を歪めて、敵は嗤う。全ては、お前のせいだと……


「貴様のような危険な存在を放置できるかあああああ!!!」


「あっそう」


 避けようとしない敵に大剣が喰い込む。その結果を見て、ボウムは笑う。少なくとも、これでナニか判らないモノに脅かされる心配はなくなった。それだけでも彼にとっては勝ちだ。蟲の森近くの調査は失敗に終わったが、災厄に近い存在を殺せたのだ。


「ところで」


 だというのに、大剣を体に喰い込ませた状態でさっきと同じ調子で喋りだした。もしや不死なのかと最悪の可能性が頭を掠め、気付いた。目の前のは口をまったく動かしていない。それに、声は後ろから聞こえるように感じられた。


「なんで木をぶった切ったんだ?」


 恐る恐る振り返ると、可笑しそうに嗤っている敵がいた。


「幻…覚…!?」


「正解」


 幻覚蛾の鱗粉を肉薄する時に抵抗力で打ち消せる限界以上に吸ってしまっていたボウムは、幻覚に捕らわれていた。


「それじゃあオヤスミ」


 毒針を首筋に刺され、ボウムはいきなり意識が遠のくを感じつつも一矢報いようと腰の短剣を抜いて倒れ込む。至近距離にいるのだから、十分届く。


 緩慢な動きのそれを王は数歩下がって避け、錯乱状態のエルフ達に次々と毒針を刺して眠らせていく。最後に長老と呼ばれていた老エルフを刺すと、持っていた弓を掴む。


「万物を焼く天の閃光よ、敵を滅ぼせ!!」


 上に向かって持ち主が言っていた詠唱らしき言葉と、弦をはじく動作をした。しかし、何も起きなかった。


「……ハァ」


 自分も魔法を使えるのでは?と期待していた王は何も起きなかった事に溜め息をついて肩を落すと、眠らせたエルフを運べる大型の魔物を呼んで遺跡へと運ばせるのだった。

魔王に異常状態無効はデフォ


幻覚蛾

燐粉が幻覚作用を持っている蛾。茶色で保護色となっている木に止まっていることが多い。

戦いの気配を感じるとフラフラとその方向に飛んでいき、鱗粉をばら撒いていく。これはどちらかが死にやすくするための行動である。生き物が死ねば幻覚蛾の餌である樹液がでやすくなるように、樹に栄養をやるため。

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