閑話 竜と獣と植物
肉食樹林。植物系の魔物が群生する魔境であり、森そのものが1つの胃袋のような場所である。
食物連鎖の最下層に存在する植物は他の生き物に食べられる定めであり、肉食樹林は魔境でも植物系以外の魔物も数多くいる。
鮮やかな彩りで実る果実や、柔らかくて食べやすい草は草食動物にとって極上の餌であり、本能に逆らえずに引き寄せられる。その草食動物を喰らわんと、肉食動物も引き寄せられる。そういった当然の流れが肉食樹林に存在し、絶えず外からあらゆる生き物が流入している。
ほとんどの生き物が、ここが楽園だと謳歌する。植物に喰われるその瞬間までは……
鮮やかな彩りで実る果実や、柔らかくて食べやすい草は正に餌。生き物を寄せ集める撒き餌であり、囮だ。自力で移動ができない魔物が多い植物系が獲物を引き寄せれるようになるのは必然で、植物系の魔物が集まる魔境なら特に顕著になる。
入る者はいても、出る者はいない不帰の森とも言われている。
「植物の王は見つかりそうか?」
「目はあんまり良くないんだ。そう急かすんじゃねぇ」
その森の上空を、ラゴンドはゴリラに姿を変えたトービスを乗せて飛んでいた。肉食樹林でも上空は比較的安全であり、降りない限りは肉食植物がそこかしこに張り巡らした罠にかかることは無い。
「クソッ! 腹が立つほどの好い匂いだ」
「同感だ。ここまでの匂いなら、竜でも知っていて敢えて行くのも納得できる」
上空にまで漂ってくる匂いに、2人とも唸る。食欲を刺激する匂いは当然とし、ありとあらゆる果物に加えて肉までも下を闊歩している。魔境であろうと罠だらけだろうが食糧の宝庫なのは間違い無い。己を完全に律する事ができなければ、知恵ある者でさえ迷わずに足を踏み入れてしまうのが肉食樹林だ。
「帰り際に、果物とかいくつか取ってもいいか?」
「こちらの分も頼むぞ」
植物の王を見つけられて、尚且つ無事に帰れる前提で2人は暢気にしていた。植物の王以外は恐るに足りず、唯一危険な植物の王とて2人がかりなら負けはあり得ず死ななければどうにでもなる。
飲まず食わずでも生きていけるが、味覚はあるので食べ物は趣向品にはなる。帰る時には無くなっているかもしれないが、ちらりと見える果実の位置を憶えているとソレは現れた。
「アレ、植物の王だよな?」
「間違いあるまい。アレであろう」
大輪の花、そう表現すべきであろうが、あまりにも規格外な大きさにトービスは口ごもり、巨大な植物であることを予想していたラゴンドはやっぱりかと思うくらいだった。
極彩色の大輪の花は大きさに見合った葉をのびのびと伸ばしており、時折風に揺られる以外は動かない。
「聞こえるか、植物の王よ。聞こえているなら、何かしら反応を返して貰いたい」
10秒ラゴンドは待ったが、植物の王は尚も風に揺られる以外は一切動かない。
「おい、動かねえぞ」
「寝ている、のか……?」
ここで、嫌な憶測がラゴンドの脳裏を過った。
(まさか、知恵ある者ではないのか?)
魔王は知恵ある者との前提で、ラゴンドは集会をしようと思いついたのだ。前提である魔王が知恵ある者でなければ、言葉を交わして意思の疎通ができずに集会など夢のまた夢だ。
なにより、魔王としての力を持つ者が知恵ある者でないのは非常によろしくない。魔王に対抗できるのは魔王のみで、本能のままに行動すれば魔王が止めなければ他を蹂躙し尽くす。下手すれば絶滅する生き物も出るであろう。
(この場で殺すべきか?)
ラゴンドはその考えを早々にやってはならないと戒める。まだ植物の王が知恵ある者でないと判明したわけではなく、殺す手段を考えるより先に確認しなければならない。
「植物の王、寝てんだったらとっとと起きやがれ!!!」
長々と考え込んでいるラゴンドと反応の無い植物の王にしびれを切らしたトービスは、大音量で植物の王に怒鳴った。怒鳴った本人からすれば加減した音量であるのだが、至近距離で聞いてしまったラゴンドからすればたまったものではない。それだけで墜落などしないが、頭にくるものがある。
「鼓膜を破るつもりか!」
「うっせぇ! 何考えて知らねえが、動かなきゃ進まねえだろうが!」
「相手は罠が常套手段の植物だ! 考え無しに突っ込もうとするな!」
ラウェティとの闘争で痛い目をみたラゴンドは、魔王相手には慎重に行こうと決めていた。だから、力を誇示するような事はトービスと会った時にしなかった。植物の王にも、同様にまずは話し合いになるように語りかけただけだ。
それをトービスがぶち壊した。怒鳴られれば気分を害する者がほとんどで、そういった事はラゴンドは避けていた。が、割と熱くなりやすいラゴンドは「目には目を歯には歯を」と言わんばかり怒鳴り返す。
「うるさ~い!!!!」
荒い言い合いに、第三者の文句が割って入る。この場で、ラゴンドとトービスの言い合いに割り込める存在など1つしかない。2人が視線を落とせば、そこには震えている巨大な花が当然あった。
(喋った……)
(見えているのか?)
どうやって喋っているのか、そもそもこちらを見えているかなど様々な疑問が湧いたが、2人ともその疑問を頭の隅に追いやらなければならなかった。
「死ね」
森が、2人を襲いだした。土が盛り上がってその中から根っ子が姿を現し、鋳薔薇のような蔓と一緒に鞭のように空中の2人を叩き落とさんと振るわれる。
「その程度の攻撃が中るものか」
中れば叩き落とされる威力があったが、その動きは単調な上にラゴンドにとって遅かった。強大な力を持っている魔王でも、戦闘のスペシャリストなどではない。ただ力があるだけだ。
なによりも、植物が戦いに向いていないのが大きいだろう。魔物で最も弱いとされる種類は植物と言われるのは、自らの意志で動けないのが多いからだ。
(攻撃が中らないのはいいが、このまま避け続けるだけでいいものか……)
基本は話し合いのスタンスで行こうとしていたが、植物の王が落ち着くまで話をするのは無理に近い。攻撃を避け続けていればそのうち落ち着くかもしれないが、攻撃を避けられる事で更に怒りを蓄積させるかもしれない。
「植物の王に力尽くで話を聞かせる。協力してもらうぞ、獣の王」
説得するという考えが頭を過ぎったが、ラゴンドはそれを考えないことにした。竜の叡智には、説得術など存在しないからだ。力を示して、それで屈服させれたから今まで必要無かったからである。
「結局力押しかよ。まぁ、その方が判り易い!!」
トービスはラゴンドの背から飛び出すと、その姿を獣にして突撃する。槌のような足は地面を踏み固め、分厚い毛皮は天然の鎧も同然で蔦も根っ子も寄せ付けず、すり鉢状の歯は向かってくる物をなんだろうが潰し切る。
牙も角も無いその獣は、止まることを知らないと言わんばかり愚直に突き進む。
「やはり魔王、その力は絶大か…」
植物の王による攻撃をものともしないその歩みは、王として堂々としたものであった。それに後れを取らんと、ラゴンドも植物の王の頭上に位置取らんと羽ばたく。
2人の動きに流石に危機感を覚えた植物の王は、蔦を球状になるように張り巡らせて自身を包み込む。その球体は、まるで繭のようであった。
「この程度の守りを破るなど、造作もない」
緑の繭にラゴンドは乗っかると、爪で蔦の壁を切り裂いていく。四角い穴を開けて、そこから更に切り崩していこうとしてラゴンドの手は止まった。中は見えにくいが、何かが漂っている。
本能が危険信号を出したラゴンドは急いで飛び退くと、咄嗟に火を噴いた。その瞬間、強烈な爆発音が全員の耳を劈いた。
「ラゴンド! てめえ、何やらかしやがったぁ!!?」
緑の繭にたどり着いていたせいで、爆音を至近距離で聞いてしまったトービスが怒声を上げる。それは正しい怒りであり、ラゴンドも咄嗟とはいえ火を噴いたのは流石に軽率すぎた行動に思えた。
「……おそらく、粉塵爆発というものであろう。炭鉱などで起きると聞いたことがある。
あの中で花粉などが充満していたから、起きたのであろう」
「わざとじゃねぇだろうな、おい」
植物の王は緑の繭の中で、毒性のある花粉を充満させていたのだ。繭を突き破ってくれば、一呼吸で致死量を超えるように充満された花粉を吸い込むように植物の王はしていたのだ。真っ向からの力勝負では勝てないと悟った植物の王は、植物らしく絡め手で殺そうとしていたのだ。
それの結果が、自分で作った密室で爆発するなど誰が予想しようか。
「それより、植物の王はどうなった」
自身が撒いた花粉で粉塵爆発をしてしまった植物の王は、もろに爆破に巻き込まれている。死んではいないだろうが、何も動きが無いのが逆に不気味だ。
「おいおい、生きてんだろうな」
開けた穴から切り開き、繭をバラバラに解体して植物の王を露出させる。薄汚れてはいたが、花弁がちぎれていたり葉が破れているなどなく、植物の王は無傷であった。ただし、まるで水を貰っていない花みたいにへたれていた。
「のびているようだな」
「で、どうすんだよ。気絶してるんじゃ、話にならねえぞ」
「今度は起きるまで待つしかあるまい」
「時間がかかりそうだな……」
――――――
「魔王の集会~?」
「そうだ、できれば参加して欲しい」
植物の王が目を醒めるときには、暴れ出さないかと2人は身構えたが、意外にも植物の王は落ち着いていた。
「めんどくさそうだけど~、参加しなかったほうがめんどくさそうだから参加する~」
(ほんと、どっから声出してるんだ……)
動機は不純であったが、あっさりと植物の王は了承した。
トービスはそんな事よりも、花が喋っている方が気になった。間延びした喋り方で、あまり知性的ではないので本人に聞いても無駄そうとも思っているのだが。
「……そうか、それでは人の姿を取ってもらいたい。植物の姿では、背に乗りにくかろう」
「そんなこともないと思うけどな~」
めんどくさい~、と文句を言いながらも植物の王は花から人へと姿を変えていく。どんどん縮んでいった姿は、髪が長いだけの小さな女の子であった。
「そういえば~、自己しょうかいはまだだったね~。ヲロフェリ、フェリーって呼んでね~」
「おいおい、よりにもよってガキかよ」
「毛ぶかい人~、それが人のすがた~?」
一緒に姿を変えたトービスは、人ではなくゴリラの姿になっている。ゴリラのほうが、物を掴み易くてラゴンドの背中に掴まっているのが楽だからゴリラなのである。その姿を指差して、ヲロフェリは笑っていた。
「んな訳ねえだろ。毛深い奴は…」
「おんぶ~」
「……」
毛深い奴はいても、ゴリラと見間違える程の奴はいない。そう言う前に、なにも脈絡もなくおんぶしてと頼まれたトービスはヲロフェリを睨みつけたが、恐れ知らずの子供のようにヲロフェリは待っている。
仕方なく、トービスは植物の王に背中を見せて座る。
「わ~」
その背中に、ヲロフェリは無邪気に登る。時折、意味も無く毛を何本も掴んで引っ張ったりしながらも、肩から顔を覗かせれるように位置取りする。
「って、なにやってやがる!!?」
「根を張ってるんだよ~」
あろうことか、ヲロフェリは手足を変えてトービスの背中に根を張り始めていた。ヲロフェリからすれば落下防止の為なのだが、獣に寄生する植物を知っているトービスからすればたまったものではない。
「ふざけるな! 引き剥がして…」
ヲロフェリを引っ掴んで引き剥がしてやろうとトービスはするが、途中でその腕が掴まれる。
「犠牲になれ」
ラゴンドが、無情にも腕を掴んだのだ。
もし、ヲロフェリがトービスの背中から離れたら、次に乗ろうとするのはラゴンドの背中になる。引き剥がしてもいいが、そんな事をするのはメンツ的にできれば避けたい。
ならば、ヲロフェリにはトービスの背中に居続けてもらわなければならない。それが、ラゴンドにとっての最善だ。
「ふざけるなー!!!」
「うるさいよ~」
トービスは抵抗したが、結局、ヲロフェリはトービスの背中に居ることになったのだった。
誤字脱字、意見などをお待ちしています。
閑話は次回で終了予定。




