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魔王で蟲の王  作者: カナリヤ
蟲の森編
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閑話 竜の歩み

 傷を癒しながら、ラゴンドは静かに思考していた。

 敗因は? どちらに分があった? 水の王と自身の差は? あのまま続けていたらどうなっていた?

 自問自答していれば、嫌でも答えに行き着く。しかし、その答えはラゴンドの自尊心を著しく傷つける答えでもある。同時に、ソレを認めなければ今まで嘲笑ってきた者共と同類でしかないとも意味する。


 竜こそ至高、竜こそ最強。ラゴンドが長年そう信じていたモノは崩れ去った。


 一撃、たった一撃で死にかけたのだ。ならば、その強力無比な一撃さえどうにかすればいいと考える者がいるだろう。しかし、狩りにおいては一撃で決めるのが鉄則だ。

 頭を潰す。喉を食い千切る。猛毒を流し込む。糸で捕らえる。丸飲み。気絶させる。


 その方法の形は違えど、どれも決まれば絶望的な武器を狩る側たる生き物なら当然その手段を持っている。暴れられる事無く決める。それが狩る側の最善。時間をかけて倒すなど、少なくとも一流ではない。

 一撃で死にかけたのはある種の当然としても、ラゴンドは考えを改めなければならなかった。


 魔王であるなら自身と同格


 それが水の王との闘争の結果出した結論であった。全てを見下していたラゴンドの自尊心の最大の譲歩でもある。

 その結論によって、ラゴンドは行動を余儀なくされた。なにせ、どう考えようが水の王が他の魔王と手を組んだら勝てなくなる。そうなれば自身の破滅は免れない。例え死を免れようとも、一方的に蹂躙されれば理性が持たない。


 最悪の事態だけは避けるべく、数日後にラゴンドは再び海湖に翼を向けたのだった。


――――――


「出て来てはくれぬか、水の王」


 海岸と言うべきか、それともただ淵と言うか曖昧な場所で、ラゴンドは厳かにいるであろう水の王に語りかける。


 その声が聞こえたのか、水面が揺れたかと思うと前回戦った時と同じ姿であった。ラゴンドが傷を癒したように、水の王もしっかりと傷を癒したのは想像するのはそう難しくない。


「また来たのかい」


 杭で表情は見えないが、その声は呆れが混じっているのがありありと感じられた。無理もない。水の王からすれば、実力を見誤って挑んできた挙句に逃げ帰ったのに、再び姿を現したのだ。ラゴンドを弱いとは思わないが、確実に勝つために力を増さずに来るなどプライドの高い竜がするような事ではない。


「それで、何の用だい?」


 前とはまるで別人のラゴンドの雰囲気から、水の王はその目的を問う。


「その話をする前に、今度はしっかりと自己紹介をしよう。竜山脈の魔王にして、竜の王のラゴンドだ」


「…海湖の魔王にして、水の王のラウェティ」


 ラウェティはラゴンドに合わせて自己紹介すると、無言で次を促す。


「先日の戦いで解ったと思うが、強さは同じと言って差し支えまい。憶測でしかないが、魔王は皆そうであろう。

 魔境の数だけ魔王がいるとするなら、同等の強さの者があと5名いることになる。その者達と一堂にかいし、平等であるパワーバランスをこれからも維持できるようにしようと思う」


「真っ先に他の魔王を狩ろうとした奴が言うにしては、えらくまともじゃないか」


 魔王が互いを知ることで平等にする現状維持に近い案に、ラウェティは疑い深くラゴンドを観察する。竜はそんな殊勝な存在ではないと知っているからだ。


 傍若無人にして、水中以外を闊歩する絶対者。竜の知恵ある者のほとんどはそうだと知っている。先日の戦いでは最後まで使わなかったが、竜の多くは口から火を噴ける。水系の魔物にとっては取り分け効果的な攻撃になる。その餌食になる魔物は多い。


「真っ先に狩ろうとしたからだ。

 魔王に成ってからは、それこそ最強だと自負していた。それがどうだ? 先日には同じ魔王だとしても、苦汁を舐めさせられた。

 ただの思い上がりだったと気付くのは、それで十分だったという話になる。気付けなければ、叡智を誇るなどできはしまい……」


 言い終えると、ラゴンドは深々とため息をついた。最も叡智を誇り、それを理由に他の魔物を見下している竜の王が自らを省みれなかったら失笑もの。

 誇る叡智が自身の装飾品ではなく、貶める枷になるなど言語道断。恥だけで死ねるなら、そうなっていれば直ぐに死んでいる。


「…ッフ、アハハハハハハ! 竜と話すのは初めてだけど、あいつ等の言う鼻持ちならない奴だけじゃないみたいだね。

 いいよ、その魔王の集会に参加しようじゃないか」


 どうせ暇だしね。その言葉を飲み込んで、ラウェティは快諾した。

 魔王と言っても、明確な役割がある訳ではない。絶対命令で取り纏めようとも文句など面と向かって言う度胸のある奴などおらず、逆に放任にしていても今までと変わらないで文句など無い。


 何をどうしようが自由なのだ。なってみたいや、やってみたい事はあるにはあったが、それは目標になりえなかった。

 竜や鳥のような翼、獣のような野を駆けられる強靭な四肢、どこにでもいる虫に植物、自由で不定形の夢。それらに成るのは絶対に不可能なモノ。

 それは等しく、水の王が望んでもどうしようもないモノだ。


(会っといて損は無いだろうね)


 これからの予定を話しているラゴンドの声を聞きながら、ラウェティは他の魔王がどんな者かに思いをはせるのだった。


――――――


 ラゴンドはドワーフに声石を入れた箱を作らせるために一旦竜山脈に戻ってから、獣の王に会うべく白銀氷土を目指して飛んでいた。

 ラウェティの協力を得られたラゴンドは、ラウェティには隣になる魔境の夢幻域にいるであろう夢の王の説得し、蟲の森にいる蟲の王の説得をするか、それは夢の王に任せてヴィゼルニアで待つのどちらかにすると決めた。


 ラゴンドは飛べるので、白銀氷土の獣の王、鳥樹の鳥の王、肉食樹林の植物の王の説得をする事になっている。鳥の王を説得できたなら、蟲の森に迎えに行かせる予定である。

 白銀氷土は魔境で唯一の寒冷地だ。常に氷に閉ざされた地域であり、雨の代わりに雪が降る。その寒さは、体温を維持できる毛皮を持った獣以外には死の環境となる。尤も、例外とは常に存在し、獣以外にも種類こそ少ないが虫も植物もいる。


 そんな白銀氷土の天気は、ラゴンドを拒むように吹雪であった。風によって雪が荒れ狂うそんな天気は、白銀氷土の住人でも行動を控える最悪の状況だ。雪で視界は非常に狭まり、吹き付ける風と雪で体感温度はただでさえ低いのにさらに下がる。


(ええいッ! 体温はどうにかなるが、視界がどうにもならん!)


 吹雪であろうともラゴンドは飛べた。瞬膜で目を保護し、肉体魔法で体温が下がらないようにしていれば凍死や怪我はしないのだが、視界だけはどうしようもなかった。視覚に頼らずに、ピット器官と呼ばれる温度を可視化できる器官で見渡すこともできるが、吹雪のせいでほとんどの温度差がなくなっていて役に立たない。嗅覚も吹雪のせいで、位置などを把握するのは元々鋭敏でなかったのもあって不可能。


 吹雪の中では、ラゴンドの五感はほとんど役にたたなかった。


 吹雪の中を当ても無く彷徨い飛ぶのは平気だが、それが無駄に時間を浪費する無駄にしかならない愚行に思えてきたラゴンドは地面に降りた。

 吹雪で舞い上がらずに積もっている雪は、ラゴンドの体重を支えられずに深々と沈み込む。足は完全に沈み、胴体も半分も沈み込んだ。これでは進むには雪をかき分けながら進むしかなく、仕方なくラゴンドは足と翼をしまい込んで竜からヘビに体を変える。


 接地面積が増えて、沈み込みが改善されたラゴンドは滑るように雪の上を這う。時折舌を出して空気の流れをより正確に感じて進む。そうして目指す先は高望みするなら洞窟だ。


 最悪、地面さえ露出していればそれでいい。吹雪が止むまでの仮宿が欲しいだけだ。白銀氷土の環境で万全の状態でいるのには常に僅かとは言い難い魔力を消耗しなければならず、もしも獣の王に力を示す必要がでるとなれば致命的になりかねない。


 一撃で決めればいいのだろうが、ラゴンドの一撃必殺は手加減ができない頭を潰すなどの方法になってしまう。魔法という手もあるが、ラウェティには不発同然に終わって魔王に効くか未知数なので頼りたくはない。


「ヴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 突然の咆哮、その音量に声の主がすぐ傍にいるのではないかと錯覚したラゴンドは臨戦態勢になって声が聞こえた方を向く。しかし、視界は相変わらず白に閉ざされて声の主の影も形を映さない。

 声の聞こえた方向を見据えたまま、ラゴンドは咆哮の質に首を傾げる。咆哮は怒号であった。


 こんな吹雪の中でなにか怒る出来事があってもなんら不思議ではない。だがおかしい。白銀氷土の住人なら、こんな吹雪の中で行動するのがどれ程危険かなど十分に承知しているだろう。

 ナニカがある。そう確信したラゴンドは、咆哮の聞こえた方向へと這いずる。


(これは酷い…)


 咆哮が発せられたであろう場所には、おびただしい血が飛び散っていた。その量は大型の魔物でも致死量なのは見て取れるのと、その血の持ち主だった者の最後の輪郭を描いていた。


 一言で言うなら、原型を留めずに潰されていた。最後の輪郭とは別の円形の凹みが潰したのは明白で、それは4つある。おそらく、潰した者は4足。足の大きさから巨体なのは間違いない。

 吹雪の中でもまだ残っている足跡は、ついさっきでここにいた証拠なのは間違いない。今なら、容易く足跡を辿れる。


 迷わずに、ラゴンドはその足跡を追跡しだした。


――――――


 足跡は、途中で途切れずに真っ直ぐに進んでいた。最初から明確な目的地があると感じさせるのはそれだけで十分で、吹雪の中でも目的地を目指せるものがあるのだろう。

 足跡はラゴンドが捜していた洞窟に消えていた。洞窟は広く、獣臭かった。


「そこにいるのは誰だぁ!?」


 洞窟の奥から、1匹の獣が出てきた。巨大な槌かのような円形で図太い4本の足、全身を覆う茶色の毛、特徴そのくらいで、巨体だけが武器と言わんばかりに角や牙が見当たらなかった。その姿は、確かに獣である。


「竜山脈の魔王にして、竜の王のラゴンドだ。

 初めましてなるな、獣の王よ」


 ヘビから竜に変わりながら、ラゴンドは自己紹介した。


「なぜオレが獣の王と解った?」


「それならば、なぜお主は目の前の相手が竜の王と解った?」


 この問答が無駄なのは、2人は直感していた。間違いなく目の前にいるのが同類である魔王と本能で解っており、理屈など思い浮かばなかった。2人とも、相手を見た瞬間に解っていた。

 ラゴンドに至っては2度目の感覚であり、迷いは無かった。


「質問を変える、なにしにきやがった?」


 返答次第では潰す。獣の王が纏う雰囲気は剣呑なものになっており、言葉に出されずともそう考えているのが判るほどだ。


「別に攻めにきたのではない。目的は1つ、竜、水、夢、獣、鳥、植物、蟲の王で集会を開きたいだけだ。ついこの間、水の王ことラウェティと戦い、同じくらいの実力があると確信した。

 自身の実力はよく解っているであろうが、それが他に6名もいる。正に平等にだ。それを全員が知れば、他人の魔境に攻め入ろうと考える者はいなくなる。そうする為に、共に来てくれぬか?」


 事実だけをラゴンドは並びあげて、獣の王の反応を窺う。まだ発見できた咆哮の意味が判らない。下手すれば、いきなり暴れ出す可能とてある。


「…いいだろう。白銀氷土の魔王にして、獣の王のトービスは魔王の集会に参加しよう」


 これでいいだろうと言わんばかりに鼻を鳴らして、トービスはラゴンドが待っていた返答をした。


「嬉しい限りだ。

 関係の無い話になるが、獣が1匹潰されていたがアレはなんなのだ?」


「アレか、この吹雪に乗じて巣穴にこもってる奴等を襲っていた奴だ。

 殺すだけ殺して、その後は何もしない腐った奴だから潰しただけだ。文句でもあんのか?」


「いやいや、そういう理由なら何も言うまい」


 然るべき粛清をした。そうと判れば、ラゴンドは口出しする理由がない。


「で、一緒に行くとして、いつ出発するんだ?」


「それなら、吹雪が止んだらにしよう。先に聞いておくが、人の形は取れるな?」


「取れるに決まってんだろ」


「ならば問題は無い」


 もう問題は無いとして、ラゴンドとトービスはただ吹雪が止むのを待つのだった。

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